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67話 味方はいた


アフィーリアの過去になります。


 


 青薔薇園へ移動した私達は、設置されている長椅子に座った。満月を見上げてフィロメーノは語り始めた。



「まず、君自身について話す必要があるね。よく聞いて」

「うん」



 私、というよりアフィーリアが何故、大事な妹のアイリーンをコーデリア様の亡霊と言われてしまうほど虐げていたのかが疑問だった。半年近くアフィーリアをしている訳だけど、一向にアイリーンに対し憎しみとかそういった負の感情を抱く事がないからだ。



「全ての始まりは、コーデリアが君の母……天界の姫を殺してしまった事が原因だ」



 アフィーリアとして目覚めてすぐに起きたあのお茶会を思い出す。木から落ちて頭を強く打って眠ったままだった私が目覚めたのをお祝いに、父様の魔力で咲き誇る青薔薇園で小さなお茶をした。母様やアイリーンだけではなく、そこへ様子を見に来てくれたユーリとハイネも交えた。


 途中、コーデリア様が現れ勉強をしている筈のユーリを見つけると碌に理由も聞かずユーリに暴力を奮い始めた。フィロメーノによると、その時コーデリア様の渾身の力で殴られるのは私ではなく母様だと話した。



「君が吹き飛ばされた時と同じだよ。天界の姫はコーデリアに殴られたと同時に運悪く頭を強くぶつけて、そのまま亡くなったんだ。強い魔族ならその程度じゃ死なないが、彼女は特別な天使とはいえ弱い。きっと、自分が死んだ事すら分からず死んでしまったかもね」


「私がユーリを庇わなかったら母様が死んでたの……?」


「そうだね」



 ゲームの最中、母様は事故で亡くなっているとあったけど、まさか事故の原因がこれだったなんて……。


 目の前で母様を殺されたショックと怒りとアフィーリアはその場で魔力暴走を起こしたらしく、衝動のままコーデリア様を殺害したと言われた。



「ただ、ね。コーデリアという器が君に殺されるとリリスは君に乗り移ったんだ」


「!」



 リリス、と聞いて戦慄した。私はある予想を抱いてフィロメーノに訊ねた。



「……もしかして、アフィーリアが可笑しくなったのって」


「そう。コーデリアから君に乗り移ったリリスが原因だ。内側からじわじわと君の精神を乗っ取り、強い魔力を持つ魔族に目を付けた。それがユーリだ。ロゼは父親だから対象にはならなかった。況してや、天界の姫を失った当時のロゼは酷く憔悴していた」



 母様にそっくりなアイリーンを過保護を通り越してほぼ監禁に近い生活を送らせていた。対してアフィーリアはというと、母様を殺したコーデリア様そっくりになってしまったせいですっかりと嫌われ、アフィーリアに対する愛情は消え去ったのかという程憎まれた。


 最初は母様を目の前で殺されたショックとコーデリア様を殺してしまった衝撃から気が動転していると思われていた。でも、時間が経っても元に戻らない所か徐々にアイリーンを邪険にし、遂には暴力や暴言を吐くアフィーリアに皆態度を変え始めたのだ。


 更に悪いことに、傲慢で自分こそが絶対に正しいという振る舞いが長年コーデリア様から虐待に近い英才教育を受けさせられていたユーリの憎悪を爆発させてしまった。虐げられる姿が自分に重なったユーリがアイリーンを守ろうとするのは当然の成り行きだったのだ。



「リリスに勝つ方法はなかったの?」


「あるにはある。ただ、強大な魔力を持って生まれたとは言えまだ子供。抗う術が君には殆どなかった。不意に自我を取り戻しても、もう周囲に味方はいなかった。皆、君はコーデリアの亡霊と嫌い、アイリーンから遠ざけた」


「……」



 誰も探してくなかったのかな。アフィーリアが可笑しくなってしまった原因を。元に戻す方法を。私の思考を読んだフィロメーノはこれにも理由があると話した。



「リリスは狡猾だ。不意に自我が戻った君に周囲が疑問を抱かないよう、周囲に精神汚染の魔術をかけていたんだ」


「精神汚染の……?」


「そう。性格がまるで変わった君と関わる者全員の感情を嫌悪と憎悪に変える、おぞましい魔術だ。例え君が自我を取り戻しても、一時の取り繕いとしてか見られなかった。誰も君が魔術によって可笑しくなったとは気付けなかった」


「レオンハルト団長は?あの人なら、異変に気付いてくれたんじゃないの?」



 魔界で一番魔術の造詣に深いレオンハルト団長ですら気付けなかったとは思えない。



「レオンハルトは気付いていたよ。当時君の異変の原因がリリスだと見抜いたのはレオンハルトだけだった。ロゼが見せしめの為にドラメール公爵家全員を処刑した後、ドラメール家について調べていたんだ。興味本意でね」



 取り潰される前にドラメール公爵邸に赴き、そこで地下室に仕舞われていたという古い日記を発見したそうだ。そこには、ドラメール公爵家の長い歴史の中で始祖リリス=キラー=ドラメールが魔力量に優れた女児に乗り移り、生き続けているという内容が記されていたそうだ。当時の公爵家の者が書いた日記には、前まで他人に優しかった長女が急に傲慢で自分勝手な性格に変わってしまった。周囲はその振る舞いについていけず、中にはあまりにも目に余るとして嫌悪する者もいたとか。日記を記した人は、長女とは親しい間柄で何故変わってしまったのかを知りたくて内密に原因を探り始めた。



「レオンハルトはその日記を読み、君がリリスに精神を乗っ取られていると知った。コーデリアの振る舞いも全てリリスのせいだっと知った」


「レオンハルト団長はその事を父様には……」



 突き止めた真実を父様に伝えていれば、時間は掛かるにしてもアフィーリアは元に戻れた筈。だが、結果は――死。アイリーンが誰を選んでも、惨い死を迎えた。



「レオンハルトは言わなかったんじゃない。言えなかったんだ」


「どうして?」


「『五大公爵家』の始祖は伊達じゃないのさ。ノワール家始まって以来の天才でも、魔王譲りの強大な魔力を持った君の肉体を乗っ取ったリリスの精神汚染の魔術には大苦戦した。事実を伝えようにも、特に強力に掛けられたからね、レオンハルトの場合は」


「……」


「それでも、何も出来なかった訳じゃない。レオンハルト本人が駄目なら、他人を使えばいい」


「他人?」


「そう」



 他人というのはアシェリー、ネフィ、ソラの三人。



「ユーリやハイネは、既に精神の奥深くまで侵食されてギリギリの状態で自我を保っていたレオンハルトでは解くことは難しかった。そこで魔族以外の血が流れる三人の子供達に目を付けたんだ」



 アシェリーは淫魔、ネフィは夢魔、ソラは吸血鬼の血が半分流れるハーフ。純粋な魔族ではない、他種族の血が流れる三人だからこそリリスの精神汚染の侵食を食い止める事が出来たらしい。


 リリスが好むのは純粋な魔族。アフィーリアには、天使の血が半分流れていたものの魔王である父様の血が濃かったので乗っ取りに何ら問題はなかったようだ。



「アシェリー、ネフィ、ソラ。彼等にリリスの精神汚染を跳ね返す強固な精神防御の魔術をかけた。君とどんなに接しても変わらないように」



 フィロメーノはそう言うけど、ならどうして三人にもアフィーリアは殺されているのだろうか。寧ろ、この三人の方がエグい殺され方だったんですけど。プレイ中、悪役アフィーリアに同情さえしたよ。



「アフィーリアは……私は……自我を取り戻そうとしてた?」


「勿論だよ。君は必死に抵抗していた。自我がある時、君は絶対に部屋を出ない様にしていた。出たら、またリリスが出てきてアイリーンを痛めつけてしまうから」


「アシェリー達とはどうしてたの?」


「いつも扉を介して会話をしていたよ。直接会ったら、リリスが無理矢理にでも出てきて彼等に言い寄ろうとするから」



 本命はユーリでも、魔力が高いなら基本誰でも良いらしい。見境が無さすぎる。


 振る舞いの全てがコーデリア様と同じになったアフィーリアが、周囲の人達から憎み嫌われるのは当然なんだろうな。三人がレオンハルト団長に精神防御の魔術を掛けられた事自体奇跡だ。


 不意にフィロメーノが「実際に見た方が早い」と言い出した。何を、と訊く前に左手を前方へ翳し、くるりと回した。


 周囲の光景が一瞬にして変化した。


 青一色の薔薇園から、見慣れた城内に変わった。大きな扉に背を凭れて座る子供は見覚えがあり過ぎた。今より大きくなっていても、彼が誰かはっきりと分かる。



「ネフィ……」



 膝を抱えて座るネフィは俯いたまま、動こうとしない。


 扉の奥から聞こえる啜り泣く女の子の声。女の子は……アフィーリア、つまり、私だ。



「これは過去の記録だ。顔が合わせられない分、毎日こうして君と会話していたんだ」



 当時のアフィーリアの嫌われ具合がはっきり分かる。部屋の前は一切掃き掃除がされてないのか、埃や砂だらけでになってこの周囲だけ異様に汚い。飾られている花瓶の花は枯れ果てているのに誰も取り替えない。窓も薄汚れて、縁には埃が溜まっていた。


 外がこれなら、部屋の中はもっと酷い事になっているだろう。



『……アフィーリア……』



 過去のネフィが顔を上げた。いつもの自信に溢れた小生意気な印象が皆無の……真っ暗な青を纏った目をしていた。



『もう……もういい……。もういいよ……ネフィも……アシェリーも……ソラも……』


『何がもういいんだよ……』


『ずっと、考えてたっ。どうしたら、父様に、ユーリに、皆に信じてもらえるかって。でも……っ、もう無理だよっ』



 奥から届く泣き声交じりの絶望に染まった声色。自分の声なのに、赤の他人の声と思ってしまった。



『三年だよ……母様が死んで三年。父様達に嫌われて三年だよ……?もう、無理だよっ、辛いよ、怖いよ……!』


『っ……』



 必死に訴えても既に深く精神を汚染されてしまった父様達には信じてもらえず、一人孤独と戦い続けるアフィーリアの悲痛な叫びに悔しげに歯を噛み締めたネフィはまた俯いてしまった。三年と言っていたから、この時九歳。九歳でもまだまだ子供だ。


 何も出来ないと一緒だ。



『ねえ……ネフィ』


『……どうした』


『夢魔の力で……私を“眠らせる”事って出来る……?』


『……出来てもやらないからな。お前を“眠らせたら”アシェリーやソラに文句を言われるのは俺なんだからな。まだ……諦めるな。魔王や周りの奴等が何を言おうが関係ない。お前は何も変わってない。アイリーンを虐める最低な姉?言わせてやれ。事実が明るみになった時、顔を青くするのは向こうだ』


『もう疲れた……』


『だったら寝ろ……夢を見ないように“見張ってやる”から』



 夢魔は他人の夢に介入出来るだけではなく、永遠の眠りに就かせる事も可能だ。痛みも苦しみもない穏やかな死を当時の私は望んでいた……。同じ状況に立たされたら、今の私ならどう望むだろう。


 目の前で見ている様に穏やかな死を望む?皆に信じてもらえるようまだ頑張る?


 ……どちらも言えない。


 ギィ……と微かに扉が片方開いた。隙間から出てきた手に息を呑んだ。


 手は薄汚れ、袖も汚い。


 手はネフィの裾をそっと掴んだ。



『こうしてて……いい……?』



 怯える声。こうなる前なら、態々聞かなくても良かった確認。


 私にアフィーリアだった記憶はない。乙女ゲームの知識しかない。


 ……なら、胸を締め付け、凶悪な痛みを訴える心はなんなのかな。



『……こうの間違いだろ。ばーか』



 袖を掴んだ手をネフィは握った。



『私……何日も洗ってないよ』


『知ってる。ここ最近、特に“アレ”が出て来ないようにって部屋に閉じ籠ってるもんな。アシェリーとソラが戻ったら一旦眠らせてやる。その間に、お前を猫の姿に変えて洗えば問題ないだろう』


『うん……』


『諦めるな、アフィーリア。イグナイト公爵がレオンハルト様に代わって、リリスを追い出す方法を探してくれてる』


『うん……っ』


『だから安心――』



『姉さま!!』



 全員に嫌われていた訳じゃなかった。


 数少ない味方がアフィーリアにはいた。いてくれた。知れただけでとてつもない安堵を感じたのも束の間、ネフィの顔に緊張が走った。


 私も同じだった。


 意識した訳じゃないが声のした方へ振り向くと、見慣れた侍女トリオの制止を振り切ってアイリーンが此処へ向かって来ていた。





読んでいただきありがとうございます。



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