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66話 パンドラの箱を開ける瞬間

 


 ――ああ……この子は、知らない。知らないから、あの植物に躊躇もなく炎の魔術を放てる


 アフィーリアがあの植物に高威力を誇る【カサルティリオ・フィアンマ】を放った。超高温度の炎が慈悲もなく、そこにある生命を焼き尽くさんと燃え上がった。けたたましい悲鳴を上げる植物を燃やされては堪らないリリスが左手を勢いよく左へ動かした。植物も左へ飛んだ。「あ!」と炎から脱出した植物を逃がさないとアフィーリアは、倣ってもいないのに重力操作で炎を操作した。再び業火に呑まれた植物。


 焦りを浮かべるリリスにフィロメーノは冷笑を向けていた。その表情に気付いたリリスは不愉快だとフィロメーノを睨み付けた。



「何故笑っていられるのです!あれが消えればタダでは済まないのよ!?」

「僕が何の対策もせずに放置したと思ってる?」

「なっ」

「一体どうやってあれを保護したか知らないけど、あれが死んでもアフィーリアは無事だ。もう、あれとは無関係だからね」

「っ」



 目論見が見事に失敗し、リリスは悔しげに唇を噛んだ。折角の美貌が台無しになる程に。


「さて」とフィロメーノはけたたましい悲鳴を上げ続ける植物を燃やし続けるアフィーリアの頭に手を乗せた。



「後は僕に任せなさい」

「でも、もう少しで」

「ただ燃やすだけじゃ駄目なんだ。あいつが腹の中で飼ってるのを吐き出す恐れがある」

「お腹で飼ってる?」

「さっき聞こえたでしょう?あいつの腹の中の悲鳴」

「……!」



 アフィーリアが最初怯えた一番の原因。知らないのに、何故かとても知っている声に体が動けなくなった。目を見張ったアフィーリアに微笑み、フィロメーノは小さな左手にそっと手を乗せて魔力を流した。アフィーリアの魔力を自身の魔力で相殺し【カサルティリオ・フィアンマ】を消した。相手の体に自分の魔力を注いで魔術を打ち消すには相当巧みな魔力操作(コントロール)を必要とする。容易く熟すフィロメーノは只の悪魔じゃない。


 リリスと植物をどうにかしたら絶対に正体を教えて。


 アフィーリアの願いをフィロメーノは聞き入れた。



「そうだね。どうせその内、話さないといけないから。さて、じゃあ片付けようか」



 植物に向いたフィロメーノは冷血な銀瞳で捉え、左手で植物を囲う様に空中に円を描いた。発生した透明な球体に植物は閉じ込められた。



「ま、待って!」



 術の正体を知っているリリスは顔を青ざめ声を張った。



「アフィーリア、ウアリウス様を止めて!でないと――」


「うるさい」



 リリスが次の言葉を紡ぐことはなかった。


 フィロメーノは右手の親指と人指し指をリリスへ向けて重ねた。骨の砕ける音が鳴った。夥しい量の血を一気に吐き出したリリスの首が凹んでいた。リリスは驚愕と青ざめた表情のまま前へ倒れた。


『五大公爵家』の始祖を呆気なく殺したフィロメーノに今更ながら戦慄した。ひっ、と短い悲鳴を上げたアフィーリアは、それを見せた元凶の腰に抱き付いた。金色の頭に右手を置いたフィロメーノは「すぐに終わる」と左手に魔力を込めた。


 植物は悲鳴を上げている。アフィーリアとフィロメーノには届いていない。透明な球体は声を遮断する。苦しみ、もがき、暴れる植物だが外には何も届かない。


 軈て――――淡い粒子を発しながら体が透け始めた。フィロメーノの後ろから見ているアフィーリアはどんな魔術かと訊ねた。



「これ?【ロスト・オリジン】って言ってね、対象をオリジン――つまり、元素へと還元する魔術だよ。扱いが難しくてね、魔界でも使えるのは僕くらいじゃないかな」

「レオンハルト団長は使えないの?」

「レオンハルトでも難しいかな。えい」

「!」



 魔力を更に込め、握った。途端、植物の体は完全に元素へと還元され淡い粒子となって霧散した。深緑色の元素を――正体があの植物でも――綺麗だと思った。


 残ったのは、首の骨を折られたリリスの死体。


 フィロメーノから少し離れたアフィーリアは銀瞳を見上げた。



「リリスがコーデリア様の体を借りてまで現れた理由って、フィロメーノなの?」

「そうだね。僕でもあるし、君が目的でもある」

「私?でも、会ったことないよ」

「現実に会ったことはないよ。君がリリスと会っていたのは、常に精神世界だったから」

「精神……世界?」



 そう、と頷いたフィロメーノは膝を折ってアフィーリアと目線が合う様にしゃがんだ。真剣で決して逸らしてはいけないと銀の瞳は訴えていた。



「アフィーリア。僕は君が知らない君自身の事を知ってる。“エデンの森”で」

「……うん」

「今が、それを話す時だ。君にとっては、非常に辛い話になる。話を聞いて、君が今まで接してきた人達に恐怖を抱く恐れだってある。

 それでも君は話を聞く勇気はある?」



 知りたいと願ったのはアフィーリア自身。


 昼寝をしていただけの高校生が、どうして目を覚ましたら、眠る前にプレイしていた乙女ゲームの最後残酷な末路しかない悪役の姉になってしまったのか。ずっと気になっていた。フィロメーノにそう言われれば怖くない訳じゃない。恐怖心がぐんと増した。


 けれど、知らないといけない気がしていた。


 ドレスの裾をぎゅっと掴んだ。



 時間がどれだけ経ったか分からない。


 長いかもしれない、短いかもしれない。


 意を決したアフィーリアは強い意思を持ったエメラルドグリーンの瞳でフィロメーノを見上げた。



「……聞くよ。知りたいと願ったのは私。どんな話をされても、絶対に、誰も恨まない」

「……分かった。なら、話そう。

 君は最初からアフィーリアだった。これも覚えてる?」

「うん……」



 月の涙(ルナ・ティア)の咲いていた花畑で初めて出会った際言われた。



「長くなるけど、しっかり聞いてね」





読んで頂きありがとうございます(´∀`*)

……次回、フィロメーノがアフィーリアの過去を語ります。


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