63話 相性は大事
フィロメーノが時間停止の魔術を城内全体に掛ける少し前――
もうすぐ昼食時という事で一足早くいつもの食堂へと足を踏み入れたアイリーンは、今日も並べられている食器の数が一つ足りない事に顔を俯かせた。側にいたマファルダがアイリーンを慰めても寂しさは埋められない。
ずっと帰って来てほしいと願ったたった一人の姉は、戻っても相変わらず脱走を試みては父である魔王に捕まっては連れ戻されていると聞く。生まれてからずっと城の中で大事に育てられてきたアイリーンにとっては、外の世界は怖い物だと認識している。魔王の娘に生まれながらも、天界の姫である母シェリーの血が強いのか、アイリーンはまともに魔術も扱えなければ魔力操作も下手だった。子供なので殺傷能力のある魔術の習得は父ロゼが禁じているのにも関わらず、姉のアフィーリアは難易度が高く広範囲で威力が絶大な魔術を何故か扱える。本人に聞いても「何となく」としか答えてくれないので詳しい事を知るのは誰もいない。
マファルダが引いた椅子に座って他の子供達が来るのを待つ。
二週間の家出から連れ戻されたアフィーリアは、まだ一度も此処に来てはいない。原因はアイリーンよりも動物を優先したから。ずっとアフィーリアに会いたくて、寂しくて泣いていたアイリーンにしたら、妹の自分よりぽっと出の動物を優先したアフィーリアが許せなかった。
体毛も瞳も真っ白なタヌキ。アフィーリア曰く、名前はフィロメーノというらしい。普通のタヌキの体毛や瞳と異なるのは“エデンの森”にいた可能性があるからと、ネフィが教えてくれた。数百年に一度だけ咲く花“月の涙”は、魔物を通常よりも凶暴にさせる作用があるというのが一般的。他にどの様な影響があるかはまだ不明なまま。
一度アイリーンは、廊下を一匹でてくてく歩くフィロメーノと遭遇した。
『あ……』
フィロメーノの尻尾にはアフィーリアの瞳と同じ色のリボンが結ばれていた。ナーディアが野良タヌキと間違われない様アフィーリアが結んだと説明をした。アイリーンの前に止まったフィロメーノは可愛らしい顔で首を傾げる。
『……』
アイリーンも可愛い動物は大好きだが、目の前にいるタヌキだけは好きになれなかった。この子が現れなかったらアフィーリアは自分を優先してくれた。アフィーリアに会い難くなったのも、どう話し掛けたら良いか分からないのも全部このタヌキ――フィロメーノのせい。
そう考えれば考える程、両手で抱いているクマのぬいぐるみをぎゅっと強く抱き締めた。
『アイリーン様。シェリー様が待っていますよ』
『ささ、行きましょう』
ピアノの練習を終えたアイリーンは、この後シェリーとデザートを食べる為にサロンへと向かっている最中だった。
涙目で睨む様にフィロメーノを見つめるアイリーンに侍女トリオは困った。遅れればシェリーが心配する。
『きゅう』
『!』
べえ、と小さな舌を鳴き声と一緒に出したフィロメーノ。タヌキに馬鹿にされたと、アイリーンは更にクマのぬいぐるみを抱く力を強めた。フィロメーノは顔を逸らすとそのまま歩いて行った。
フィロメーノが右の角を曲がった辺りでアフィーリアの『もう!勝手にどっか行っちゃ駄目でしょう!』という声がした。
「……」
アイリーンだってアフィーリアに会いたい。でも、会い辛い。
家出をする前ユーリにどうしてあんな酷い事を言ったのか、その理由が知りたい。ユーリ本人はもう気にしていないのか、その事を話題には出さない。アイリーンと会話をする時極力アフィーリアの話題が出ない様に心掛けているが、ふと視線を移すとロゼに捕まって項垂れていたり、セリカと一緒にいる姿を目撃する。
「姉さま……」
アイリーンに気の利いた台詞を掛けようにも、今は何を言っても落ち込んでしまうのでマファルダは何も言えなかった。
暫くするとアフィーリアを除く他の子供達が入って来た。
「あ~もうっ!なあんでぼくも行きたいー!」
「うるっさい、行きたいなら勝手に行けばいいだろ」
言い合いをしながら入って来たのはアシェリーとネフィ。アシェリーの叫び声に対し、ネフィは耳を両手で塞いでいた。続いて入ったソラも事情を知っているのかネフィと同じ意見を発した。
「アシェリーなら何処へでも行き放題だろう」
「そんな訳ないでしょう。アフィーリア程じゃないけど、ぼくも基本外に出るなって言われてるもん」
「俺もそうだっつうの」
「どこの家もそうだろう」
ぷりぷり怒りながらマファルダの引いた椅子に座ったアシェリーを左右で挟む形で座るネフィとソラ。俯いていたアイリーンは顔を上げた。
「アシェリーも何処かへ行きたいの?」
「そうだよお。ぼくもベルベットが行った“オリオンの草原”に行きたいって言ったら却下された」
「ああ、それじゃあ駄目だろうな」
“オリオンの草原”の名を聞いたネフィは納得した。
「彼処は常に結界で全身を守らないと一瞬で凍り漬けになる極寒。五歳から一人でフラフラし慣れてるベルベットなら兎も角、何だかんだ言いながら守られてるアシェリーにはまだ早いよ」
「むう!ネフィなら父さんと同じ事言う!」
「事実だっつうの」
「勉強でよく色んな土地の名前とか聞くけどまだ行ってみたいって欲求がないんだよなあ」
ソラがポツリと零すとネフィは普通だろうと返した。
「寧ろ、外の世界に行きたいって急に言い出したアフィーリアが可笑しいんだよ。普通は、ある程度の実力を付けてから行くもんだ」
「ネフィは気にならないの?」
「連れてってくれるなら行くけど、自分から率先して行きたいって願望は今の所ない。つうか、俺の場合毎日の家庭教師との勉強が忙しい」
「そう言う割には遊んでる姿しか見ないのにねえ。変なの」
「うるせえなあ」
図星なので反論する余地もない。
そこにユーリとハイネも到着した。ユーリはアイリーンの左隣に座り、ハイネはユーリの隣に座った。
「あれ?アシェリー何だかご機嫌斜め?」
ハイネが膨れっ面なアシェリーを見て首を傾げた。
「そうだよお。でももうそんなに怒ってない」
「大人になってから行くか、レオンハルト様に頼んで一緒に来てもらうかの二択だろう」
「あ!その手があったあ!」
ソラの発言で良い事聞いたと顔を輝かせたアシェリーは、昼食後お願いしに行こうと機嫌を直した。話の見えないユーリとハイネは解釈をネフィに求め、聞き終えると溜め息を吐いた。
「アシェリーも外に行きたいの?」
「だって、ベルベットだけ行っていいのがズルい」
「ベルベット?ああ、アフィーリアと一緒にいたシルヴァ家の末っ子」
「……」
ベルベットの名前が出ると分かり易い程顔を歪めたユーリ。彼の中では、たかが出会って二週間であんなにもアフィーリアに頼られていたベルベットに、少し嫉妬心があった。また、アフィーリアに対してでも。あんな風に頼ってくれないくせに……と。
ずっと城で育ってきたがアフィーリアがユーリを頼った事はない。守らないといけない異母弟としか見られていない。境遇がああだったせいもある。
(もう母上はいない。アフィーリアに庇われる理由はない)
引っ付き虫が嫌だった時もあるがアフィーリアは本当に側にいるだけで何も要求してこなかった。コーデリアの気配が消えると彼女も何処かへと行く。アイリーンやハイネが来ても同じ。自分とコーデリア以外の誰かが来たら側を離れる。
コーデリアから守る以外に側にいる理由がないと見せ付けられている様で寂しくて、同時に不甲斐ない自分が何度も嫌になった。
……が、今嫌になっているのは別の理由から。
ユーリが思考の渦に浸っているとアイリーンが声を発した。
「そのベルベットって子はどんな子なの?」
此処にいる子供以外に面識がないアイリーンにしたら、第三者の名前は新鮮なのだろう。一番付き合いが長いアシェリーが答えた。
「シルヴァ公爵と同じでよく魔界をふらふらしてるよ。まだ子供だから人間界には行けないけど。社交界でもたまーに会う」
「俺も。ベティとは社交界か夢の世界で会う」
「というか、ネフィ。夢魔の力使っていいの?禁止されてるでしょう?」
「いいんだよ。ベルベットから接触してくる時あるし」
他人の夢に入るのは夢魔の特権だが、精神操作の魔術を応用して他人の深層意識にアクセスして接触を図るのも可能。ベルベットがネフィに使っているのがそれ。
「家出中のアフィーリアに接触したのも夢の世界だし」
「よく怒られなかったね」
「レオンハルト様に内緒にしてもらった」
「だよねえ。子供会議でいたの父さんだもんねえ。あはは~」
「他には?」
ベルベットの事を聞きたがるアイリーンに怪訝な顔でソラが問う。
「珍しいな。アイリーンがそんなに知りたがるなんて」
「家出中の姉さまを知ってる子だもん。会った時どんな子か知ってた方がいいかなって」
「そうだねえ、後はぼく達とそう変わらないよ。ベルベットも叔母様が反対しなかったら、ぼく達みたいにアイリーンやユーリ達の遊び相手になってんだよお」
「反対してなくても、ベティなら案外勝手にふらふらしてそうだけどな」
「ふらふら気質な血筋だもんなシルヴァ家って」
一定の場所に留まらず、気の赴くままに行動するのがシルヴァ家。
そう家庭教師から教わっているソラが口にすると「一ヶ所にいるのが苦手なだけだよ」と声が。共に空間がぐにゃりと捻れた空間の間から、話題の人物が現れた。
「あ、噂をしたらベティ」
「わあい、ベルベット」
「やあネフィ。アシェリーも。へえ、此処が魔王城。興味ないから来なかったけど退屈なとこだね」
貴族の令息らしい格好をして現れたベルベット。フレンドリーに声を掛けるネフィとアシェリー以外の面々は、前触れもなく出現したベルベットに目を剥いていた。
ハッと我に返ったユーリが入城許可もなく勝手に入るなと食って掛かるもベルベットは涼しい顔のまま。
「なあに?父上から好きな時に行っていいって許可は貰ってるよ。それとも、君の許可も必要なのかな?第一王子様」
「……」
悔しげに顔を歪めるユーリを冷たい紫水晶が射抜く。“エデンの森”でのやり取りをぼんやりとベルベットから聞いていたネフィとアシェリーは、他人に食って掛かるユーリと冷たいベルベットを見比べ――ソラを手招きして小声で話す。
「なんか、相性悪いなあの二人」
「原因はアフィーリアだけどねえ」
「ベティもベティだ。もう少し丁寧に扱ってやれよ」
「俺は合いそう」
「ソラはいけると思う。問題は……」
年長者組がひそひそ話を止め、年下組を見守る。
言い返さないユーリから視線をアイリーンに変えたベルベットは瞳を丸くした。
「君が第二王女様?」
「う……うん」
突然話を振られたアイリーンは驚きつつも頷いた。次に何を言われるか構えるも、彼の対象はハイネに移った。
「そっちが第二王子様、ね」
「君がアフィーリアと一緒にいたシルヴァ家の?」
「そうだよ。ベルベット=ローザ=シルヴァ。時にさアシェリー。フィーは?」
家名を名乗ったベルベットはアフィーリアの居所をアシェリーに訊ねた。魔界の重鎮達の子供や魔王の子供達がいてアフィーリアがいない事に疑問に感じた。
「アフィーリアは魔王陛下の部屋。監視も兼ねてずっと魔王陛下の部屋にいるよ」
「そうなんだ。じゃあ、これを渡してよ」
「なにそれ」
空間魔術を用いて出現したバスケットをベルベットから受け取ったアシェリーは中を覗いた。気になったネフィやソラやハイネ、アイリーンも。ユーリだけベルベットを睨み続けているが、ベルベットは涼しい顔をしたまま。
「アンデルの村でお世話になった人から手紙を預かった。後、向こうでフィーが気に入った物とかも色々」
「渡していいのかよ。あの魔王の事だから勝手に渡したりしたら」
「その辺は父上に話は通してもらってる。フィーが城に連れ戻された次の日に、おれと父上でアンデルの村に行って謝りに行ったから」
「ね、ねえ」
服の裾をアイリーンに引っ張られたベルベットは次の言葉に考え込んだ。
アイリーンが言ったのは「アンデルの村にいた時の姉さまを知りたいの」というもの。
父シャルルから、アンデルの村での生活をアイリーンに話さない事と言い付けられていた。お世話になった夫妻の一人娘の世話をしていたと、泣き虫で甘えたな妹が知るとショックを受けて大泣きする可能性があるからと。
なので。
「……とても生き生きとしてたよ。お城じゃ、よっぽど窮屈な生活してたのかな」
「……」
その返答を貰ってアイリーンは俯いた。
アフィーリアにとって、城での生活はやはり退屈なのか。
もし、そうなら……
「ベル――――」
アイリーンが顔を上げた直後、城内全体の時間が止まった。
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