61話 意外な発想
むっすう~と頬を膨らませていると、むにっと掴まれた。私を膝に乗せて執務を熟す父様に。顔を上げても書類を睨み続けているので視線は合わない。私からちょっかいを出しても頬を人差し指で突かれるだけ。
原因は分かってる。今朝の脱走失敗のせいだ。私は壁際に置かれたクッションの上でお腹を出してリエル叔父様にお腹を撫でられているフィロメーノを見た。確か昨日、フィロメーノと大事な約束があった筈なのに全然思い出せない。フィロメーノに聞いても思い出せないならそれほど大事じゃないんだよと言われた。そう言われるとそうかもしれないが、そうじゃない気がしてならない。
でも、ゆっくりと考えたくても今日一日は父様にずっと拘束されたままになる。原因?今朝の脱走以外何も思い当たらない。私が怒った顔をしても無駄。暴れても昼食を抜きにすると脅されたので大人しくするしかない。朝食は父様の部屋でフルーツ盛り沢山のパンケーキ。……父様に最後まで食べさせられました。嬉しいような、恥ずかしいような、くすん。
フィロメーノは今日も牛乳だったからか、諦めた顔をしていた。セリカに他のにしてあげてと言おうとしたら、先に念話で必要ないと断られた。
「とても人慣れしてるねこのタヌキ。案外、村の人が面倒見てたのかな?」
な、なんて言ったらいいんだろう……。
正体は銀髪銀瞳のとても見目麗しい悪魔……でも、フィロメーノの容姿を伝えると正体が分かるらしい。特に父様達は。フィロメーノの正体って一体何なんだろう。父様達を知ってて、かなり長生きで、物知り、それに父様達を呼び捨てに出来るって事はかなり凄い人?……うーん、分かんない。
「知らない間に懐かれたんです」
「そっか。にしても、真っ白なタヌキか。タヌキじゃないけど、あの人が飼ってた猫も真っ白だったね」
「誰の事ですか?」
私が訊くと先に喋ったのは父様だった。
「……リエル」
「うわー怖い。あの人の話題を出すだけでそう殺気を出さないで。ほら、フィーちゃんが困ってるでしょう」
眉間の皺を濃くしてリエル叔父様を睨む父様。父様のこの様子……そうだ、始祖の魔王の話をした時と同じだ。怖いけどリエル叔父様に訊ねた。
「リエル叔父様の言う人は始祖の魔王ですか?」
「……」
「あー……うん、そうだけど、ロゼ、怖いから僕を睨まないでって」
若干顔を青くするリエル叔父様が両手を前にして父様を落ち着かせる。……父様の今の顔、見てみたくてもリエル叔父様が青くする程なのだから、私が見たら更に恐怖を抱くだろうな。なので顔を上げない。
お腹を撫でられるのを終わったからか、気持ち良さげに目を閉じていたフィロメーノは目を開けて体を起こした。大きな欠伸をし、てくてくこっちに歩いてきて、ピョンっと執務机に飛び乗った。肉球が汚れてなくても大事な書類の上に乗るから私はおいでと手を伸ばした。
「フィロメーノ。そこは乗っちゃいけないよ。こっちにおいで」
「きゅう」
「うん。よしよし」
素直に応じて私の所へ来てくれた。赤ちゃん抱っこをして頭に頬擦りをする。
「ほらロゼ。何時までも睨んでないで早く済ませちゃいなよ」
「お前があいつの話をするからだろう」
「あはは……そうなんだけどね」
「父様。セリカと庭に行っていいですか?フィロメーノが散歩したそうです」
「散歩がしたいのはお前だろう、アフィ」
「ぐう」
ぐぬぬ……やっぱり見破られてた……。
フィロメーノもフィロメーノで“僕を使わないでよ”とちょっとだけ舌を見せなくても……。
だって、朝食が済むとクリスタとのお勉強が無くなった代わりに父様にずっと拘束されたままなんだよ?これだったら、まだクリスタに魔術を教えてと無理矢理お願いした方が余程いい。またむすう、と頬を膨らませると頭の天辺に柔らかいものが当たった。
顔を上げるとエメラルドグリーンの瞳と目が合った。
「もう少しだけ待っていろ。後、五件の処刑を承諾する書類にサインをするだけだ。それが終わったら薔薇園に連れて行ってやる」
「五件って多いね。普通は一件か二件なのに」
「これ以上調べても何も出ないと分かったのと生かしておいても利用価値もないと判断したからだ」
魔王の仕事は魔界全土に結界を貼って天使から守る事だけじゃない。民を守る為の法整備、罪を犯した者に対する裁判の最終決定、人間界で生活する悪魔が無事か定期的に連絡を取り合う、曲者揃いの貴族相手に行う政治的手腕。魔力至上主義だが、魔王自身のこういった魔界を統治するに必要な知識も必要となってくる。魔力だけが取り柄の魔王の場合は、腹心たる公爵達がサポートする。過去の魔王には平民出身の悪魔もいたと聞くけど、政治の一切は当時の公爵達が仕切っていたとか。
代々の魔王が五大公爵家から多く輩出されてきた理由がよく分かる。
……処刑と言えば。ゲーム設定では、この世界の処刑方法って……
「……痛そう」
「普段困ったさんなフィーちゃんでも、魔界の処刑方は知っているんだね」
「誰だ教えたのは」
「あのねロゼ……普通に学ぶよ。これくらい。まあ……アイリーンちゃんには、刺激が強いからまだ教わってないかもだけど。フィーちゃん、魔界の処刑方は何?」
リエル叔父様が教え子に問う様に訊く。
「……ギロチンでの斬首」
「そうそう。正解」
ネフィの愛憎ルートでのバッドエンドにある。悪役アフィーリアは、嘘の手紙でアイリーンを呼び出し魔力封じの拘束具でアイリーンを拘束。本来、処刑で使用されるギロチン台にアイリーンを乗せ、思い付く限りの罵声を浴びせた後縄を切ってアイリーンの胴体をギロチンで真っ二つにした。全年齢版なので文字でしか表示されなかったがかなりエグいバッドエンドだった。その後は、お姉様を信じてしまってごめんなさい、と届かない後悔をネフィに宛てていた。首を斬り落とすのではなく、胴体を半分にするというのがまたアフィーリアの狂気を表しているとプレイヤーは戦慄した。
私もその一人。
なのに、アフィーリアになってしまった。
皮肉過ぎる……。
「じゃあ、天界と人間界の処刑方はどんなのか知ってる?」
「え……」
え、流れ的には可笑しくないけど天界や人間界の処刑方法まで教えられるの?リエル叔父様のキラキラスマイルがとても怖い……。父様が許す筈……
「いい加減にしろリエル。子供に教える事か」
案の定、父様が厳しい声色でリエル叔父様を咎める。リエル叔父様は、まあまあ、とこっちに近付くと私の頭をポンポン撫でた。
「暇潰しの話だよ」
「もっとマシな話にしろ」
「ロゼ。アイリーンちゃんは兎も角、フィーちゃんは困ったさんだけどこれからの事を考えると知っていても害はないよ。ロゼだって分かってるでしょう?」
「……。アフィは知りたいか?」
「え、えーっと、……人間は絞首刑とは、知ってます」
飽くまでも、私の知ってる人間の処刑方法ですが。
私が答えると二人は意外そうに目を見開き。……だが直ぐに父様の表情は険しくなった。人間界に拘りを見せ始めた私が人間界の事を知りたくて学んだと思われたよねこれ。苦笑するリエル叔父様は、それに触れず、正解と言い、でもと続けた。
「他にもあるよ。さっき、フィーちゃんが言った絞首刑は主に平民だね。貴族は毒杯を煽るんだ。罪の重さや理由によって毒の内容もまた変わる。次に天界だね。ふふ……人間にとったら、救いを差し伸べる天使様なのに罪を犯した同族の処刑方法を知ったら、彼等はどんな顔をするんだろうね」
「首を落としたり絞めたりではないのですか?」
「天使はね、まず罪を犯した天使の力を封じるんだ。無抵抗になった罪人をどうすると思う?」
「どうって……」
普段と変わらないのにリエル叔父様何だか怖い……、ぎゅっとフィロメーノを抱き締めると“趣味の悪い子だよ”と嘆息していた。私達悪魔を薄汚い、世界を害する害虫だなんだと言う天使だ。人間界や魔界とは違う、高潔な処刑方法を使用するのだろう。
「自害をさせる、ですか?」
「違う」
「じゃあ、一体」
「正解はね――無抵抗の同族をよってたかって痛め付けて、羽を毟って、絶命する瞬間まで弄んで殺すんだ」
「……」
教えられたのは、悪魔や人間よりも上をいく残酷な内容だった。天使が?神に仕える天使が?
唖然とする私にやっぱり普段と同じ微笑を浮かべるリエル叔父様が頭を撫でる。父様がバシンっと手を払った。
「リエル。朝から何を苛ついてる」
「僕が苛ついてるのはレオンハルトのせいだよ。朝顔を合わせるなり物凄い顔で睨んできたんだ。理由を聞いたら『あのじじいと似た顔を向けてくるな』って。全く、僕だって好きであの人と顔が似てる訳じゃないのに」
「……あいつが姿を現したのか?」
「聞いても『知るかっ』って吐き捨てられて終わりだよ。やれやれ、あの人絡みでレオンハルトが苛ついてるのは確かだけどね」
「……」
滅多に怒らないリエル叔父様が苛つく程レオンハルトが苛ついている原因の始祖の魔王。父様は難しい顔をして考え込んでいる。
私はフィロメーノに話し掛けた。
“レオンハルト団長が苛つくってよっぽどだね”
“そう?彼は元はかなり短気だから、珍しくはないよ”
“私の知ってるレオンハルト団長は、のんびり屋なおじいちゃんみたいな人だもん”
“今の彼は息子の為に無理矢理性格を偽っているだけだからね。何かの拍子に性格が元に戻るのは仕方ない。一時的でもね”
“始祖の魔王絡みで苛ついてるってリエル叔父様は言うけど、一体何があったんだろう。ねえフィロメーノ、始祖の魔王が何処にいるか知ってる?”
“さあ?彼は神出鬼没で余程の事がないと姿を現さないよ”
密かに始祖の魔王を探す、っていうのは無理っぽいね。
フィロメーノのお腹を撫で撫でしていると不意に浮遊感が。驚くと同時に父様にお姫様抱っこをされた。
お姫様抱っこをされる私の上にフィロメーノが寝そべる形となりました。
「書類にサインをした。アリスに渡してといてくれ」
「はいはい。行ってらっしゃい」
ばいばーいと手を振るリエル叔父様に見送られ、父様に抱えられて部屋を出た。外には、待機していたセリカが待っていた。
「陛下、どちらへ?」
「薔薇園だ」
そう告げた父様は歩き出した。セリカも後に続く。フィロメーノのお腹を撫でながら顔をセリカへ向けた。
「今日クリスタは?」
「お嬢様の世話を今日は陛下がすると聞いて普段の仕事に戻っています」
好機とばかりに逃げたわね絶対……。
薔薇園に到着してもお姫様抱っこは継続中。降ろしてとお願いしても駄目の一言で終わり。くすん……。
「あ……」
遠くの方で侍女トリオが見守りながら青薔薇の咲く花壇の前で談笑しているアイリーンとユーリがいた。
何度二人が一緒にいる場面を目撃しても、嫉妬とかそういった感情は全く浮かばない。あるのは、大事な妹と異母弟が仲良くしてて良かったーくらい。
“怖いな……”
“何が?”
“自分が何時、コーデリア様になってしまうかが怖いの”
“……”
“アイリーンとユーリはとてもお似合いよ。大きくなってユーリがアイリーンと結婚したいと父様にお願いしたら、きっと父様は承諾してくれるわ。私もアイリーンがユーリのお嫁さんになるのは大賛成。……だから怖いの。二人をお似合いだって思ってるのに、コーデリア様みたいに叶わない恋心を抱いて、アイリーンやユーリを傷付けるのが。ううん、アイリーンやユーリだけじゃない。沢山の人達を傷付けるのが怖い”
もしも、物語に強制力があって、恋愛感情で好きじゃないユーリを好きと思い込まされてコーデリア様みたいになってしまったらどうしよう。
私に抗えるのかな。
不安を抱く私にフィロメーノが殊更優しい口調で告げた。
“自信を持ちなさい。君は自分の為に、アイリーンの為に、過去強力な魔術を修得している。それは攻撃だけじゃない。精神を強化するものから相手の魔力を増幅させるものから多岐に渡る”
“フィロメーノ……”
“アフィーリア。君にとって深刻な問題だから、一つ助言を与えよう。君は将来、ユーリを好きになると思い込んでいるけど、逆に好きな人を見つけるというのはどう?”
“好きな人?”
“そう。ユーリを好きになる隙間がないくらいに好きになる相手を見つけたらいい”
簡単には見つかりっこない。けど、無茶苦茶な難問でもない。フィロメーノの意外な発想に感謝した。
読んで頂きありがとうございます!




