60話 ウアリウス
――遙か遠い昔から生き続ける存在。
何時から生きているのかさえ、自分自身忘れた。
只、覚えているのは気付いた頃には家族と呼べる人はいなかった。強大過ぎる力を崇拝し、讃える者だけが傍にいた。
後に魔界の王を支える五人の腹心――五大公爵家の始祖達。
彼等の始祖に対する崇拝振りはすごかった。一種の洗脳に似た何かを感じた。
魔界の長い歴史に於いて、たった一人開花させた潜在魔力のせいで絶大な魔力を持った彼は最初の魔界の王となった。
他の魔族では決して持たない転生の力でその時代が飽きたら、腹心の五人の内の一人イタリクス=アグニ=イグナイトに自分を殺させ、魔力と記憶を所持した状態で新たな生へ生まれ変わった。
今の肉体は現イグナイト公爵ガルディオスが生まれる千年前に手に入れた。なので、軽く三千年は経っている。
無駄に長く生きてきた彼だが、唯一持っていないものがあった。
それは自身の血縁者。絶世の美貌の青年の姿をする彼に心奪われた女性は数知れず。五人の腹心の内の一人リリス=キラー=ドラメールも一人。彼女程、己の容姿と能力に自信を持った女性はいない。過去でも未来でも。始祖の美貌と力に執着していたリリスだが、始祖が最初の生を終えても、ついぞ振り向いてもらえなかった。自分の何がいけなかったのか、自分は駄目で他の弱い悪魔の女性が何故彼に微笑まれたのか……彼女は必死に考えた。
そして、一つの結論に行き着いた。
簡単な話だった。魔力が足りない。魔界の住民は魔力が強ければ強い程容姿が美しくなる。
「もっと、魔力を
彼に相応しい魔力を持つ女性になれば必ず……!」
リリスには、気紛れに遊んだ相手との間に三人の子供がいた。自身も相手も高位魔族。そうだ、純粋な高位魔族同士で子を成していけば、いつか始祖が振り向いてくれる美貌を持つ子供が生まれるかもしれない。
その歪んだ考えから、リリスは自身の命を自身の手で終わらせた。その際に、魂を次に生まれてくる子孫に憑依させた。何世代、何十世代かかってもいい。何時か、始祖の隣に立つに相応しい女が生まれるまでの辛抱だと――遠く暗い意識の中リリスは嗤ったのであった。
……そして、
「ふふ……ふふふ……」
レオンハルトの悪趣味部屋に閉じ込められ、毎日謎の薬を飲まされては奴隷達の慰み者とされるコーデリアが不敵に微笑んだ。既に彼女には正常な思考はない。故に、誰もコーデリアが微笑んでも気にしなかった。
――早く……早くこっちへいらっしゃい……、愛しい始祖様の血を受け継ぐわたくしのアフィーリア……
○●○●○●
○●○●○●
今日の満月は普段の神秘的で神々しい光はない。好戦的で欲望に塗れた光を発していた。魔王城の庭園で対峙する二人の男性。
月光を浴びて、悪魔でありながら神に連なる者を連想させる輝きを放つ銀髪銀瞳の悪魔フィロメーノは、何時もの飄々とした様子から重苦しい殺気を向けるレオンハルトへ恍惚な面を浮かべていた。
「見逃してほしいな。ノワール家始まって以来の天才君と争えば、流石の僕もタダではすまなさそうだ」
「どの口が言ってる。第一、アフィーリア嬢を連れ出す理由は何だ?ロゼへの嫌がらせか?」
「二割位は嫌がらせかな。でもね、僕はそれだけでこの子を連れ出したりしない。ましてや、ロゼやリエル、君達がいる魔王城に態々侵入しないよ。全部アフィーリアの為さ」
「……」
「レオンハルト。これはアフィーリアの為でもあり、君達の為でもあるんだよ?君達だって、アフィーリアを傷つけたくないでしょう?」
まるで何時か自分達がアフィーリアを傷付ける。
そう言いたげな物言いにレオンハルトは苛立ったように顔を顰めた。
「“予知”でも視たか?未来を語るという事は」
「さあ?こればかりは教えられない。さて?僕から事情を聞きたいなら無理矢理聞き出すしかないよ。見ての通り、僕は話す気はこれっぽっちもないから」
両手を広げて態とおどけて見せるフィロメーノをほんの少し俯いたレオンハルトが顔を上げた瞬間――高威力を誇る炎と雷の魔術を同時に放った。
フィロメーノがいた場所は広範囲に砂塵が舞う。轟音とも取れる衝撃音が広がったと言うのに、城内にいる誰一人として騒がない。
直撃すれば消滅は免れない威力だが、砂塵を風が持っていき、周囲の景色がクリアになるとフィロメーノは無傷で立っていた。
レオンハルトに驚きはない。無傷で当然だと言わんばかりの顏である。
「やれやれ。容赦ないなあ。僕は一応、アフィーリアのお祖父ちゃんなんだけどな」
「孫娘を惑わせて何をしたい?」
「内緒だよ。どうしても知りたいなら、僕を捕らえ拷問したらいい。痛いのは嫌いだから簡単に吐いちゃうかもよ?」
「なら、とっておきの拷問具を用意しないとな」
お喋りはここまで――。
周囲を支配する殺気が一段と濃さを増した。
「《吼えよ炎竜の王》」
「《目覚めよ真紅の獣》」
二人同時に、違う炎の魔術を使用。
高威力の炎球が正面衝突した。中心から発生した爆発は広範囲に渡って燃え広がり、魔王城の庭園を一瞬で炎の海にした。
「やれやれ。君と本気で戦うとなると被害が甚大になるね」
レオンハルトが【反射】ではなく、真っ向から別で同威力の魔術を放つと読んでいたフィロメーノは即座に結界を展開。謎の球体の中で眠るアフィーリアを保護して、片腕で抱いていた。
「あんたを相手にして手を抜く馬鹿が何処にいる」
対して、レオンハルトも炎と炎が相討ちとなった瞬間身を守る結界を展開して無傷だった。腕に抱かれるアフィーリアを見て顔を歪ませる。
「父親に幼女趣味の気があったって知ったら、ロゼやリエルはどう思うだろうな?」
「失礼だな。僕は幼女にはこれっぽっちも欲情しない、よ」
軽口を叩きながらも攻撃の手は緩めない。
炎、水、地、風――基本四元素を一つの元素に集約。
「《さあ・君にこれが・防げるかな》?」
左手を勢い良く突き出したフィロメーノが対象を元素へと還す【元素の裁き】を放った。地面を元素へと還元しながらレオンハルトへ光線が迫る――
「《人を甘く見てんなよ》!」
――すると、【元素の裁き】が目前に迫った直前に術と自身のいる場所を入れ換えた。
「!へえ、そうくるか」
身体強化の魔術を全身に施したレオンハルトがとてつもない跳躍力でフィロメーノの前に立った。瞬神の如き速度で左手に【エンシェント・バースト】を濃縮させた炎球をフィロメーノの顔面目掛けて叩き込んだ。
……と思うも。
「そこまでです!!!」
二人のよく知る声が更に激しさを増したであろう戦いを中断させた。
フィロメーノの顔ギリギリで止められた炎球。そして、レオンハルトの心臓ギリギリで止まった白刃。
どちらかが動けば、どちらとも無事では済まない魔術を向けたまま、第三者を同時に睨んだ。
「そこまでです。レオンハルト殿、ウアリウス様」
炎に燃える赤い髪と瞳。そこに立っているだけで他者を圧倒する覇気を纏う屈強な男性ガルディオスは、何時でも開戦可能な二人の側へ歩む。
「幾らレオンハルト殿が内外に結界を貼っていたとしても、お二人の実力を考えれば城は吹き飛びます。魔界の民を守り預かる者として、僭越ながら止めさせていただいた」
「相変わらず堅苦しいなあお前は」
「お久し振りで御座います、ウアリウス様」
仰々しくフィロメーノ――基、ウアリウスに膝をついたガルディオス。
「凡そ六百年振りでしょうか。貴方とこうしてお会いするのは」
「そうだね。確か、ロゼが反抗期真っ只中の時に君にあの双子の世話を任せたのだっけ」
「はっ。貴方が当時赤子だった陛下とリエル様を抱いて姿を現した時、同席していたシャルル殿共々驚きました」
「あはは。いたねえ彼も。しょうがないじゃないか。無駄に長生きしてきたけど子供……況してや赤子の世話なんか経験ないのに」
当時を思い出し、面白可笑しく笑った後ウアリウスは白刃を消した。彼に戦闘の意思がなくなったのを見てレオンハルトも炎球を消し、少し距離を取った。ただ、未だアフィーリアを腕に抱いているのを睨む。
「ガルディオス殿が止めに来たんだ。アフィーリア嬢は返してもらおう」
「生憎とこの子とは約束しているんだ。この子が知らない事を教えないといけない。例えそれで……君達大人がアフィーリアに拒絶されたら、申し訳ないから僕が貰うよ」
「……やっぱり幼女趣味に目覚めてるじゃねえか」
一瞬素の口調に戻ったレオンハルトを気にせず、ガルディオスが「ウアリウス様」と呼んだ。
「アフィーリア様にイグナイト家に代々伝わる始祖殺しの魔術を教えたのは貴方ですか?」
「だとしたら何だっていうの?僕が何を誰に教えようが僕の自由だ」
「まだあるぞ。アフィーリア嬢に予知能力を与えたな」
「予知を?あ、はは!あげないよ」
真実を言っても良いが教える気は更々ない。
「僕が視た予知の内容を教えただけだよ。それに怯え、不安に駆られ、魔界から逃げ出したくなっただけさ」
敢えて、嘘を伝えた。
これは一応、彼等を気遣ってでもある。
真実を告げれば全員が心に深い傷を負う。最も深い傷を負うのは……。
「ん……」
ウアリウスの腕に抱かれて眠るアフィーリアが身動ぎする。強力な睡眠魔術を掛けたが半分神族の血が流れているのもあり、悪魔の魔術の効果は半減されてしまう。意識が戻りそうなので今夜は無しだなとウアリウスは嘆息した。返せと煩いレオンハルトにアフィーリアを返した。
じゃあ、と言って帰す筈がない。
「見す見す逃すと思うか?」
「今日のレオンハルトはご機嫌斜めだね。そんなんじゃ、また一人息子に怯えられるよ?」
「ウアリウス様!まだお話が、」
「うるさいよガルディオス。しつこいのは嫌いだ。急がなくても僕はまた来るよ。……でも、その時はきっと選択の時だ。
アフィーリアが僕の手を取るか、魔界に残るか……ね」
――君は僕の手を取らざるを得ないのだけどね……可哀想なアフィーリア
瞬間移動で姿を消したウアリウスを追い掛けようとしたレオンハルトだが、取り戻したアフィーリアがいるのとガルディオスの制止で止めた。
「ちっ……あんのじじい」
「シャルル殿に聞いた時は半信半疑だったが……始祖様がアフィーリア様に接触するとは。陛下はこの事は」
「じじいがアフィーリア嬢に接触したとは、薄々勘付いてはいた。姿を見せるまでは傍観を決めたが……そうも言ってられないな」
アフィーリアが家出をしている間、ユーリとアイリーンを除いたメンバーで子供達が謎の会議を開いていた。夢魔の力を使ったネフィが夢の世界でアフィーリアに接触した際、こう言われたらしい。
自分は将来コーデリアになる、と。
その言葉を聞いて始祖と同じ予知能力にアフィーリアが目覚めたと判断した。ロゼには報告しなかった。殺したい程毛嫌いしている父親と同じ能力を愛娘が持ったとなると必ず封印しに掛かる。また、始祖の気配がアフィーリアからするとロゼに言われた。予知能力に目覚めたのではなく、与えられたものとしたら?という疑惑がレオンハルトの中で浮上した。
姿を現すなら夜中。殆どの者が寝入った時間しかないと判断し、魔王城全体に結界を貼って動向を探っていた。
案外早く動くとは思いもしなかったが……。
「アフィーリア嬢をロゼの部屋に戻してくる。今夜の件については俺とガルディオス殿だけのものにしてほしい」
「……分かった」
ロゼが知ればアフィーリアは更に窮屈な生活を強いられる。ほぼ十割は自業自得だが可哀想である。
――翌朝、目を覚ましたアフィーリアはよく寝た~と大きな欠伸をした。
「あれ……?」
外はまだ薄暗く、隣には父ロゼがまだ寝ている。真っ白なタヌキとなったフィロメーノもお腹を見せて寝ている。
「私昨日……」
――あれ?何をしようとしたんだっけ?
確か、確か、確か……
「思い出せない……」
重要ではないから忘れても問題ないか。
ゴロンとベッドに寝転ぶも、まだまだロゼは寝ている。起きる気配がない。
部屋を出る好機だとエメラルドグリーンの瞳をキラリと光らせ、慎重にベッドから降りてドアに近付いた。ドアノブをそっと回し周囲に人がいないのを確認して部屋を出――
「躾のなっていない子猫程愛しいと言うが間違いではないな」
「へ」
た、と油断した瞬間体が宙に浮いた。
頭上から聞こえた声に覚えが有りすぎて恐る恐る顔だけ動かして見ると。
……とっっっても美しい微笑を浮かべるロゼがいた。
この後、部屋に戻されて今日一日ロゼに捕獲されたままなのは言うまでもない。
「なんでこうなるのよー!!」
「きゅう(こうなるしかないでしょう)」
読んで頂きありがとうございました!




