59話 着ぐるみもこもこぱじゃま
「お茶会、ですか?」
「そうだ」
夕食も終わったのんびりタイム。
朝と昼同様、アイリーンにまだまだ会わせる顔がない私は、父様の部屋で夕食を済ませた。フィロメーノは朝と昼と同じ牛乳。続けて三回も同じ牛乳を出されて不満げな顔をしていた。
そんなフィロメーノは、今はふかふかベッドの上でお腹を見せてる。私が撫でていると不意に父様がノースゲート公爵夫人が開くお茶会の話をした。
「今朝、セリカがノースゲート家にはお前と同い年の令嬢がいると言っていただろう?公爵令嬢となった娘のお披露目を兼ねたお茶会だ。アフィやアイリーンを出せとあまりにもしつこくてな。不本意だが、アフィを参加させる事にした」
先日のエドヴィーヂェ様の件もあって、父様は全然乗り気じゃない。アイリーンの名前が出なかったのはまだ他人の悪意とか、負の感情を向けられるのに慣れていないせい。
「ノースゲート公爵令嬢はどんな子なのですか?」
「知らん」
「むう」
興味がないんだろうな。むくれて見せるとほっぺを人差し指で突かれる。
アリス宰相辺りは詳しく知ってそう。今度聞いてみよう。
「父様。そのお茶会には、ネフィやアシェリー達はいますか?」
どうせなら、顔見知りがいる方がある程度落ち着く。新たな公爵となったのだから、他の公爵家と交流を持とうと招待していても変ではない。
「ああ。それぞれ、フォレスト家やノワール家の令息として出る」
「ユーリとハイネは?」
「あの二人は出さない。魔王の子として行くのは、アフィ一人だけだ」
「フォレスト家やノワール家に声がかかっているなら、シルヴァ家にも?」
「ベルベットも招待したいみたいだが、シャルル曰く、ベルベットは今"オリオンの草原"に行って屋敷にはいないらしい」
"オリオンの草原"?何処そこ?
父様に聞くと、北の果てにある草原でオリオンという極寒の地にしか生息しない珍しい植物が生えているのだとか。中には、"月の涙"程ではなくても希少な花も生息している。極寒というのだから、相当寒い筈……。
「一つの場所に留まるのが苦手なのは、シルヴァ家特有の血筋だな」
「アンデルの村ではそうでもなかったのに」
「目的があってアンデルの村にいたんだ。そこは我慢するしかない」
シルヴァ公爵、というより、シルヴァ家に生まれた者は皆一つの場所に長く留まるのが苦手みたいで成人を迎えると殆どが屋敷に戻らなくなるとか。ベルベットも言ってたな。
ベルベットはまだ子供だから屋敷にいないといけないけど、他の兄姉よりも生まれた時からの魔力容量が多い上に魔術の才能も群を抜いて優秀。でも、四男で末っ子だから将来は自由にしたらいいというスタンス。長男は次期公爵という大役があるのだが、人間の生活が気に入ってしまって人間界で絶賛生活中。……シルヴァ公爵が何時まで経っても隠居出来ないと稀に嘆いていると父様は言うが、本人も魔界や人間界をフラフラするんだからお相子ではないだろうか。
「……にしても」
父様の手が私の頭に伸びた。
「こんな寝間着を何処で見つけてくる?」
私が着ているのは、母様一押しの黒猫の着ぐるみぱじゃまです。全体的にもこもこしてて触り心地も着心地も抜群。頭をすっぽりと覆うフードには猫耳がある。両脇に父様の手が入れられ、私を抱き上げて膝に乗せた。
「母様は動物の着ぐるみがお気に入りみたいです。今度、フィロメーノとお揃いのタヌキの着ぐるみぱじゃまを探してもらいます!」
「まあ、全身がもこもこしているせいか、アフィを抱いて眠るととても温かいんだ」
あう……。六歳の娘にそんな甘い声を出さないで……。……多分、毎晩受けているだろう母様も大変だね。ゲームの時でもプレイヤーのお姉様達は、イヤホンで聴くのは自殺行為だとよくネットで言っていた。元大人向けとあって皆のお色気満載な声は耳に毒なのだ。メインは魔王候補であるあの五人だが、父様や叔父様といったメインを飾るサブキャラも十分色気満載な声だった。
現実にアフィーリアとして生の声を聞くようになってからは、何度死にかけたことか。父様の寝起きの声のせいで。
私が黒猫の着ぐるみぱじゃまに対し、父様は前を全開にしたシャツ姿。……何度も見たお陰で耐性ができましたよ美青年の鍛えられた上半身の色気に宛てられて平気でいられるようになって悲しいですよ。父様の堅い胸板にほっぺをぐりぐり押し付けた。
「くすぐったいなアフィ」
「う~ん」
「眠いのか?」
実際は眠くない。眠くないけど、これ以上父様の色気に宛てられても困るだけ。今日は早目に寝た方が私の為である。コクリと頷くと「そうか」と頭の天辺に柔らかい感触が。きっと、キスをしたのだ。寝る前には、必ずこうやってキスをしてくれる。アイリーンには申し訳ない。こうやって、父様の愛情を独り占めしているようで。
でも、毎朝アイリーンに会いに行って、おはようのキスをしているのは知っている。前にセリカが教えてくれた。
私を抱いて横になった父様は指を鳴らして灯りを消した。
「お休み。アフィーリア」
「お休みなさい。父様」
父様の香りに包まれて私は瞼を閉じた。
朝フィロメーノが言っていた約束は忘れず……。
○●○●○●
○●○●○●
つんつん
「んん……」
つんつんつんつん
「んんっ」
誰かに執拗に頬を突かれて意識が浮上し始めた。飽きずに人の頬を突く正体を見ようとゆっくりと目を開けた。月光を浴び、悪魔なのに神秘的な雰囲気を醸し出す銀髪銀瞳の男性が私を見下ろし、黒い手袋を嵌めた指で私の頬を面白そうに突いていた。ぼんやりとした意識のまま、小さく名前を紡ぐと彼はむにっと私の頬を摘まんだ。
「起きなさい。言ったでしょう?今日の夜中起こしてあげるって」
「うん……」
言った。ちゃんと忘れずに寝たので覚えてる。でも眠い。むにむにっと摘ままれて、頬から手を離すと父様の腕から私を取る様に私を抱き上げた。「ん……」と声を出した父様に、起きた?と内心焦ったがすぐに表情を和らげた。ホッとした私はフィロメーノを見上げた。
「良かった。起きなくて」
「うん。強めの睡眠魔術を掛けたからね。ちょっとやそっとじゃ起きないよ」
「何時かけたの?」
「君達が眠ったのと同時に、だよ。ロゼは敏感な子だから、君がいなくなったと知るとすぐに起きる。ほら、行くよ」
「うん」
確かに父様ってすぐに起きる。何度か脱走を試みようとベッドから抜け出してバルコニーに出たり部屋から出ようとすると必ず背後から声を掛けられる。そして、抱っこされてベッドに戻り、顔は笑ってるけど目が笑ってない表情をする。あれとても怖い。顔が良すぎるせいで。
フィロメーノは私を抱き、バルコニーに出ると迷いもなく柵を飛び降りた。重力操作をして速度をコントロールしている。落下がゆっくり。段々と下へいく外の景色を見つめる。こんな風に外を眺めた事がない。
地面に着地してもフィロメーノは私を抱っこしたまま。
「取り敢えず、城から離れるよ。ぼくと君の気配は消してあるけど勘の良い子はすぐに気付くからね」
「何処へ行くの?」
「そうだね。彼処に行こうか?“月の涙”が咲いていた場所。シャルルやベルベットが全部採取したから何もないけど、彼処なら誰もいない。落ち着いて話が出来る」
「うん!あ、ねえ、“月の涙”が咲いていない時は何が咲いているの?」
「採取したばかりだから何もないよ。年月が経てば、地面から再び“月の涙”の芽が出る。次も数百年後に咲くよ」
「そっか。あ、フィロメーノもう一つ」
“月の涙”がどうして芽が出るのか訊こうとした私だが、急に険しい顔をしたフィロメーノに息を呑む。私に顔を向けるとふわりと微笑んだ。
「ごめんねアフィーリア。ちょっと待ってて」
「待つ?何が?」
「お客様だ」
誰?と口を開きかけた時――私の意識は強制終了された。あっという間に真っ暗となった世界。遠くから微かに声が聞こえた。
誰の声かが……分からなくなる程に……私は眠った。
壁に凭れる様にして立っている相手に背を向けたまま、フィロメーノは肩を竦めた。
「やれやれ。君が気付くなんてね?ぼくはてっきり、真っ先にぼくを感じてくれるのはロゼだと期待していたのに」
「いいや?感じてはいた。只、アフィーリア嬢の安全を確認してからではないと危険だと判断したんだ」
「はは。用心深いなあ。ぼくはアフィーリアに危害を加える気はこれっぽっちもないよ」
「ほう?その割には、ロゼに【レムの夢】を掛けていたが?余程、起きてこられると面倒だと感じたんだろう?」
「アフィーリアの為さ。ぼくがこれからする事は、全てアフィーリアの為。ロゼの可愛い愛娘の為の行動なのだから見逃してほしいな?レオンハルト」
「……嫌だと言ったら?」
アフィーリアを抱いたまま振り返ったフィロメーノの銀瞳には、残虐な色が濃く映っていた。息をするのも億劫になる重苦しい雰囲気が周囲を支配する。
レオンハルトは壁から離れ、普段の彼からは想像もしない程に強烈な殺気を纏った黄昏色の瞳をぶつけた。
「ああ……やっぱり、こうなるよね」
恍惚とした表情で紡いだフィロメーノは、腕の中のアフィーリアを不思議な球体の中に閉じ込めて上空へ置くと――
「――――――」
爆炎をも超える圧倒的炎の魔術をレオンハルトへ放った。
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