57話 銀色の悪魔の独白
――僕は君を知っている。君が知らない事も含めて全部
遥か遠い昔に生を受け、肉体が滅びても魂が消滅しなければ転生の術を使って何度でも甦る存在。それが僕。僕だけに与えられた力。記憶を保持したまま、というのも必要であって必要ではない。記憶があるからこそ優位になる時もあれば、酷く退屈になる時もある。知識も魔力も、生まれ変わる度に零になって一から始めてみたい。そうすれば、少しは退屈な世界が面白可笑しく描かれるだろうか。
でも、それはまた何時かにしよう。今の僕には楽しみがある。ロゼと天界の姫の娘であるこの子。
「今日のお昼ご飯は何かな」
「さあ?君の嫌いなものだったりしてね」
「うえー」
「嫌そうな顔をしない」
アフィーリア。“アレ”に目を付けられたせいで悲惨な死を迎え、死しても輪廻の輪に弾かれるせいで何度も同じ生を繰り返す可愛そうな子。
君は何も知らない。どうして自分がアフィーリアなのか。十八年前アフィーリアの魂を植え付けた人間の少女の魂の一部と融合したせいで、余計な意識が元のアフィーリアの意識を上書きして、人間だったと思い込んでいる。今日の夜中に知りたい事を教えてあげると言った。その時、君はどんな顔をするのかな。どんな反応をするのかな。
今日の昼食の内容が気になるアフィーリアが僕に抱きつきながら聞いてくる。周囲に他の相手がいる時は基本タヌキの姿に化けている僕に食事内容は関係ない。どうせ、またあの牛乳が出てくるだろうし。流石に、犬の餌を食べさせられるとは思ってなかったけど……。
「グリーンピースは嫌……」
「好き嫌いは良くないよ?」
「だって、あのドロッとした食感が苦手」
「気持ちは分かるけど、グリーンピースを大事に育てている農家の人達に申し訳ないと思わない?」
「ぐうっ。そ、それは……うん。もし出されたら、頑張って食べる」
「そうそう。その調子」
しゅん、と落ち込むアフィーリアの金糸を撫でる。ロゼの様に、純粋な金髪は魔界では珍しい。吸血鬼一族の姫ティファリナの様な薄い金色はちらほらといる程度。悪魔にとって、至高の色は黒。名に黒を持つノワール家は黒を最も愛する一族と言って良い。今代の当主は興味の欠片もないが。対し、ノワール家と対を成すホワイト家は、悪魔が最も忌む色の名を持つ。代々『騎士団』の団長を務め、騎士達を纏めあげるのもまた力があるから。色が気に食わないからって差別をして痛い目を見た連中は計り知れない。
「フィロメーノ」
「ん?」
「フィロメーノは、ノースゲート公爵がどんな人か知ってる?」
「知ってるよ。というか、ロゼやリエルが言っていただろう」
「うん。でも、詳しくは教えてくれなかったじゃない」
話すのも嫌になっているんだろう。レオンハルトやアリスでさえ、あの狐顔に良い思い出がないのだから。始祖の子、というだけで嫉妬の対象にされていたロゼやリエルからしたら、名前を口にするだけで本当は心底嫌な筈。そんなのを空席のある五大公爵家に一角に決めたのは……。
「イグナイトの仕業か……」
「なんて?」
「うん?何でもないよ」
僕の一人言が気になって何を言ったのと知りたそうな瞳を向けるアフィーリア。ああ、可愛いな。僕に幼女を愛でる性癖はないけど良さは伝わってくる。
……可愛そうな、それでいて可愛いアフィーリア。
前回、君が自ら命を絶った後、どうなったか知ってる?
君の魂を保護し、あの人間が赤ん坊だった頃に君の魂を隠した後、こっそりと魔界に戻って様子を見ていた。
まず、君が死んだ事で君をずっと呪いから救おうとしていた淫魔の子と末っ子がアイリーンを強く非難した。周りからも、アフィーリア自身にも、近付くなと何度も庇われ、注意をされているのにも関わらず彼女は君に接触し続けた。昔の、優しくて仲の良かった姉に戻ってほしい一心で。それが却って、アフィーリアを追い詰めていると何度も二人に言われていたのにあの子は聞く耳を持たなかった。アフィーリアの亡骸に縋って泣いているアイリーンを引き剥がした淫魔の子はこう突き放した。
『アフィーリアを殺したのは君だよ、アイリーン』と。
あの時のアイリーンの表情は……今思い出しても嗤いが出てくる。真っ先に部屋に駆け付け、ずっとアイリーンの傍にいた第一王子がアイリーンを庇う様に間に入った。そこへ次の客人が来た。夢魔の子。アフィーリアの夢に干渉しては、アフィーリアの奥深くにいる“アレ”を抑え込んでいた。が、“アレ”は強い。アフィーリアの膨大な魔力を常に食らい続けているが為に夢魔の子が出来るのは、夢の世界でアフィーリアに干渉し、傷付き、疲弊していく心を慰めてやるだけだった。現実の世界では、アイリーンと関係の相手全員にコーデリアと同じ振る舞いをするのだから。
……どんなにアフィーリアが抗っても、全部が無駄に終わった。
「父様が話してくれないなら……他に知ってそうな人というと、シルヴァ公爵とか?」
「知ってると思うよ。シルヴァ公爵とイグナイト公爵は、今の公爵の中で一番の年長者だから。レオンハルトとアリスが同時期に公爵の地位を賜ったから二人はまだまだ若いけど」
「そういえば、父様達って何歳なんだろう?」
「イグナイト家当主のガルディオスとシルヴァ家当主のシャルルは同い年だよ。二千年以上は経っているよ」
「二千年!?じゃ、じゃあ、父様達は?」
「ロゼ達は六百になるかならないかだよ。君の専属侍女セリカやあのクリスタも同じ歳だよ」
「ええ……」
悪魔は基本長生きで余程の事がない限り死なない。だから、大半の悪魔は長く生き続けると生に厭きて破滅願望が強くなる。限界まで強まると自らの命を自らの手で絶つ。悪魔の寿命は、その破滅願望の強さと言って良い。弱ければ弱い程長く生き、強ければ強い程すぐに死ぬ。ガルディオスとシャルルの二人は弱い。二人の場合は、まだまだ生きていても厭きないものを持っているから、かな。ガルディオスは違うだろうが、シャルルはそうだろう。一ヶ所の場所に留まらず、常に魔界や人間界を放浪しているのはその為。
周囲の大人達の年齢を聞いたアフィーリアの反応は予想通り。人間の感覚で思うから目が遠くなっている。人間の寿命は良くて八十。長ければ百を超えるのも屡々。二百を超えた人間ってそう言えばいないな。
「フィロメーノは?フィロメーノは何歳なの?」
「僕?僕の歳なんていいでしょう」
「歳くらい教えてよ」
「だーめ」
「もしかして、それも話したら父様達にフィロメーノが誰かバレるの?」
強ち間違いではない。
頷くとそっか、と納得してくれたみたいで諦めてくれた。ぎゅっと僕にまた抱き付いてきた。
「どうしたの?」
「うん。フィロメーノの香水の香り、知ってる気がするの。薔薇の香りだけど父様とはまた違う」
「そうだね。でも、香水なんて似た様な物が殆どだよ?」
「そうだとしても、なんでかな、すごく懐かしい気がするの」
意識は人間の少女のもので上書きされても、本来の君自身の魂は僕を覚えているみたいだね。
シーツに身をくるませ、一人ずっと泣いていた君に声を掛けたのは、君が同じ生を繰り返していると知った時。その時で君は三度繰り返している。
最初は第一王子に心臓を潰されて死に、その次は第二王子に首を斬られて死に、三度目は二人に苛烈な拷問を受けて死んだ。
自分の意志でしていないのに大好きな妹に酷い言葉を浴びせ、暴力を振るう。大好きな父に見捨てられ、周囲にも見捨てられた君が……哀れで愛しいと感じた。
でも、僕が手助けをしても、結局君は“アレ”に体を乗っ取られ、最後に意識を取り戻しても――凄惨な最後を迎え死ぬ。一番酷いのは誰だったかな。淫魔の子は、大好きな君が末っ子と想い合っていると知って嫉妬に狂い、厭きるまで君を凌辱し、最後には永遠に発情する媚薬を飲ませ奴隷の慰み者にした。夢魔の子も酷かったね。現実と夢、両方の世界で君を凌辱した挙げ句、此方も永遠に発情し続ける薬を投与した後、性的拷問用に使われるローゼン・メイデンの中に閉じ込めた。そう考えたら、王子達は殺した辺りマシだよね。吸血鬼の子の場合は、魔力を永遠に搾り取る為に生きたまま君を標本にした。これもこれもイい趣味をしていた。……そう考えると一度も君を殺していないのは末っ子だね。彼だけだった。唯一、傍にいても自我を保っていられたのは。だから君は助けを求める内に惹かれていった。最後は……いや、思い出すのは止めておこう。
「一つ、聞いていい?」
「何?」
「アフィーリアは、あの六人の内誰が好き?」
「え」
唐突な質問に目を丸くした後、上を向いて考え込むアフィーリア。君の事だ、どうせ――
「楽しいって言うとアシェリーやベルベット。ネフィやソラも!」
おや。
「好意的な好きって意味の話なんだけど?」
「う、うーん。言われても……まだ六歳だし。それに私……」
「……」
「私……ずっと、魔界にいるつもりはない。絶対に人間界に行く。人間界が無理でも、魔界の何処か遠くに行く」
「そう」
決められた未来から逃れる為に君は逃げる。
今はそう考えてもいい。
……けどね。
「でも、ユーリやハイネの名前はなかったね。どうして?」
「うーん。元からあまり良く思われてないからね。私がずっとユーリに引っ付き虫をしてたのを、ユーリ本人もだけどハイネも嫌がってたもん」
「そう」
「あ、でも!アイリーンと一緒にいる所を見るのは好き!」
「またどうして?」
「色々と面白いから!」
もし、君の知りたい事を全部教えても、君は今みたいに彼等を――好きと言えるかな?
読んでいただきありがとうございました!




