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56話 銀色の瞳が見つめる先

 


 魔王城の庭園へ赴き、早速入れ替えの魔術の練習をした。まず、セリカが毎回お手本を見せてくれる。入れ替える対象のイメージを脳内にしっかりと描き、繊細な魔力操作(コントロール)で入れ替える。アンデルの村では出来たのだ。きっと、私の技術も上がっている。数メートル離れた場所に設置されたバケツ。あれを私の部屋にあるクマのぬいぐるみと入れ替える。



「えいっ!」



 左手に魔力を込め、脳内に私のクマのぬいぐるみをイメージをし、入れ替えの魔術を使用した。掛け声と同時にバケツが消え、代わりにクマのぬいぐるみが置かれた。


 ぬいぐるみを持ったクリスタがこっちへ来た。



「合格ね。静止している対象なら成功するのね」

「ええ。ですが、入れ替える対象が人となるとどうしても失敗してしまうみたいで。人と人だと余計成功率が下がります」

「そればっかりは鍛練あるのみね。あまり頻繁にやると、その内あの堅物が五月蝿く言ってくるから程々にしないと」

「堅物?」



 ひょっとして、アリス宰相?


 思った相手の名を口にするとクリスタは正解とげんなりとした表情で告げた。



「昔からあいつだけ融通が利かないのよね」

「クリスタ。アリス様の悪口はいけません」

「悪口じゃないわ。愚痴よ」

「クリスタは父様達の小さい頃をよく知ってるね」

「小さい頃から城で働いているもの。それは知ってるわ」



 ドラメール公爵家の次女として生まれたクリスタがどうして城の侍女をしているか私は知らない。彼女には彼女なりの事情があるんだ。無闇に聞いてクリスタを傷付けるのは申し訳ない。でも、父様達の小さい頃の話か……気になる。そうなると始祖の魔王の話も聞きたくなるから、今回は我慢しよう。我慢我慢。



「他の魔術の練習にする?」

「何か他に使いたい魔術があるのですか?」

「うーん。ないけど、覚えてて損はないよ」

「言われてもねえ。殺傷能力がない魔術っていうのも案外難しいのよ?」

「そうなの?」

「ええ。肉体的外傷だけではなく、精神的外傷の魔術もお嬢様達に教えるのを固く禁じられています」



 父様の過保護がここでも効果を発揮するとは。


 となると、アフィーリアがどうやってユーリ達攻略対象者を窮地に追い込む程の強力な魔術を修得したかが余計気になる。今の私みたいにセリカやクリスタが教えたとはとても思えない。況してや、コーデリア様の亡霊と言われる程変わってしまったアフィーリアは、妹のアイリーンを虐め始めてから周囲から孤立してしまった。絶対に協力者がいる。アフィーリアに魔術を教えた誰かが。


 使いたい魔術が他にないので、再び入れ替えの魔術の練習が始まった。物と物の入れ換えを何度か試してみた。五回中五回、全て成功した。次に物と人との入れ換えをしようとなった。が、これが私には難しい。入れ替える対象が人になるとどうしても正確にイメージが出来ず、失敗してしまう。アンデルの村で成功した大きな要素は、推測だが()だからだろう。物と人の入れ替えは失敗するが、人と物の入れ替えは成功する。物は試しと、私は庭園の掃除に出て来た侍女を標的(ターゲット)にし、さっきクマのぬいぐるみと入れ替えたバケツを思い浮かべた。



「とうっ!」



 勢いよく左手を翳し、入れ替えの魔術を使用した。枯れた葉を除く作業を始めた侍女が消えた。そして、バケツが代わりに現れコロンと転がった。



「やった!成功した!」



 今まで何度試しても成功の確率が低かった物と人の入れ替えが、人と物の入れ替えに変えるだけで簡単に成功するなんて……!



「入れ替える対象が変わるだけで成功率は変わりますね」

「そりゃあね。これが人と人なら難易度はぐんと上がるわよ」



 セリカとクリスタが何か話しているが成功が嬉しくてはしゃぐ私の耳には届いていない。フィロメーノが思念で何か言った気がするけど、お構い無しに私は城内へ走った。背後から「お嬢様!?」「ちょっ、何処へ行くの!?」と二人の驚いた声が届く。今の感覚を忘れない内にもう何人か試したい。城内へ戻った私は目にした人達へ手当たり次第に入れ替えの魔術を使用していった。





 ――――その後は勿論



「で?お前は一体、使用人や騎士達を物と入れ替えて何がしたかったんだ?」

「あ、う……えっと……ううっ」



 ばっちり父様の耳に入って叱られてました。


 つん、つんと人差し指で私の額を突いて呆れの色を宿した同じ色の瞳で見下ろされ言葉が詰まる。視界の隅に笑いを堪えるレオンハルト団長の姿が入った。前から思っていたが、この人笑い上戸だよね。堪える場面じゃなかったら今頃爆笑しているだろう。


 見つけた侍女や騎士を手当たり次第に如雨露、スコップ、本、ぬいぐるみ等と入れ替えていく内に追い掛けてきたセリカに捕獲された。お説教を受けている最中、騒ぎを聞き付けたアリス宰相が駆け付け、事情をセリカが説明している最中に書類を持って執務室へ向かう途中のレオンハルト団長まで加わってしまった。



『おや、何をしているのだよおアリスやセリカ。アフィーリア嬢まで』

『お嬢様が、その』

『家出も困りますが、城内で悪戯されても困りますよアフィーリア様』

『う、は、はい。ごめんなさい』



 成功したのが嬉しくてつい調子に乗りました本当にすみませんでした……。


 どうにか父様には内緒にしてもらおうとお願いしようとしたら、……聞こえてはいけない低い声が私を呼んだ。間違いであってほしいと願い、冷や汗を大量に流しながら声のした方へ振り向くと……。


 ……いました。綺麗な眉間に皺を寄せて怖い顔をしている父様が。もうすぐお昼時だから、まだアイリーンと会うのが難しい私の為に一緒に昼食を取ろうと探していたのだとか。


 逃げようとする前に風の魔術で体が浮遊され、父様に抱っこをされて執務室へ連れて行かれた。いつぞやと同じく、片膝にちょこんと乗せられた。



「つい、調子に乗りました……。いつも、入れ替えの魔術は物と人で使うと失敗ばかりだったから……」

「対象が人と物であれば、物のイメージさえはっきりしていれば、物と人を入れ替えるよりかは簡単だ。成功して嬉しいのは分かるが無差別に入れ替えて、彼等の業務の妨害をしてはいけない。分かるな?アフィ」

「はい……」



 真面目に仕事をしていたあの人達にとんだ迷惑をかけてしまい、がくりと項垂れた。


 しっかりと反省した旨を述べ、入れ替えの練習台にしてしまった侍女や騎士達へ謝罪回りに出向いた。セリカとクリスタも一緒。父様は来たがっていたが、魔王である父様が行ったら彼等が恐縮するとレオンハルト団長が止めた。


 ちゃんと一人一人、勝手に巻き込んで仕事の邪魔をしてしまった旨の謝罪を述べた後、きちんと頭を下げた。魔王の娘である私が簡単に頭を下げてはいけないと言われたが、悪い行いをしたのなら誠意を見せるべきだ。立場が上でも。


 謝罪回りを終えた私は途中、騎士に呼び止められ急用が出来たセリカと別れ、クリスタと一緒に父様の部屋へ戻った。



「じゃあ、あたしは昼食の準備があるから。ちゃんといなさいよ?」

「はーい」

「あんた、しっかり見張っときなさいよ」

「きゅう!」



 任せてといわんばかりに鳴いたフィロメーノに満足げに頷いたクリスタは部屋を後にした。


 残ったのは私とフィロメーノだけ。父様も遅れて来るだろう。


 ベッドに座った私の隣にフィロメーノがジャンプをして乗った。



「はしゃぐのも程々にね」

「タヌキの姿で喋るのは初めてだね」

「周りに人がいるから話さないだけだよ」

「そっか。ねえフィロメーノ。フィロメーノは始祖の魔王を知ってる?」

「……知ってるよ。魔界の住民で始祖を知らないのは、君やアイリーンくらいだよ?」

「え」



 嘘。知らないの私とアイリーンだけ?ユーリとハイネは?と問うと、あの二人はもっと前に教わったと告げられた。



「そう、なんだ。ん?フィロメーノが知ってるのは何で?」

「僕は基本暇だからね。魔術を使って色んな人を観察するのが好きなのさ。特に、魔王城に住む君達は面白い観察対象だよ」



 勝手に観察対象にされて面白がられても困るがそらなら、ユーリとハイネの勉強を知っているのも頷ける。話だけ聞くと盗撮魔の疑いある。私の膝に乗り、お腹を見せてきたのでそっと撫でる。



「アフィーリア。朝言った通り、夜中に抜け出して君が聞きたい事を色々と話してあげるよ」

「……うん。教えてほしい」



 私は“元はアフィーリア”。これの意味が知りたい。アフィーリアは乙女ゲームの世界の登場人物だ。現実には存在しない。だから、私がアフィーリアな筈がない。昼寝から何故アフィーリアになってしまったかは大きな謎だが、今日の夜中理由が明らかになってくれたらいいな。



「――アフィーリア」



 膝の重みが消え、周囲が暗くなった。聞き覚えのある低い声が上から降ってきたので面を上げて驚いた。人の姿をしたフィロメーノが私の隣にいて、言葉では形容し難い色で私を見詰めていた。



「これだけは、頭にこびりつくように言ってあげよう。君は“元々”アフィーリアだ。この事実だけは絶対的なものであり、変えようのない事実だ。例え、“あの人間”の記憶が優位に混ざってしまって君の意識が別物になっても」

「“あの人間”?」



 誰を指して言っているの?


 思い当たる人物が浮かばない。


 困惑とする私に、見詰められれば月すら恥じて雲に身を隠してしまいそうになる絶世の美貌で微笑んだ。



「まだ知らなくていいよ。時が来たら、嫌でも知らなくてはならないから」

「……」

「急がないで。時間はたっぷりある。ゆっくり、進んでいこう」



 両脇に手を入れられ抱き上げられた私はフィロメーノの膝に乗せられ抱き締められた。父様とは違う薔薇の香水の良い香り。この香り……嗅いだ覚えがある。……何処でこの香りを覚えたのだろう。


 思い出したくてフィロメーノの胸元に顔を埋めて大きく深呼吸をした。






「……でも、最後君は、必ず僕を選ぶ。だって君は――」




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