54話 公爵家の始祖
「はあ。で、あたしに教えて欲しい事はないの?」
必要な勉学をずっと前に終えていたらしい私に、今教えられる事は何もないとクリスタにきっぱりと告げられた。アフィーリアって頭良かったのか、驚きだ。身に覚えのない魔術を扱える理由も頭の良さにあるのかと思案する。ゲームでは、アイリーンを殺す為に様々な策や魔術を行使してくる。各キャラの“純愛”と“愛憎”のルートで展開は違うが、皆執拗に命を狙うアフィーリアからアイリーンを守り、想像以上の力の前で必ず苦戦を強いられる。最後はアフィーリアが返り討ちに遭うのがパターンだが、魔術の名家の生まれであるアシェリーや父様をも上回る魔力を持つユーリを圧倒する程の実力を何処で得たのか。
そこの所詳しい描写がなかったよね。ただ、周囲の人達から見捨てられ、一人となったアフィーリアは孤独をどう埋めたのだろう。やっぱり、ユーリの気持ちを一人占めするアイリーンへの憎悪に燃えていたのかな。……私には「私」がアフィーリアになる前の記憶も感情もある。ユーリには異母弟という認識しかない。これが何時か好意に変化し、軈て気持ちがアイリーンに傾いていると知ってコーデリア様と同じになってしまうのだろうか。
考えるだけでとても怖い。
「きゅう」
フィロメーノが鼻を押し付けてきた。ハッと思考から戻るとクリスタとセリカに怪訝な様子で見られてた。いけないいけない。つい考え込んでた。話はクリスタに教えて欲しい事だよね。あ、ある。
あるよと頷いてクリスタを見上げた。
「クリスタは私のお爺様がどんな人か知ってる?」
私の祖父は父様やリエル叔父様の父。即ち、始祖の魔王の転生者。
「知ってるわ。最後に会ったのは随分昔だけど。でも、またどうして?」
「“エデンの森”でその人の話が出たから、どんな人か気になったの」
クリスタはちらりとセリカへ目をやる。難しい顔をして思案するセリカは、膝を折り私と目線が合う様しゃがむと厳しい眼差しを向けた。
「お嬢様。陛下には決して、始祖様の話をしたと言ってはいけませんよ?」
「どうして?」
「陛下は……始祖様を大変嫌っております。その、詳しくは申し上げられませんが」
「親子喧嘩よ」
「親子喧嘩?」
言い難そうにするセリカに助け船を出したクリスタの言葉に首を傾げた。
「そう。親子喧嘩。理由は知らないけどね。ただ――」
「……面白そうな話をしているな」
「「「!!?」」」
こ、この声は……!!
今決して聞こえちゃいけない人の声がした。私だけじゃなく、クリスタやセリカも同じ思いなのか。悪くなった顔色のまま、私達は米粒並の望みを抱いてゆっくりと振り返った。
……困った顔をしているリエル叔父様が頑張ってる?と呑気に手を振っている。その前に、……最高に不機嫌な父様が立って……。
「と、父様」
「クリスタ。誰があいつの話をアフィーリアにしろと言った」
「この子が知りたいって言うからよ。あたしはこの子の家庭教師何でしょう?なら、知りたがっている事を教えようとして悪い?」
「知る必要がない」
「それを決めるのはあんたじゃなく、この子よ。それとも、娘の学習内容にまで口を出して偏った知識しか持たない子に育てたい?」
険しい表情の父様の顔色が更に濃くなった。負けじとクリスタもきつい紫水晶を父様へ見上げている。魔王相手に強い態度でいられる人は中々いない。緊張が増す。どちらかが、臨界点に触れたら大きな爆発を起こしてしまいそうで目が離せない。呼吸を忘れて見守っていれば――先にふん、と顔を逸らしたのは父様だった。
安堵した息を吐いたリエル叔父様が二人の間に立った。
「まあまあ、二人共。知識欲があるのは良いことじゃない。ロゼ、どの貴族の子でも魔界の歴史を教わる時あの人を知るんだよ?魔王の娘であるフィーちゃんが知らないと逆に問題があると思わない?」
「知らなくて困る問題も起きんだろう」
「そうだね。でも、あの新公爵はあの人を心酔してるから、孫であるフィーちゃんが知らないと知ると面倒になるよ」
「はあ」
新公爵?
そうか、ドラメール公爵家がお取り潰しとなって半年。空白の公爵家が決まっても変じゃない。父様が面倒そうにあいつかと呟いた。どんな人なのか気になりリエル叔父様に訊ねた。
「新しい公爵はどんな人なのですか?」
「名前はセオティーヌ=シエル=ノースゲート。元は侯爵だったけど、ロゼや残りの五大公爵家の当主達合意の元で決まったんだ。ノワール家が魔術の名家なら、ノースゲート家は錬金術の名家だね」
「錬金術……」
「ノースゲート家には、確かお嬢様と同い年の令嬢がいましたね」
お友達確保の予感?言い出したセリカにどんな令嬢か訊ねるも父様によって遮られた。知らなくていいと。始祖の魔王といい、ノースゲート家といい、父様はあまり話したくないらしい。リエル叔父様やクリスタがやれやれと肩を竦めた。
他の貴族の事で詳しいと言うとネフィかな。ああ見えてアリス宰相のお仕事を偶に手伝ってるし、アシェリーやソラも知ってそう。私やアイリーン、ユーリやハイネと違って社交界には毎回出ていると聞いてる。私達の場合は父様の過保護が原因である。
勉強も今すぐに学ばなければならない必要科目がない。なら、と私はクリスタは始祖の魔王はもういいから貴族の話を求めた。大人になったら、幾らなんでも社交界には出ないとならない。今の内に知っておいた方が便利そうだしね。
同意を求める眼を父様へ向けた。難しい顔をされるも……溜め息を吐いた後、了承をくれた。
――条件付きで。
○●○●○●
○●○●○●
大きなホワイトボードに五角形を描くクリスタの後ろ姿を、大きくて座り心地が最高なソファーに座る父様の膝の上で眺める私。……あれ?何でまだいるの?
それに――
「もぐもぐ。アフィーリアも食べる?美味しいよおザッハトルテ」
「あ、うん、食べる」
「あーん」
「あーん」
「鬼ババにそっくりと思ったら、妹いたんだ。知らなかった」
「一人っ子って聞いてたけどな」
「うっさいわね。当の昔にドラメール家からは除籍されてるからあたしはほぼ他人なのよ。文句ある?」
「「ないです」」
左隣には朝御飯を食べたのにザッハトルテを食べつつ、私に食べさせるアシェリー。右隣には、ワッフルを食べるネフィとフォンダンショコラを食べるソラがいる。リエル叔父様は騎士の人に呼ばれて退室済み。
なんで?
「だって、朝ご飯食べに登城したらアフィーリアだけいないんだもん」
「人の心読まないで!……昔から思ったんだけど、皆お家で食べないの?」
物心ついた頃から、夕食を除いて基本朝食と昼食はアシェリーやネフィ、ソラがいる。疑問を抱かなかったのは、それが日常となっていたから。でも、冷静に考えると可笑しい。アシェリーとネフィは公爵家、ソラは伯爵家の子。朝御飯が出ない筈がない。事情を知ってそうな父様を見上げたら、私の視線に気付いて額にキスを落とされる。
……うん。キスをされるのはとても嬉しい。嬉しいけど、私が欲しいのはキスじゃなくアシェリー達が朝食と昼食を態々登城してまで食べに来る理由です。基本夜になったら家に帰ると言っても、やっぱり気になる。
「父様。アシェリー達が毎日城に来るのは暇だからですか?」
「お前と一緒にすんな」
「そうだよお。ぼく達だってこれでも忙しいんだよ」
「……俺は母さんの目がなくて良いけどな」
暇人扱いされたネフィとアシェリーからブーイングの嵐。一人、教育に厳しいティファリナ様の目がないから文句を言ってこないのがいた。
「魔王が実力主義なのを置いてもアフィにアイリーン、ユーリとハイネは魔界の王女と王子となる。俺が信頼出来る者で子供の歳がほぼ同じ。アフィ達の遊び相手という理由で三人が選ばれただけだ」
「ベルベットがいないのはどうし、むぐっ!?」
最後まで言い切る前に口に無理矢理ザッハトルテを押し込まれた。犯人はアシェリー。咀嚼しないまま飲み込みそうになったのを堪え、涙目でアシェリーを睨んだ。口の中に入れたまま文句を言うのはお行儀が悪いから出来ない。代わりにアシェリーにこれでもかという位怒りの瞳をぶつける。アシェリーもアシェリーで拗ねた表情で私を睨んでる。拗ねる要素が何処にあったのよ!
背後でネフィとソラの笑いを押し殺す声が漏れていて。……後で覚えてなさい、と思念で伝えたら二人が黙ったのを気配で感じ取った。
ザッハトルテを飲み込むとアシェリーに文句を言った。
「いきなり何するのよ!」
「何でそこでベルベットを出すのさ!」
「だって、歳が近いって父様が言うならベルベットだってそうじゃない!」
「まあ、俺と同じだしな」
「ネフィと一緒ならいても変じゃないもん」
「ベルベットがいないのは、アーデルハイトが断固拒否をしてな。レオンハルトと先代ノワール公爵に似たベルベットをずっと傍に置きたがったアーデルハイトの拒否で遊び相手にはならなかった」
成程。聞いて納得。ベルベットの話だと、上六人は全員シルヴァ公爵譲りの銀髪らしく、唯一アーデルハイト様の生家ノワール家の血を濃く受け継いだのがベルベットだけ。一人だけ自分の家の血が濃く現れると過保護にもなっちゃうよね。ベルベット本人は嫌がっていたけど。容姿はノワール家でも、中身は冒険家のシルヴァ公爵の血が濃いんだろうな。
「はい。出来たわよ」
今までホワイトボードに何かを書き込んでいたクリスタが此方へ振り返った。上から大きな○の中に魔王と書かれ、下には五角形が一つと横並びの○が十個、更に下には二十個位の○が書かれていた。
「魔界の位をアフィーリアお嬢様に分かり易く言うとね、頂点が魔王。その下に魔王を支える公爵家。そこから下は侯爵家、伯爵家と上級貴族に分類される。公爵家が五大公爵家と呼ばれる所以、分かる?」
「ぼく知ってるよお」
「当たり前でしょう。公爵家の跡取りが知らなくてどうするのよ」
「俺は跡取りじゃなけいど知ってるー」
「へ?ソラ跡取りじゃないの?」
リエル叔父様とティファリナ様の子はソラ一人。順番的に次の伯爵はソラじゃないの?
うーん、と難しい顔をしてからソラは「いるのアフィーリアや魔王だからいいか」と呟いて教えてくれた。左右にいるネフィとアシェリーの不満げな顔は無視して。
「簡単な話なんだよ。父さんと母さんは正式に言うと夫婦じゃないんだよ」
「へ?でも」
「あんまり詳しい事は知らない……というか、俺より詳しい人が今此処に一人いるんだけどな」
「あ」
ソラの血の様に赤い瞳が父様を見上げた。
視線を受けた父様は私の頭を撫でて頬を人指し指で突き始めた。左隣にいるアシェリーが「何で父親って子供のほっぺをつんつんするのが好きなんだろう」と呟いた辺り、きっとレオンハルト団長もアシェリーの頬を突いているんだろう。
「リエルが言っていないのなら、俺から話す訳にもいかない。只、リエルとティファリナの結婚には大勢の貴族共が反対したんだ」
理由を訊ねると、吸血鬼一族の姫が魔王の弟であるリエル叔父様と結ばれたら吸血鬼一族が更に力を増大させるのではないかと危惧されたらしい。元々、魔界の種で最も強大な力を持つのが魔族。純粋であればあるほどその力は絶大な物となる。次に強い力を持つのが吸血鬼一族。夢魔の一族は、能力の特殊性と危険性からフォレスト家と血縁を結ぶのと同時に他の種族の迫害から守られている。淫魔の一族も、ノワール家現当主レオンハルト団長とセフィリア様が婚姻を結ぶ際に淫魔の性を抑える薬が開発されたので、此方も様子見程度で反対の声は上がらなかった。蛇足として、アーデルハイト様が淫魔であるセフィリア様とレオンハルト団長の結婚を大いに反対したそうだが、大好きな兄にこれ以上騒ぐなら兄妹の縁を切ると叱られたらしい。……のんびり屋なベルベットと人の良さそうなシルヴァ公爵しか知らないから、アーデルハイト様の話を聞くだけで会うのが億劫となる。会う機会があるかないかは置いといて。
悪魔は基本同種族との結婚をするのが常だ。シルヴァ公爵の様に元から、他種族の血が流れているのなら違うが純血は純血同士の婚姻が望ましい。また、血の繋がった兄妹で結ばれる場合があるが正にそれだ
。
“血”を重んじるからこそ、彼等は自身の種を大事にする。
「俺とシェリーの時も大層な反対を食らった。魔界の王が天界の姫を正妻に迎える等あってはならない、とな。どうしても傍に置きたいなら、コーデリアを正妻としてシェリーを愛妾にしろと言い出す馬鹿が出た」
“間違ってはいないね”
不意にフィロメーノが私にだけ聞こえる思念で語り掛けた。何処にいるのと思うと足元にあるクッションの上で伸びていた。フィロメーノに手を伸ばすと父様が魔術でフィロメーノを浮遊させて私の膝に置いてくれた。左右からフィロメーノへ視線がびっしりと向けられていてものんびりとしている。
「ノワール家が淫魔を、フォレスト家が夢魔を、言い方は良くないが管理をする事である程度の理解を周囲にさせた。が、リエルとティファリナ。魔族に次ぐ力を持つ吸血鬼一族の増大をさせる要因となる魔王の弟との婚姻だけはどうしても、な」
「……」
ゲームでは語られなかったソラの姓がスティードの原因が、ぼんやりとだが理解出来た。吸血鬼一族の力の増大を恐れた他種族に手を出させない為に、ソラは魔王の弟の子ではなく、あくまでも吸血鬼一族スティード伯爵家の子としておけば面倒事に巻き込まれないと判断したんだろう。ソラが最初に言った、リエル叔父様とティファリナ様が正式な夫婦じゃない関係も頷ける。
でも、正式な夫婦じゃなくてもソラから聞く二人の仲は良好。形がどうであれ、本人達が幸せならそれもそれで良いのかもしれない。
フィロメーノの剥き出しなお腹を撫で撫でしているとクリスタが話を元に戻すと手を叩いた。
話が脱線した理由はソラの跡取りじゃない発言から。元の話の続きは、公爵家が五大公爵家と呼ばれる所以、だったかな。
「公爵家が五つあるからじゃないの?」
「当たってると言えば当たってるわね。抑々、この公爵家というのはね、大昔始祖が魔王になる前から仕えていた五人の側近が始祖が魔王になった時、力を与えられて公爵の地位を授けられたの」
「云わば、各公爵家の始祖みたいなもんだ」
クリスタの説明の補足をネフィがした。クリスタは五角形の角に○を書き込むと中に名前を書いた。
ドラメール家・ノワール家・シルヴァ家・フォレスト家・イグナイト家。私でも知ってる五大公爵家。
「それぞれの家の起源となった人物の名前を――あんた、答えなさい」
「俺かよ」
指名されたソラが渋々と答えた。私の授業というか、子供達の授業になってる気がする。「同感だよお」と小声でアシェリーに納得された。
「確か、テレンティウス=フェル=ノワール、アンドロニクス=テラ=フォレスト、ティトゥス=ネロ=シルヴァ、イタリクス=アグニ=イグナイト、リリス=キラー=ドラメール、だっけ」
「当たりよ」
「うわっ」
五大公爵家の始祖の名前を正確に言い切ったソラにスカートのポケットに手を突っ込んだクリスタが何かを投げた。慌ててキャッチしたソラの手には赤色の包み紙に包まれたキャンディがあった。
……ご褒美って事なんだね。
ソラも同じ思いなのか、キャンディ一個だけに不満っぽいが口に入れたら「美味しい」と目を丸くした。
「どんな味?」
「イチゴ」
いいなあ。私も指名されて答えられたら貰えるかな?
その前にとある疑問が生まれた。
「ドラメール家だけ、女の人の名前だね」
名前の響きから、最後のドラメール家だけが女性の名前だった。
「あいつ曰く、リリス=キラー=ドラメール程厄介な女はいなかったらしい。あの女に比べれば、コーデリアが普通の我儘女に見えた、と」
「普通……」
コーデリア様を知っている私達は口端を引き攣らせた。気に食わないという理由だけで城の使用人を何人も辞めさせ、飲み物が少し温いという理由だけで運んだ侍女を奴隷の慰み者にし、たった一つのミスに鎮まらない怒りをユーリへぶつけ永遠に暴力をし続けたコーデリア様が――普通……。
それって、コーデリア様をも上回るとんでもない女性だった、って事だよね?
“リリスの血が流れているのだから、コーデリアがああなっても可笑しくはないけどね”
お腹を見せた伸びているフィロメーノがまた不意に話し掛けた。
“フィロメーノはリリス様を知ってるの?”
“こう見えて、僕はとても長生きだからね。魔界の事で僕が知らない事はないよ”
“そうなんだ。じゃあ、コーデリア様の性格はドラメール家の始祖が関係してるの?”
“そうだね。見た目もリリスとほぼ同じだった。違いがあるとしたら、髪の長さくらいじゃないかな”
“ええ……”
殆ど違いがないじゃない。
読んでいただきありがとうございました!




