53話 各家の婚約事情は?
「え?家庭教師ってクリスタなの?」
朝食が終わってすぐ。
今日から私の家庭教師をするのはクリスタだとセリカに告げられた。
「はい。陛下直々の指示です」
「侍女の仕事はいいの?」
「クリスタ以外にお嬢様の家庭教師が務まる者がいないので。仕事の方も問題はないでしょう」
「そっか」
クリスタか。クリスタなら私も気楽でいける。侍女として働いているのは、生家であったドラメール公爵家との関わりを絶つ為とも教えられた。教養は保護をしてくれたイグナイト公爵家でしっかりと教わったとか。魔術の指導も行うと説明を受ける。でも、魔術なら他に適任者がいると思われる。
そう聞くとクリスタは魔術の才能にも恵まれているから問題無しとの事。伊達に公爵家の令嬢として生まれてはない、か。反対に私はどうだろう?昼寝をしてアフィーリアになったとは言え、魔界の王女として相応しいかと問われれば――返事はNo.この返答だけ。王女らしい振る舞いが求められる場面が圧倒的に少ないのも原因な気がする。
ねえと同意を求めてフィロメーノへ向くと大きな欠伸をしていた。
「ん~?」
「なーんでもない」
「さあお嬢様。クリスタが来る前に服を着替えましょう」
「はーい」
朝食は起きたままの格好で食べているから、今の私はパジャマなまま。日によって変わるが、昨夜は母様一押しのウサギの着ぐるみ風のモコモコパジャマ。温かくて可愛くて好きだけど今度からご飯を食べる前には脱ごう。白いから、汚れると落ちなさそうで嫌だ。アイリーンは色違いで薄い桃色。アイリーンにぴったりで可愛いんだ…………あんな可愛いアイリーンを傷付けて、泣かせてばかりの私って一体。
我ながら落ち込んでしまう。セリカに促され、パジャマから普段着のドレスへと着替えた。
瞳の色に合わせて作られたドレス。比較的動きやすいように軽めに作られている。髪も梳いてもらい、緩く一つに纏められた髪が大型犬の尻尾みたいで可愛い。
ふと、私はフィロメーノを見下ろした。“なに?”と思念で語り掛けたフィロメーノの頭を撫で撫でしながら、セリカにフィロメーノが野良タヌキじゃない証拠がほしいと告げた。もし、一匹だけで行動して野生と間違われて城を追い出されたら大変だ。フィロメーノには聞きたい事が山の様にあるのだから。
「では、これなんて如何でしょう」
セリカが差し出したのは、私と同じ瞳の色をした大きなリボン。錬金術で即座に錬成してくれた。これを結べば、野生じゃなく私が飼っているタヌキだと判断されると告げられた。リボンには丁寧に“Afilia”と刺繍までされていて。
リボンを受け取ってフィロメーノのふわふわ尻尾に結んだ。
「これでよし」
“やれやれ。まあ、好きにするといいよ”
半ば諦めの溜め息を吐かれ、ちょっとムッとするも気にする事もなくクリスタが何時来てもいいように待つ。……のも暇だから、私はセリカにベルベットの話をし出した。
「セリカはベルベットを知ってる?」
「シルヴァ公爵家の末っ子の坊っちゃんですね。存じています」
「やっぱり、末っ子で有名なの?」
「シルヴァ家の子、というのもありますが初めてノワール家の血を濃く受け継いだ子して公爵夫人に大事にされていますので。ああ、だからと言って他の子が大事にされていない訳ではありません」
「知ってる。アンデルの村や“エデンの森”で聞いたから」
シルヴァ公爵夫妻の仲の良さは聞いた。七人いる子供達全員が夫妻の間に出来た子達だと。高位貴族の当主にありがちな愛人や妾はいない。それを考えるとレオンハルト団長やアリス宰相、リエル叔父様にもいない。父様は……形だけの愛人としてコーデリア様がいたね。父様を除くと周りに愛人や妾を持つ人がいない。
「レオンハルト団長やアリス宰相には、夫人の他に愛人とかはいないの?」
「レオンハルト様の場合は、まずセフィリア様が大変嫉妬深いので不可能です。レオンハルト様本人も作る気はない様ですし、愛人等を作ってセフィリア様を傷付ける真似はしません。アリス様とフラヴィア様は政略結婚ではありますが、他の相手を作るというのはありません」
数日放置しても、後から戻ってちゃんと相手をしていると以前アシェリーが教えてくれた。どうして第二子が生まれないのかともぼやいていた。うん。父様と母様にも当てはまるね。娘の目から見ても愛し合っているのにアイリーン以降子供が出来たと聞かない。
「弟が欲しいって父様にお願いしたら作ってくれるかな?」
「……それは陛下にではなく、シェリー様に相談されて下さい」
「そうだね。子供を生むっていう大変な思いをするのは母様だもんね」
「あ、いえ……そういう意味ではなく」
「?」
言い難そうに口ごもるセリカに首を傾げていると思念でフィロメーノが笑いながら教えてくれた。
“アフィーリア。どうやって子供を作るか知らないお子様じゃないだろう?彼女はそれを気にしているんだ”
“あ……”
……子供を作るって事は、要するに……その……言わば18禁というやつで。……アフィーリアになる前、成人前だった私は保健の授業で習った知識しかない。何歳か上の先輩方は、実際に男女の絡みをテレビで見せられ勉強したと聞くが私の代でそれはなかった。
私に乙女ゲームをお勧めしてくれた親友は大人の世界に興味津々で、姉のパソコンを借りて18禁をプレイしていたな確か。私は恥ずかしいし心の準備がまだだからと辞退させてもらった。ただ、ネタバレは基本OKだから感想を聞かされ、時に顔を真っ赤にしつつ聞いた。
思い出したら頬が熱くなってきた……。違う話題を振ろう。
「じゃ、じゃあ、話題を変えるけどアシェリーやネフィ達って婚約者とかはいないの?」
普通は幼い頃から家同士の結び付きを強くする為政略結婚が結ばれる。公爵家の嫡男として生まれた二人に婚約者がいても可笑しくはないけど、そんな話を一度も耳にしていない。
「お二人にはまだ婚約者はいらっしゃいません。ソラ様やユーリ様、ハイネ様。お嬢様やアイリーンお嬢様もです」
「私やアイリーンの場合は父様が許可しなさそう……」
「それもありますね。何度も貴族達が自分の息子に魔界の王女を花嫁にと申し込んでいました」
「初耳」
「どれも、お嬢様やアイリーンお嬢様が生まれてすぐなので。陛下は全て退けました」
「私やアイリーンがいないのは兎も角、アシェリーやネフィにはいても変じゃないよね」
「その辺りは、ノワール家とフォレスト家の事情なので私からは何とも」
「そうだね」
今度二人に会ったら聞いてみよう。ソラは本人かリエル叔父様にでも。
「ユーリ様とハイネ様の場合は……コーデリア様が主な原因でした」
「あ……」
……有り得る。
世襲制でもないのにユーリを次の魔王とするべく虐待紛いな英才教育を強行し、父様と同じ瞳の色をしているだけでハイネにはまだマシな扱いをしていたコーデリア様。当然、二人の婚約者になる令嬢も相応のレベルを求める。自分が全てな女性が他の娘に納得する筈がない。
すると、ノックがされた後に扉が開いた。向こうにいたのは、今日から私の家庭教師を命じられたクリスタ。腕を組んで綺麗な顔には似合わない皺が眉間に刻まれている。勉強をする為の教材とかがないけど良いの?
「クリスタ?ご機嫌斜めな様ですが」
「なりたくなくてもなるわよ。あたしはアフィーリア王女に何を教えるのよ。前いた家庭教師にどれくらい出来るか聞きに行ったら、あたしが態々教える必要がないじゃない」
「それでも、陛下のご指示です」
「どうせ、この子に自由な時間を与えたらまたロクでもない事企んで何かするからでしょう」
「うぐっ」
ご、ご尤もです……。
でも吃驚だ。アフィーリアになって知ったが、アイリーンが現在進行形で家庭教師から教わっている事はアイリーンの歳よりも前に終えている事。アフィーリアって意外に頭が良かったんだ。「私」がアフィーリアになったせいで突拍子もない行動が増えただけ。将来殺されると知っている場所にずっといたいと思わない。
皆が嫌いなんじゃない。大好きな皆に嫌われてしまうのが怖いだけ。
“本当に?”
またフィロメーノが思念で語り掛けた。
“君が城から逃げ出すのはそれだけ?”
“そうだよ。未来の私はコーデリア様みたいになって”
“知ってるよ。僕は君の事なら何でも知ってる。君自身が覚えていない部分も含めて”
“……私、フィロメーノにも聞きたい事があるの。富士山並に”
“だろうね。なら、今日の夜中起こしてあげる。ロゼに内緒で外に出よう”
“出来るの?”
“念入りに魔術を掛ける必要はあるけどね。問題ないよ”
“エデンの森”最奥部、“月の花”が咲き誇る花畑で私はこう告げられた。
――元々君はアフィーリアだよ
あれはどういう意味なのか。私は元は人間。普通の家庭に生まれた、卒業を待つだけの女子高生。それ以下でも以上でもない。
セリカとクリスタが何か話し込んでいる間、可愛い顔をして裏で何を考えているか不明な真っ白なタヌキの真ん丸な黒い瞳を見詰め続けた。
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