52話 昨日の今日は
家出生活を終えてお城に強制送還された翌日――。
やっぱり父様のお部屋生活は変わらず。窓から差し込む陽光が眩しくてシーツを頭まで被せた。その際、妙な重みがあったのと「きゅ!?」と動物の可愛い悲鳴が聞こえた。寝惚けた眼で下を見ると真っ白なタヌキが仰向けとなってベッドの上に転がっていた。怒った顔を私へ向けた。
足元で寝てたんだ……。
おいでおいでと手招きをすると「アフィ」と頭上から声が降った。寝起き特有の低い色気満載な声。……娘で良かった。いや、父様の色気を娘が受けなければならないのが辛い。私を強く抱き締めた父様が私の頬に手を添えた。
「おはよう」
「おはようございます」
眠そうだけど私を見つめるエメラルドグリーンの瞳には、愛情が多分に含まれていた。額にキスを落とされると次は頭の天辺にキスをされた。家出生活中、寂しくなかったとは言わない。常にあった父様の温もりが、母様の温もりが恋しかった。でも、決めたのは私。なら、最後までやり遂げる。……今回も失敗しましたが。
目を覚ましても寝転がったまま、私の頭に何度もキスを落とす父様。ふと、真っ白なタヌキ――基フィロメーノが気になって下を見た。仰向けになったまま寝ていた。タヌキ特有の大きなお腹。上下するお腹を見て私は思った。
触りたい。
アフィーリアになる前でもタヌキではないけど動物は飼っていた。猫が三匹。どの子も黒猫だったのが不思議だ。三匹共お父さんが拾ってきたのだけど、何故か黒猫だった。前世で黒猫と何か関わりがあったのかもなーと笑っていたお父さんに誰が世話するのと怒っていたお母さん。
「……」
「アフィ」
「は、はい」
い、いけないいけない。つい前世だった頃の両親を思い出していた。というか、本当に私って死んだのかな?
「今日からお前に家庭教師を付ける」
「家庭教師?」
「行動は兎も角、勉学だけは出来ていたから今までは目を瞑っていたが……。アイリーンと相手は違うが確りと学べ。良いな」
「はい……」
家庭教師……ああ……見逃してもらっていたお勉強が遂に……。アフィーリアとなってから勉強をした日というと、父様の部屋に軟禁されてセリカと復習程度にした魔術の練習くらいか。後は、いつぞやあったエドヴィーヂェ様のお茶会でへまをしない為のマナーレッスンだね。
私を自由にするからいけないのだと父様は判断したんだね。その通りである。家庭教師がどんな人かまだ分からないが、魔王の怒りを買いたくないから私の我儘等聞いてくれないだろう。
吐きたい溜め息を我慢したらノックの後に扉が開いた。挨拶と共に入ったのはセリカだった。
「おはようございます。陛下、お嬢様」
「おはよう」
「ああ」
「朝食の準備が出来ています。お嬢様、食堂へ行きましょう」
「うん。……あ」
「どうされました?」
普通に返事をしたけど、食堂には当たり前な話アイリーンもいる。昨日の今日で会うのは……気が引けてしまう。訝しげなセリカにどう言い訳しようか考え、素直に話した。此処で食べたい、と。セリカも昨日の話を聞いていたのか、一瞬悲しそうな表情をするもすぐに切り替え、父様の許可を貰って食事を取りに行った。
自分のせいだって分かっていても……重いなあ。
「きゅう」
柔らかいのが頬に触れた。フィロメーノの肉球だ。そうだ。
「フィロメーノにも朝御飯あげないとね」
「フィロメーノ?そのタヌキの名前か?」
「はい」
「……そうか」
「?」
うん?父様、どうして拗ねたお顔を?
“どうしてだろうね”
人の心を読んだと思しきフィロメーノの声が脳内に響いた。特別な紫色の満月をも上回る圧倒的美貌の男性の姿が浮かぶ。フィロメーノは私にしか声が聞こえない様にしているらしい。父様にフィロメーノの声が聞こえると私が家出した時よりも面倒になるとか。
朝食を終えたら、“エデンの森”で起きたとある疑問を聞こう。でもその前に。
「フィロメーノには何をあげたら良いんだろう。私と同じ食べ物でも良いのかな?」
「タヌキは基本雑食だ。妥当なのは犬の餌だろう」
「ドッグフードですか?」
「きゅうう!!」
「嫌みたい」
「なら牛乳でも飲ませればいい」
この時のフィロメーノは“いくらタヌキだからって味覚はあるんだよ!嫌だよドッグフードなんて!”と怒っていました。ドッグフード……食べようと思えば食べれるけど美味しくない。キャットフードも然り。犬と猫が食べて美味しいのだと思う。
ベッドから降りて体を伸ばす。家庭教師との勉強か。頑張らないとね。再びベッドに戻ってフィロメーノのお腹を指でつんつん突いてみた。ぷにぷにしてて弾力があり、突き甲斐のあるお腹である。不満げな目を貰うが逃げないので甘えさせてもらう。
「父様は朝食は良かったのですか?」
「基本朝は食べない。それより、どうして此処で食べると言った?」
「う、そ、それは」
「アイリーンと会うのが嫌。違うか?」
「……」
昨夜の玉座の間にいた人達全員が知っている。私が犯してしまった失敗によって、ずっと私を待っていてくれていたアイリーンを傷付け溝が出来たと。フィロメーノじゃなくそのままアイリーンと再会していたら、何時もの姉妹になれていたのかな。
“過ぎた事を何時までも悩んでも仕方ないよ?”
フィロメーノの言う通り。でも、私にとってアイリーンは父様と母様と同じ大切な家族であり妹。機会があるのなら、謝罪をして仲直りをしたい。
“その必要はあるのかな?君は、魔界から出たがっているのではないの?嫌われている方が魔界を出る時、後腐れがないと思わない?”
それは……
「お待たせしました」
「!」
食堂から朝食を三段式のキッチンカートで運んでセリカが部屋に戻った。今日のメニューは、トーストに乗ったスクランブルエッグにトマトソースが掛けられたのとサラダ、ハッシュドポテトが二個をワンプレートに盛り付けた物だった。コーンスープから湯気がゆらゆらと揺れていた。
「セリカ。フィロメーノに牛乳をあげていい?」
「フィロメーノ?ああ、そのタヌキの名前ですね。一応、此方へ戻る前に厨房に寄ってミルクを入れてもらいました」
何を与えればいいか分からない時、一番無難なのが牛乳な気がする。本当は動物用のミルクが好ましいがあるか不明だし、タヌキと言っても正体は悪魔だから大丈夫だろう。
フィロメーノを抱っこしてベッドから降りた。一緒に寝たせいか、薔薇の芳醇な香りがする。毛並みもフワフワで触り心地も良い。頬擦りしながら用意された椅子に座った。朝食を置かれた後、セリカにフィロメーノを下ろされた。ガラス製の器に入れられた牛乳を置いた。スンスンと匂いを確認した後飲み始めた。
「良かった。飲んでるね」
「お嬢様も冷めない内にお召し上がり下さい」
「うん」
「陛下はどうなさいますか」
「朝から面倒なのが来るとアリスから聞いていてな。執務室に珈琲を持って来てくれ」
「分かりました」
「アフィ」
ベッドから降りた父様のシャツ前が全開……父親の色気にやられる回数は最早両手では足りず。これも元十八禁乙女ゲームのせいか。ユーリ達攻略対象者がそうだけど、……思い切り事前だったり事後だったりのスチルが出るもの。今の父様みたいにシャツの前が全開な場合もあれば、上半身裸な時も普通にあったもの。誰が一番色気あったかってなると…………やっぱ、淫魔の血を引いたアシェリー?ううん、色気とかそういうのとは無縁の夢魔の血を引くネフィも中々……ああでも、口元をアイリーンの血で濡らしたソラも……、ユーリとハイネは……。……あり?よくよく考えるとユーリとハイネは他三人と比べたら露出が低かったよね。歳の問題もあったりする?一つと二つしか変わらないけど。
「朝食を終えたら家庭教師に勉強を見てもらいなさい」
私の頭を数回撫でてそう言い残すと父様は部屋を出て行った。私が食堂に行かなかった理由を深く言及しなかったのはきっと……。
「……」
朝食が冷めない内に食べようとナイフとフォークを持った。
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