50話 お約束
こんなに泣いたのは何時以来だろう。天使に殺されそうになった時。それ以前だと首だけの悪魔を夜中に見て絶叫した位。悪魔なのにお化けが苦手だと思わないで頂きたい。悪魔だってお化けは怖い。
一頻り泣いた私を抱いた父様が玉座に腰掛けた。父様の膝に乗せられた私は会えば渡そうと持っていた"月の涙"の意外な姿に驚いた。
「ああっ!か、枯れてる」
紫の淡い粒子を放出していた花がすっかりと枯れ果てていた。私の手から"月の涙"を取った父様がああ、と漏らした。
「"月の涙"は特別な満月の光を浴びて咲く花だ。当然、月光を浴びなければ咲かん。咲いた後も照らしていないとこうして枯れる」
し、知らなかった。本には書いてなかった。数百年に一度だけ咲く花と呼ばれるのも頷ける。特別な満月の光を浴びて咲き、咲いてもその光がないと枯れる。花その物の希少価値が高いのもその為だろう。
教えてほしかったと恨めし気にシルヴァ公爵を見ると困った顔をされた。
「ううむ……てっきり、ベティが教えているものだと思っていたよ。肝心な事を言わないのもあの子らしいと言えばらしいが」
「そういう部分はノワール家の血が濃い証拠かな?」
リエル叔父様が茶化すようにレオンハルト団長に言った。
「だまらっしゃい。ベルベットの性格の悪さはアーデルハイトに似たのだよ」
「そこもまた強く否定出来んな……。アーデルハイトの思い込みの激しさと意地の悪い性格はどうにもならん」
「レオンハルトもじゃないか」
「我輩そこまで性悪な性格はしとらん」
「してるだろう」
リエル叔父様の次は父様が茶化す。
「前のお前を知ってる奴なら大抵そう思うだろう」
「アシェリーにぎゃん泣きされて以降は丸くなったつもりなんだが」
"エデンの森"でシルヴァ公爵が話してくれたやつだ。父様に聞いてみようと服を引っ張ろうとした直後――重厚な扉の向こうが騒がしくなった。
――いけません!今はお戻り下さい!
――お話が終わったら陛下にお伝えしますので!
なんだろう?
騒がしい声は父様達の耳にも届いているようで。アリス宰相が扉の前で控えている騎士に扉を開けさせると――
「!姉さまぁあああぁ!!」
騎士二人に止められていたのはアイリーンだった。騎士二人の隙間を縫って玉座の間へ入ったアイリーンが真っ直ぐと、泣きながら走ってくる。二週間振りの妹との対面。元々の泣き虫が更にパワーアップされていた。私も父様の膝から降りてアイリーンに向かって走り出した。
あげようとしていた"月の涙"は渡せなくなったが、ちゃんとアイリーンに謝ってユーリとの誤解を解こう。
――ん?
アイリーンの向こうから真っ白なタヌキが歩いてきて……。
――"アフィーリア"
「!」
この声は――!
「姉――――きゃあ!?」
どうしてここに!?
アイリーンとの再会の前に何故か真っ白なタヌキとして登場したフィロメーノへ意識が向いてしまい、アイリーンの横を横切って真っ白なタヌキへと進路変更した。後ろでアイリーンの悲鳴が聞こえるもフィロメーノが真っ白なタヌキとなっているのが謎でならなかった私は彼を抱き上げた。
そして、私の体も浮いた。
「はあ~。フィーちゃん」
くるりと反対を向かせたリエル叔父様は少々お怒りになっていた。
「困ったさんも大概にしなさい。アイリーンちゃんの再会より、そのタヌキが大事なの?」
「う……あ、その」
「あれ、見てごらん」
「あれ?――――あ……」
リエル叔父様の背後では、盛大に前に転んだままのアイリーン。アイリーンに駆け寄り声を掛けている父様とアリス宰相。並んだままイグナイト公爵やシルヴァ公爵はふかーい溜息を吐いて。レオンハルト団長は外の騎士に母様を呼んでくるよう命じた。
「……アフィ」
「は……はい」
お、怒ってる。とっっっても怒ってる。地の底を這うような低い声に背筋が凍る。
呼ばれた母様が慌てて玉座の間へ飛んで来た。
「アイリーン!?」
城を出て以来の母様は綺麗なまま。金髪を一つに纏めている青いリボンがクリスタの使い魔リボンちゃんを思い出させる。ポンタくんやリボンちゃんは先に戻ったってレオンハルト団長は言っていた。後日お願いしてクリスタに会わせてもらおう。倒れているアイリーンを起こし、前へ回った母様の顔が驚きに染まる。眉を八の字に曲げて治癒魔術をかけ始めた。アイリーンの体がプルプルと震えてるのは泣き出す寸前の証。
「ア、アイリーンが泣いちゃう」
「泣かせたのはフィーちゃんだよ」
「あう……あ、この子を見せたら機嫌が治るよ!」
「逆効果だと思うけどね」
なんで?
でも、見せてみないと結果は不明なまま。リエル叔父様に下ろしてもらうとフィロメーノを抱いたままアイリーンの前へ回った。転んだ時に鼻を打っていたらしく、鼻血が流れている。見てるだけで痛々しい。
「アイリーン!見て!真っ白なタヌキだよ!……“エデンの森”にしかいない真っ白なタヌキだよ」
嘘だけどね。
唇を噛み締めて震えるアイリーンのサファイブルーの瞳には涙がたっぷりと溜められ、瞬きを一回しただけでポロリと大粒の雫が流れた。きゅう、と可愛らしい声で鳴いて首を傾げたフィロメーノ。くそ、可愛い。
「ね……さまは……」
「う、うん」
「私よりっ、そんな、タヌキが大切なんですか……?」
「へ」
「私との再会よりも白いだけのタヌキを優先するのですか!」
「えっ」
雲行きが段々と可笑しくなってきた。私は決してアイリーンを蔑ろにしたのではない。ただ、フィロメーノが真っ白なたぬきになっているのが不思議だったから。この子はフィロメーノっていう悪魔がタヌキに化けてるだけと説明したいけど、最初に会った際に約束した。フィロメーノの事を言わないと。父様達はフィロメーノが誰か知っているから言ってはならない。止まらない涙を流しながら私に怒りをぶつけるアイリーン。背後から、父様の溜め息が届いた。アイリーンの後ろを見るとリエル叔父様も呆れ気味に頭を振っていた。
「ち、違うよ。アイリーンに見てほしくて」
「私はっ、私は……姉さまがいなくなってっ、不安で寂しくて……っ!ね、さまがお城に戻るのを、ずっと、ずっと待ってたのに……!なのに……!!」
……私がずっと城から出たかったのは、ゲームのようにいつかコーデリア様になってユーリの好意を一人占めするアイリーンに嫉妬し、ルートによっては命まで奪う最低最悪な悪役になりたくなかったから。大好きな父様、母様、アイリーン、お城の人達。攻略対象者達。今が幸せでも未来がどうなるかなんて誰にも予測出来ない。残酷な殺され方しかしなかったゲームでのアフィーリアを何度も見てきたからこそ、例え皆を悲しませる事になろうとも私は私の将来安泰を選んだ。
愛情深い父様や母様は、長女の私が戻らなくなったらたった一人となったもう一人の娘を更に深く愛するだろう。いなくなった私の分を補う様に。その方が良いと思った。私を慕ってくれているアイリーンの前から消える事によって、心に深い傷跡を残そうとも――傷は時間と周囲の愛情によって癒されていくと信じた。私がいなくなっても父様がいる、母様がいる、ユーリもハイネも……皆、いる。私がいなくても皆がいたら安心だと思ったのが――大きな間違いなのかもしれない。
現にアイリーンは怒気が多量に含まれたサファイブルーで私を睨み、抑えられない悲しみから泣きじゃくっている。治癒魔術を掛け終えた母様が私とアイリーンを交互に見やる。アイリーンには心配げに、私には多少の怒りが瞳に灯っている。
「アフィーリア」
父様の低く重い声が発せられた。
「アイリーンを見て、分かっただろう。お前一人の身勝手な行動で一番傷ついているのが誰か」
「……」
何度虐げられても、殺されそうになっても、決してアフィーリアを嫌いにならず、幼い頃みたいに仲良し姉妹に戻れると信じていたアイリーンにプレイヤーだった私は少々苛立った覚えがある。不用意に近付くから危ない目に遭うのよ、と。
でも、もしも、逆の立場だったらどうだろう。
アイリーンの好きな人がユーリで、ユーリの好きな人が私で、……嫉妬と憎悪でアイリーンに命を狙われたら……私は……。
「……」
――私は……ううん。私もきっと同じだろう。仲直り出来る日が来ると信じて……。
――結局、短い家出から城に連れ戻された私は、家族と感動の対面!……になる訳なく。しっかりと父様に叱られ、母様には心配され、……アイリーンとは妙な溝が出来てしまい。謝罪も出来ないまま、久しぶりで若干涙目なセリカにごしごし洗われて父様の部屋にinされました。何故か真っ白なタヌキとなったフィロメーノも一緒に。あ、フィロメーノも洗われてました。「きゅうううぅ!!」と悲鳴を上げていたけど、乾燥されている最中は気持ちよさげにしていた。
……あ、私にだけ聞こえる声では――
“ちょ、どこ触って、ってか痛い!ホワイトの怪力姫には動物を優しく扱うっていう考えはないの!?”
ずっと文句を言い続けていてちょっとうるさかったです。
読んで頂きありがとうございます!
これにて、家出編は終了となります。
次回から、子供編最終章となります。……の筈が3話ほど間を挟みます。すみません。
これからもよろしく御願い致します。




