閑話 制裁
アフィーリアが倒れた後のお話になります。
無駄に長いです。
「珍しいね……」
一人ユーリの部屋の前に残ったリエルは、とぼとぼと私室へ戻って行くアフィーリアの背中を眺めていた。普段は何を言っても嫌だと我儘を言って周囲を困らせる子。妹に木登りを教えようとする際、誤って木から落ちて頭を強く打ってから、我儘な部分が減少した。我を通そうとさっきの様に侍女のスカートを捲って逃走を図る等、まだまだ困った所は多そうだが。少なくとも良い傾向?には向かっている筈。魔王の娘らしい傲慢な性格の欠片も頭を打ち付けた際、一緒に砕け散ったのかもしれない。
――二週間前、コーデリアがアフィーリアに暴力を振るった挙句、二週間昏睡状態になる程の大怪我を負わせた。子供達の悲鳴を聞き付けたシェリーが駆け付けると、頬を叩かれた際吹っ飛んだアフィーリアの頭は打ち所が悪く、大量の血が流れ出ていた。元凶のコーデリアは、ユーリの銀髪を鷲掴み、何度も力一杯叩いた。
『止めて!母上止めて!!ユーリは何も悪くないからあっ!!』
『離しなさいハイネ。私は出来の悪い子を叱っているだけよ。ねえユーリ、そうよねえ?貴方が悪いから、怒られているのよねえ?』
『っ、は、はい……ぼくが……おべんきょ……を放って……っ!!?』
乾いた音が庭園に響く程一際強く頬を打たれたユーリの口端から、血が流れ出ていた。あまりの痛みに喋れなくなったユーリを更に激しく罵倒し、叩き続けるコーデリアの腕をシェリーが掴んだ。
『もうお止めください!!コーデリア様がしているのは、きゃあっ!』
『私に触れるなっ!!』
乱暴にシェリーを振り払うと鷲掴んでいたユーリを投げ捨て、尻餅をついたシェリーに向けて左手を上げた。掌から発せられる静電気に漂う魔力。魔術を使おうとしているのが分かる。他人の憎悪に触れるにはまだ幼いアイリーンに、母親に危害を加えようとするコーデリアを止める術所か、大声を出して助けを呼ぶ勇気もない。
――恐怖が圧倒的に勝っているせいで。
憎しみと嫉妬、殺意に染まった紫水晶が怯えるシェリーを見下ろす。
『何であんたなのよ!!彼を…ロゼを最初に愛したのも、ずっと長く愛していたのも……私なのに……!!何で!!神様の娘が珍しいから連れて来られたに過ぎないあんたが、私を差し置いて正妻の座にいるのよっ、そこは、私の席なのに!!!』
膨れ上がる負の感情に比例して魔力の量も大きく、濃くなる。生まれてからずっと天界で天使達によって守られ、魔界でもロゼの結界で守られた魔王城で暮らし、ロゼに守られているシェリーに目の前の殺意から逃れる手立ては皆無。
怖くて怖くて堪らない。けれど、此処には自分よりもまだ弱く、幼い子供達がいる。きっと、自分を殺したら次はまたユーリに矛先が向く。そして次はアイリーンか、そこで倒れているアフィーリアか――。
心が恐怖に飲まれつつある。それでも、子供達をこの場から遠ざけるのが先決だと自分が使える数少ない魔術を使おうと決めた瞬間。
『……何をしている』
地獄の底から響くような低い声。殺意と怒気の含まれた声がこの場にいる全員の背筋を凍らせた。コーデリアは掌に溜めた魔力を消し、現れた人物の方へ振り向いた。
愛しい、愛しい、幼い頃から一途に想ってきた愛しい男が感情が消えた昏い瞳でコーデリアを捉え、足下にいるシェリーに視線を移した。
『ロゼ……っ』
子供達の為と我慢していた恐怖から解放されたからか、綺麗なサファイアブルーの瞳から大粒の涙が溢れ出た。ふわりと微笑し、今度は子供達に目を向けた。母親と同じく泣いているアイリーンに、蹲って動けないユーリの傍にいるハイネ。そして―――。
『アフィ……?』
頭から血を出して微動だにしない、アフィーリア。
大きく瞠目したロゼは、早足でアフィーリアを抱き上げ、次にベンチに座るアイリーンも抱き上げた。
『レオンハルト』
ロゼが人の名前を紡いだと同時に音も気配も無く、一人の男性がこの場に姿を見せた。
紫がかった黒髪のふんわりとした髪。黒と金を基調とした魔術師のローブを纏った長身痩躯の男性が間延びした声で呼び出したロゼに返事をした。
『状況を読め』
『分かってるよ~。あれまあ、偉いとこに呼び出されたもんだね。おいでー我輩の可愛い僕達』
二回掌を叩くと黒い影と共に数人の影が出現した。皆、色は違うが魔術師のローブを纏っている。
彼等は魔王の配下『魔術師団』の団員。そして、レオンハルトと呼ばれた男は魔術師団団長を務める、魔界でも屈指の実力を持つ強者。
『アフィーリア嬢は治癒術師に渡して、アイリーン嬢は医務室へ。ユーリも中々に重症だから…アフィーリア嬢と一緒に渡して。ハイネは、アシェリーの所へ連れて行きなさい。今丁度、ソラやネフィと遊んでる筈だから』
それぞれに指示を飛ばし、子供達を部下が保護するとコーデリアの足下にいたシェリーを入替の魔術でロゼの傍に移した。涙を流しても泣くのを必死で抑えていたシェリーも、ロゼに抱き締められた事で恐怖から解放された安堵で泣き出してしまった。大丈夫だとあやすロゼを後目に、この後自分がどうなるかが分かっているのか、恐ろしい未来への恐怖心から全身を震わせるコーデリアへと目を向けた。
『何時かやらかすとは思ってたけど本当にやっちゃうとうはねえ。ロゼは叶わなかった初恋の相手として諦めたら、君もこんな馬鹿をして、破滅する未来じゃなく、別の幸せを手に入れられたかもしれないのに。……馬鹿な女』
すっと細められたレオンハルトの黄昏色の瞳。口元は笑い、口調は軽いのに、瞳には一切の色が無い。
指を鳴らした。
コーデリアの周囲を囲う様に配下の魔術師達が姿を現した。ひっ、と小さな悲鳴が聞こえたがどうでもいいのでそのまま『拘束しろ』と命令。団長の命に従った魔術師達の放った白い縄で拘束され、地面に転がされたコーデリアをレオンハルトに扱い方を問われたロゼが見下ろした。
『好きにしろ。と、言いたい所だが生憎と腸が煮えくり返っててな。丁度良い。レオ、あの部屋へ放り込め』
『う~ん。中身はあれだけど、高位魔族なだけに身体は良いからねえ。強制を付加しておこう』
『ああ。後は目障りな古狸も処分だ。醜く太った狸の狸鍋など、不味くて食えそうにはないが暇潰しになる。暫く公務はリエルに押し付ける。シェリーの介抱もそうだが…アフィが心配だ』
『我輩の僕達は皆優秀だよ?』
『知っている。だが、万が一という時もある。……その時は……くっ……どう鬱憤を晴らそう……』
口端を歪に吊り上げ嗤う。怒りを通り越して狂気に取り憑かれた魔王の鬱憤晴らしは暫く続きそうになると悟ったレオンハルトは人知れず溜め息を吐いた。
全ての面倒事は、弟のリエルに押し付けられるのでレオンハルトに被害が無いのが救いだ。
可愛い僕達にコーデリアを『例の部屋』へ放り込めと命じ、自身は次の仕事に準備に取り掛かるべく、この場を去った。
『魔術師団』の休憩室にて、息子のソラと団長の息子アシェリー、宰相の息子ネフィの遊び相手をしていたリエルの耳に今回の出来事が届いたのはもう間もなく。そして、アフィーリアが目覚める間、兄のロゼに代わり魔王の仕事を押し付けられる羽目になるとは一欠片も予想していなかった。
○●○●○●
地獄の魔王代行もアフィーリアが目覚めたお陰で二週間で幕を閉じた。基本、自由気儘なリエルが真面目に魔王の仕事を立派にやり遂げたのだ。暫くはのんびりしよう。ユーリの部屋の前にずっといる訳にもいかず、行く宛もないリエルはまた、ふらふらする為に歩き出した。
コーデリアに下された罰は、悪趣味なレオンハルトの遊び場での幽閉。ただ幽閉されるだけなら、軽く思われるだろうが実際は違う。『魔術師団』団長の座を手に入れるだけあってレオンハルトは強い。が、色んな術を開発する為と言って魔王の友人の立場を利用し、好き勝手に城の地下に『秘密部屋』を作っては囚人を実験台として扱っていた。
『処刑までまだまだ時間あるでしょ?途中で死んでも処刑の手間が省けるだけだしの』
囚人の中には、様々な身分の者がいる。平民から奴隷、爵位を持つ貴族等。
娘の失態は親の責任でもある。ドラメール公爵家は爵位剥奪と領地没収、見せしめの為の一族全員の処刑。
魔王の宝物に危害を加えた。魔王の機嫌を損ねた。
周囲に反対の声が上がろうと魔界を統治する王に彼等の声を聞く耳はない。
地下へ続く長い螺旋階段を降りるリエルの靴音だけが紺色の空間を支配する。最下層に着くと鉄の分厚い扉が道を塞ぐ。結界も張られていない扉を押し開いた。
「やあ、リエル。君も観に来たの?」
「うわー、高潔な宰相殿がこんな下賤なとこに何の用?」
魔王の次に忙しい相手がいたので皮肉を言おうとしたリエルの台詞は、両腕に色んな薬品を抱え戻ったレオンハルトに横取りされた。
黄緑、橙、紫、黒、赤。五色のカラフルな薬品の用途を先にいた男性が訊ねるとレオンハルトは愉しそうな笑顔を浮かべた。
「最近出来たばかりの試作品だよ~。魔力容量の多いコーデリアという実験体が入ってくれて助かったよお。他のじゃ、すぐに死んじゃうからさあ」
「色毎に効果が違うの?」
「そうだよリエル。知りたい?」
「どっちでもいいよ」
聞いてもえぐいの感想しか出せない。赤の液体の入ったフラスコを取ったリエルがゆらゆらと揺れる水面を眺めるとぼこぼこと泡が出る。「あまり振らないでね~」と薬品を地面に置き、黄緑色のフラスコを持って奥の方へ行ったレオンハルトは、力尽きて微動だにしないコーデリアを仰向けに転がし、半開きの口にそれを流し込んだ。
嘗ての美しい面影がコーデリアには微塵もない。美しかった銀髪も肌も汚れ、お気に入りのドレスもあちこち破れ、ぎりぎり裸にならない程度の形しか保たれていない。
謎の薬品を全て飲ませ、其処からレオンハルトが離れたのと同時に陰に隠れていた数人の囚人が出てきた。
「はーい。後は彼等のお楽しみタイム。我輩達は出るよ」
「効果を見ないの?」
「終わってからのお楽しみだと思って取っておくよ。それに、我輩皆が思ってる程悪趣味じゃないのだよ」
「何の薬か位教えてよ」
「えー?潔癖症の宰相殿は興味津々なんだねえ。い・や・だ」
「……私は潔癖症でも高潔ぶってるつもりもない。知りたいから聞いただけだ」
「あーそお。でも教えない。ほらほら、飛ぶよ」
パチンと、音が鳴った刹那―――彼等は謎の地下室から、城の庭園へ瞬間移動をした。鼻歌交じりに先を行くご機嫌なレオンハルトの背を呆れ半分の視線を送るリエルが宰相と呼ばれている男性に振り向いた。
「で、結局何でいたの?」
「興味本位だよ。プライドだけは人一倍強い女の成れの果てっていうのを見たかっただけ。ドラメール公爵家も取り潰されたし、没収された領地が欲しいって魔王陛下にお願いしに行くよ」
「君の所、それなりに大きい領地を幾つか持ってるよね?」
「フォレスト家も公爵だから、それはね。でも、あっても困る物でもないから」
宰相の名はアリス=ステラ=フォレスト。フォレスト公爵家の当主にして、魔界で第二位の権力を持つ。海を思わせる色の髪は首から尻尾が垂れており、同じ色を持つ瞳は背中が遠いレオンハルトを見つめた。
『魔術師団』団長レオンハルト=サン=ノワール。古くから数多くの優秀な魔術師を輩出してきた魔術の名家出身で三男。生まれた順番ではなく、実力で物を言う家系な為、上二人の兄ではなく、ノワール家始まって以来の天才魔術師であるレオンハルトが当主の地位に立った。
ロゼが魔王候補だった頃からの友人である二人だが、どうも彼等の相性は悪いらしい。というか、レオンハルトが一方的にアリスを嫌っているだけ。嫌われる原因を知らないアリスは理解に苦しむばかり。彼と親友なロゼ曰く「本当に嫌っているなら、存在自体認知されないがな」らしい。レオンハルトが嫌いな相手の扱い方は非常にシンプルで、目の前にいるのに幽霊の様にすり抜けられる。声を掛けても存在を彼の中で認知されてないので届かない。会話が成立している時点でレオンハルトはアリスを嫌ってはいない。
レオンハルトの背中が見えなくなった所で城内へ戻るアリスに続いて、昼食になるまで私室で久しぶりに寝ようとリエルもこの場を後にした。
一方、上機嫌で庭園を歩くレオンハルトは赤い薔薇が咲き誇るエリアに入り、開けた場所の真ん中にあるベンチの上で寝転がる自分の息子の顔を覗き込んだ。
「面白い物でもあった?」
「ない」
「眠いの?」
「眠くない」
「暇?」
「ソラとネフィが戻るの待ってる」
「何処行ったの?」
「森の中。家庭教師と勉強中のアイリーンを驚かせてやろうって言って、特大の達磨虫を探しに行った」
「やれやれ。アイリーン嬢が泣いて魔王陛下の雷が落ちるぞ」
「そうだね。アイリーンはアフィーリアと違って女の子だから、きっと怖がるね」
「アフィーリア嬢も女の子だよ?」
「ユーリはよくアフィーリアを野猿って言ってる。実際、城で一番大きい木を木登りで天辺まで登るんだから、女の子じゃなくて、お猿さんだよ」
「猿も木から落ちる。現に、アフィーリア嬢は数日寝込んでいたからの」
「あ、父さん。父さんもアフィーリアが野猿って認めたね」
ゆっくりとした動作で起き上がった我が子の頭をぽんぽんと撫でたレオンハルトは隣に腰掛けた。大きな欠伸をした息子に釣られて、彼も小さな欠伸をした。
自分が思っていた以上にはしゃいでいたらしい。試作品が試せる、プライドの塊のコーデリアを思い通りに出来る、予想していた通りの効果が得られて、愉しいし嬉しい。
昼食の時間までもう少し。
誰かが呼びに来るまで、魔術師の親子は赤い薔薇に囲まれて一時の睡魔に身を寄せた。
――数十分後、森から戻ったソラとネフィの捕獲した達磨虫の被害に遭うとは知らず……。
読んでいただきありがとうございました!
実は、コーデリアの鉄拳からアフィーリアがユーリを庇った事から本来のゲーム本編とは違った展開となっております。
詳しくはまた本編の方で書いていきます。




