43話 目前
休憩を挟み、再び“月の涙”探しを再開。休憩時間を入れて約一時間経つ。シルヴァ公爵を先頭に森の最奥部を目指す私達。公爵の真後ろを歩くユーリ、少し距離を置いて歩く私とベルベット。リボンちゃんは私が抱っこして、ポンタくんはシルヴァ公爵の肩の上に座ってじっっっと穴が開くんじゃないかと思ってしまう程人を凝視する。一度ベルベットに顔に何か付いているか確認してもらうと「何もないよ」と頬にキスをされた。
「きゅ!?」
された本人ではなく、距離があるポンタくんが驚いて変な鳴き声を発した。公爵とユーリが振り返り何でもない気にしないでと手を振った。涼しい顔をして隣を歩くベルベットを若干睨んだ。
「もう、ビックリするじゃない」
「そう?おれにはそう見えなかったよ」
「私が驚くより先にポンタくんが反応したせいかな。ねえ、リボンちゃん」
「きゅ、きゅううぅ……」
「?」
どうしたんだろう。可愛らしい肉球を頬っぺたに当てて丸で「困ったわね」と言いたげな声を漏らした。ポンタくんは驚きの表情の次は何故か私をジト目で睨んでくる。
ふと、抱いた事を口にした。
「……ねえ、ベルベット。私思ったの」
「何が」
「ポンタくんとリボンちゃんって、実はお城の人が化けているんじゃないかと思うの」
「そう?毛色が珍しいタヌキにしか見えないよ」
「うーん、なら、私の考え過ぎかな」
「きゅうきゅう!」
「リボンちゃんもそうだよって言ってる気がするよ」
同意する鳴き声を発したリボンちゃんと今度は呆れた様な視線を寄越すポンタくん。クリスタの使い魔なら、私達の言葉を理解しても不思議じゃないか。そうだね、と私は納得して再び意識を花へと移す。
空は大きな木から広がる葉に遮られ、エデンの森へ入る前に仰ぎ見た紫色の満月の光が入らない。月の魔力を注がれて咲く花だから、当然花からも魔力は発せられる。それを辿ってシルヴァ公爵は目的地へ案内してくれている。
月の魔力が注がれて、って事は空を飛んで方角を確認した方が早いと思い付くも公爵に却下された。
「決して悪くない方法だが、重大な欠点がある」
「欠点?」
「うむ。確かに、無闇に森の中を歩くより空から探した方が早い。だが、夜の森を歩くのと同等にリスクはある」
そう言ったと同時に森一帯に響き渡る程の悲鳴が届いた。
「え?!な、なにっ」
バサバサバサバサ!!
悲鳴に驚いたのは私達だけじゃない、夜を生業とする夜光鳥が次々に飛びだって行った。慌ただしく森を去る鳥の数は多く、無数の葉が落ちてきた。悲鳴はあの一度きり。
周囲の気配が静かになったのを見計らい公爵がふう、と息を吐いた。
「これがさっき言ったそのリスクだ。浮遊する餌を魔物が見逃すと思うかな?」
「お、思わない」
「私もっ」
「空を飛んで襲われた……か。多分、ロックバードの仕業だろうね」
「ロックバード?」
「フィーは鮫は知ってる?」
「知ってるよ。鋭い歯がとても多くて凶暴な魚」
「そう。ロックバードは、まあ、鳥版の鮫と思えばいいよ。一度目を付けた獲物は絶対に逃がさない。今頃、悲鳴を上げた奴はロックバードの胃袋の中だよ」
空を飛ぶ鮫……駄目だ、想像出来ない。映像や本の世界でしか見たことのない存在だけど、実際に目をすると腰が抜けて逃げられないかも。生身の人間が海の中で鮫に出会って生き残れる確率は、圧倒的に低い。
「地道に森の中を歩くしかないんだね」
「そういう事になるね」
暗く、同じ道をぐるぐると歩かされている錯覚を起こす森の中。ズルをして空を飛んだら空中を支配する魔物に襲われて終わり。どちらにしても危険である事実に変わりはない。
ロックバードの話はここで終わりにして、再び歩き始めた。森の中の魔物には遭遇してないのはどうしてかなとシルヴァ公爵に問うと気配と姿を消す結界を貼っているからとの返答が。全然見えないけど?ベルベットを見ても微笑んでるだけ。
「ユーリには分かる?」
「全然」
分からないのは私だけじゃなくて良かった。
「時にベティ」
「何」
不意にシルヴァ公爵がベルベットにこんな事を訊いた。
「以前見せた釣書。あれにはちゃんと目を通したかな?」
「燃やした」
「燃や……う、ううむ」
淡々とした声で告げたベルベットに苦い声を漏らすシルヴァ公爵。釣書、という事はベルベットの未来の奥さんになる人を決め掛けているって事だよね。ふと、私はユーリにも私にも婚約の話って全然ないねと口にした。それを聞いたユーリは躓いて転びそうになった。
「大丈夫?」
「あ、あのな、アフィーリア。僕やアフィーリアは貴族の令嬢令息じゃないんだよ?魔王である父上の子なんだよ?」
「知ってるわよ。でも、いないねって言っただけじゃない」
「魔王は世襲制ではなく、完全なる実力主義。既に次期魔王が王女や王子の内の誰かに決まっているならいたかもしれん。まあ、あの陛下が自分の子に政略結婚を組むとは思えん」
「へえ?おれの父上は組むのにね」
「うぐっ。……これでも、ベティの為と思って用意したんだがね」
「どんな人がいたの?」
「うん?さあ、言ったでしょ。燃やしたって。興味なかったから」
「私は興味ある!」
「フィーが?」
「お城の人とかしか知らないから、他の貴族の人にどんな人がいるのか全然知らないの」
過保護を極めし父様のせいでね。お城の人以外で言うとアシェリーやネフィ、ソラがいるけど、三人はだって攻略対象者だし嫌だ。仲良くはしたいけど恋愛対象にはならない。
「ベティに渡した釣書は、殆ど将来家を継ぐ令嬢ばかりだよ」
「おや、おれに婿養子になれと?」
「逆に嫁を貰って私の持っている爵位を与える事だって可能だよ」
「興味ない。……ああ、でも」
「?」
言葉を途中で切り、意味ありげな笑みを浮かべ私に向いたベルベットが頭をポンポン撫でてきた。
「フィーが相手ならおれも文句はないよ」
「へ」
「そんなの無理に決まってる。父上が良いと言う筈がない!」
「そこは公爵に頑張ってもらうよ。ねえ、父上」
「うむ?ううむ……ベティはアフィーリア様を気に入ったか。……どうしても言うなら、自分で陛下に直談判しなさい。私が言っても陛下は聞き入れてくれないと思うから」
「子離れ出来ないの?」
「子離れする歳でもない。さあ、お喋りは止めて少しペースを上げよう。もうすぐ見えるだろう」
もうすぐ"月の涙"を見られる。花を採取し、特殊な器具で花の蜜を抽出して結晶化させる事で本来の"月の涙"の形となる。持ち主に幸福を齎す石。元々の目的とは違ったけれど、それをユーリに渡した後どうしようか。城に戻ったって父様や母様に怒られるだけ。……いや、どんな理由があれ完全に部屋から出られなくなる可能性が非常に大きい。父様だったら絶対にする。家出をする前だって、専属侍女のセリカに常に見張られて父様に会うだけなら部屋を出られた。それ以外は基本駄目。
考えれば考える程帰りたくない。皆が嫌いな訳じゃない。
この世界が私の知っている通り乙女ゲームの世界なら、アフィーリアは最低最悪な主人公の姉。嫉妬に狂い、破滅し、碌でもない殺され方をする悪役。
絶対にならない!……と意気込んでも、未来がどうか誰にも見えない。もしかしたら、何かが切っ掛けでユーリを好きになる可能性だってある。好きになって、アイリーンと愛し合うユーリを見て私は正気を保っていられるか。私でさえ、自分の気持ちがどの様になっていくのか不透明なまま。
前を歩くユーリの小さな背を見た。
アフィーリアに付き纏われて、でも愛人の子である自分が正妻の子を蔑に出来る筈もなく、それ以上に魔王が溺愛する娘に粗末な扱いは許されない。ストレス半端なかったよね。
――ごめんね
貴方が好きなのは純粋で優しいアイリーン。間違っても、妹を泣かせる上父様や母様を困らせてばかりで我儘放題なアフィーリアを好きにならない。
「フィー」
思考に浸っていると不意にベルベットに声を掛けられた。どうしたのと向いた。
「ぼおっと王子の後姿を眺めてるけど何考えてるの?」
「うん……嫌われて当然だよねえって思ってたの。ベルベットは知らないと思うけど、こう見えて私すごく我儘なんだよ」
「魔王の娘だからね。我儘にもなるんじゃない?」
周囲が甘やかすから。そう言いたげなベルベットに苦笑した。
「そこは本人次第だよ」
「まあね」
「"月の涙"を見つけて生成したら、ちゃんと考えないとね」
「城に戻るか、このまま此処にいるかって事?」
「うん」
ねえ、とリボンちゃんを見下ろした。
「きゅう……」
悲しそうに、寂しそうに鳴かれて困った。リボンちゃんもポンタくんも私達の言葉が通じている。ポンタくんが私が何か言う度に怒ったり驚いたり、リボンちゃんが嬉しそうにしたり偶にポンタくんに怒ったり今みたいに切なく鳴くのが証拠。
不安げなリボンちゃんの頭を頬ずりして再び前を向いた。
ん?周囲の変化に気付く。
「あれ?周りの色が何だか……」
暗く、闇の色一色だった周囲の色が段々と淡い紫色を帯びて明るくなってきた。"月の涙"と今日の満月は紫色。近付いている、とは公爵の言葉。もうすぐ、もうすぐ。ドキドキと胸が高鳴る。期待と一抹の不安を抱いて。
「あれか」
シルヴァ公爵がそう漏らした先には、更に強い色を発する紫色があった。その先に目的の花があるんだ。家出をしてまで見たかった花がそこに。
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