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42話 気付くか、気付かないか

 


 

 夜の森の中って、どうしてこう不気味なのだろうか。月の灯りも、背の高く大きく広がる葉によって遮られ届かず。人も獣の気配もないのに体に纏わりつくねっとりとした感覚が言い様の無い恐怖を与える。何時、何が飛び出しても可笑しくない。それを言うなら墓地も同じだ。ただ、墓地の場合は幽霊が出そうという雰囲気がありまくりなので怖いと感じない。だからといってホラー映画の類が平気という訳でもない。ホラー映画と言えば、テレビの中から出てくる髪の長い女性の幽霊ものがあったねえ。映画の名前何だったかな。

 

 と軽く現実逃避をしながら、尻尾にリボンを巻いた狸――もう面倒だからリボンちゃんと呼ぶ事にした狸を抱えながら歩く。もう一匹の狸――名前はポンタ君にした――はシルヴァ公爵の肩に乗ったまま。

 

 不機嫌そうに尻尾を揺らしている。

 


「やっぱり、名前気に入らなかったのかな?」

「どうだろうね」

 


 私の隣を歩くベルベットが曖昧に相槌を打つ。クリスタは同行出来ないからと代わりに狸二匹を置いて城へ戻った。ペットではなく、使い魔としての力もあるから役に立つと言い残して。名前は、と言う前に戻ってしまったから、二匹の呼び名に困った。

 

 で、もうありきたりな名前にした。

 


「リボンちゃんは気に入ってくれたのにね」

「きゅう?」

 


 呼んだ?と鳴いたリボンちゃん。可愛い!金色の毛並みをした狸って聞いたことも見たこともないけど、魔界に生息する使い魔ならいても変じゃない。シルヴァ公爵の肩に乗ってるポンタ君を呼んでみるも……狸なのに狼並に鋭い視線を貰った。や、やっぱり名前が気に入らない?

 


「きゅきゅう!きゅうー!」

 


 リボンちゃんがポンタ君へ怒る。動物の言葉が分からないので何を言っているかは不明。でも、様子からして怒っているのは分かる。最後にきゅう!と可愛らしく鳴いたリボンちゃんに「きゅぅ……」弱弱しく鳴いて耳が垂れたポンタ君。何を言われたんだろう……。私はベルベットに尋ねてみた。

 


「ベルベットは動物の言葉分かる?」

「分からないよ。動物の言葉を知れる悪魔は滅多にいない。フィーの知ってそうなので言えば……あ、叔父様は案外分かりそうだね」

「叔父様って、レオンハルト団長だよね?」

「そうだよ。あのおっ……叔父様はね、動物の言葉が分かれば動物達を操れるとか言って薬を作ろうとした事があるんだ」

「そうなんだ」

「っていうか、今レオンハルト様の事をお」

「気のせい。君の聞き間違い」

 


 ユーリが何か言おうとする前にバッサリと斬ったベルベット。うん、ユーリの言いたい台詞私も分かる。ベルベットは絶対おっさんと言おうとした。本人が否定するのならそれ以上は言及出来ない。

 


「その薬は成功したの?」

「確かその話は、アシェリー君が一歳の頃の話だね」

「父上知ってるの?」

「うむ。薬の作成法は編み出したが実際には作られていない」

「どうしてですか?」

「その時レオンハルト殿は、一歳になったアシェリー君に顔を見られる度に大泣きされて、薬の作成所ではなかったのだよ」

 


 一体何があったの。事情を知っているシルヴァ公爵に話の続きを要求した。

 


「レオンハルト殿の前の口調がどんなものか、姫や王子はご存知かな?」

「え?知らないよ」

「私も。レオンハルト団長って言ったら、お爺ちゃんみたいな喋り方だよね?」

「そうだね。元々彼の口調は荒っぽくてね。ノワール家は皆変わった人が多いのだが、彼はその中でも飛び切り性格が荒い人なんだ」

 


 曰く、今と昔を知っている父様達や今しか知らない私達とじゃ、彼の認識は違うのだとか。今の年寄りっぽい口調は偽りで本来の口調はとても荒いものらしい。今よりも更に小さかったアシェリーがトラウマになるほどの出来事があったらしく、年寄りっぽい口調はレオンハルト団長の血を吐く努力によって身に付けたものだったらしい。


 お爺ちゃんみたいな喋り方で常に間延びした声を出すレオンハルト団長。


 とても荒っぽく、あのアシェリーが見るだけで大泣きしてしまう程怖いレオンハルト団長。


 ……。



「想像がつかない……」

「同感……」



 ユーリも同じみたいだ。想像するも姿が見えない。試しにリボンちゃんに「知ってる?」と聞いてみるも困ったようにきゅうぅと鳴かれた。ポンタ君に至っては。



「フン」



 鼻で笑われた。



「……何でだろう、普通ムカつくとこなのにムカつけない」

「狸相手に怒るなよ」

「狸相手でも怒るわよ。でも、何でかな。ポンタ君には怒れない。怒ってお腹を擽ったら後でとんでもないしっぺ返しを食らいそうな気がする」

「叔母様の使い魔だから可能性はなくはないけど、でも狸だろう?」

「狸でも使い魔なんだから、普通の狸じゃないのは確かよ」

「力を持ってそうな風には見えないけどな」



 一見すると毛色が金色と言う珍しい狸。瞳の色も、ポンタ君は私と同じエメラルドグリーン、リボンちゃんは尻尾に巻いてあるリボンと同じサファイブルー。瞳の色だけで見ると父様と母様と同じ。番なのがもっと同じ。


 父様と母様……そして、アイリーン。アイリーンの様子は夢の世界で聞かされた。私がいなくなって毎日泣いていると。専属侍女トリオが慰めても母様が慰めても泣き止まない、と。酷いお姉ちゃんだ私は。未来じゃ、理不尽な嫉妬で殺そうとし、今じゃ勝手に城を出て妹を悲しませている。……いいや、悲しませているのはアイリーンだけじゃない。父様も母様もセリカも……皆に迷惑を掛けてる。


 私自身、何が正しいのか分からない。コーデリア様みたいに叶わない恋に縋りつき、狂い、死んでいく。そんな未来嫌だ。そうならない為に城から、魔界から出たかった。父様という超最難関の壁があるとは予想もしてなかったけどね……。原作開始時は兎も角、幼少の頃は――母様が亡くなるまでは――仲良し姉妹だったのにユーリの好きな相手がアイリーンと判明してコーデリア様のように果たしてなるだろうか?とアフィーリアになってずっと抱き続けていた疑問だ。


 昼寝から目覚めたら何故かアフィーリアになっていた私だけどずっと疑問だった。「私」という人格が芽生える前のアフィーリアの記憶も感情もきちんとあった。第一に、ユーリに対し特別な感情は抱いていなかった。邪険にされてもどうとも思わなかった。寧ろ、アイリーンと一緒にいるユーリを見て心和やかになっている。


 少し前を歩くユーリの後ろ姿を眺める。


 青みがかった銀髪。私とあまり変わらない背丈。母親の違う私の弟で……。


 それで……。



「きゅう?」



 それで……何だろう……。アフィーリアにとってユーリって何だったのだろう。心の底から愛する人?にしては特別な気持ちがない。それ以外の何か?……異母弟。これしか浮かばない。



「フィー?」

「!な、なに?」

「なにって、どうしたの?ぼーっとして」



 心配した面持ちで顔を覗き込んでくるベルベットに大丈夫だと手を振った。リボンちゃんを片手で抱き直して。危ない危ない。今は“エデンの森”を歩いている最中なのよ。余所見は禁物よ。


 歩き初めて約三十分近く経った頃一時休憩を取った。シルヴァ公爵以外は子供だし、ずっと歩き続けて体力を消耗し続けるのは良くないとの判断で。結界を貼り、冒険に出る時は必ず持っている水筒のお水をシルヴァ公爵から貰う。



「ごくごく……美味しい。リボンちゃんも飲む?」

「きゅう!」



 飲む!と返事をしてくれた様な気がする。一旦地面に下ろしてコップにお水を入れていく。どうぞ、と地面に置くと二本の前足でコップを持ったかと思うと二本の後ろ足で立って飲んだ。


 狸って二足立ち出来る動物だっけ?レッサーパンダじゃないの?


 水を飲み干したリボンちゃんはずっとシルヴァ公爵の肩に乗っているポンタ君にコップを向けた。丸で飲む?と言う風に鳴くとポンタ君はするするとシルヴァ公爵の肩から降りた。空になったコップをリボンちゃんに向けられた私は水筒を傾け水を注ぐ。透明で冷たい水を一定の量まで注ぐとリボンちゃんはコップをポンタ君に渡した。受け取ったポンタ君も二本足で立って飲み始めた。



「レッサーパンダみたい」

「何それ?」



 思った動物の名前をそのまま口に出してしまいユーリが反応した。そっか、魔界にはレッサーパンダもパンダもいないんだ。どう説明しようか悩むも父様がいないのに人間界の話をする遠慮はない。



「人間界に住む動物の名前よ」

「……まだ、人間界に住むの諦めてないの?」

「当然よ。父様という最大の壁がいない今が最大のチャンス!」

「まさかだけど、“月の花(ルナ・ティア)”を見つけた後は人間界に行くとか言わないよな!?」



 その辺りは曖昧にしか考えてない。目的の“月の涙”を見つけた後、アンデルの村にいた時はベルベットと魔界を旅しようと話した。……でも、私の目標は人間界永住。アイリーンとは絶対的に関係のない世界。そこ以外に正しい選択肢はない。魔界を旅するのも良い。けど、人間界に行きたい。人間界に固執するのは女子高生だった記憶があるせいだ。悪魔に、魔王の娘になっても、なる事は可能だ。人間に混ざって再び学生として過ごせるのは。


 迫力溢れる勢いで迫るユーリに押されながらも曖昧に誤魔化した。


 不安そうに此方を見上げるリボンちゃんと目が合った。


 しゃがんで金色の頭を撫でた。



「大丈夫だよ。人間界に行く時は、リボンちゃんやポンタ君はクリスタの所へ帰すから」

「やっぱり人間界に行く気なんじゃないか!」

「良いでしょう!行きたいのは行きたいもん!父様に居場所がバレてない今が大チャンスなの!」

「だ め だ!父上が知ったら魔界が荒れる所じゃなくなる!」

「そりゃあ、ちょっとの間はそうなるかもしれないけどすぐに治まるわよ」

「何処から来るんだよその自信!」

「だって、アイリーンや母様がいるのよ?私一人いなくなった位すぐどうも思わなくなるわよ」

「だからっ、その考えは何処から……!」

「さすがの父様もあんまりにも言う事を聞かない娘はいらないと思うの。その上、アイリーンは良い子だもの。アイリーンがいれば安心よ」

「…………」



 自信タップリに言い切ってユーリを見た。あれ?顔が真っ青で何故かこの世の終わりを見るような目をしてる。パクパクと口を開閉させる姿は陸に上げられた魚。ユーリ?と呼び掛けても反応がない。


 どうしたらいいのこれ。




 ――等と呑気に頬をぽりぽり掻くアフィーリアは一切気付かない。アフィーリアの自分勝手な話を聞いて小さな体を――でぷるぷると震わせる()()()君に。おろおろと()()()君を落ち着かせながらもアフィーリアの考えに泣きそうになっている()()()ちゃん。二匹の様子から、ある予想を組み立てたベルベットは“月の花”の微量の魔力を辿るシルヴァ公爵の腰をつんつん突いた。擽ったさにシルヴァ公爵が「ん?」と視線を下にした。



「ねえ」

「どうしたベティ」

「もしかしてだけど、あの狸達って」

「……そうか。気付いてしまったか」

「嘘……」

「本当だ。クリスタに確認を取った」

「……何で狸?」

「リボンちゃんの趣味だそうだ」

「そう……なんだ。……狸好きなんだ」

「みたいだな。ベティ」

「なに」

「言うなよ」

「言ったらフィーは逃げるだろうね」

「逃げたら、アフィーリア様の自由は未来永劫消失したと同然だ。……まあ、彼女の話を聞いているとその未来は案外近いかもしれない」

「だよね」



 果たして、アフィーリアは気付くだろうか。


 二匹の狸の正体――ではなく。



「さあ!“月の涙”探ししゅっぱーつ!」



 死亡フラグ回避の為の行動が自滅フラグを確立していると……。





読んでいただきありがとうございました!


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