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40話 再会3

 


 滝のような涙を流す長身の銀髪の男性が顔を上げた。深緑色のキリッとした瞳に父様とはまた違う魅力溢れる男性こそ、私の隣で半眼で見やるベルベットの父親ーシルヴァ公爵。冒険家として有名で魔界には滅多に戻らないと有名なあの公爵がどうしてここに?あと、泣いている理由を聞いても?



「べ、ベティ!お前は私やアーデルハイトをその様に思っていたのか!?」

「はあ。やっぱりいた。つうか、何時からいたの父上。半年はまだ戻らないって話の筈だよ?」

「ベティが喜ぶと思って、私はアーデルハイトを連れてオリオンの湖へ行っていた。その道中、ガルディオス殿より連絡を頂いたのだよ!ベティが行方不明のアフィーリア王女の居場所を知ってる手掛かりかもしれないから戻って来てくれと!知らせを聞いた私とアーデルハイトは慌てて屋敷へ戻った。だが、そこで待っていたのは……!」



 また泣き出し、中々話が進まないシルヴァ公爵の話を纏めるとこうらしい。屋敷に戻った公爵と夫人は、すぐにベルベットの部屋へ行ったのだが当のベルベットはおらず。魔力の痕跡も何処へ行ったのかも手掛かりも何もなかったらしい。


 壁に掛けられているカレンダーに丸で囲まれた日にちがアシェリーと会う日とあったのを見つけた夫人は、他に手掛かりがないか探す公爵を置いて一人ノワール公爵邸へ飛んで行った。残された公爵は、ふと、数百年に一度“エデンの森”で咲く月の涙(ルナ・ティア)を思い出した。前に屋敷に戻った時にベルベットに話したのを思い出したのだ。夫人を心配しつつも、ベルベットを見つけるのが優先だと判断し、ここアンデルの村へ訪れベルベットを探した。探していたベルベットを見つけたはいいものの、行方不明中の私がいることとベルベットが語った話にショックを受けて号泣してしまった。



「ううっ!べ、ベティ!すまなかった!お前にそこまで寂しい想いをさせていたとは……!!私もアーデルハイトも親失格だ!これを機に冒険家からは足を洗おう!!」

「いやいいよ。はあ、だから顔会わせたくなかったのに」

「……ベルベットの言ってた面倒ってこれ?」

「そう。会う度に感極まってベタベタ撫でてくるから、いい加減鬱陶しかったの。これはこれで面倒だけど」



 両親に愛されいない所か、とても愛されているじゃない!心配して損した。ユーリも同じ気持ちなのかジト目でベルベットを睨む。


 公爵が落ち着いたのを見計らい、会話に公爵も交えて続行された。公爵は城の侍女さんを見るなり目を見張った。



「おや?何故君がここに?」

「知ってるの?」



 私が聞くと公爵は頷いた。



「成る程……アフィーリア王女が城から抜け出せたのは君の力か。しかし、またどうして?こんな事をすれば君も只では済まない。陛下の愛娘達の溺愛振りは、辺境の地にまで届いていた」

「バレたらその時は覚悟を決めるわ。どうせ、遺して困るものは何もないし。家ももう無くなったしね」

「家が無くなった?侍女さんは何処かの貴族の人だったの?」

「……あんたもよく知ってるコーデリア。あれ、あたしの姉よ」

「ええ!?」



 コーデリア様が姉なら、侍女さんはコーデリア様の妹でドラメール公爵家の人となる。咄嗟にユーリに振り向くとコクリと頷かれた。ユーリは知っているようだ。



「この人の名前はクリスタ叔母様。小さい頃から城に奉公に出て、実質公爵家とはもう繋がりがないからって父上に見逃されたんだ」

「その代わり、面倒な後始末を押し付けられたけどね。長期休暇で人間界へバカンスを満喫中だったのに」

「人間界?」



 人間界というワードに酷く惹かれた。私が行きたい最終地点。身を乗り出して話を聞こうと思ったのにベルベットに引き戻された。



「人間界の話は後で聞こうね。で、おれやフィーを見つけた父上はこの後どうするの?」

「ううむ……魔王の命に従うなら、王女を即刻城へ連れて行くのが普通だな」

「うっ」

「ただ、私も“月の涙”には興味がある。だから、こうはどうだろう」



 シルヴァ公爵の出した提案はこうだ。


 “月の涙”が咲くのは今日の夜中。満月が特殊な魔力を発する日は魔物の強さが格段に変わる。“エデンの森”の魔物も例外ではない。“エデンの森”へ行くのはシルヴァ公爵も同行する代わりに、城へは連絡しない事にしてくれた。



「私も子供の頃は、公爵になるのが嫌でよく逃げ回っていた時期があった。一度家を飛び出して数年は戻らなかった時もあった。アフィーリア王女の場合は、私の時と事情は違うかもしれないが“月の涙”を手に入れてから考えるのも遅くはない」

「シルヴァ公爵……」

「君はどうする?クリスタ。このまま、ここにいては同僚に怪しまれるだろう?」



 話を振られたクリスタはユーリと私を交互に見やると口を開いた。



「そうね。一旦戻るわ。ユーリ。あんたもよ。あんたまでいなくなったってなったら、余計魔王の怒りを買うだけだし」

「でも……」



 ユーリが私を見る。誤解を解くのは今しかない。でも、どう切り出したら良いのか。ユーリに最低な発言をしたのは、全部ユーリに向けての言葉じゃない。何れ来る未来の自分に対しての嫌悪。私はアフィーリアであって、アフィーリアじゃない。愛に狂い、愛に死ぬ末路を迎えるのは真っ平御免。


 クリスタにお願いしてユーリと二人っきりで話がしたいと口を開きかけた時。隣のベルベットが「そうか」と一人何かに納得した。



「どうしたの?ベルベット」

「うん?いや、フィーが“月の涙”を欲しがる理由が漸く分かった」

「へ」

「その子と仲直りしたかったんでしょう?」

「え」



 へ、は私。


 え、はユーリ。


 間を開けて間抜けな声を出した私達にベルベットはふわりと微笑む。綺麗……。



「“月の涙”はね、紫の色をした花なんだ。採取した花弁から抽出した蜜が涙の形に変わるんだけど、それの色が丁度その子の目の色と同じになるんだ」



 ユーリとアシェリー、ベルベットの瞳の色は同じであって同じじゃない。ユーリの紫は明るく発光すると若干赤みがかった色になる。アシェリーとベルベットは、本物の紫水晶に匹敵する色の瞳をしている。ぼそっとベルベットがおれに合わせてと囁き、助け船を出してくれたのだと理解し首を縦に振った。



「“月の涙”は、持ち主に幸福を運ぶって本に書いてあったの。その、ユーリの目の色と同じだし……切欠になればいいな……って……思いました……」



 最後の方の言葉は自信がなくて小さくなった。ユーリを傷付けた、ほんの罪滅ぼし。ユーリの顔を直視出来なくてベルベットの腕にしがみつき顔を伏せた。



「……」



 ……前からビシビシと視線が刺さる。痛い。ちくちくと刺さって痛い。



「……僕はまだ納得してないし、許す気もない」

「あ……」



 顔を上げた先にあったユーリの紫色の瞳と目が合った。アシェリーやベルベットと同じでも違う紫色。


 ふい、と先に逸らしたのはユーリ。クリスタの腕を掴んで立たせると空間を繋げてとお願いした。


 縦に裂かれた空間の向こう側は、私も見慣れたユーリの部屋。向こうへ戻る間際、ユーリは振り返って私に言い放った。



「今日の夜中!僕も一緒に行く!だから、待っててよ」

「う、うん」

「行くって誰が連れて来るのよ」

「叔母様しかいないじゃないか」

「はあ。寝不足は美容の大敵なんだけど」

「叔母様も美容に敏感なの?」

「そこら辺は血の繋がりを感じるでしょ?こういうしょうもない所が似てるのよ、あたし達」

「そう、なんだ」



 コーデリア様の話だよね。クリスタの横顔が何処と無く寂しそう……。貴族の頂点である公爵家に生まれながら、幼い頃から城に奉公に出るって退っ引きならない事情があったんだろう。きっと、ユーリも知ってる。クリスタの寂しげな表情に何とも言えないと俯いた。クリスタに背を押されて城へ戻ったユーリを見送った。


 残ったのは私とベルベット、それにシルヴァ公爵。



「さて、夜中までには時間がある。アフィーリア王女とベティはどうするのかな?」

「一旦、戻るよ。作戦も練らないといけないし」

「そうだね。今日はお店のお手伝いはお休みするってリーシャさんやウォーリーさんに伝えてるし、ゆっくり考えられるね」

「お店のお手伝い?」

「はい。お世話になってるお礼にお店のお手伝いをさせてもらってます」

「ほう。魔界の王女が……興味深い。その店は何処にあるのかな?」

「行っても今は開いてないよ。夜になるまで休憩中だから」

「昼と夜で店が変わるのか?」

「昼は食事処、夜は酒場になるんだ」

「成る程。二人の働いている姿を是非とも見てみたかったな」



 興味津々といった様子で顎髭を撫でる。父親として、息子の働いている姿が見たいという気持ちは、悪魔も人間も変わらない。私の場合は……はは、怒るに違いない。


 乾いた笑みを浮かべた私は、今城がどうなっているかなんて知る由もなかった。






 ◆◇◆◇◆◇

 ◆◇◆◇◆◇



 ――同時刻。謁見の間。


 玉座に腰かけるロゼと対峙するレオンハルトとガルディオス。レオンハルトの整った美貌には、些か疲労の色が窺える。



「イグナイト公爵がシルヴァ公爵に連絡を入れてくれたのは良いが、一向に向こうから返事が来ない。ベルベットが何処へいるのかも皆目見当がつかん」

「ベルベット様の居場所が判明すれば、アフィーリア様の居場所も掴めると?」

「飽くまで推測だが、二人は一緒にいる。接点のない二人がどういった経緯で行動を共にしているかは不明だがな」

「アフィーリアを城から連れ出した犯人の特定は?」

「それもまだだ。まあ、相手も馬鹿ではない。証拠を残さないよう隠滅しておる。ただ、ベルベットといる時点でアフィーリア嬢は誘拐されたのではなく、自分の意思で城を出た。その何者かの力を借りて」

「一体、誰が……」



 ガルディオスの疑問の呟きが謁見の間に虚しく散ったのを合図に外が騒がしくなる。三人が意識をそちらへ向けた直後、重厚な扉が派手に破壊された。砂塵が舞う中、犯人のシルエットが現れる。歩で距離を縮め姿を見せた犯人に三人は目を見張った。


 癖のある長い黒髪に金色の吊り上がった瞳。豊満な胸を惜しみなくさらけ出す漆黒のドレスに包んだ犯人は女性。レオンハルトとそっくり。げっ、と顔を歪ませたレオンハルトに女性は涙が溜まった金色で睨み付けた。



「お兄様っ、わたくしの、わたくしの可愛いベルベットは何処ですか!!」

「それはこっちが聞きたい。アーデルハイト。ベルベットは何処へ行った?」

「質問しているのはこっちですわ!!わたくしの愛しいベルベットを何処に隠しているのです!?お兄様のところの子がまたベルベットを困らせているのではありませんか!?」

「アシェリーを悪く言うでない。あと、アシェリーはベルベットを困らせた事は一度もない。取り敢えず、頭を冷やせ」



 レオンハルトは実妹アーデルハイトを窘めるも、ベルベットが屋敷から痕跡もなくいなくなって不安と恐怖に苛まれている母親に冷静な思考はなかった。


 ひたすらにベルベットは何処だ、ベルベットを返せと喚く。


 話の通じないアーデルハイトにレオンハルトは大きな溜め息を吐いた。



「全く……。イグナイト公爵、シルヴァ公爵からの返事は?」

「まだだ。だが、夫人だけ来られたという事は、公爵は別の場所にいるのでは?」

「となると。シルヴァ公爵は、ベルベットの居場所に心当たりがあってそっちへ行ったか。アーデルハイト、シルヴァ公爵が何処へ――」



 何処へ行った、と問い掛けようとしたレオンハルトへ食らえば即死は免れない高密度の爆炎を放ったアーデルハイト。他家へ嫁いだ身とは言え、生家は魔術の名家ノワール家。呪文も無しに高等魔術を扱えるのも基本。放たれた爆炎は普通の炎と違い、水の魔術では防げない。並の結界でも対処不能な爆炎をレオンハルトを庇う様に立ちはだかったガルディオスが防いだ。


 爆炎と炎の魔術に造詣が深いイグナイト家の当主だからこそ、爆炎の対処法を誰よりも熟知している。


 消された魔術に呆然ともせず、未だ実兄が愛息子を何処かへ隠しているのだと信じて疑わないアーデルハイトに頭痛がしてきたとレオンハルトは嘆く。事の行方を見守るロゼの所へ一羽の白い梟が飛んできた。



「その梟は、シルヴァ公爵が連絡を寄越す際使っている梟ですね」

「足に紙が結ばれている」



 梟の足に結ばれた紙を慎重に解き、破らないよう開いた。


 文面を読んだロゼは梟の頭を撫でると左腕に乗せて未だ睨み合うアーデルハイトとレオンハルトの間に立った。



「アーデルハイト。シルヴァ公爵がベルベットを見つけたと手紙にはある」

「!ほ、本当ですの!?」

「ああ。レオンハルト。やっぱり、アフィーリアはベルベットといるようだ。二人を見つけたとある」

「はあ。やれやれ。これでアフィーリア嬢探しも終わりだのう」



 無駄に長い二週間だった……と肩を竦めるレオンハルトに続きがあるとロゼは手紙を眼前に広げた。



「二人を連れ戻すのは待ってほしいらしい」

「何故?」

「これを見ろ」



 ロゼに示された文章を読み、黄昏色の瞳を細くしたレオンハルトは「……成る程」と理解すると同時に、あの困った王女が何処でその存在を知ったかが気になった。





読んでいただきありがとうございました!


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