38話 再会1
魔界には五つの公爵家が存在した。
魔術の名家ノワール家、代々魔王を支える宰相を務めるフォレスト家、始祖の魔王の時代より存在する最古の貴族イグナイト家、東西南北にある四つの辺境伯を纏めるシルヴァ家、現魔王の逆鱗に触れ滅んだドラメール家。
ノワール家とフォレスト家は馴染み深い家柄だ。何せ、アシェリーとネフィがその家の嫡男なのだから。ドラメール家は実を言うとあまり接点がなかった。ユーリとハイネにしたら、祖父母の家となるけど会ったのは指で数える程度だったのだとか。イグナイト家現当主イグナイト公爵は、昔から父様やリエル叔父様を気に掛けており、また、保護者が不在がちだった二人の保護者代わりだったのだとか。最後に、シルヴァ家だけど、全く接点がない。噂じゃ、現当主のシルヴァ公爵は冒険家で魔界に戻るのは年に数回あるかないかなのだとか。
で、何故私が急に五大公爵家の話を出したかと言うと、夢の世界で出会ったネフィと何故かいたベルベットが知り合いだった。目が覚めた私の隣には、人の寝顔を眺めていたというベルベットがいて。夢での出来事を覚えているかの問いにベルベットはイエスと頷いた。なら、次に私が聞く内容は決まってる。
「ベルベットはネフィと面識があるの?」
今更知らないとは言わせない。
「うん。まあ、何時かはバレるから正直に言うよ。おれのフルネームはベルベット=ローザ=シルヴァ。シルヴァ公爵家の末っ子です」
「シルヴァ公爵家って、公爵が冒険家で有名なあの……?」
「そうだよ。で、おれの母親はノワール家の長女アーデルハイト=ラディ=ノワール」
「……謎が解けた」
「?」
ベルベットがレオンハルト団長に似ている理由が漸く判明した。母親がノワール家の人なら納得だ。念の為にアーデルハイト様とはどんな人か聞くと、見た目はレオンハルト団長を女性にしたような感じだと教えられた。また、レオンハルト団長より年下らしい。
「おれは教えたんだから、フィーも教えてよ」
「うん……」
私は正直に話した。魔界を治める魔王の娘である事。どうしても、“月の涙”が欲しくて家出した事。あの時いた侍女が家出に手を貸してくれた事全部。
黙って話を聞いていたベルベットはふむふむと頷くと「成る程ねえ」と呟いた。
「魔界のお姫様だったんだ。アシェリーがアフィーリア王女がいなくなって退屈だよお、って言ってたの思い出すよ」
「ベルベットの言ってた親戚ってアシェリーだったんだね」
「まあね。歳が近いのもあって遊び相手になってる」
「そっか」
何度か親戚の話をするベルベットは何時だって楽しそうだった。アシェリーが何でも話してる辺り仲が良いんだろうなあ。
「“月の涙”採取は今日の夜中に決行するよ」
「昼じゃ駄目なの?」
「夜中じゃないと駄目なんだ。“月の涙”が咲くには、特別な条件がいる。その条件が揃うのが今日の夜中なんだ。おれを信じてフィー」
「勿論だよ」
ベルベットが言うのだから間違いはない。
ふむ。ちらっと外を見てもまだ薄暗い。“月の涙”採取決行日なので今日のお手伝いはお休みする予定でいる。リーシャさんやウォーリーさんの許可は貰ってる。寧ろ、働きすぎだから息抜きしておいでと言われる始末。自分ではそう思わない。働くのが楽しいから苦にならない。
ベルベットに二度寝する?とお茶目な提案をしてみた。
「うん?そうだね。したいならしようか」
「眠くないならいいよ。起きよう」
「いや。無理に寝なくても横になったままでいい。ほら、起きないで」
上体を起こそうとすればベルベットに体を押されてベッドに逆戻り。向かい合う様に体勢を変えると整った顔が眼前にあった。ビックリして後退しようとしてもベルベットにがっちりと抱き締められて動けなくなった。
「べ、ベルベット?」
「ねえ、フィー。これからもフィーって呼んでいい?」
「う、うん」
「ありがとう。後、もう一つお願い聞いて」
「なに?」
「キスしていい?」
「いいよ。――って駄目!!」
うっかりOKを出して咄嗟にNOと言い換えた。不満そうに口を尖らせるベルベット。
「どうして」
「また魔力を吸う気でしょう!」
「だって、フィーの魔力とても美味しいんだもん」
「魔術も何も使ってないんだから吸う必要ないじゃない!」
「なら、キスだけでもしたい」
「だーめっ!」
「どけち」
どけちって何だ!キスさせないのがどけちってどうなのよ!
「大体、キスは誰にでも気軽にしていいものじゃない」
「子供だね」
「子供よ」
「でもね、よく考えてよ。悪魔にそんな良識通用しない。フィーと同い年の子でさえ、既に体を開いているのが存在する。まあ、子供の体に興味がある大変趣味の良い変態限定だけどね、子供を抱くのは。欲望に忠実な悪魔に我慢を強いるのが無茶なんだよ」
「んんっ!」
そう言うと力強く抱き寄せられ、無理矢理キスをされた。ベルベットの言っている事は正論だ。悪魔に限定するなら。でも、人間だった卒業待ちな女子高生だった記憶を持っている私からしたら、そっちの方が無茶な話である。
既にアシェリーにファーストキスを奪われ、更にソラにも二度吸血されている。二人が魔力の強い私を気に入ったのは薄々感付いてる。でも、いずれは魔界を出て人間界で生活をする私には関係ない。
「んん、んんっ!ぃや、ベル、ベット」
「嫌じゃないよ、魔力は吸わないであげるから、キスくらい好きにさせて」
アシェリーといい、ベルベットといい、どうしてキスが上手なの?
ベルベットの舌が私の舌に絡み、逃げようとしても追ってきて執拗に絡み付く。ねっとりと、じっくりと口内を味わい、蹂躙して――漸く、ベルベットはキスを止めてくれた。明け方から無駄に体力を使わされて息が切れる。
視界が涙でボヤける。瞬きを一つすると雫が落ちた。私の瞼にベルベットがキスを落とした。
「ふふ……可愛いね、フィー。フィーは“月の涙”を見つけた後はどうするの?」
「まだ……分からない。城に戻りたくないのは決めてる」
「夢の世界でネフィに言ってたのと関係するの?」
「……」
ゲーム通りにいけば、私は嫉妬に狂って妹を殺そうとする。そんなの絶対にしない。でも、物語がどう動くのかは予測不可能だ。なら、少しでもバッドエンドを回避するべく出来る事は全てやる。
「ベルベット。ベルベットこそどうするの?」
「おれ?そうだな。フィーが城に戻りたくないなら、一緒にいるのはアリかなと思う」
「私と?」
「うん。どうせ、おれは公爵家の令息と言えど末っ子の四男だ。次期当主は、既に長男と決まってるし。他の兄や姉も好き勝手してるし、おれも好き勝手させてもらう」
「アンデルの村にはずっといられないよ?」
「いいよ。父上みたいにおれとフィーも魔界を旅したらいいよ。城にばかりいたフィーには、きっと新鮮で色んな物に目がいくよ」
「魔界を旅する……」
ずっと城にいてばかりの私には未知の世界。
強い憧れを抱く。
行きたいな。人間界永住計画は入れつつ、アンデルの村で目的を達成したらベルベットと魔界を旅するのも悪くない。
「そうだね。ベルベットは強いからとても頼りになりそう」
「当然だよ。でもまあ、今は寝よう。ちょっと眠くなってきた」
「私も」
お休みなさい、と瞼を閉じた。
ベルベットとの旅……きっと、楽しいに違いない。
城に残してきたアイリーンの顔が浮かぶ。笑顔が浮かべば、大輪の花を連想させる可憐な顔が泣き顔に歪んだ酷く悲しげなものだった。アイリーンに近付いて、話を聞きたいのに私の体は動いてくれなかった。
『アイリーンを泣かしてる元凶に、アイリーンを慰める資格はないよ』
誰かの声がした。知らない声。
誰?と聞いてもその声は私の声には応えてくれなかった。
ふわりと頭を撫でられた。
「気にしなくていいよ。良い夢を見るんだ」
ベルベットだ……。ベルベットの声を聞いただけで不安に陥った気持ちが安らかなものへ変化した。ベルベットの優しい声に満たされたら、あの不快な声はしなくなった――。
「そう。眠ってフィー。フィーの眠りは誰にも邪魔させないよ。……ねえ?ネフィ」
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