36話 本当の意味
――姉……さま……どこに行ったの……?
魔王の娘アフィーリアが城から姿を消して早二週間が経過した。いなくなった日からアフィーリアに会いたくて、でも会えない寂しさから泣き続けているアフィーリアの妹アイリーン。今日も朝を迎えたアイリーンに待ち続ける一報が知らされなかった。起きて早々青い瞳に涙を溜めるアイリーンに侍女の一人マファルダが慌てふためく。魔界の第二王女は、姉がいなくなってから泣いていない日がないというくらい泣き続けていた。直ぐに侍女の一人ナーディアが外へ出た。
戻ったナーディアは、アイリーンの母シェリーを連れていた。アフィーリアを求め泣き出す寸前の娘をシェリーは優しく抱き締めた。
「アイリーン」
「ううっ、かあ、さまっ」
「分かってる。分かってるわ。アフィーリアが恋しいのよね。ロゼが今必死で探しているから、もう少しの間待って」
「は、いっ、ううっ、姉さまあ……!姉さまに会いたいぃ……!」
「アイリーン……っ」
――ああっ、本当に困った子ね、アフィーリアは
一つ歳の違う娘達の性格は対極的だった。アフィーリアは活発的でアイリーンは大人しい。城の中で人形遊びや本を読むのがアイリーンと違い、体を動かすのが好きで庭に出てよくソラやアシェリー等と遊ぶのが大好きなアフィーリア。もう半年近く前になる。アイリーンに木登りを教えるとかで木に登ったアフィーリアが誤って木から落ちて頭を強打し、長く眠りに就いてしまった。幸い、後遺症もなく元気だったのだが。その頃から、急に外の世界に強い興味を見せ始めた。今までは、城の中で遊ぶのに十分だったのに何故か突然城から出ようとした。アフィーリアの脱走計画は、全て魔王であり父であるロゼが阻止した。また、娘に構いたいのが七割と監視を三割兼ねてアフィーリアを自分の部屋に軟禁した。それでも知恵を振り絞って部屋から脱走し、毎回失敗に終わっている。ロゼもロゼで、愛娘が毎回どうやって部屋から脱走しようか考えている姿が可愛いらしく、気付かない振りをして最後成功した!と喜んでいるアフィーリアを捕まえるのが好きな様だ。
――アフィーリアの困った性格はロゼに似ちゃったのかな……
相手がアフィーリアじゃなく、シェリーだったら間違いなく寝室に連れて行かれて暫く部屋を出る所か、ベッドから起き上がれなくなる。
大きな声で泣き出してしまったアイリーンの声で思考を停止し、今は二人目の娘を泣き止ますのが先決だとシェリーはアイリーンを強く抱き締めた。
◆◇◆◇◆◇
◆◇◆◇◆◇
カンカンカン!
「それでは~『第十二回:アフィーリアの阿呆は何処へ行った会議』を始めたいと思います。議長は前回と引き続き、この俺ネフィ=フラン=フォレスト。議員の諸君。存分に意見を出し合ってくれ給え」
ノワール公爵邸ーアシェリーの部屋ー
ノワールの名に相応しく、黒で統一された高級感溢れる部屋の真ん中で丸テーブルを四人で囲う子供達の内、似合わないちょび髭を付けて議長の外套を羽織るネフィがジャッジ・ガベルを叩いた。
「は~い、議長」
「なんだねアシェリー君」
間延びした声で手を上げたアシェリーを指名する。
「ぼく達十二回も会議してませ~ん。今日で四回目だよお」
「雰囲気の問題だよ」
「あとその髭似合ってない」
「ほっとけ」
議長になり切るなら最後まで演じるのが役者だが、そもそもネフィは役者ではないし役者を目指していない。アシェリーの似合わない発言を気にしつつも髭を外さず、またカンカンカンと叩いた。
「何か、意見のある者は?」
「はーい」
「何かねソラ君」
「今日の集まりは議長からの召集だから議長が話してよ」
「うむ。良いだろう。実を言うとな――」
議長を意識した話し方はもう飽きて素に戻ったネフィは夢の世界の出来事を話した。夢魔の力でアフィーリアの夢に入り込み、その夢の世界で何故かベルベットがいる事も。むすう、と頬を大きく膨らませたアシェリーが「やっぱり!」と声を上げた。
「やっぱり?」とソラ。
「ベルベット?」とハイネ。
「昨日、ベルベットが遊びに来た時アフィーリアの髪の毛がベルベットが座っていた場所から見つかったんだよお!何でベルベットといるの!!」
「知るか。つか、まあ、確かにアフィーリアとベルベットって組み合わせ考えられないよな。だって、俺やアシェリーはともかくとして」
ベルベットを知っているネフィとアシェリーに置いてけぼりを食らっているソラとハイネが話に割り込んだ。
「二人共!僕とソラにも説明してよ!」
「そうだそうだ!まず!……ベルベットって誰?」
ソラの尤もな質問にネフィとアシェリーは説明した。
「ベルベットのフルネームは、ベルベット=ローザ=シルヴァ。シルヴァ公爵家の末っ子だよ」
「シルヴァ公爵家って、確か公爵が冒険家で殆ど魔界を留守にしてるって有名な?」
ハイネの言葉に「そうだよお」とアシェリーが頷いた。
「ベルベットの母親はね、ぼくの父さんの妹だから従兄弟になるんだ。七人兄弟の末っ子だから、兄姉や母親が鬱陶しいってよく言っててね」
「七人兄弟!?多いね……」
「そうだねえ。しかも、全員同じ両親から生まれてるからビックリだよねえ」
「そんだけいて一人も愛人の子がいないとか……」
高位貴族の当主は、一人でも優秀な子を作るために正妻以外の女性との間に子供を作る事が多々ある。七人も子供がいて、全員が正妻との子と聞いて、シルヴァ公爵夫妻の愛の深さに驚く。
「それよりもアフィーリアだよ」ハイネが話を元に戻した。アフィーリアとどんな会話をしたのかネフィに三人の視線が集中した。苦い面をした後、間を開けてネフィはハイネへ向けて言葉を紡いだ。
「ハイネ。ユーリの弟の目から見て、アフィーリアはどんな風に見えた?」
「どんなって……」
今のアフィーリアはともかく、前のアフィーリアはとにかくユーリに引っ付いてばかりいた。本人の機嫌も予定も無視してずっとユーリといたがった。シェリーやアイリーンは仲が良いね、アフィーリアはユーリが大好きなんだね、という印象だ。
ユーリ本人やハイネにとっては、迷惑でしかなかった。また、一部の城の者からは我儘で他人の都合を無視して我を遠そうとする傲慢姫君だと密かに囁かれていた。
「まあ、そうだわな。普通は」
「違うの?」
「ユーリ本人は気付いている筈だよお。だから、アフィーリアに鬼ババそっくり言われた挙げ句、止めの一言をもらって部屋から出れなくなったんだと思うよお」
アシェリーもネフィ同様、アフィーリアのユーリに対する行動に気付いていたらしく、また、迷惑を被っていたユーリ本人も知っていたと指摘した。気付いていなかったら、とんでもない鈍感だと。ずっと、とまでいかなくてもユーリといるハイネには理解出来ないらしく、皺のない眉間が寄る。
「分かるように言ってよ」
「つうか、ネフィはアフィーリアと話したんだよ」
「はあ。ソラはアフィーリアと鬼ババ、似てると思うか?」
「は?」
急に何を言い出すのかと、思い切り顔を歪めるソラにネフィは同じ問いを繰り返す。似てるもなにも、鬼ババことコーデリアに似ているのはユーリだ。アフィーリアとは全く似ていない。……性格も。
「アフィーリアが言ってたんだよ。鬼ババと似てるのは自分だって」
「何処がだよ。見た目でそっくりなのはユーリだとしても、あいつに似てる要素は何処にもないだろう。中身も」
「だよな。俺もそう思ったよ。思ったけど……」
夢の世界で泣きそうな顔をしたアフィーリアの声が忘れられない。
「……同じなんだとよ。
鬼ババ……コーデリアみたいに、好きな相手を奪ったアイリーンを嫉妬に狂って殺そうとするんだとよ」
「「「……」」」
誰も何も言わない。
言えない。
アフィーリアの好きな人は、きっと事情を知らない者はユーリと答えるだろう。
妹のアイリーンを大切にしている彼女が好きな相手をアイリーンに奪われ、嫉妬の果てに殺害を企てる?
有り得ない未来を語るネフィ本人も信じてはいない。ただ、あの時のアフィーリアが嘘を言っているとも言えない。
「どうして……?」
「こっちが聞きたいよ。ただ、アフィーリアは言ってたんだ。未来の自分はアイリーンを殺そう――」
「ちょっと待ってえ!」
途中で台詞をアシェリーに遮られたネフィが「何だよ」と視線を寄越した。
「未来?未来って言った?」
「それがどうした」
「どうしたこうもないよお。アフィーリアは『予知能力』を持ってるの?」
「だからどうし……あ」
ここまで言ってネフィも漸くアシェリーが言わんとしている事に気付く。ソラも知っているのか焦りの色を浮かべる。三人の様子の変化に疑問符を飛ばすハイネが口を開こうとした。
ら。
「ほお?面白い話をしているなあ子供達」
「「「!?」」」
彼等の体がビクッと跳ねた。アシェリーと同じ間延びした声。ギギギ、と機械音が鳴りそうな振り向き方をすれば案の定いた。ノワール公爵邸の主でアシェリーの父レオンハルトが。……衣服が若干乱れているのを指摘するべきか否か。
「アフィーリア嬢が『予知能力』をねえ。こりゃあ大変だあ。ロゼが知れば怒り狂うだろうなあ。ウアリウス殿と同じ能力を愛娘が目覚めさせたとなると」
面白可笑しく笑いながらも……黄昏色の瞳は、深海を覗き見るかのように果てしなく昏い……。
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