35話 夢魔の作り出した夢の世界
どうして物語には、残酷な結末が多いのだろうか。
私は彼が好きだった。政治的思惑のある婚約だとしても。
彼に相応しい婚約者であろうとした。苦手な勉強も、淑女教育も、領地の勉強も。学ばなければならないものは全て頭に叩き込んだ。厳しい毎日に泣いても、食事を受け付けなくなる程に身体を壊しても。
全ては、彼に相応しく、彼に愛されるために。
……だけど、物語には絶対的なヒロインがいる。それは、私の姉。病弱だが、美しく聡明で優しい姉。彼が好きなのは私じゃない。私の姉。
私は所詮脇役。どんなに頑張っても、身体を壊しても、愛する人には既に愛する人がいました――……。
○●○●○●
○●○●○●
「うう~!」
――なにコレ!誰がこんな泣ける本を持ってきてってお願いしたのよベルベット!
家出ライフもついに十三日目を迎えました。明日で二週間になります。私とベルベットが“月の涙”採取にエデンの森へ赴く日。本来なら、親戚の子に会う筈が一週間前倒しで会いに行ったベルベットは戻ると数冊の本を私にくれた。何でも、屋敷の侍女達に人気な恋愛小説だとか。私が恋愛に興味あるように見える?と聞いた時のベルベットのあの台詞は忘れられない……。
『うん?フィーは色気より食い気と睡眠でしょ?』
当たってる。当たってるけどムカつくのは何故に。
今日の酒場のお手伝いも終わったのでベルベットから借りた本をたった今読み終え、溢れる涙をワンピースの袖で拭う。本の内容は前世でもありそうな、主人公の婚約者が主人公の姉に恋をしてしまい、失恋した主人公が失意のまま自らの命を絶つというもの。報われない恋の物語の力は強い。読み終わって数分経っても涙が止まらない。
「フィー?」
寝泊まりしている食堂兼酒場ラングドンの二階の部屋にホットココアを持ってベルベットが入る。男女でも子供同士だから大丈夫だろうと判断されて私達は一緒の部屋で寝ている。「ベルベット~」と泣いたまま本を掲げれば苦笑された。
「気に入ってくれたんだね」
「それ以前の問題よお!どうしてくれるの!涙が止まらなくて困ってるの!」
「はいはい。ココアでも飲んで落ち着いて」
あしらわれた……!ベルベットの私に対する扱いはネフィやソラ、ユーリに似ている。要は雑なのだ。ココアの入ったカップを受けとり、一口飲んだ。甘過ぎず熱すぎずな丁度良いココアだ。何口か飲むと「明日だね」とベルベットが窓越しから外を見上げた。
明日は数百年に一度咲く花“月の涙”探しへ行く日。決行は夜中。朝じゃ駄目なの?と聞いた私にベルベットは夜にならないと花は咲かないと首を横に振った。
「“月の涙”が咲く日の満月がどんな色になるか知ってる?」
「知らない。本には書いてなかった」
「フィーの持ってたのは最近の物だから仕方無いよ。まあ、明日になったらのお楽しみにしよう」
「えー」
「文句言わない。ほら、早く飲まないと冷めちゃうよ?」
気になる。満月の色が変わるという事は、月の魔力が発せられる。からだろうか。月の魔力は普通の魔力と違い、悪魔を惑わせる性質があるらしく、殆どの悪魔はその日は早く眠りに就くようにするみたい。
冷めたココアが美味しくないのもあるのでベルベットに言われた通り早目に飲み終えた。トレイの上に空っぽのカップを置いた。
「御馳走様。ありがとうベルベット」
「どういたしまして。ねえ、フィーの魔力ちょうだい」
「え」
「いいでしょ?」
「ちょ、ちょっとだけなら……」
昨日知ったのだけどベルベットの身体には、なんと三つの種族の血が流れているらしい。吸血鬼・淫魔・魔族の三つの種族の。どんだけよと思ったのは秘密。吸血鬼だから血を欲しがる、淫魔だから他人の魔力を欲しがる。純粋な吸血鬼や淫魔と比べると頻度は極端に少ないものの、無性にそれらが欲しくなる時があるのだとか。昨日は不意打ちの形で魔力を奪われた。キスで。
やる事がアシェリーとそっくりだ。見目もアシェリー、というかレオンハルト団長に似てるし。今も私の顔を両手で固定して、ちゅうとキスをして魔力を吸っている。
自分より強い魔力は極上の御馳走なのだとか。魔族は血も魔力も吸わないのでその辺は分からない。但し、純粋な魔族程強大な魔力を持って生まれるのが多々ある。父様やリエル叔父様、後ユーリが良い例だ。未来のハイネも魔王候補になるに相応しい魔力を持っているが、父様をも上回るユーリには敵わない。でも、今は二人共子供なのでやっぱり一番強いのは父様だ。その父様が今どうしているか気になりつつ、ちょっとだけと言いながら多く魔力を吸うベルベットの頬をむにっと引っ張った。で、離れてくれた。
「けち」
けちとは何だ。
「ちょっとだけって言ったじゃない」
「だってフィーの魔力すごく美味しいだもん。もう少しくらいいいでしょ?魔術を使う訳でもないんだから」
「駄目!」
「どけち」
どけちって何だ!
○●○●○●
○●○●○●
結局あの後、ちょうだい、駄目、と攻防を続けた結果――実力行使に出たベルベットに負けて必要以上に魔力を吸われ、そのままダウンして眠ってしまった。アシェリーにされて知ったけど、吸血鬼の吸血行為並に淫魔からの魔力吸収も気持ちが良い。良すぎて本当私将来心配になる。子供の内からこんなのを覚えたらどうなるんだろう。
そんなあるかも不明な未来に不安に思いつつも、困った事になっていた。
今の私は寝ている。毎度の如くベルベットの抱き枕になって。私はぼんやりとした世界にいた。色は何色と問われても答えに窮する。的確な色がない。夢にしてはとてもリアルだ。自分の意識が明確にハッキリしている。頬を引っ張っても痛みがないのは、此処が現実ではないと物語っていた。キョロキョロと周囲を見渡しても誰もいない。物もない。
「変な夢」
どうせ見るならもっと楽しい夢がいい。
「どんな夢?」
そうだね、自由で動き回れる夢がいい。
「現実のお前は自由を手に入れただろう」
どうだろう、何時父様やお城の人に見つかって連れ戻されるか分からない恐怖心がある。
「――って、私さっきから誰と喋ってるの?」
「こっちだよ」
声のした方へ振り向くといた相手に驚いて後退りしてしまった。
「ね、ネフィ!?」
海を思わせる青い髪と瞳の不機嫌な顔のネフィが腕を組んで私の背後にいた。
「不機嫌にもなるよ。お前のせいで今城がどうなってるのか分かってるのか」
「ちょ、人の心読まないでよ!アシェリーみたいよ!」
「読まなくても聞こえるんだよ。此処は、俺が作り出した夢の世界だから」
「夢の……世界?」
作った?どういう事?
読んでいると聞かされても心の中で聞いてしまう。溜め息を吐いたネフィが説明してくれた。
「俺の母さんは夢魔の一族の出身なんだ」
「夢魔の……」
外に出ない私でも知っている。魔界で最も危険視されている一族の一つ。他者の夢の世界に入り込み、内側から精神を破壊出来る故に他の悪魔達に恐れられている。
「そう。俺の母さんが父さんと結婚したのも、夢魔と他の悪魔との仲介役をフォレスト家が引き受けたから。その見返りとして母さんは父さんと政略結婚したんだ。ま、政略結婚って言う割には仲良しだけどな」
「仲が悪いよりよっぽど良いじゃない」
「色々あるんだよ」
遠い目をして何処かを見るネフィの青い瞳が諦念に染まっている。……言及しちゃいけないわね。
気を改め、真剣な眼を向けたネフィにうっと声を詰まらせた。
「どうやって城から出た」
「私がずっと父様の部屋で大人しくしてるだけだと思うのが大きな間違いよ。外へ出る為なら私は何だってするわよ」
心が読めるのなら下手な事は言えない。頭に浮かんだ台詞をそのままネフィにぶつけた。
「お前が城から消えて今大変な状況になってるんだぞ」
「たかが子供一人いなくなって騒ぐ方が可笑しいのよ」
「本気で言ってるのか?アフィーリア。お前が平民や貧民の子なら通じたけど、お前は平民や貧民の子じゃない。魔王の娘、魔界の姫君だっていう自覚はあるか」
「ない!」
「自信満々に言うな!」
「今まで魔王の娘っていうより、超過保護な父様の娘扱いだったからしょうがないでしょ!次期魔王になるわけでも、社交界に出るわけでもなかったじゃない!」
「うっ……そ、それでも自分が普通の子供じゃないのは分かるだろう!」
「前にリエル叔父様に言われた。私には関係ないわよ。私にだって、やりたい事は沢山ある!」
「外の世界に出なきゃ出来ない事なのかそれは?」
「そうよ!守られてる城の中じゃ絶対に出来ない!」
「なら、お前があの時言った鬼ババとお前が似てるって発言、あれどういう意味だよ」
「……」
ぐぬぬ、そこを突いてくるか。正直聞いてほしくない。でも、ネフィは私が答えるまで話を逸らしてはくれない。なら……
「そのままの意味よ」
「だから、何処がだよ。お前とあの鬼ババの何処が似てる」
「……全部」
「え?」
「全部。好きな人をアイリーンに奪われて、嫉妬に狂った挙げ句その妹を殺そうとするのよ、未来の「私」は」
「は……?」
私の言っている意味が丸で不明だと言わんばかりに端整な顔が酷く歪む。私だってこんな話信じてもらえるとは思ってない。嘘を言っても何れバレる。なら、開き直って事実を告げたらいい。……これが後々とんでもない未来を引き起こすとも知らずに。
「お前の好きな人って……ユーリ、か?でも、お前のあれは違うだろう」
「違うって?」
「自分で気付いてないのか?」
「質問を質問で返さないでよ」
「はあ、やっぱりお前馬鹿じゃなくて阿呆だわ」
「急に何よ」
「いや、大阿呆だよ。ったく。……なあ、城が今どうなってるか本当に気にならないか?」
「……ならない筈がない。でも、黙って出てきた私に気にする権利なんてない」
「あるよ。まあ、聞け。
お前がいなくなって責められるのは誰だと思う?」
「そんな人いな……あ」
いる。常に私を見張っていろと父様から命令を受けている、私の専属侍女セリカ。
「セリカはあの時何してた?」
「……知らない。書庫室を出たら、扉の前にいる筈のセリカはいなかった」
「そう。セリカは、アフィーリアの部屋の窓が壊されてるって他の侍女に言われて見に行っていたんだ。勿論、その侍女に扉の前を見張る様に言付けて」
「でも、侍女はいなかった」
「それがな、その侍女は城で働いてる侍女じゃなかったんだ」
「え?どこの人?」
「さあ?セリカがその侍女の特徴を伝えても該当する人物はいなかった。んで、何処の誰かも知らない奴にまんまと騙されてアフィーリアから目を離した挙げ句、城から姿を消してしまったんで相当責められたらしいな」
「……」
「アイリーンもお前に会いたいって毎日泣いて、母親や侍女トリオが慰めても泣き止む所か余計酷くなるだけ。城の空気も最悪だよ。お前がいなくなって魔王の機嫌は最高潮に悪いんで城を守る騎士や、世話をする使用人達は魔王の魔力に当てられて体調を崩す奴が続出。お前一人が勝手をしただけでどれだけ迷惑を引き起こしてるかちょっとは思い知ったか?」
「…………」
返す言葉もない。
外に出たいだけ、ただそれだけだったのに……。
自由が欲しかった?……ううん、違う。
怖いだけ。
ならないと自信を持っても心の奥底にある恐怖に怯えて、遠い所へ行きたかっただけ。ちょっと考えれば、私が一人でいなくなったら誰に迷惑が掛かるか知れる。
あの侍女の人にお願いした後や、昨日会った時にでも言えば良かったんだ。
「あの侍女?」
「!」
い、いけない、此処はネフィの作った夢の世界。心を読まれてるんだった……!
「あの侍女って誰だ?」
「そ、れは……」
「――ねえ、その辺にしてあげたら?」
「「!?」」
私とネフィ以外の第三者の声が横からした。二人揃って振り向くとベルベットがいた。
「ベルベット……!」
「げっ、ベティ……!?」
ベルベットという助っ人が来てくれたお陰で心の不安が一気に消え去り、驚愕の面持ちで何かを言ったネフィの前を素通りしてベルベットに飛び付いた。難なく私を受け止めてくれたベルベットがよしよしと頭を撫でてきた。
「フィーがえらく魘されてるから、心配して覗いたらこれか。もう少し優しくしてあげなよ、可哀想でしょ」
「よりにもよって何でベルベットとアフィーリアが一緒に!?最悪だ最悪の組み合わせだ……ああ……これ言ったらアシェリーがぷんすか怒るだろうな」
「だろうね。おれと違って、半分淫魔のアシェリーは、自分のお気に入りに他人の手がついたと知ったら怒るだろうねえ」
「愉しそうだな……。はあ~……お前がどうしてアフィーリアといる?」
「うん?言うと思う?秘密だよ。ひみつ」
「だわな」
――更に深い溜め息を吐いたネフィは、ベルベットに頭を撫でられて酷く安堵しているアフィーリアに苛立ちを覚えたのだった。
読んでいただきありがとうございました!




