34話 親馬鹿な父と最高に機嫌の悪い父
「あ~我輩の可愛いアシェリー!今日も可愛いなあ」
「もー!ベタベタしないでよお!暑苦しいぃ!」
「つれない所も可愛いなあアシェリー」
普段は、主でもあり友人でもあるロゼに親馬鹿と揶揄する癖に、屋敷に戻るとこうして一人息子を可愛がるレオンハルトも親馬鹿に分類される父親である。三日前、魔界全土を覆う結界に突如走った炎の波。一週間前に姿を消した魔王の娘アフィーリアの仕業かもしれないと王命により単身調査をしていた。炎の術者はアフィーリアの可能性が限りなく低い、という結果となった。目撃情報によれば、炎は東の果てから昇った。魔力解析を行っている最中、解析を妨害する術式が組み込まれていた。複雑かつ、高度な技術が必要なこの術式を扱えるのは、魔界ではレオンハルト以外いない。結界の維持をリエルに任せ(押し付け)たレオンハルトは、屋敷に戻って調査を進めるのかと思いきや……愛息子のアシェリーを見つけた途端、抱き上げて自室にお持ち帰りした。
妻のセフィリアに対しては、自分からあまりベタベタしないのに我が子になるとベタベタしたがる。嫉妬深く、執着心が強い淫魔のセフィリアが我が子に嫉妬するのも頷ける。そのセフィリアはというと、レオンハルトが戻って早々押し倒す勢いで抱き付きそのまま寝室まで誘導したが、先にアシェリーに会いたいレオンハルトに腰砕けになる程甘美で濃厚な口付けを受けてベッドから起き上がれなくなっている。
可愛い可愛いと頭を撫で、頬を撫でるデレデレ顔の父の両頬をむにーっと引っ張った。
「ぼくが可愛いのは分かったからいい加減離してよお」
「い・や・だ♪悪魔が子供でいる時間は非常に短い。今の内に、子供の可愛いアシェリーを堪能したいんだよお」
「むう。早く仕事しなよお。アフィーリアがいなくなって魔王の機嫌が最悪なんだよお?」
「知ってる。リエルやアリスが毎日八つ当たりされているみたいだから。奥方でも、ロゼのご機嫌取りをするのにも限界はある。ロゼが自分から探し出す前にあの困ったお姫様を探し出さないと」
「魔王が探すのは駄目なの?」
「色々あるのだよお」
遠い目をする黄昏色の瞳。こんな目をする父の姿を初めて見たアシェリーはそれ以上は聞かなかった。
「相変わらず、仲良しだね」
第三者の声を聞いたレオンハルトとアシェリーが同時に振り返った。音も気配もなく突然現れたのは二人がよく知る相手だった。
「おや、ベルベット坊や。久し振りだねえ」
「うん。久し振り、叔父様」
「わーい!丁度いいやベルベット!ぼくと遊ぼうよお!最近退屈してるんだよお」
「いつもは退屈じゃなくて楽しいとか言ってるのに、何かあったの?」
ベルベットは、レオンハルトの座るソファーの隣に座った。
「ベルベットは魔王の娘と会ったことある?」
「ないよ。名前くらいなら知ってる。アフィーリア王女とアイリーン王女、だっけ」
「そう。そのアフィーリアがどっか行っちゃったんだ」
「?」
どういうこと?首を傾げるベルベットに話してあげようと口を開きかけたアシェリーの口をレオンハルトが塞いだ。
「こおら、アシェリー。安易に話してはいけない」
「んむう、んむぐぐ」
「なに?魔王の娘が行方不明になってるの?」
深い紫水晶の瞳が黄昏色の瞳を問い詰める。教えろと。ベルベットの母親はレオンハルトの妹。妹と形が似た瞳がレオンハルトを凝視する。妖しく微笑んで、逆に、どうだと思う?と問うた。
「質問を質問で返さないでよ。叔父様の悪い癖だよ」
「要はだねえ、城の内情を外に漏らす訳にはいかない、という事だよ」
「そう。まあ、でも、二人の会話聞いてたから別にいいけどね」
「……だと思った」
薄々、目の前の少年が盗み聞きをしていたのには気付いていた。魔力と気配を消すのが得意なのだ、この甥は。ほんの微力な魔力を感じたレオンハルトだけが気付けた。レオンハルトに口を塞がれているアシェリーが手を下ろした。不穏な空気を読み取りある提案をした。
「ねえ、ベルベット。今日は何して遊ぶ」
月一で会っては一日中遊ぶのがベルベットとアシェリーの通例となっている。先月は魔界の空を何処まで飛べるか競った。今月は炎の出し合いっこでする?と案を出すと首を振った。
「ごめん。今日は顔を出しに来ただけだから。すぐに帰るよ」
「えー。つまんなあい」
「ごめんね。来月に遊ぼう。遊び内容はアシェリーに任せるよ」
じゃあ、と心なしか急いでいるベルベットは部屋を出て行った。幼いながらに空間魔術が得意なベルベットが毎月ノワール公爵邸を訪れる際には、今自身がいる場所と目的地の場所の空間を繋ぐ。今日もそれで来ているのだろう。
「用事があったんなら、無理に来なくても良かったのに」
「顔を見せなかったら、後でアシェリーが文句を言うからだよお」
「むう。だって、ベルベットが来るのは楽しみなんだもん」
「なら我儘を言わない。……ん?」
ベルベットの座っていた位置に一本の長い金糸が落ちていた。糸にしては細すぎるそれは誰かの髪に思えた。「髪の毛だねえ」と見たまんまの感想を述べたアシェリーの頭にポフッと手を乗せた。
「ん?」
「アシェリー。お願いがある」
「なあに」
「奥方でもロゼでも構わない。髪を一本でいいから貰ってきて」
「……それ、アフィーリアの?」
「さあ?ただ、試す価値はあると思わないか?」
「ベルベットが金髪の人といるのが可笑しい?」
「いいや。ただねえ、ベルベットから微量だがアフィーリア嬢の魔力を感じた。知っていると思うがベルベットの父親は、魔族と淫魔と吸血鬼の血を持つ。当然、ベルベットにも同じ血は流れている。我輩の言いたい事が分かる?」
むすう、と頬を膨らませたアシェリーは父親の胸板をポカポカ叩いた。
「もお!!アフィーリアはぼくのなのにい!!」
「何時アフィーリア嬢がアシェリーのになったの。ほら、行っておいで」
降ろされたアシェリーは部屋を飛び出して行った。
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――城に戻ったアシェリーが探したのはシェリー。ロゼに貰うより、シェリーに貰う方がすんなりいくと思うから。
城を歩く侍女に話し掛けなくても探し人はすぐに見つかった。アフィーリアが消えて、泣いていない日がないという位毎日泣き続けているアイリーンを慰めるシェリーを庭園で発見した。
好都合とばかりにアシェリーはシェリーに声を掛けた。
「ねえねえシェリー様」
「あら、アシェリー。どうしたの」
アイリーンを抱き締めつつ対応してくれるシェリーに目的の頼み事を告げた。自分の髪の毛が欲しいと願うアシェリーに理由を問うた。
本当の事を言っても、あれがアフィーリア本人の物とはまだ断定できない。適当に誤魔化そうとしたら、何故か体が浮いた。え?と驚いていると、今魔界で最高に機嫌の悪い人の声が背後から届いた。
冷や汗を流しつつ、顔だけ頑張って振り向くとその人はいた。
「シェリーの髪を欲しがってどうする?アシェリー」
「あう……ま……魔王陛下……」
――ヘルプミー……父さん……
ロゼ相手に言い逃れは出来ないと観念したアシェリーは白状した。
ロゼに抱えられ、ノワール公爵邸へ逆戻りした。出迎えたレオンハルトは予想していた展開だったのか、苦笑して肩を竦めたのであった。
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