33話 ベルベットは似ている
家出ライフも一週間が経ちました。
凶悪な魔物の襲撃を受けて三日目――。
『悪魔狩り』対策として魔界全土に展開中の結界に走った炎が、私ではないけど私の可能性が限りなく低くすると裏工作をしたベルベットのお陰か、アンデルの村に『騎士団』や『魔術師団』は派遣されなかった。良かった良かったと胸を撫で下ろす。
今日のお手伝いはお休み。というか、お店自体今日はお休みなのだとか。何でも、今日はリーシャさんのお母さんの命日だとかで毎年この日はお店を休んでお墓参りに行くらしい。ウォーリーさんとリーシャさんに手を繋がれて「行ってきまーす!」ととても楽しそうなメグちゃんを見送り、お手伝いがないと基本暇な私とベルベットは丘の上でのんびりと日向ぼっこをしていた。
お城にいる時も、こうして日向ぼっこをするのが好きだったなあ……。
大きな欠伸を漏らすとベルベットが私のワンピースの裾を引っ張った。
「眠い?」
「こんなに天気が良いとね」
「寝る?」
「そうだね、昼寝しようかな」
する事ないし。寝てても誰も咎めないだろうし。大きく伸びをしてごろんと寝転がった。芝生の上で寝れるって、昼寝としては最高じゃないかな。
「おれもフィーの横で寝ようかな」
「ベルベットもそうしなよ」
ぽんぽんと隣を叩いた。誘いに乗ってくれるのか、ベルベットも寝転がった。
「自由っていいね」
「家じゃ、あまり自分の時間がなかったの?」
「そうじゃないよ。ただ、おれの家の人皆過保護だからさ。一番歳が近い姉でも五十は違うからね」
「そんなに?」
そりゃあ、過保護にもなるよね。私の場合は、元々父様が過保護なだけ。歳の離れた兄妹を持つ悪魔は珍しくないが、やっぱり身近にそういう人がいないから吃驚してしまう。
「末っ子も末っ子なんだね、ベルベットは」
「まあね。フィーは妹がいるんだっけ?」
「そうだよ。一つ違いの妹だよ。母様にそっくりでとても可愛いの」
「ふーん。なら、フィーは父親似?」
「どうかな?髪の色は、二人とも同じなんだ。瞳の色は父様で目元は母様って言われる」
「じゃあ、どっちにも似たんだね」
でも、中身はよく母様似だと言われた。セリカにどういう意味?と聞いたら「行動力満載な所がそっくりです」と返された。
「ベルベットは?ベルベットは誰に似たの?」
「おれ?おれはどっちかと言うと母親似だよ。髪の色も癖も瞳の色も全部母親譲りなんだ。父親に似てるってとこって言ったら、ふらふらする所ぐらいじゃないかな」
外見は全体的にお母さん似で、中身がお父さん似ってところかな。
お互い両親の何処が似てるって話で盛り上がって、気付いたらお昼になってた。喋りたおしたお陰で喉もカラカラでお腹ペコペコ。リーシャさんから、昼食を渡されているとベルベットは一旦お店の方まで戻ると走って行った。残った私は、引き続き空を見上げた。
すると――
「あ」
空一杯の光景から、一週間前私を城から出してくれた侍女が顔を覗かせた。ツインテールにしていた紫の髪は下ろしているみたい。よいしょと起き上がった。
「あの時の侍女さん。こんにちは」
「こんにちは。えらくやんちゃをやったじゃない」
「う……」
言わずもがな、あの炎について責めている。言葉を詰まらせ、必死で言い訳を考える。ベルベットが出した炎だが子供ながらに、強大な魔術を扱えるベルベットの話を聞いて興味を持たれても困る。
「怒っちゃいないわ。城の連中も誰がやったか、全然調査が進んでないみたいだし」
「そうなの?」
「ええ。誰かが術に細工をしていたみたいで、魔力の解析を妨害する術式を組み込んでいたのよ」
すごい……今の私じゃ絶対出来ない。
「ただ」
「ただ?」
「その術式、ノワール家当主、レオンハルトが得意とする妨害式なのよ」
「ええっ?」
レオンハルト団長の?あ、そうか、ベルベットが誰かに似てると思った理由がやっと分かった。癖のある黒髪に紫水晶の瞳。瞳の色こそ違うが外見がアシェリーにそっくりなんだ。……まさか、ベルベットはレオンハルト団長の隠し子?七人兄弟だとか言ってるけど、実は余所の貴族の夫人に手を出してその家の子として生ませたの?そうなら最低だあの人。
「今レオンハルトは結界の維持所じゃなくなってるわ。『悪魔狩り』が終わるまでは、レオンハルトを筆頭に『魔術師団』が総出で結界の維持をする筈だったのだけれど、妨害式を誰かが使ったから本人自ら調査に乗り出したわ」
「アンデルの村に来る可能性は?」
「さあ?ただ、炎の目撃情報を今集めているから、ある程度場所の推測はされる可能性はあるわ。勿論、ここに来るかもしれない」
「……」
そうなったら、見つかったら終わり。即捕まってお城にお持ち帰りされて父様に献上される。うぅ……怖い父様しか想像出来ない。
ふと、私はレオンハルト団長を呼び捨てで呼ぶ侍女さんにその事について疑問をぶつけた。子供の頃の付き合いだからいいのだと返された。そうだったんだ。
「レオンハルトの代わりに、魔王の弟のリエルが結界の維持に選ばれた」
リエル叔父様って面倒な役を押し付けられるの多いよね。お城の今の情報を聞けて良かった。少なくとも、レオンハルト団長がアンデルの村に来るまでには時間がある筈。のんびりはしていられない。立ち上がった私はお尻を払い、名前の知らない侍女さんを見上げた。
「ありがとう。色々教えてくれて。侍女さんは私と会って大丈夫なの?」
「全然。でも、どうしてるか気にはなってたわ。元気で良かった」
「うん!運が良いのかな、貴族の子が私が来る少し前に家出してアンデルの村に来てたから、その子のお陰でとても楽しいの!」
「そう……。ん?貴族の子?」
誰?と聞かれたので名前だけ教えた。
「ベルベットって私の一つ歳上の男の子よ」
「……」
あれ?気のせいか、侍女さんの顔が心なしか青くなってる。「……ない……でも、この子が嘘を言ってるとも……」小声でぶつぶつと言ってて聞こえない。侍女さん?と訝しげに呼ぶと何でもないとはぐらかされ、コホンと咳払いをした。
「まあ、その、頑張りなさい」
「え?う、うん」
ポンポンと頭を撫でると侍女さんは消えた。瞬間移動を使用したんだろうな。ベルベットの名前を出した後の様子が変だ。ベルベットを知っていた?うん、十分有り得る。今度会ったら聞こうと決め、後ろから私を呼ぶ声に振り向いた。両腕に水筒と六つのおにぎりを抱えたベルベットが戻ってきた。
「お待たせ。お昼ご飯取ってきたよ」
「ありがとう!美味しそうだね」
「それぞれに違う具が入ってるって。中身は秘密。好きなの選んで」
「じゃあ……これ」
選んだのは、水色のラップにくるまれたおにぎり。包みを開いてパクリ。中の具は照り焼きチキンだった。意外な組み合わせだけど合う!美味しい。ベルベットの方はシーチキンだったらしく、普通じゃんと呟いていた。普通だね。二人揃って元の定位置に戻った。
シーチキンおにぎりを食べながらベルベットがさっきまで一緒にいた侍女さんについて聞いてきた。
「あの侍女ってフィーの家で働いてる人?」
「え?う、うん、そうだよ」
「そうなんだ……」
「?」
私を視界に納める紫水晶の瞳が鋭くなったのは何故?
鋭さは一瞬にして消え、普段の穏やかで優しいベルベットの色に戻った。首を傾げる私に赤いラップにくるまれたおにぎりを差し出した。一個目まだ食べてる途中だよと言いつつ、受け取った。
「お昼ご飯の後は何する?」
「どうもしない。昼寝する」
「食べてすぐに横になると牛になるよ?」
「ならないよ。運動はしてる方だから。フィーも寝ようよ」
「また人を抱き枕にする気でしょ」
「しょうがないじゃん。抱き心地がいいんだフィーは。暖かくて柔らかい」
「……暗に、それは私が太ってるって言いたいの?」
「どう取るかはフィーに任せるよ」
任せないでよ。お店のお手伝いをするようになって毎日動き回ってる。運動量だって、お城の時より断然増えてるから太ってはない。たぶん。
最後のおにぎりの最後の一口を食べ終え、水筒のコップに注がれたお茶を飲み干して本日のお昼ご飯は終わった。満腹~と満足していたら、トントンと肩を叩かれた。相手はベルベット以外いない。
「どうしたの?」
「おれの我儘聞いてくれる?まだちょっとお腹減ってるの」
「え?でも、全部食べちゃったよ?」
食べたやつ戻せとか言わないよね。痛くてグロい想像をした私の予想は大きく外れた。
人の両頬を自分の両手でがっちりと固定したベルベットの顔が急に近付いた。驚く間もなく唇を塞がれた。え?え?と頭に大量の疑問符を飛ばす。何で急に、体から力が抜けていく、ベルベットに魔力を吸われているかもしれない。
「んっ……」
「んう……はあ……フィーの魔力……とっても……美味しいよ……んん……」
やっぱり魔力を吸われてる!
体を押そうにも力が入らない。更に魔力を吸うつもりなのか、薄く開いた私の唇の間に舌を入れてきた。子供のくせに上手すぎるキスに暫く翻弄される。ベルベットがアシェリーに似ているのは雰囲気や外見だけじゃない。……子供なのにキスが上手すぎる所もそっくりだ。
――私がベルベットに解放されたのは数分後の話である。
読んでいただきありがとうございました!




