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閑話 元公爵家令嬢の妹


アフィーリアを逃がした侍女の話です

 

「……」



 魔王の娘アフィーリアがいなくなって一週間が過ぎた。普段から脱走の機会を狙っていた王女の失踪は、城の者達を震撼させるのに十分だった。常日頃からアフィーリアを側に置いて半分監視と半分娘に構いたい魔王の怒りが魔界を覆っている。アフィーリアの専属侍女セリカを責める声が城から次々に上がる。実際、セリカが急用でアフィーリアから目を離した隙にいなくなってしまったから。



「ま、その急用ってあたしのせいなんだけどね」



 一人ごちたあたしは城の庭で洗濯物を干している。洗い立ての真っ白なシーツからは、薔薇の柔軟剤の良い香りが鼻孔を擽る。


 どうしてあの王女は、東の果てに行きたいと言ったんだろう。東の果てって何があるのかしら。休憩時間になったら書庫室へ行ってみようかしら。


 洗濯カゴから次のシーツを取り出し、皺を伸ばして干していく。



 ――あたしの名前はクリスタ=ベル=ドラメール。元ドラメール公爵家の次女。魔王の元婚約者コーデリアの妹。


 姉は生まれた時から非常に強い魔力を持っていた。対し、あたしもそれなりに強い魔力を持って生まれるも姉には到底敵わなかった。姉の青みがかった銀髪は母上に、あたしの紫の髪は父上譲りで瞳の色は二人とも母上譲りだった。


 魔力の量に相応しく、整った容姿の姉は貴族の男性に非常にモテた。あたしには全然だったけど。


 どれだけ見目麗しい男性に口説かれようとも姉は頷かなかった。何故なら、幼い頃から好いている婚約者がいるからだ。


 始祖の魔王の転生者の血を引く双子の兄ーロゼ=オールドクロック。魔王候補の一人。大人の魔族すら畏怖する程の極めて強大な魔力を有する証拠に、今まで見たことのないほどの絶世の美貌に初対面したあたし達姉妹は言葉を失った。そして、姉コーデリアは彼に一目惚れした。恐ろしい魔力に、無感情でどこまでも昏いエメラルドグリーンの瞳に。ロゼには双子の弟リエルがいたが、あっちは愛想の悪い兄と違い、表情豊かで話しやすかった。父上のごり押しで姉とロゼの婚約はすぐに決まった。魔王候補はロゼだけでなく、他にも三人いた。さっき言った弟のリエルに五大公爵家の一角にして魔術の名家ノワール公爵家三男レオンハルト=サン=ノワール、同じく五大公爵家の一角にして代々宰相を務めるフォレスト家長男アリス=ステラ=フォレスト。男のなのにアリスって変よねとか思った。


 四人いる魔王候補の中で最も魔王になる確率が高いのがロゼ。他の三人も魔王になるに十分な魔力の持ち主だけどロゼと比べるとどうしても弱い。



「ぶっちゃけ、あの三人魔王になる気は毛ほどもなかったしね」



 無論、ロゼも。ロゼも魔王になる気はなかったが、他三人がロゼを魔王にとごり押しした。渋々魔王になるのを了承したロゼは、代わりに他三人を自分の側近にした。要は、自分に面倒な役を押し付けたのだから仕事くらい手伝えということ。



「よし。洗濯終了」



 最後のシーツを干し終えて、洗濯カゴを抱えて城内に戻った。相変わらず、騎士や他の侍女が慌ただしく色んな場所を行き来している。洗濯カゴを定位置に置いたあたしの耳に幼い女の子の泣き声が届いた。


 あー……あたしが逃がしたとは言え、さすがに罪悪感が……。


 声がする方まで行くと案の定というか。アフィーリアの妹アイリーンが何かを抱えて通路のど真ん中で泣いていた。あれは、一年前アイリーンの誕生日にアフィーリアが手作りしたクマのぬいぐるみ。不細工で形が歪なぬいぐるみをアイリーンは至極大切にしている。アフィーリアが小さくて細い指に大量の絆創膏を貼っていたのを思い出す。普通、王女が裁縫なんてしないのにね。


(姉に愛される妹……か)


 あたしは必死で泣き止まそうとしている……名前知らないから侍女トリオでいいわね。侍女トリオを押し退けてアイリーンと目線が合うようにしゃがんだ。



「どうされたのですか?アイリーンお嬢様」

「えぐ……ふえええ……ね……ねえさまあぁ……ねえさまにあいたいぃ……ねえさまあああぁ……!!」



 姉が恋しくて、姉を求めて泣き叫ぶ妹か……。


 あたしが同じ立場なら、泣きもしないし恋しくもならない。


 半年近く前になるわ。姉がアフィーリアに危害を加えた。正しくは、家庭教師との勉強を放置した息子のユーリを叱ろうと振り下ろした鉄拳がユーリを庇ったアフィーリアに直撃して二週間も寝込む大怪我を負わせた。無論、魔王の怒りは姉だけでなく、我がドラメール公爵家にも向けられた。ドラメール公爵家はお取り潰しとなって一族は全員処刑、元凶のコーデリアは最初に処刑されたと聞いたが噂ではレオンハルトの悪趣味部屋でまだ生きているのだとか。同じくドラメール公爵家の令嬢であるあたしが生きているのは、元々あたしは家では雑に扱われていた。母上は自分にそっくりな姉だけを溺愛し、母上を溺愛している父上は母上の言いなり、愛されるのが当たり前な姉は親の愛情があたしにいくのを恐れ酷く虐められた。公爵家の令嬢なのに、城に奉公に出された。ってか、あたしが自分から行きたいと願った。あのまま家にいても碌な未来が待ってないと思ったから。


 当時あたしは長期休暇を満喫中で人間界でバカンスを楽しんでいた。城から使者を送られた時は何事かと身構え、姉の犯した罪とドラメール公爵家の取り潰しを魔王本人から聞かされた。



『一族全員処刑……つまり、あたしもですよね』

『本来なら、な。だが、クリスタ。お前はシェリーの世話を頼める数少ない侍女だ。お前だけは生かしてやる』

『ありがとうございます。お話は以上ですか?でしたら、人間界に戻らせてください。バカンスの途中なのです』

『いいや。休暇は終わりだ。暫くはドラメール公爵家の後始末を命じる』

『休暇届を出してエンジョイしていたのですよ!?』

『後始末が終われば休暇の続きをしたらいい』

『では、特別ボーナスください。折角の休暇を返上して仕事をするんですから』

『好きにしろ』



 魔王相手にこんな口を叩けるのも幼少からの付き合いあってこそ。後始末は二ヶ月程で終え、続きの休暇を楽しんだ。ボーナスもきちんと頂いた。魔界に戻ったのは一月前。



「ねえ……さまあ……どこへ……いかれたのですか……っ」



 アイリーンの声で回想を終え、意識を現実に戻した。


 アフィーリアを逃がした本人とは言え、姉を求めて泣くアイリーンに罪悪感を感じないと言えば嘘になる。


 真実を話せなくても誤魔化しは可能だ。



「アイリーン様。泣き止んでください。ずっと、泣いていられては陛下や奥方が困ってしまいます」

「でも……っ」

「アフィーリア様がいなくて不安で寂しいのは分かります。ですが、こんな時だからこそ笑顔でいてください。アフィーリア様が戻った時、泣いているアイリーン様を見たら驚かれてしまいますわ」

「う、うんっ」

「その意気です」



 必死に泣くのを我慢するアイリーンの頭をポンポン撫でた。一介の侍女が魔王の娘相手にしていい行いではないが、あたしを知ってる侍女トリオは止めない。表情は渋いけど。



「あなた、知らない顔……それに……誰かに似てる」

「気のせいですわ。普段は城で掃除・洗濯を主に担当しているのでアイリーン様がご存知ないのも無理ありません。それでは、あたしは仕事に戻りますので」



 優雅に挨拶のポーズを見せてこの場を去った。


 アイリーンの言った誰かとは、百パーセントコーデリアだろう。コーデリアしかいない。


 城内を漂う重苦しい空気。全て、アフィーリアがいなくなった事実に憔悴し、怒る魔王の殺気。


 あたしがアフィーリアを城から出した。籠の中の鳥が必死に籠から出ようともがいてる姿に同情し、手を貸したくなったから。



「……いいえ、違うわ。本当は……」



 本当は……――。


 窓から魔界の空を見上げた。三日程前、『悪魔狩り』対策として魔界全土に展開されている結界に炎が波のように広がった。発生源は東の果てから。あたしはヒヤッとした。あの子何やってるのと。無論、魔王もアフィーリアの仕業かと思いレオンハルトに調査を命じた。一日もあれば結果が出る筈なのだが、不思議な事に調査は難航しているらしい。ただ、アフィーリアにそんな高度な悪知恵はないから、あの炎はアフィーリアの仕業ではないと判断された。



「……絶対関係ありそうだけど」



 東の果ては、アフィーリアが行きたいと願った場所。アフィーリア本人でなくとも、関わっていたとしたら?



「十分に有り得る」



 今日の洗濯物は全て干し終えたあたしは午後までフリー。その間、何をしてもいい。



「様子を見に行こうかしら」



 何がどうなってあの炎が出現したのか。気になる。とても気になる。


 でも、その前にお腹が空いたから先に食事にしましょう。


 食堂へ向かい、シェフに今日のランチを頼んだ。適当な席に座って渡された料理を一人で食べ始めた。





読んでいただきありがとうございました!


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