30話 知らない人の誘いに乗ってはいけない
「お前馬鹿だろ!?」
人に会うなり発する第一声が罵倒かい。
セリカに頼みに頼み込んで書庫室に連れて来て貰い、適当な本を探す私は先客と鉢合わせし、冒頭の台詞を吐かれた。先客ーネフィは、昨日の私の失言を恐らくハイネ辺りに聞いたのか、非難の色を濃くした青い瞳で私を捉えた。
「あいつのトラウマを抉る事言ってどうするんだ。謝ったのかよ?」
「謝って済む問題じゃないわ。それに、もういいのよ。私は心の中の声が出ただけ」
「あのな……」
本当に……どうしようもない。あの後、ユーリを追い掛けて謝ろうとしても私を映す紫水晶には怯えと軽蔑の色しかなかった。ハイネは怯えではなく、軽蔑と強い非難の色を宿していた。あんな様子の人にどう謝ったって許して貰える筈がない。
本のタイトルで選んでは適当に床に置いていく私の腕はガシッと横から掴まれた。
「……あの鬼ババに似てるって言ったのは何でだ?」
「……」
あれはユーリじゃない。私に対して呟いた心の声……の筈だった。全部声に出したせいで何もかも最悪な展開になってますが。離してくれそうにないネフィに向き直った。
「……私だよ」
「は?アフィーリア?」
「そうだよ。……私とコーデリア様がそっくりだって言ったの。心の中で」
「お前とあの鬼ババどこが似てるんだよ。全然似てないだろ」
ネフィが言うのは見た目の話だろう。でも、違う。見た目じゃない。未来の「私」は周囲の人の言う通り、愛する人を奪われ嫉妬に狂った姿がコーデリアの亡霊そのもの。ゲームでは同情も出来なかったアフィーリアに自分がなってしまった。
「ネフィ。私は……ん?」
ふと目に入った本が気になって、自由な方の手で一冊の本を取り出した。
黒いカバーに銀糸で『月の涙』と刺繍された古い本。それ、と発したネフィにどんな内容なのかを聞いた。月の涙という、特殊な花の力が記された本らしい。
「長い間満月の光を浴び続けた花が数百年に一度、月の魔力の力を借りて花開くんだ。花弁から抽出した蜜が涙の形に変わる事から月の涙って言われるんだと。で、その月の涙には、持ち主に幸福を運ぶ力があるんだ」
「幸福……これって、何処に咲いてるの?」
「確か、本には東の最果て“エデンの森”の最奥に咲いてるってあったな」
東の最果て……誘拐事件を除き、城から一歩も出ない私にはどんな場所か分からない未知の場所。そこに、幸福を運ぶ月の涙があるんだ。
「そうなんだ。この本を読もう。ネフィの話聞いて興味沸いた」
「そりゃ良かったな。……って、話を逸らすな。俺の質問に答えろ」
「どうでもいいでしょ。ネフィに関係ないよ。遅かれ早かれこうなるって分かってたもの……」
記憶を取り戻す前のユーリに対する行動は、とても許されるものじゃない。将来自分を殺す相手だとしても、嫌われるより好かれる方がいいから、最低限の距離を保ってきた。自分の口のせいで無駄になったけど。私の言葉に余計どういう事だ教えろと迫るネフィ。前世の記憶が戻って将来貴方達に殺される未来を知ってしまったって聞いたらネフィはどんな顔をするかな。興味半分で知りたいけど私はまた後悔する。
「関係ないったら関係ない。放っておいて。私に構うより、ユーリの所に行きなさいよ。最低な異母姉に心無い言葉を吐かれて傷付いた可哀想な王子様の所に」
「……」
そう言うと思い切り表情を歪め、……腕を離して私の横を通り過ぎて行った。
「いいんだよ……これで……」
私はユーリを好きにならない。嫌いにはなりたくない。でも、アイリーンの明るい未来の為なら、私が生きられる未来の為なら、誰かに嫌われようとも……。私は私の行きたい道を進むだけ。
何時までも父様の軟禁生活を送っていられない。月の涙の本を抱き締め、書庫室の前で待機しているセリカの所へ戻った。
……んだけど。
「あれ?セリカ?」
立っている筈のセリカがいない。どこ行ったの?
あれ?あれ?辺りを探し、セリカーと呼んでも反応がない。
「ま、いっか」
セリカがいないなら、お目付け役がいないって事。
私は父様の部屋へは行かず、自分の部屋へ戻った。久し振りの私室だがきちんと掃除はされていたらしく、埃一つない。本棚の奥に仕舞ってある㊙️と書かれたノートを引っ張り出した。これには必要な情報が日本語で書かれている。仮に見つかったとして……それ以前に、この世界の人間界の文字知らないわ。もし同じだったら、誰か人間界の文字を知っている人が見たら一発アウトじゃない!
「隠さなきゃ……!」
書庫室から持ってきた本の下に持ち直し、私室を出た。数分もいなかったな。
父様の部屋へ戻っていると後ろから声を掛けられた。振り向いて見ると見覚えのない侍女だった。紫色の髪をツインテールにしたお人形さんみたいに綺麗な女性。長い睫に覆われた髪と同じ色の瞳が誰かと同じだった。紫色の瞳ってユーリやアシェリーも一緒なのに二人と一緒と思わなかった。
「セリカ様はどうされたのです?」
「それが気付いたらいなくなってたの」
「そうですか。私が陛下のお部屋までお送りしましょう」
「平気よ。それに今日は脱走する気ないよ」
「いけません。アフィーリアお嬢様を一人で見掛けたら必ず見張る様、城に仕える者全員言い付けられております」
「……はい」
父様……。信用がないね。事実だけど。
名前の知らない侍女の人に付き添われつつ、目的地である父様の部屋に到着。侍女の人に扉を開けてもらい中に入った。
かちゃっと鍵を閉められた。
驚いて侍女の人を見上げた。
「何……してるの?」
「はあ、やっと一人になってくれたわね。ねえ、あんた城から抜け出したいんでしょ?」
さっきとキャラが百八十度変わった侍女に言葉を失う。
「あなた……一体……」
「あたしが誰だろうがどうでもいいでしょ。それより、出たいんでしょ?」
「……」
こくりと頷く。
「あたしがあんたをこの城から出してあげてもいいわよ?」
「!」
「勿論、条件があるわ」
「条件?」
「そう。簡単よ」
彼女が提示した条件に私は耳を疑った。
でも、それを受け入れれば私は城から出られる。将来の為に誰かを傷付ける必要もなくなる。
迷う私に彼女が急かす。
「早くして。セリカが戻るのも時間の問題なのよ。適当な理由作ってセリカをあんたから遠ざけた訳だけど、長く時間稼ぎは出来ない。どうするの?飲む?飲まない?」
「その前にあなたの正体は?」
「成功したら教えてあげてもいいわよ」
「……」
彼女は嘘を言ってない。私に対して殺意もなさげ。
……信頼しても良い?
「じゃあ……お願い」
私は彼女に手を伸ばした。
私の手を握った彼女は何処がいい?と言った。きっと、行きたい場所だと考える。ふと、持ってる本に目がいった。東の最果てに咲く特殊な花……。
「東。東の果てに行きたい」
「ふーん。ってことは、東の辺境伯の領地があるあそこがいいわね。いいわ、契約成立ね」
目を瞑ってと言われ瞼を閉じた。嗅覚が森林の臭いを拾った。開けてと言われ瞼を上げて驚いた。部屋の中から光景が外に変わった。しかも、何処かの町の中。
「ここは東の辺境伯が治める東の最果てアンデル」
「アンデル……」
「はいこれ」
白い巾着袋を手渡された。中には売れば暫く働かなくても生きていける宝石が入っているらしい。受け取った私の頭に手が乗った。
「精々頑張りなさい。子供のあんたが何処まで生きられるかはあれだけど」
「うん。ありがとう。あの、貴方の名前は?」
「二度と会わないんだから知らなくてもいいわ。じゃあね」
「あ」
でもも言う暇もなく彼女は消えた。何だったんだろう、誰何だろう。もう答えを持ってる人はいない。
今が昼で良かった。
「まずは換金所を探そう」
お金がないと宿屋にも泊まれない。荷物を抱え直した私の肩に誰かの手が掴んだ。
「ねえ!あなた!」
「?」
誰かなと思ったら、茶髪に青い瞳の女性が焦ったような顔で私と目線が合うようにしゃがんだ。
「その身形……どこかの貴族の子だね?親は?」
「え、えーと」
い、言えない。たった今家出……城出っていうの?家出でいいか。家出してきたと言えない。上手い言い訳を考えて視線をキョロキョロ泳がせていれば、やれやれとばかりに溜息を吐かれた。
「事情を言えないってとこを見ると家出してきたね?」
「うぐっ」
すごい……見抜かれた。気まずげに頷いたら女性の眉が困った様に八の字に変わった。
「どこの貴族の子だい?」
「……」
「言えないの?」
女性の言葉に頷いた。まさか魔王の娘ですとは言えない。
「どっかの……貴族です」
「はあ……やれやれ。行く宛はあるのかい?」
「これを売って宿屋に暫く泊まります」
名前の知らない侍女に手渡された巾着袋を広げた。
「この宝石を買い取れる程大きい換金所はこの町にはないよ」
困った。そうなると自力でお金を稼がないといけなくなる。子供でも働ける場所を尋ねると女性は朗らかに笑った。
「なら、うちにおいで」
読んでいただきありがとうございます!
アフィーリアの家出ライフが始まります。




