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29話 最低

 

 …………。

 ……。



 不意に目を覚ました。ぼんやりとする視界に映るのは、月明かりに照らされた薄暗い天井。隣に顔を動かすと相も変わらず寝顔の美しい父様が規則正しい呼吸を繰り返している。


 何だったんだろう……あの夢。私の未来?でも、私ユーリを特別好きと思ってない。……記憶が戻る前の「私」なら兎も角。涙も溢れて止まらない。こんなの父様に見られたら心配されちゃう。袖で涙を拭い、今日も夜空に君臨する満月を見上げた。



「……」



 もしも、あの夢が本当に私の未来なら、……やる事は決まった。



 ――翌朝、何時もの様にセリカが起こしに来て、眠そうな父様と私に朝の挨拶をして、父様から私を受け取ったセリカに食堂へ連れて行かれる。



「今日の朝御飯何?」

「パンケーキです。ジャムを数種類、生クリームにフルーツを好きにトッピングしてください」

「いちご尽くしにしよ~!」

「お嬢様がそう言うと思っていちごは大量に用意しております」



 さすがセリカ。私の好みを把握してる。


 セリカに抱えられたまま食堂へ着くと、今日いるのはユーリとハイネとアイリーンだけだった。あの三人は、各々の家の都合で最近来れてない。無理もないよね。エドヴィージェ様の茶会から一週間経過したとは言え、父様やアリス宰相は後始末に追われる日々。レオンハルト団長は引き続き結界の維持で塔に引き籠り、リエル叔父様は父様とアリス宰相の補佐。


 私はアイリーンの横に座らされ、私仕様に盛り付けられたいちごスペシャルパンケーキを置いてもらった。



「朝からよく食べるね……」

「普通よ普通」

「どこがだよ」



 ハイネとユーリの突っ込みなんぞ気にしてられない。ちらっと三人のパンケーキを盗み見た。私が三枚に対し、三人は二枚。トッピングもシンプル。……成長期なんです!と言い訳させてください。



「姉さま。今日は何をなさるのですか?」



 家庭教師との勉強があるアイリーンと違い、基本私はやる事がない。いちごジャムをたっぷりとつけたパンケーキを口に放り込む。甘酸っぱくて美味しいなあ。



「うーん……そうだねえ……そうだ。セリカ」

「はい」

「魔力操作(コントロール)の練習に付き合ってよ」

「構いませんがまた何故?」

「もっと上手になりたいの」



 あの茶会でセリカを呼び寄せようと使用した瞬間移動(テレポート)の応用は失敗して母様を呼び寄せてしまった。結果だけを見たら良かったけど、最悪の場合、私は母様に怪我をさせてしまっていたかもしれない。失敗して誰かが傷付くのは嫌だ。


 大きくカットされたいちごをフォークで刺した。



「いざという時の為に」

「その心意気は立派です。……ただ」

「ん?」



 何?



「アリス様に言われたのですが」

「アリス宰相?」

「お嬢様の事だから、その内部屋から逃げ出す為の悪知恵に発展させられるかもしれないので、今後は別の勉強をしていきましょう」

「!?」



 え!?そ、そうだ!!その使い方があった!!よし!今晩決行だ!!



「……ねえ、アフィーリア絶対良いこと聞いたって思ってるよ」

「……顔見たら一目瞭然だろう」



 ハイネとユーリがこそこそ話してるが構ってられない。隣のアイリーンもどうしてか不安げな顔でちらちらと私を見てくるが気のせい。


 成るべく、悟られない様に朝食を進め、最後の一口を飲み込んだ私はセリカにナプキンで口元を拭かれた。



「この後は如何なさいましょう?」

「特に決めてないからねえ。勉強は?」

「午後からにします」

「じゃあ、午前は自由時間か……」



 シャロン様の様子が気になるし、子猫も触りたい。ノワール公爵邸に行きたいと駄々を発動させても却下されるだけ。どうしようか考えていると、ふと、あの夢を思い出した。で、ユーリに目を向けた。


 本来のアフィーリアが好きになる人……か。でも、記憶を取り戻したせいでユーリを特別好きとも思わなくなった。嫌い?と聞かれれば、答えはNO.……向こうがこっちをどう思ってるかは置いて。



「人の顔に何か付いてる?」



 そもそも、どうしてゲームのアフィーリアはユーリを好きだったのだろうか。魅力的な相手は他にも色々いただろうに。ハイネもそう。アシェリーも、ソラも、ネフィ。



「人の話聞いてる?」



 知る術はないけど、あるのなら知りたい。身を滅ぼす結末になってまで一人の男(ユーリ)を愛したのかを。自分を愛していない相手を諦める選択肢は無かったのかと。


 私が「アフィーリア」に向ける言葉は……――



「ねえ、アフィ」

「あんたなんか嫌いよ」


「「「!!?」」」



 自己中で、嫉妬に狂った挙げ句、罪もないアイリーン()を傷付けた。


 ――……ああ、同じ人がいるじゃない。最後まで父様の愛を求めた可哀想な人が。だから、亡霊って言われたんだ。そうよね、愛に、嫉妬に狂った姿は――



「コーデリア様そっくり」



 既に処刑されて生きていない人。


 食べ終えたお皿にフォークを置いた。午前はどう時間を潰そう。セリカに書庫に行っていいか聞こうと顔を上げたら、見る人がビックリする位真っ青な顔で私を見ていた。


 ……な、なんで?


「あ……アフィーリア……」引き攣った声のハイネに何事かと反応したら、セリカだけじゃなかった。ハイネも、私の隣に座るアイリーンも。三人共この世の終わりを目にしたが如く、青い表情をしている。


 ――だけど、更に青を通り越して真っ白になりかけてるのが一人。



「ユーリ……?」



 どうしたの?どうして……。


 大丈夫?とテーブルから身を乗り出してユーリに触れようとした。


 パシン!

 乾いた音が耳に痛いほど響いた。


 宙をさ迷う私の手、私の手を振り払ったユーリの手。


 呆然とする私を映す紫水晶の瞳に宿る恐怖と非難、憎悪の色。あれ……?身に覚えがある。ユーリのこの瞳。どこかで……。



「……やっぱり、お前は何にも変わってない。頭を強く打ってから、鬱陶しく引っ付いてこなくなって安心してたのに、何にも変わってない!」

「ゆ……ユーリ……?」

「あの女にそっくり?似てるよ……けど、誰が好き好んであんな女に似るかよっ!!好きで似て生まれてなんかないんだよ!!」

「っ!」



 心の中で呟いた言葉が口に出てたの!?また自分でとんでも引き起こしたの!?


 皿を激情のまま床に払い落とした。大きな音を立てて割れた食器に目もくれず、椅子から降りたユーリは最後に……底冷えする冷気を纏った紫水晶で私を捉えた。



「ああ、そうだ、さっきの台詞そのまま返してやるよ。

 ――『おれ』もお前が嫌いだよ、アフィーリア」



 …………そ……それも……口に出してたの……?それはコーデリア様であって、決してユーリじゃない。そっくりなのも、未来の「私」のこと。ユーリじゃない。


 私が呼び止めても歩が止まらず。慌ててユーリを追い掛ける際、軽蔑の瞳を私に向けたハイネに言葉が出なかった。



「姉さま……どうして……」

「お嬢様……」



 アイリーンとセリカからも非難の感情が籠った声を貰う。


 どうして?私が口にしたいよ。


 どうして自分から、自分の首を絞める発言をしちゃうのかな。



「……どうして、だろうね」



 最悪の未来を回避する為だよ……。“二度”も誰かに殺されたくないのよ……。










読んでいただきありがとうございました!

裏のタイトル名は「口は災いの元」です。


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