27話 無事で良かった
蹴飛ばしたエドヴィージェ様とコルク様の首根っこを掴んで登場したのは、いの一番に来てほしかった私の専属侍女ーセリカだった。
「セリカ……?」
「はい。遅れてしまい申し訳ありません」
「どうしてここに……」
「お嬢様が失敗してシェリー様を呼び寄せてしまった瞬間、側にいましたので。ナサニエル侯爵邸にて異常事態が起きたと判断し、急いで参りました。陛下、如何様に処分致しましょう?」
「首謀者エドヴィージェとその子供達は、磔の部屋か悪趣味部屋にでも放り込め。腐人はナサニエル侯爵本人だ。レオンハルト、元に戻せるか?」
ぱちんと父様が指を鳴らすと、レオンハルト団長とアリス宰相に如何わしい行為をしていた姉妹を魔力封じの縄で拘束した。未だ薬の影響でまともに身動きが取れない二人に母様が駆け寄った。そうか、父様の時みたいに血を飲ませれば二人も動けるようになるからだ。……ん?私にも出来るんじゃ?
テーブルにあるナイフを手に取り、右手首に刃を宛がった。襲ってくる痛みを覚悟してナイフを左に裂こうとしたら、すごい勢いで左腕を掴まれた。驚いて見上げるとセリカが私の腕を掴んでいた。
「……何をなさっているので?」
お、怒ってる……。
「え、えーと、母様みたいに私もその」
「お嬢様は確かにシェリー様の血を引いていらっしゃいますが、陛下の血も引いているのをお忘れなく。もうじき、私が手配した『騎士団』と『魔術師団』が到着します。陛下から聞きましたが、皆様は“暝夢の秘薬”で眠らされているだけとか」
「だから起こそうとして……」
「ご安心を。“暝夢の秘薬”は禁忌薬の一種ですが、体に害のある効果はありません。飲ませた相手を眠らせるだけなので。ただ、体内に薬の成分が残らない上、材料と製法が複雑なので禁忌指定されただけに過ぎません」
「じゃあ、時間が経てば皆起きる?」
「はい」
なんだ……毒とかないんだ。良かった……。
ほっと、胸を撫で下ろすと私はシャロン様の所へ。ビクビクとしながらも、その瞳には強い決意があった。
私が近くまで来るとシャロン様は頭を下げた。
「アフィーリア王女殿下……この度は大変……」
「大変だったね」
「え?」
私が台詞を遮るとポカンとした顔で面を上げられた。
「でも、皆無事で良かった。シャロン様も。シャロン様は何も悪くないよ」
「いいえ!私が薬を作ったのです!」
「脅されてたんでしょ?」
「っ……」
歯を噛み締め、零れ落ちそうな涙を乱暴に拭ったシャロン様は、泣き出しそうな顔でナサニエル侯爵だった腐人を見上げた。謎の球体に閉じ込められた腐人の下でレオンハルト団長と父様とアリス宰相が何やら話し込んでいた。
そういえば、さっき父様はレオンハルト団長に戻せるか?と訊いていた。その話に違いない。私は三人の輪に飛び込んだ。私を簡単に抱き止めた父様にぎゅっと抱き付いた。
「父様!」
「アフィ。お前が無事で良かった」
「はい!父様もご無事で。……あの、ナサニエル侯爵は元に戻りますか?」
縋るようにレオンハルト団長に話を振るが――
「無理だ。全身に腐敗が進行している。戻って解剖しないと断定は出来ないが……アレを使われた可能性が高い」
「しかし、材料と製造法は“暝夢の秘薬”を遥かに上回る。造れる者等……」
アリス宰相がレオンハルト団長に突っ掛かる。二人の話す薬って何だろう。父様に訊ねても、向こうに行ってなさいと遠巻きに話すを拒否される始末。むすっとしつつ、再びシャロン様の所へ戻った。
「シャロン様は、ナサニエル侯爵が腐人化した原因をご存じですよね?」
「……はい。只、渡された薬に私の魔力を混ぜてお父様に飲ませろとお義母に命令されて。どんな薬までかは知りませんでした」
嘘は言っていない。セリカが突っ込まないのが何よりの証拠だ。試しにセリカに父様達が話す薬について訊ねるも、彼等が口を閉ざす事を話す訳にはいかないと首を振られた。むう。口が堅い。
そうしている間にセリカが手配した『騎士団』と『魔術師団』の人達が到着した。騎士団長のティフォーネ様の姿もあった。
「陛下!ご無事で何よりです!」
「ああ」
父様の前で跪いたティフォーネ団長は、現場の状況確認をした。ふと、私は思い出した事を父様に言った。
「あの、父様。ずっと言おうか迷っていましたが……リエル叔父様の姿がないのです」
「心配無用ですぞ、アフィーリア様。リエル様は庭園で眠っているのを部下が発見し、保護しました」
「庭園?道理でいない筈だ……」
「傍らに子猫が数匹いたので、戯れていたのでしょう」
微かに怒る父様に若干の恐怖を抱きつつ、取り敢えず叔父様の無事が確認出来て良かった。子猫か、私も見たい。
立ち上がったティフォーネ様に幾つかの指示を出した父様を後目に、みゃあみゃあと鳴き声を上げる子猫数匹が連れて来られた。シャロン様が一目散に駆け寄って行った。成る程、シャロン様が育てていたんだ。
子猫の無事を確認したシャロン様が良かったと涙を流した。子猫に触っていいか確認すると快く快諾してくれた。
「うわー、軽い」
「まだ生後三週間程度なので。小さいですが、どの子もとても元気な子達です」
「ふふ。ふわふわしてる」
子猫は全部で四匹。驚く事に皆黒猫。普通、一匹位違う色の子がいても可笑しくないのに皆黒。性別はメスが一匹で、残る三匹はオス。私はメスの子を抱っこした。どの子も人慣れしているみたいで嫌がらない。よしよしと撫でているとシャロン様は子猫を私と騎士に預け、父様とレオンハルト団長に話し掛けた。
「あの……魔王陛下、ノワール公爵」
「おや、シャロン嬢。丁度良い。今ロゼと君の話をしていた」
「……私は、どの様な罰をも受ける所存です」
「ほう?それは、処刑も覚悟と?」
「家族を……止められなかった責は、私にもあります」
「ちょ、むぐ!?」
「お嬢様、ここは静観しましょう」
異議を唱えようとしたら、後ろからセリカに口を塞がれた。心配な気持ちを抱いて向こうを見つめた。
「ふむ……。通常なれば、禁忌薬を作った君は十分処刑に値する罪を犯した。更に、義母の企みを知ってたのなら尚更。……だが、情状酌量の余地があるのもまた事実。ロゼ、どうする?」
最後の判断を父様に委ねたレオンハルト団長。魔王として、父様が下したのは――
「シャロン=ラナ=ナサニエル。此度の騒動の全責任は、君の義母エドヴィージェにある。従って、君に処罰を下す事はしない」
「し、しかし!」
「但し、どうしても、何かしらの罰が欲しいと言うのなら……我が娘アフィーリア付きの侍女としよう」
「!?」
え?
「おーい、我輩はノワール家の養女にしたいのだが?」
「だから、ノワール家の養女にして、アフィーリアの侍女にしたらいい」
「なんでそうなる」
「うるさい。シャロン嬢、君の意見を聞こう」
予想外の決断に絶句するシャロン様の気持ちはよく理解出来る。だって、下手すれば殺してしまったかもしれない相手のお世話をするんだよ?レオンハルト団長は、元々アシェリーの我儘でシャロン様を養子に迎え入れるのに賛成していた。どうなったら私の侍女になる話になるの?
「言っておくがアフィーリアの侍女になるのは大変だぞ。何人もの優秀な侍女がアフィーリアに泣かされている。そこのセリカもな。セリカ程の実力者でないと、あの子はすぐに部屋を抜け出して何処かへ行こうとする。四六時中目を光らせてないとならない緊張状態の中に入れられる。――その覚悟はあるか?」
……あの、言っている事が結構酷いのは気のせいですか?
口を塞がれたままセリカを見上げたら、うんうん頷かれた。酷い……。
「ですが……」
今すぐに決めるのは無理だ。考える時間だって必要だよ。そういう意味を込めて彼等のやり取りを見守る。すると、肩を竦めたレオンハルト団長が助け船を出した。
「少し時間をやろう。その間に決めなさい。受けるか、受けないかを。勿論、アフィーリア嬢付きの侍女になるのが嫌なら別の処罰も考えよう。ロゼ、それでいいか?」
「好きにしろ」
くるりと踵を返した父様はセリカに口を塞がれている私を抱き上げるなり、ユーリとハイネを『魔術師団』の団員に引き渡した母様に預けた。
「先に城に戻っていてくれ。アイリーンもきっと心配しているだろうからな」
「ええ。アフィーリア。戻りましょう」
「はい。……あ、あのー、父様。今日位自分の部屋で……」
「駄目よアフィーリア。ロゼが戻るまで私がいてあげるから、ね?」
「あい……」
やっぱり……駄目だったか……。
一体、何時になったら、私は自分の部屋のベッドで寝られる様になるのか。父様のベッドは寝心地最高だけど……毎朝大人の色香を漂わせる父様を見るのも心臓に悪い。色んな意味で。
素直に諦めた私は、母様に抱かれて団員の人が作った転送魔術で城へ戻った。
戻った私達を出迎えたのは、半泣き所か大泣きしているアイリーン。私達の姿を見るなり一目散に走り出した。
「姉さまあああぁ!母さまあああぁ!」
母様は私を下ろすと突撃してきたアイリーンを抱き止め、あやすように頭を撫でた。
「母さまっ、急にっ、いなくなったって聞いて、ひっく、び、くり、しましたああぁ……!」
「心配させちゃったわね。ゴメンね」
「いえ……あの……悪いのは……失敗した私です。母様を巻き込んでしまい、申し訳ありません」
「それは違うわ。私は良かったと思ってる。ロゼやアフィーリアの役に立てたのなら本望だわ。それに、セリカはちゃんと来てくれたでしょ?」
「うん……」
今度は失敗しないように、明日からセリカに本格的に教わろうかなあ。と、ぼんやり考えつつ私もアイリーンをあやすのに参加した。
「アイリーン泣き止んで。今度、父様に頼んでノワール公爵邸に連れて行ってもらいなさい。きっと、良い事があるわ」
「いい……こと?」
「うん。良い事!」
きっと。
初めての、女の子の友達が出来るかもしれないから。
さてさて、今日はもうくたくたーと床にごろんと寝転がった。母様にはしたないと注意を受けてももう気力がない。
「もう。……今日は、私がアフィーリアをお風呂に入れてあげる」
そう言って私を抱っこした母様。普段は、一人で入れると追い出そうとしても力押しでセリカに洗われる。
今日は母様に洗われるのか……。
疲労と眠気と戦っていた私は自分でも何を言っているのかよく分からない台詞を吐いた。
「母様に洗ってもらったって父様に自慢しよー……」
「う、うーん。出来れば、してほしくないかな……。……後で、私がロゼに洗われちゃう」
「?」
読んでいただきありがとうございました!
次回より、展開が変わります。アフィーリアの身に破滅フラグが……。




