26話 最後の最後で
前回、R15色が強めとか書きましたが思ったよりそんな事はありませんでした。ないと思います。……多分。
エドヴィージェの呼び声と共に会場に現れたのは人。……否、人の形をしたナニカだった。
全身の皮膚は腐りきり、生前の面影を一切遺さないナニカからは、とてつもない死臭を発せられた。あまりの臭いに顔を青くして口元を手で覆うアフィーリア。ただ、ナニカが着ている服は、上等な布地を使用された黒いスーツ。ナニカが中位貴族以上の者なのは分かる。目に見える情報で分かるのはそれだけ。“暝夢の秘薬”で意識を保っているだけで精一杯なアリスが臭いにもだが、ナニカの正体を見破ったようで非難の青を濃くした。
「エドヴィージェ様っ、貴方まさか、ナサニエル候を……!」
「ふふ……あら、よく分かったわね」
ナニカの正体は――ルブラン=フェル=ナサニエル本人。エドヴィージェは息をしているだけの腐人に微笑んだ。
「陛下や公爵家を引っ張り出してくれたまでは良かったのに……。私のする事なす事に度々いちゃもんをつける旦那様には辟易していましたの。面倒だから、この際始末する事にしたわ。勿論、タダではないわ。侯爵として素晴らしい魔力を持っている旦那様は、しっかりと有効活用したわ。……ねえ、シャロン」
「っ!!」
すぅっと細めた琥珀色の瞳をシャロンへ向けた。
「花を育てるしかない役立たずの貴方を今まで生かして来たのはどうしてだと思う?」
「……」
「貴方の能力は素晴らしいわ。特に、錬金術の才能には目を見張る物がある。陛下、そして公爵様方。禁忌薬を作製したのは――シャロンですわ」
「そ、それは……!お義母様に命令されて……」
「あらぁ?私は一度もそんな恐ろしい事を言った覚えはないわぁ。そうでしょう?お前達」
「はい。シャロンの真っ赤な嘘ですわ」
「何て子かしら。何処の馬の骨かも知れない男の血を引いているだけあるわ」
“暝夢の秘薬”作製はエドヴィージェの指示だと訴えたシャロンを一睨みで黙らせ、更に罪を着せようとするエドヴィージェとその娘達。震え、ドレスの裾を力一杯握り締める拳は白くなっていた。
シャロンは嘘を言っていない。従わなければ、庭園で内密に世話をしている子猫を実験の道具に、手間と時間を掛けて造り上げた庭園を消すと脅されて――。
だが、結果がこれだ。茶会に招待した客人は皆眠りに落ちた。辛うじて意識を保っている魔王やノワール公爵やフォレスト公爵の苦しげな姿、たった一人無事なアフィーリアを恐怖の底に陥れ。更に、たった一人しかいない血縁者の無惨な姿。泣きたい、叫びたい。でも、禁忌薬を命令とは言え造った自分が被害者ぶる資格はない。嗚咽を漏らしそうになる口を噛み締めた。
すると――底冷えする程恐ろしい魔力を感じた。ハッと、顔を上げた先には――
「良かった……ユーリとハイネが眠ってて。一つしか歳が違わなくても、二人は私の弟なの。その弟達に……あんな悲惨な姿を見られたくない。
――父様達が動けないなら、動ける私が相手になってやろうじゃない!!」
「馬鹿ッ!逃げろアフィーリア!」
滅多に聞かない父親の焦りを無視し、周囲に密度の濃い魔力を纏わせたアフィーリアが堂々とした姿で嘗てナサニエル侯爵だった腐人を指差した。エドヴィージェが馬鹿にしたように微笑した。
「さあ、旦那様。その傲慢で無知な王女を喰らってしまいなさい」
エドヴィージェの命令に従った腐人が動き出した。常人では有り得ない俊敏な動き。ひ、と短く悲鳴を上げたシャロンの先にいるアフィーリアは臆せず、飛び掛かってきた腐人に向かって――……ではなく、倒れている適当な人にセリカから教わったある魔術を放った。
本来、魔術を扱う際には、呪文を唱える必要があった。呪文とは魔術を行使する際に必要な手順。その手順を怠れば当然威力は落ち、術の完成度も低くなる。況してや、無詠唱の魔術は、魔術そのものを形のないモノへ変化させてしまい、結果――暴走してしまう。
だが、アフィーリアに仕える専属侍女セリカは、緊急時の魔術をマナーレッスンの際、アフィーリアに伝授していた。ロゼやレオンハルト等がいるのでないかもしれないが万が一もある、というので。
放たれたある魔術の光は、何処かの貴族の夫人に直撃。何を企んでいるか理解出来ないエドヴィージェは小馬鹿にしたようにアフィーリアを嘲笑うも、徐々に光が消えた事で露になった相手に琥珀色の瞳を瞠目した。
「――アフィーリア……?」
「……え?」
露になったのは、アフィーリアが脳裏に浮かべたセリカじゃなく――突然別の場所に飛ばされてきょとんとする母シェリーだった。
「……なんでえええええぇ!?なんで母様!?セリカじゃないのはなんでよおおおおおおぉ!?」
「え?えーと、ごめん?」
セリカがアフィーリアに伝授したのは瞬間移動の応用で、別の遠くにいる相手を近くにいる相手と入れ替える高等技法。繊細な魔力操作と共に、誰を呼び寄せたいか強く願わないとならない。必死にセリカを呼んだのに――何故シェリーが?
まさかの最悪な失敗にロゼは愚か、レオンハルトやアリスも言葉を失う。セリカでなくても、これがアイリーンに仕える侍女トリオだったなら良かったのに。状況をイマイチ理解出来てないシェリーがあたふたと周囲を見回す。苦しげに自分を呼んだロゼに驚き、直ぐ様駆け寄ろうとしたが。
「簡単に見逃すと思って!?」エドヴィージェの怒号と共に腐人の標的がアフィーリアからシェリーへ変更された。強烈な死臭と凄惨たる容姿の腐人の姿を目にし、恐怖で固まってしまったシェリーを守るべく、娘は名誉挽回の為腐人に重力操作で身軽となった体で飛び蹴りをお見舞いした。この使用方法もセリカから教わった。
マナーレッスンは何処へ行った。
とロゼは心の中で突っ込んだ。壁と激突し、後方へ飛んで行った腐人を気にもせず、アフィーリアはシェリーの手を引いてロゼの所へ送った。
「ロゼ……!何が起きてるの!?それに、とても苦しそうっ……」
「心配するなっ、強力な睡眠薬みたいなものだ、ただ、薬の効果を消すのにはまだ時間がかかるっ」
「薬……」
「ちょ!?レオンハルト団長とアリス宰相に何してんの!?」
「え!?――た、大変……!」
アフィーリアの絶叫で何事かと振り返ったシェリーが見たのは、エドヴィージェの長女と次女にいいようにされているレオンハルトとアリスの姿。二人とも、抵抗はしているのだが“暝夢の秘薬”のせいで魔術を扱う所か、地の力させ出せないでいた。特に、レオンハルトを気に入ったらしい長女の行動はエスカレートしていく。服の釦を全て外され、彫刻の如く美しい肉体が晒されていた。目の保養……じゃない、目に毒な光景に思わず赤面したアフィーリアの目を教育に悪いとシェリーは隠した。ぱしんと音が鳴って地味に痛かった。慌てて謝るもすぐにアフィーリアからシャノンに意識を戻した。
「止めなさい!薬で動けない相手に無理矢理そんな事をしていいと思ってるの!?」
「黙りなさい天界の娘。私の愛娘の邪魔をしようとするなら容赦はしないわよぁ」
警告と共に氷の刃がアフィーリアとシェリーの足下に刺さった。もう少し距離が近ければ間違いなく刺さっていた。
「どうしよう母様っ」焦るアフィーリアの声。まともに動けるのは自分とアフィーリアだけ。威力のある魔術を扱えそうなアフィーリアだが、レオンハルトを押し倒し肌に舌を這わせるシャノンの刺激的な光景を見せる訳にもいかず。――ふと、ロゼ達がまともに動けないのが薬のせいだと教えられたのを思い出す。
「ロゼ……後で怒らないでくれる?」
「……いいよ。こんな状況だ」
「うん」
アフィーリアの目を片手で塞いだまま、シェリーはもう片方の腕に噛みついた。血が出る程噛みつき、口一杯に血を溜めるとそのままロゼに口付けた。ゆっくりと注がれる血を飲むロゼの喉が鳴る。突然の奇行に目を見張る中、そうか、とアリスはシェリーの行動に納得した。シェリーが天界で大事に育てられてきたのは神の娘というのもあるが、それ以前に特別な力を持っていたから。天界で極稀に生まれる存在。それがシェリー。シェリーの血は、天使も悪魔も人間も関係ない。凡百病や怪我等を治す治癒の力があった。また、その身を抱けば魔力も膨れ上がると聞く。元から強い魔力を持つロゼの魔力が更に強大になったのはそのせい。
溜めた血液を全部ロゼに与え終わると、意識を保つだけで精一杯だったロゼがシェリーをアフィーリア毎抱き締めた。
動けない筈のロゼに違う意味で目を見張るエドヴィージェ達。
「ありがとうシェリー。痛かっただろ?」
「ううん。そんな事ないよ。ちゃんと、役に立てて良かった」
「むぐうううう~!!」
「「あ……」」
アフィーリアを間に挟んでいるのを忘れて強く抱き締めてしまった。慌てて離すとぜえはあと呼吸を整える。謝るシェリーは頭を撫でた。
「いい……ですよ……。死ぬかと思った……」
「ごめんね……」
ふう、と息を吐き、げっと顔を歪ませたアフィーリアの視線の先に、さっき蹴飛ばした腐人が舞い戻っていた。此処にいろとロゼは二人に言い残すと腐人と対峙した。
「薬……いや、魔術の暴走……どちらもか。しかし、お前にそんな技術は無かった筈だが……。成る程、シャロン嬢。君の力か」
「っ!」
シャロンの体がビクッと跳ねた。図星みたいだ。大方、エドヴィージェに脅されてやらされたのだろうと見解した。
一気に片をつけるとロゼが左手に地水火風の四元素を出現させた。四つの元素が一つに集約すると透明な球体が出来上がる。球体の周囲を走る謎の魔術式。それが何か分からない訳がない『魔術師団』の団長は抗議の声を上げた。
「こんな狭い場所でっ、それを使うな!眠らされてっ、結界すら貼れないのがどれだけいると思ってる……!?」
「安心しろ。ちゃんと考えてある。周りを心配するより、自分の心配をしろ。それか、記念写真でも撮ってやろうか?」
「後で覚えてろ……」とは言いつつも、ロゼが言うことも一理あった。腰に跨がり、人の肌を勝手に触るわ舐めるわ好き勝手する小娘をどうにかしたいが、まだまだ薬の効果が残っているせいでロゼに抗議しただけで疲労が強くなる始末。
「アフィーリア!」シェリーの悲鳴が。視線だけを移すとコルクにアフィーリアを奪われたシェリーが取り返そうと抵抗するも、傍らにいたエドヴィージェの扇子で叩かれた。二人の所へ飛ぼうとしたロゼの行く手を塞ぐ腐人。ロゼが放とうしている魔術は、数秒腐人をその場に止まらせておかないとならない。
「んう……ちう…………きれい……ノワール公爵……」
「……」
首筋に唇を這わせ、強く吸い付かれた。恍惚とした表情を浮かべるシャノンが付けた赤い跡を指でなぞる。セフィリアに見つかれば浮気者と罵られるだろう。性に奔放な淫魔の一族の姫は、たった一人の男にしか体を許していないのに、肝心の男は平気で他の女を抱く。剰え跡を残させる。女に上に乗られるのは嫌いじゃないレオンハルトだが、飽くまでもセフィリア限定であって、他の――しかも成人間近と言えど子供の――女に好き勝手されるのは嫌悪を通り越して吐き気すら覚える。
「返して!アフィーリア!」
「うるさいわねぇ。殺しはしないわ。可愛い息子がハーフの姫を気に入ってあげたのよ?感謝しなさい。貴方の穢らわしい血を引く娘を欲しがる男は他にいな……」
恐らく、いないわと発言したかったのであろう。残り二文字を言えなかったエドヴィージェは、アフィーリアを捕らえたコルクと仲良く腐人を巻き込んで壁に衝突した。呆然とするシェリーの視界の端に金色が揺れた。見ると、ふふんと得意気な顔をして、ない胸を張るアフィーリアが立っていた。
「アフィーリア……?」
「大丈夫ですよ母様。これでもセリカに緊急時の対応を叩き込まれましたから」
「……マナーレッスンはどうしたの?」
「あう……え……えーと……ちゃんとしましたよ?でも、時間が余ったから私がセリカにお願いしたのです……」
「……」
アフィーリアがセリカからマナーレッスンを受けていたのは知っている。が、マナーレッスンよりも緊急時の対応に力を入れていた節に疑惑が生じる。視線を泳がせるアフィーリアだが、母と兄を吹き飛ばされた姉妹が叫んだので話題を変えた。
「いい加減レオンハルト団長とアリス宰相から離れて!!大体、アシェリーが起きたら記念写真撮ろうよとか言い出すじゃない!!」
「親子だな……」
「全くですね……」
誰がやるかはさておき、父親と同じ台詞を言ってのけたアフィーリアに半眼な視線を寄越すレオンハルトとアリス。アリスの方は服の中に手を入れられ肌をまさぐられているだけだが、レオンハルトは服の釦を外されほぼ上半身が剥き出しにされている。
「っ、シャロン!命令よ!あの王女を殺しなさい!」
「!」
長女の怒号とも取れる命令にシャロンの体がまた、ビクリと震えた。
「わ……わたしは……っ」
「シャノンお姉様の言うことが聞こえなかったの!?早くしなさいっ!!」
シャロンは震える体でアフィーリアと対峙した。
自分が育てた花を綺麗だと、すごいと誉めてくれた。
お城に招待してくれた。
友達にしてくれた。
生まれて初めての友達が出来た。
命令を聞かなければ、子猫が、庭園が消される。だが、アフィーリアもシャロンにとって大事な存在。どちらかを選ばなければ、どちらかが消える。
「…………さい」
「シャロン様……?」
「わたしも……共犯者です……っ。言われるがままっ、薬を作りましたっ、たった一人の……血の繋がった人をあんなおぞましい姿に変えました……。助けを求めるのはお門違いだと承知しています…………ですが……どうか……助けてください……!どの様な罰も受けますっ!!だから、どうか……!!――助けてください!!アフィーリア様!!」
「――勿論よ!シャロ……」
「はい。確かに聞き受けました」
「え」
この場にはいない、というより、呼び寄せるのに失敗した人の声がシャロンと言い掛けたアフィーリアの声を遮った。
恐る恐る、声のした方へ向くと――普段と変わらないメイド服を着こなしたセリカがエドヴィージェとコルクの首根っこを掴んで立っていた。ついでに、あの腐人は謎の球体の中にいた。ロゼの左手に集中する球体は残ったままであった。
読んでいただきありがとうございました!
次回の次回から、展開が変わります。




