23話 不可解なこと
エドヴィージェの開催する茶会に赴いたアフィーリアの第一の感想が「服黒っ」だった。アフィーリアは、ホワイトのサッシュサテンリボンベルト付きのドレスを着ていた。リボンはシェリーに薔薇の形に似るよう結ばれた。魔王の娘と言えどまだ子供なので露出も一切厳禁。ロングスリーブにネックも通常Tシャツなどでも使われるUネックラインのデザインを使用している。他の令嬢はノースリーブだったり肩を露出しスカートの丈が短かったりと過度な露出をしているのに、自分だけ地味な服装に頬を膨らませていたものの、色が黒・紺・紫といった暗い系統の色しか皆着ていないのでまあいいかと落ち着く。
茶会と言えど、貴族の社交場。悪魔の世界で黒は最も気高き色であり、白は最も忌むべき色でもあった。魔界の姫でありながら、黒ではなく白のドレスを着た世間知らずの王女を出席者達は侮蔑と嘲笑の念を送るも王女と共に現れた魔王の姿を人目見て口を閉ざした。更に続いて五大公爵家の一角に名を連ねるノワール家、フォレスト家も到着。魔王の弟であるリエルはというと、既にこの場に来ており柱に凭れ掛かって彼等の入場を見守っていた。リエルの足下にはソラがいて、隣には吸血鬼一族の姫ティファリナもいる。薄い金髪に血のように赤い瞳。ソラの髪や瞳も母親と同じ色をしている。
「やれやれ、白は駄目だよってあれだけ忠告したのに。少しは弟の話に耳を傾けてもいいと思わない?」
「陛下が決めたことです。気に食わないなら、直接本人に言いに行きなさい。貴方なら、無事に帰ってこれるでしょ?」
「うわ、冷たい。うーん、でもやっぱり親子だね。シェリーちゃんは当たり前だけど、フィーちゃんも白が似合う」
百年前のロゼとシェリーの結婚式でも、ロゼはシェリーに白いドレスを着させた。魔王の妻となる者は黒いドレスを着るのが伝統なのにあっさりと無視したロゼに貴族達は憤慨するも、初めて目の当たりにした天界の姫の美しさに誰もが言葉を失った。神々しく、決して悪魔には持ち得ない美貌が彼女にはあった。白以外のドレスはシェリーには似合わない。ロゼがそう言っていたのをリエルは思い出す。
左右をユーリとハイネに挟まれつつ、初めての社交場に緊張して顔が強張っているアフィーリアの頭にぽふっと手が乗った。心配するロゼにぎこちない笑みを浮かべ、視界の隅にリエル達の姿を捉えると表情が明るくなった。ロゼも気付いたらしく、歩は向かない代わりに「お前がこっちに来い」と目で訴えれば、遠慮しますとリエルは手をひらひらと返した。
「全く」
「――ようこそ。魔王陛下」
内心舌打ちをしながら、耳に入ったねっとりと纏まりつく女の耳障りな声。振り返れば、盛大に溜息を吐きたくなる相手がいた。琥珀色の髪を令嬢特有(令嬢でもないのに)の縦ロールにし、平凡な顔を化粧で誤魔化して貧相な体型には似合わない露出過多な黒のドレスを着用した茶会の開催主ーエドヴィージェが優雅に丁寧なカーテシーで迎えた。エドヴィージェの側に控えるアフィーリアと年齢が近い少女三人も一緒に。
「お茶会に出席頂きありがとうございます。陛下には、最上級のおもてなしをご用意させて頂いております」
「あぁ。心遣いに感謝する。時に、ルブラン殿はご健在か?」
「はい。陛下に気に掛けて頂いて旦那様も喜ばれる事かと。お前達、陛下や姫様に御挨拶を」
娘達に促すとエドヴィージェの一歩前に出た少女達。三人の中で一番背が高い少女が母に倣って見事なカーテシーをした。
「初めまして。魔王陛下。アフィーリア王女殿下。ユーリ王子殿下。ハイネ王子殿下。ナサニエル侯爵家長女、シャノン=アル=ナサニエルです。本日はお越し下さりありがとうございます」
続いて、次女も見事なカーテシーと共に挨拶をすると三女がおどおどと前へ出た。
「……さ、三女の……シャロン=ラナ=ナサニエル……です……本日は、お……お越し下さりありがとうございます……」
エドヴィージェや二人の娘が琥珀色の髪と瞳に対し、三女だけが鳶色の髪と瞳だった。自分の番が終わるとすぐさま後ろに引っ込んでしまったシャロンを不思議に思いつつ、六日間セリカから仕込まれた挨拶を見事やり終えたアフィーリアは一先ず安堵した。アフィーリアと同じく、セリカに紳士としての挨拶を叩き込まれたユーリとハイネもそつなく熟すとエドヴィージェと三姉妹は次の招待客へ挨拶回りへ離れた。先に会場入りして傍観に徹していたリエルをギロリとロゼが睨みつければ知らない振りをされた。が、隣にいるティファリナに腕を抓られ、仕方なしにそちらへ行った。
「そう怒らないでよ。僕達も受けたんだから。フィーちゃんにユーリ、ハイネ。三人共、ちゃんと挨拶が出来ていたよ。セリカに叩き込まれたんだって?」
「はい。スパルタでしたけど……」
「そうかな?単に、アフィーリアが落ち着きがないだけじゃないかな」
「僕やハイネは一度も注意されなかったからな」
「うるさい」
~回想:マナーレッスン~
『何度も申し上げますがもっと背筋を伸ばし、胸を張って堂々として下さい。後、お嬢様のカーテシーが雑です。普段はお嬢様という扱いですが、茶会は規模は小さいと言えど立派な貴族の社交場です。姫としてのお嬢様がへまをすればその分、魔王陛下の顔に泥を塗るというのをお忘れなく』
『うう……めんどいー……アイリーンみたいに、普段から真面目にすれば良かった』
『アフィーリアお嬢様は、大半の事は出来てしまいますから陛下も目を瞑っていますが、今回の社交界デビューを失敗すれば、今まで免除されてきた家庭教師との勉強を強制されますよ』
『うぐ……!?い、いや!』
『でしたら、真面目に、本気で、取り組んで下さいまし。最初からやり直しです――』
~回想 終了~
嫌な記憶を思い出し、乾いた笑みと共に冷や汗を流すアフィーリアは、話題を逸らそうとソラの母ティファリナを見上げた。叔父のリエルとは何度も顔を合わせているのに、彼女とは初対面だった。アフィーリアの視線に気付いたティファリナが頭を垂れた。
「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。お初にお目に掛かります。アフィーリア王女殿下。ユーリ王子殿下。ハイネ王子殿下。スティード伯爵家長女ティファリナ=アルファ=スティードと申します。王女殿下や王子殿下とお会いできて光栄です」
「伯爵家の人だ……いたっ」
脇腹を隣から小突かれて涙目で隣ーユーリを睨めば、呆れた表情をされた。
「馬鹿。ソラの母親でも最初の挨拶くらいしろ。セリカに言われただろう」
~回想:初対面の母親~
『ノワール家にフォレスト家、リエル様やご夫人も今回の茶会に招待されています。アシェリー様やネフィ様、ソラ様のお母上にはまだお会いになってはいませんよね?』
『うん。どんな人かだけちらっと知ってる』
『なら、例え相手が顔見知りの親と言えど、ちゃんと初対面の貴族の令嬢として挨拶して下さい。くれぐれも、心の中の声が先に出ないように気を引き締めて下さいね?』
~回想 終了~
「あ……うん。そうだったね」
セリカとの約束を思い出し、慌ててお辞儀をした。口から心の声を出す癖をどうにかしたいと本人が悩んでもどうにでも出来ないのが現実である。
ユーリとハイネもアフィーリアに続いてお辞儀をした。口元を抑えてアフィーリアを笑いたいソラが我慢して体をプルプルと震わせている。いつぞやの炎で吹き飛ばすぞと思念で脅して黙らせた。彼等の所にノワール家とフォレスト家も揃った。
ネイビー色の胸元を大胆に開いたドレスを着用した黒髪金瞳の庇護欲が沸き上がる少々童顔な女性が控え目に前へ出た。
「初めてまして。アフィ「はあー息苦しかったあ。アフィーリアもじっとしていられたねえ」……アシェリー」
アフィーリア王女殿下、と続けようとした女性の台詞は息子アシェリーの愚痴で遮られてしまった。母親に窘められても駄々を捏ねるアシェリーの額にデコピンをしたのは、父親であるレオンハルト。
「こらアシェリー。ここはいつもの遊び場ではない。小さくても貴族の社交場。ちゃんとしなさい」
「はーい……」
ぶすっと頬を膨らませて拗ねるアシェリーにもう一度デコピンして、改めてレオンハルトはアフィーリア達に向き直った。白いドレスを着るアフィーリアに一瞬目を細めるも、すぐにいつもの表情に戻り、若干呆れた視線をやった。
「やれやれ。アフィーリア嬢は今日が初めてなのだから、伝統に則った色にしたらいいものを」
「俺の勝手だろ」
「はいはい。魔王陛下のお望みのままに」
「何時でもその魔王の座を降りてやってもいい。寧ろ、最近は魔王の座を何処かの弟に押し付けてやろうかとさえ思う」
「……その何処かの弟って、誰の事かな?」
「さあ。誰だろうな」
冗談めいた口調で言ってのけても声色が冗談ではく、本気だと感付く者は果たして何人いるのか。少なくとも、友人の立場にある数名は本気だと感知している。お目付け役のイグナイト公爵がいれば、傲慢で妻と娘が大好き過ぎる魔王に苦言を呈するのに。生憎とイグナイト公爵家は辞退したのだとか。五大公爵家に名を連ねる最後の家ーシルヴァ家も今回出席を見送った。出席している殆どの貴族はナサニエル侯爵家、それ以上に先代魔王の娘エドヴィージェの利益に肖ろうとする輩が大半。侯爵本人の嘆願で渋々出席した貴族は極僅か。
アシェリーに邪魔された挨拶をしたセフィリアにも、セリカに叩き込まれたカーテシーでお辞儀をしたアフィーリア。ユーリとハイネも熟す。次に、フォレスト公爵夫人がアフィーリア達の前へ出た。
「初めまして。フラヴィア=ラス=フォレストです。此度はお目に掛かれた事を光栄に思います。アフィーリア王女殿下。ユーリ王子殿下。ハイネ王子殿下」
薄桃色の髪に翡翠色のぱっちりとした愛くるしい笑みが魅力的な女性。ネフィの海を思わせる青髪青瞳は父親譲りらしく、母親の色が一切ない。ただ、目元や笑った時の表情が似ているので顔は母親似なのだろう。フラヴィアにも、同じように無事挨拶を終えた三人。顔見知りとの挨拶はこれにて終了。次の段階がアフィーリアにとって一番面倒で避けたいステージだった。回想に浸る余裕もなく、話し掛けたくても身分の差が大きく近付く事さえ出来ない令嬢や令息達の視線が一斉に魔界の重役達の子供に突き刺さる。
「あー帰りたい」
「ほんとー」
「私もー。お城に戻ってベッドにダイブして眠りたーい」
口々に愚痴を零す年長者組に一つ年下の双子がだらしないと眉を顰める。平常なら絶対便乗するのに躾に厳しいティファリナがいるので大人しくしているソラは静かにうんうんと頷くだけ。最後のアフィーリアの台詞に共感したのは、注意する側の父親だった。馬鹿な事は言わないで下さいと宰相として、友人として諌めるアリスの言葉に耳を傾けつつ、ぽふっとアフィーリアの頭に手を置いた。
「お腹は空いてないか?」
「喉が乾きました。飲み物を取ってきて良いですか?」
「俺も行くー。喉カラカラ」
「僕も行くよ。ユーリの分取ってくるね」
「いい。自分で行ける」
「ううん。待ってて」
少々強引にユーリを置いて、飲み物を取りに行ったアフィーリアとネフィを追い掛けて行ったハイネの背中を不安げにユーリは見つめた。珍しく娘の行動にいいの?とリエルが訊くと今日だけは許した、らしい。
使用人が運んでいた飲み物をトレイから貰った三人はふと、他より騒がしい一角に注目した。年頃の令嬢達が色めき立つ何かに興味が惹かれた。興味本意で近付くと令嬢達に囲まれている一人の青年がいた。琥珀色の髪と瞳の貴族にしては平凡な容姿。背も高くなく低くなく、体つきも騎士団長やイグナイト公爵と比べると月とすっぽん。一発殴ったら紙のようにひらひらと飛んでいきそうな貧相な青年に見目麗しい令嬢達が黄色い声を上げるのか。三人顔を見合わせても分からず。首を傾げた。
「隠れた魅力があるとか?」
「何にも感じないけど」
「うーん、なーんか臭うなあいつ」
物理的に臭いという意味ではなく、胡散臭い臭いがあるという意味で。ネフィの言葉が気になって青年を見つめてもアフィーリアには可笑しい変化は見抜けない。オレンジジュースを一口飲んだ。美味しい。こくこくと飲みながら相手を眺めていれば、向こうも三人に気付いて令嬢集団から抜けて来た。
「ようこそお越し下さいました。私はナサニエル侯爵家嫡男コルク=デン=ナサニエルと申します。皆様方にお会いできて光栄でございます」
主催者側からの挨拶をしたコルクに続くようにアフィーリア達も挨拶をした。近くで見ても平凡。360度見回しても平凡。全員が全員見目麗しい異性が好きという訳でもないが、高位貴族の令嬢が騒ぐ程でもない。では、と頭を垂れ挨拶回りへ行ってしまったコルクを見送れば、痛い視線がアフィーリアに突き刺さった。令嬢集団が扇子で口元を隠しつつアフィーリアに嫉妬にも感情を突き刺していた。
「え?悪い事した私?」
「あの平凡男に声掛けられたからか?礼儀として挨拶をしただけってのに」
「近くで見ても普通な人だったね。アフィーリアも分からないっぽいから、僕なんかじゃ全然分かんないよ」
「俺も同感」
容姿が平凡=魔力も平均値。首を傾げるしかない三人は貰った飲み物を喉に通した。アフィーリアに至っては全部飲み干していた。セリカとのマナーレッスンを思い出す。が、ひょっこりとアシェリーが顔を出したのでまたの機会にする。
「まだ戻らないのー?」
「今日は皆自由行動だから何処にいてもいいでしょ」
「ええー。じゃあぼくもいる。親達は顔見知りの貴族と話してるから退屈だったんだ」
ユーリとソラは?とハイネが訊ねると影になっている柱の後ろでのんびりしてるよと返した。このまま何事もなく終わってほしい。新しい飲み物を使用人から受け取ったアフィーリアは思うのだが…。コルクが異常に令嬢に騒がれるのを見ていたアシェリーがまた令嬢集団に囲まれているコルクに目を向けた。
「あの人魅了を使ってるね」
「異性を引き寄せる魔術か」
「ああ、あの顔で令嬢が騒ぐ謎が解けた」
「よく分かったねアシェリー」
「まあね。でも可笑しいな。あの人、どう見てもここにいる人達より魔力が劣っているのに、あの人より強い魔力を持った令嬢が夢中になるなんて。自分より強い魔力の異性には効かないんだ」
「……裏技があるとか?」
「ないよ」
魔術に長けた名家の嫡男が言うのだから間違いないのだろう。じぃーっとコルクを凝視する。アフィーリアには魅了は発動しない。効く相手と効かない相手がいるのなら、条件は何なのか。
「さっぱららん」
さっぱり分からん、を可笑しな略し方をし、早く終わってほしいと令嬢の痛い視線を受け続けた。
読んでいただきありがとうございました!




