21話 先代魔王の娘
執筆最中突然書いていた文章が消えたんですが他の方もそういうのあるんですかね。取り合えず、書き始めたばかりでダメージは少なくて済みましたが…。
ぼりぼりぼりぼり…スティック状の胡瓜を焼き肉のタレにつけて咀嚼する音だけが静かな室内に響く。昼食を前に小腹が減ってしまったのでセリカに胡瓜と焼き肉のタレを所望した。最近生野菜に嵌まった私の影響かアイリーンも偶に食べている。但し、味付けなしで。今朝の茶会の件から父様の機嫌は急下降した。あんなに太陽が眩しかった空が今ではどす黒い色に染まって、今にも嵐が起きそうな天候だ。最後の胡瓜を食べ終えてセリカにお代わりを要求すると、既に用意していたらしく新しい胡瓜を貰った。
前魔王の娘エドヴィージェ=ネル=ナサニエル。今はナサニエル侯爵夫人。どんな人なのかセリカに尋ねた。
「一言で言うなら、プライドの塊のような方、でしょうか」
「魔王の娘、王族意識が高かったってこと?」
「それもありますがエドヴィージェ様は、元々魔力容量の少ない方でして。性格は貴族の令嬢の中でも飛び切り最悪な傲慢な方でした」
先代魔王と正妻の間には彼女しか子供が出来ず。側室を多数迎えても誰一人として妊娠しなかったそうな。だが、魔王は世襲制ではなく、完全なる実力主義。魔力の強い者だけが魔王になれる。歴代の魔王の中には、貴族によくある血筋を重んじる人もいたのだとか。魔王になるには力不足だったエドヴィージェ様は、丸で厄介払いのようにナサニエル侯爵家に嫁がされ、次代の魔王は強い魔力を持つ魔王候補に選ばれた子供の内の誰か。その誰かとは父様である。
「ねえ。父様がとても強いのは知っているわ。でも、自分から進んで魔王になったとは到底思えないのだけれど…」
「はい。実は、魔王候補にはお嬢様もよくご存じのレオンハルト様、アリス様、リエル様のお名前もあったのです。お三方は先代魔王や重役達に陛下を魔王にするようにと強く勧めたのです」
「どうして?」
「陛下が歴代のどの魔王よりもとても強い魔力を有しているからです。ただ、陛下にしてみたら、面倒事を押し付けるなと強く拒否していましたが」
「何となく分かる…」
「ですが、先に折れたのは陛下でした。先代魔王と重役達に魔王になる代わりにある条件を突き付けたのです」
その条件というのが三人が国の重役に就けというものだったらしい。レオンハルト様は『魔術師団』団長、アリス様は宰相、リエル叔父様は魔王の補佐。仮に自分に何か起きても魔王になるに十分な魔力を持つ三人がいれば大丈夫だろう、と。
セリカの説明に成る程と納得していると「単にお三方が逃げないようにしただけかと思われますが…」と漏らしたとは気付かず。
ぼりぼりぼりぼり…とまた胡瓜を咀嚼する。焼き肉のタレも忘れずに。
「ねえ。そのエドヴィージェ様が茶会に私とアイリーンを呼ぶのはどうして?」
話をエドヴィージェ様に戻すとセリカは難しい顔をした。
「そうですねえ。貴族の子供が社交界デビューを果たす年齢は決まっておりません。子をより強い権力持ちの貴族と繋がる為のパイプ役として放り込む親もいれば、友達作りさせたいと思う親もいます。まあ、基本は未来の伴侶探しですがね」
「父様は私達を出席させると思う?」
「思いません。陛下のお嬢様達に対する溺愛振りはすごいですから。それに、恐らくエドヴィージェ様は自分の息子をお嬢様達のどちらかと結婚させたいのでしょう」
ええ…私もアイリーンも結婚なんて言葉とまだまだ無縁だけど。そりゃあ、前にアシェリーが言ったように子供の身体に興味を持つ大変悪趣味な大人もいるけど。聞くところによるとエドヴィージェ様の長男ーバイモン様というのが、また大変女好きな方で貴族界でも有名な方なのだとか。既に成人を迎えており、多数の愛人がいるとか。
露骨に嫌な顔をする私に綺麗な笑みを浮かべたセリカがまた新しい胡瓜をくれた。
「大丈夫ですよ。アフィーリアお嬢様。陛下が了承する筈もありません。幾ら先代魔王の娘と言えど、今は侯爵夫人。陛下に無理強いは出来ません」
「だといいけど…」
どうも消えない不安を誤魔化すように胡瓜をぼりぼり食べた。
用意されていたお代わりも全部食べ終えると胡瓜だけと言えどお腹が膨らむ。満腹満腹とソファーの上でお腹を撫でていれば、熱いお茶をセリカが出してくれた。お茶と胡瓜の相性っていったらまたなんとも…。この後はどう過ごそう。アイリーンは家庭教師と勉強、ユーリとハイネはピアノの練習、ネフィは宰相さんのお手伝いで忙しい。ソラやアシェリーもお家の事情であの誘拐事件から会ってない。魔力を使い過ぎた反動だとセリカは言っていた。同じく私も魔力切れになっていたはずなのだが、二日後にはピンピンとしていた。体力と魔力だけは無駄にあるとユーリに嫌味を言われるのも道理だ。子供達の内、唯一暇なのは私のみ。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
「何です」
「私に錬金術を教えて!」
「…一つ聞きますが、お嬢様は錬金術を習って何をなさるのですか」
「勿論、『魔石』作りよ!」
「理由をお聞かせください」
「だって、お城を出た後でお金を稼がないと生活出来ないじゃない」
普通、錬金術師が『魔石』を作る際には錬成陣と呼ばれる特殊な陣を展開する必要がある。才能と教養さえあれば誰でも作れるが、問題が一つあった。比較的簡単に大量に生産出来る割りに質が悪い。バケツ一杯分あって漸く平民の家を一軒守れるだけの力を発揮する。対して、錬金術師はもう一つ錬金釜と呼ばれる錬金術の為に作られた釜を使用して様々な道具を作成したりもする。物質と元素を操るだけの錬成陣と違い、錬金釜には更に材料と錬金術師本人の力量が必要になる。手先が不器用な人が使用すると大惨事になるのも屡々。しかし、この錬金釜で作成した『魔石』やその他の道具は非常に質がよく、効力も絶大だ。但し、如何せん手間と時間がかかる上作れる量も非常に限られている。値段も馬鹿にならない。
だからこそ、私は錬金術で一儲けする考えを思い付いた。魔力容量だけはいい上、魔法の才能も自分で言うのもあれだが恵まれている方だと自負している。物語が始まるまでまだ十年はある。その間に少しでも外で生きていける知恵と技術が必要なのだ。
ふと、セリカが黙ったままなのに気付いて顔を上げたら見ているこっちがビックリ。すごく顔を真っ青にしたセリカがいる。何故?
「セリカ…?どうしたの…?」
「お嬢様……お嬢様はそこまでして城を出たいのですか?」
「だって、何時どうなるか分からないもの。もしもの時の為よ」
「そうですか。…なら、私はお嬢様に錬金術をお教えしません」
何で!?
「動機もそうですが…抑、私は戦争用の魔法は得意ですがちまちました魔法は得意ではありません。ましてや、錬金術は私の最も苦手な分野です。錬金術を習いたいのあれば、アルストロメリア家の者に教えを請うのが宜しいかと」
「アルストロメリア家?」
錬金術の名家で数多くの優秀な錬金術師を輩出してきた実力派の伯爵家。驚いた事に、アシェリーの母親がアルストロメリア家の令嬢だそうな。あの黒髪金目童顔っぽいレオンハルト団長大好きな女性。結界の維持の為、暫く屋敷に戻れないレオンハルト団長に毎日毎日会いたいと泣いているそうな。彼女のレオンハルト団長に対するぞっこん振りはアシェリーから少し聞かされたけどホント凄そう。
「じゃあ、アシェリーのお母様にお願い出来ない?」
「難しいかと。今レオンハルト様が結界維持の為屋敷に戻られないのでずっと泣いておられるとか」
「……」
私が得た情報まんまじゃない。
「そっか。うーん…でも、する事がない。せめて庭園に出る許可でもくれたらいいのに」
「お嬢様は外に出ると何をするか分からないですから。陛下も心配なのでしょう」
「むう…」
人を問題児扱いして。…事実です。
どうしたものかな。若干投げやりにソファーからベッドにダイブするとノックがした。許可を与えると城に仕える侍女の人が入ってきた。
「失礼します。アフィーリアお嬢様」
「やっほお!アフィーリア」
「アシェリー」
侍女の後ろからひょっこり顔を出したのはアシェリーだった。続きを言わない侍女に多分アシェリーを案内してきたんだろうと践む。もういいよ、とアシェリーは侍女を戻すと室内に入ってきて私の隣に座った。
「もう起きても大丈夫なの?」
「うん?ああ、ぼくとソラはそれぞれ淫魔と吸血鬼でしょ?二つの種族には、それぞれの魔力回復方法があるから三日もあれば元通りだよ」
「そうなんだ」
その方法っていうのがあれですか、吸血鬼だと吸血、淫魔は……何にもありません。
「ねえ、アフィーリア。ぼくと一緒に陛下に頼んでほしいことがあるんだよお」
「お願い?どんな」
「一日だけでいいから、父さんを屋敷に戻してほしいの。ぼくの手にはもう負えないよお」
結界維持の為に『悪魔狩り』が終わるまでは付きっきりレオンハルト団長。『魔界』の非常事態だというのはアシェリーのお母様も勿論理解しているみたいだが、淫魔という特性がら―――特にアシェリーのお母様は―――異性と定期的に肌を合わせないと欲求不満になり、限界を超えると性欲が爆発して誰構わず襲ってしまうそうな。特にアシェリーのお母様の相手はレオンハルト団長なのでそれ以上の相手はそうはいないし、先ず彼女がレオンハルト団長以外の人に触られるのが嫌なのだとか。淫魔にしては珍しいけど好きな人以外に触られるのは嫌だよね。
週に三日はレオンハルト団長を戻してほしいと父様にお願いする為に私に会いに来たとアシェリーは言う。私いる?首を傾げればふにゃりと頷かれた。
「アフィーリアもいてくれたら心強いよ。ね、陛下の所なら行っていいでしょ?」
とセリカに話を振ると、父様に使い魔を送ってくれた。
返事はすぐに来た。
了承を頂いた私はアシェリーとセリカと父様のいる謁見間へ向かった。
謁見の間を目指す道中、憂鬱げな溜め息をアシェリーは吐いた。
「OKが出たらいいけど」
「難しいよね。レオンハルト団長が離れても大丈夫ならあれだけど」
「どうでしょう。結界の維持には繊細な魔力操作が必要です。あの方一人抜けるだけでも維持が難しくなります」
「はあ~…やっぱ、父さんの言った通りにした方がいいのかな」
「何が?」
「アフィーリアにも見せたでしょ?父さんと母さんのやり取り」
「あー…」
誘拐事件の時のあれか。他の人に相手をしてもらえと夫に言われて泣き叫ぶアシェリーのお母様の姿が脳裏に甦る。大変な時期でも淫魔の特性は待ってくれない。実際、レオンハルト団長の言った通り他の人に相手してもらったらとアシェリーが助言しても頑なに拒否をする。
「母さんは父さんにぞっこんだから。他の人に抱かれた身体で父さんに抱かれたくないって頑固なんだよ」
女性なら誰だってそうだ。性に奔放な淫魔でも、女性としての意識がある。欲求不満に陥ろうとも愛する人以外に断固として触れない、触れさせないアシェリーのお母様を尊敬する。
謁見間の前に着くと見張りの兵に父様に話は通してあると告げ、扉を開けてもらった。
最奥に玉座に腰掛ける我等が魔王陛下と側にはアリス宰相のが控えていた。魔王の証である角と服、めちゃくちゃ着崩してるから色気が半端ない。寝起きも色気半端ないってのに。
私とアシェリー、セリカは父様の近くまで行って頭を下げた。
「お忙しい所申し訳ありません魔王陛下」
「ねえ、陛下にお願いがあるんだ」
「…アシェリー様、言葉にお気をつけください」
「えー」
「構わん。アフィ、おいで」
「あ」
人差し指をくの字に曲げるとふわっと私の体が浮き、すっぽりと父様の腕の中に収まった。軽い足音が響いたかと思うとアシェリーが父様の足下まで来た。
「ぼくの父さんだけどね」
「レオンハルト?」
「そう。一日だけでいいから、屋敷に戻してほしいの。ぼくじゃもう、母さんは手に負えない。父さんが適当に用意した人皆殺しちゃったもん」
「はあ……やれやれ」
この場にはいない、いる筈のない人が呆れた様に溜め息を吐いた。声のした出入口へ皆の視線が向くとアシェリーの父レオンハルト団長がゆっくりと歩いてきた。
「あれ?父さん」
「屋敷の者から使い魔が送られてな。セフィリアが癇癪を起こしてるからどうにかしてくれ、と」
「抜け出して大丈夫なのですか?」
「一日抜けたくらいじゃ問題ない。ってわけで、魔王陛下。我輩、今日だけ屋敷に戻るが構わないか?」
「好きにしろ」
仰々しく頭を下げたレオンハルト団長はおいでおいでとアシェリーを手招きした。何かを小声で囁くとアシェリーはどうでも良さそうな声で「いいよお」と了承。「じゃあねえ」とアシェリーの手を引いてレオンハルト団長は帰って行った。
何を言ったんだろう。
「父様。アシェリーのお母様ってどんな人ですか?」
「一言で言うと運の悪い女だ」
「運?」
「あいつに惚れたばかりに悪趣味なあいつに振り回されてる。今の事だって、レオンハルトは態と屋敷に戻らなかっただけだろう」
元々、レオンハルト団長が一日抜けた位じゃ結界は不安定にならないらしく、そんな軟弱な結界を作った覚えはないときっぱりと言い捨てられた。
私の頭を撫でると抱き上げセリカに託された。
「まだ謁見を求める相手がいてな。今日は相手にしてやれそうにない。また後でな」
「はーい」
この後どうしよう。母様の所にでも行ってみようかな。セリカも母様の所なら許してくれそうだし。
読んでいただきありがとうございました!




