20話 妹と仲直りしました
夜空を満月が支配する時刻――
昼の間に思い付いたある事を実行するべく、本日も私を抱き締めて眠る父様を起こさないように慎重に起床してベッドから降りた。隠密の魔術を使い、窓を開けて外に出た。結界が張られても天使の姿はちらほらと目撃されている。だが、結界に突っ込んで侵入を試みる天使は今の所いない。フライングで既に入っている天使の捜索を『騎士団』が密かに行っていると知ったのは、昼に父様が騎士団長の執務室を訪れて。セリカの父様って厳つい顔の割りに優しい人だったなあ。
魔王城の最上階に父様の部屋はあるので、当然下を覗き込むと地面までかなりの高さがある。臆する事なくぴょんっと飛び越えた。
「本当に困った子だ」
……と思ったら大間違いだった。
後ろから伸びて来た腕が私の腰に回され引き寄せられる。背後からした声にやはりギギギと効果音が付きそうな振り返り方をすると……はい。本日も失敗です。
「あう……」
寝起きの割りに父様全然眠そうじゃない。起きてた?ひょっとして。
私を抱き直すと頬に手を添えられた。
「可愛いよお前は。アイリーンは見た目が、アフィは中身がシェリーにそっくりだ」
「母様に?」
「あぁ。神の娘と知られている以上、不用意に外に出す訳にはいかなかった。ずっと部屋にいるのも退屈だろうと度々顔を見せても、アフィのようにあの手でこの手で外に出ようとするんだ。それが愉しくて仕方なかった。お前が常にどうやって部屋から抜け出そうとしているのか考えている姿も、隙を見て抜け出して安心しきった姿も見ていて愉しい。愉しんだら、こうして捕まえればいいだけだ」
「……」
父様のドSー!!!全部筒抜けだったのー!?
私の思考も行動も全て父様に知られていたなんて……魔王を出し抜くには、まだまだ経験値が少ないみたい。圧倒的に。
父様が何度も脱走を試みる私を叱らないのも愛想を尽かさないのも頷ける。大好きな母様と同じ行動を取る娘が可愛くてしょうがないのだから。今だって、愛しいって色がエメラルドグリーンの瞳に濃く宿してる。私の額にキスを落とすと室内に戻った。
そのままベッドに戻って眠るのかなと思いきや、ベッドをスルーして外へ出た。小首を傾げる私にまたキスを落とすと行き先を言わないまま歩く。
夜中の城内は薄暗いんだ。初めて知った。
で、着いたのは厨房。母様専用の。私を台の上に乗せ、頭を数回撫でると冷蔵庫へ。両扉の冷蔵庫を開き、二つの瓶を取り出した。一つは白い飲み物が入った大きな瓶。もう一つは、琥珀色の飲み物が入った小さな瓶。それらを私が座る台に乗せた。
「えっと、確かここに」
食器棚の前まで行くと一番上にあったマグカップを二つ取り、こっちに戻ると大きな瓶の蓋を開けた。
「父様、これは何ですか?」
「牛乳だよ」
「てことは、こっちの小さいのは蜂蜜ですね」
横に傾けたら、ゆっくりと液体が動くのでそうかと思ったが。
次に下の棚から小さな鍋を出した父様はコンロにそれを置いた。マグカップに牛乳を注いで鍋に移した。また入れて移すと火をつけた。
弱火で鍋の様子を見つつ私に話し掛けた。
「で?」
「?」
「今日はまたどうして、夜中に抜け出そうとした?」
「え?あ、あー……えーと……」
……言えない。あの熾天使を探しに行こうとしたなんて。適当な言い訳を探していると父様の視線が後ろに行った。釣られて後ろを向いても誰もいない。扉は入って来た時のまま開いている。また父様に向き直り、夜の庭園に行きたかったと嘘の言い訳をした。
夜の?牛乳が焦げないようスプーンで回す父様が反芻した。
「はい。普段は昼の庭園しか知らないので夜はもっと綺麗かと思い」
「そうか。まあ、諦めるんだな」
「うう……」
くう……!諦めません!絶対に成功させてやる!
コンロの火を消し、温まった牛乳をそれぞれのマグカップに注いで蜂蜜の入った瓶の蓋を開けた。スプーンで大さじ1を入れ、よくかき混ぜる。
「ほら」出来上がったハニーホットミルクを受け取り、一口飲んだ。蜂蜜特有の風味と優しい甘さが体に沁みる。甘さ控えめだから、甘い飲み物が苦手な人でもお勧めな飲み物だよねえ。
「ん……ごく……美味しい。父様が調理場に立っている姿は新鮮でした」
「だろうな。料理なんかしないからな。牛乳を温めるぐらいしかできん」
「私もお料理ができるようになりたいです」
「シェリーに頼んでおいてやる」
「ありがとうございます!」
わあーい!母様に会うという名目で部屋から出られる!「但し、セリカ付きでだ」……ですよね。やっぱりいますよね。お目付け役。
「ぽかぽかする……」
一口。また一口、ハニーホットミルクを飲む。
気付くとあっという間に飲み干していた。
少し物足りなさを感じるもこれはこれでいい。父様との秘密みたいで。
「?」
また父様が扉の方を見てる。気になって見てもやっぱり誰もいない。
父様?と私が声を掛けると父様は応じず、代わりに扉に向けて手を伸ばすと人差し指をくの字に曲げた。きゃっ、という声と共に倒れ込んだのは、寝ている筈のアイリーンだった。
「アイリーン?」
「あ、ね、姉さま……あ、あの、これは、その……」
桃色のパジャマにくまのぬいぐるみを抱えてあたふたとするアイリーン。大方、こんな夜中に部屋を抜け出してうろうろしていたのを怒られると恐縮しているのだろう。ふわっとアイリーンの体が浮いたかと思うと父様の腕に収まった。
「どうした?眠れなくなったのか?」
「う……は、はい。それで母さまの所へ行こうと思い。 厨房の扉が開いていたので気になってしまって」
中を覗いたら私と父様がいて驚いたとか。時間が時間だけにね。
ちらちらと私に視線を投げかけるアイリーンから気まずい雰囲気を感じる。謝らないといけないのは私なのに、どう切り出せばいいのか分からない。私達の微妙な空気を感知したのか、抱いていたアイリーンを降ろすと父様は「アイリーンも飲みなさい。気分が落ち着く」と再びハニーホットミルクの調理に掛かった。
「……」
「……」
小さな鍋で牛乳を温める父様の背中を眺めつつ、私とアイリーンは少し離れた所で隣同士で立っていた。話し掛けたいのに話題がない。謝ればいいのに切り出し方が掴めない。どのタイミングでアイリーンに謝罪をしようと悩んでいれば、小さい声で姉さまと呼ばれた。
「先日のことですが……」
「ごめん!」
「え」
くよくよ悩んでたって仕方ない。勢いに任せてアイリーンに頭を下げた。
「あの時、アイリーンに酷いこと言った。冷静に考えたらもっとマシな嘘はあったんじゃないかって思う。でも、咄嗟にあんな酷いことをアイリーンに言っちゃうってことは、私は自分自身で思うよりいいお姉ちゃんじゃないみたい」
「そ、そんなことありません!姉さまは私の自慢の姉さまです!」
悪い意味での自慢しかないと思う。妹にあんな暴言吐くんだから。
「…私も父さまと母さまの娘なのに魔力も低く、姉さまの言う通り魔力操作も下手で。それに、セリカに聞きましたが姉さまはとても強い魔術を使ったとか」
「あ……うん……何でか使えた……」
頭に浮かんだのをそのまま魔術に変えただけ。後で聞くと上級魔術師級でもあんな威力を持つ炎の魔術を扱えるのは指で数える程だとか。
「家庭教師との勉強も魔術の練習も頑張っても頑張っても……」
「……」
人には人の成長スピードがある。アイリーンにはアイリーンの。私には私の。私の場合、ラスボス補正が働いているに違いない。アイリーンにどう言葉を掛けてやろうかとポンポン頭を撫でてやり、ハニーホットミルクを調理中の父様の背中を見守る。
「アイリーンはアイリーンのペースで頑張ったらいいよ。無理に頑張って根を詰めすぎてもアイリーンの為にはならない。もしそれでアイリーンに何か言うような人がいたら私に言いなさい。黒焦げにしてあげるわ」
「は、はい!」
本当にそんな人がいたら、私じゃなくユーリが黒焦げにするでしょうがね。やっと笑顔を私に向けてくれたアイリーンが可愛い。……ほぼ自業自得なんだけど。
「出来たぞ」と父様がこっちを向いた。出来上がったハニーホットミルクを入れたマグカップをアイリーンに手渡し、台に凭れた。
「それを飲んだらもう寝なさい」
「はい。あ……でも……」
マグカップに口を付けたままアイリーンは父様を見上げた。そっか、元々怖くて寝付けなくなって母様の部屋へ行く途中だったもんね。ならば!
「父様!今日は「私も父さまと姉さまと寝たいです」……私もです!」
今日はアイリーンの部屋で一緒に寝ます。
そう言おうとする前にアイリーンに三人で寝たいと先を越された。
否定する訳にもいかず賛同すると父様も喜んで了承してくれた。
心の中でお部屋脱走の機会を逃したと泣く。本当に泣いたら二人をビックリさせちゃうからね。
ハニーホットミルクをアイリーンが飲み終えたと同時に私達は父様に抱えられて部屋に戻った。父様のベッドはアイリーンが増えても全然狭くならない。魔王のベッドだからかな、普通のよりとても大きい。
父様を真ん中にして私とアイリーンは父様に抱き付いた。
「父様お休みなさい」
「父さまお休みなさい」
「あぁ……お休み」
――次の日の朝
私室にいないアイリーンを探して侍女トリオが朝から大騒ぎしている、と私と父様を起こしに来たセリカが告げた。確かに外が何だか騒がしい。まだ寝惚けているアイリーンは父様に抱き付いてうとうとしている。
「彼女達には私からアイリーンお嬢様の事を話しておきます。それと本日の朝食ですがスコーンとワッフルどちらになさいますか?」
「私ワッフル。イチゴジャムがタップリで生クリームはいらない」
「むにゃ……わたしも……ねえさまとおなじの……むにゃ……」
「陛下は?」
「俺はいい。それより、リエルとアリスに伝えろ。面倒極まりない茶会に俺は出んと」
煩わしそうに息を吐いた父様は言葉通り面倒くさそうだ。茶会は主に招待した側の屋敷で行われるちょっとした貴族の社交場。上級貴族の誘いともなると父様も無下にする訳にもいかず。いつもいつも嫌々ながら出席していると聞く。でも、今回のその茶会はどうしても嫌なのか、セリカが進言しても聞く耳を持たず。
「ねえ父様」
「駄目だ」
「まだ何も言ってません!」
「どうせ、茶会に出てみたいと言うのだろう」
「ぐっ……見破られてる」
「お嬢様は分かりやすいですから。しかし陛下。今回、茶会を開くのは前魔王のご息女エドヴィージェ様です。下手に断るとエドヴィージェ派が黙っていられないかと」
「……分かった」
軽く舌打ちするもセリカの説得に従わざるを得ないと判断したのか、心底嫌そうにしながらも父様は茶会の出席に合意した。だが、セリカはまだ続きがあるのか、非常に言いにくそうに口を開いた。
「それと……エドヴィージェ様は、アフィーリアお嬢様とアイリーンお嬢様の出席も望まれています」
「え?」
私とアイリーンが?なんで?
アイリーンも漸く起きてきたのか、疑問を口にしてもセリカも向こうの意図が読めず困惑としていた。
「簡単だ」
一切の感情を捨て去った声が室内にいやに響いた。
「大方、自分の子と魔界の王女どちらかと結婚させて魔王の座に着かせたいのだろう」
弱いから、魔王候補にすらならなかった出来損ないの分際が―――。
塵を見るような目で空中を睨む父様の姿に既視感を抱いたのはきっと……。
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