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14話 ある人物の前で隠し事は不可能

 



 ―――アフィーリア達が瞬間移動(テレポート)で姿を消して数分も経たない頃。


 父である宰相の手伝いを幼いながら手伝おうと城内を奔走する青髪の少年。本来であれば、息子の手を借りる等と選択肢にさえ上がらないのに『悪魔狩り』を受けての対処に、猫の手も我が子の手も借りないと仕事が回らない現実に陥っていた。託された書類を必要な部署に届け、更に『騎士団』の報告を書類に纏め父に提出する。魔王の執務室と城下を今日だけで何往復しただろうか。『悪魔狩り』の合図により、百年に一度の大迷惑な天使達の昇進試験が開始された。人間界へ繋がる門は臆病な誰かが先に閉じてしまったらしく、残された悪魔達と密接に連絡を取り合い、安全の確認を行う。魔界全土を覆う結界を展開するべく、魔王城北端に建てられている『月の間』と呼ばれる塔に魔王であるロゼ、『魔術師団』団長レオンハルト、補佐役のリエルがいる。更に、結界の核を担う彼等の魔力切れを防ぐ為『魔術師団』団員が総出で魔力供給を行っている。魔王が不在の今、国の宰相たるアリスが全ての政を引き受けた。


 執務室を訪れたネフィは『騎士団』から受けた報告を纏めた書類をアリスに渡した。素早く一読したアリスが「イグナイト公爵に南方への救援物資を送るよう使いを送って下さい」と新しい紙に何かを書き込むと側に控えていた衛兵に渡した。受け取った衛兵は直ぐ様動き出し執務室を後にした。



「次は?」

「次は平民街の住民達に結界の術式が施された魔石を届ける様に『騎士団』に通達を。それから、ホワイト伯爵に貴族街の警備は最小限に抑え、平民街を中心に警備をしろとも」

「うん。分かった」



 大なり小なり、貴族はそれぞれ自分の領地を守れる程度の戦力を各自で所有している。魔石を貴族にまで回すと圧倒的に数が足りなくなる。『魔界』全土を覆う結界の展開までまだ時間が掛かる。『騎士団』の全権を握っているのはホワイト伯爵家。現団長も現当主ティフォーネ=ル=ホワイトが務めている。彼は今『騎士団』詰所にいる筈。宰相の指示を預かったネフィが来るまでにも彼は部下達に様々な指示を飛ばし、住民達の混乱を最小限にするべく頭脳をフル活用している真っ只中。


 アリスの指示を預かったネフィは執務室を出た。迷いない足取りで詰所へと向かう。


「ねえさまあ、ねえさまあああぁ!!」……知っている相手の泣き声を聞かなければ、だが。


 尋常じゃない泣き声を発している相手がいると思われる場所はシェリー専用の小さな厨房。扉も開いたままなので中の状況が一目見て分かった。床に座り込み大泣きするアイリーンを必死に泣き止まそうとしているアイリーン専属の侍女が二人、もう一人の専属侍女に何故か食って掛かっているユーリ。


 何だこれ?


 急いで詰所まで向かわないとならないのに異様な空気に足が違う方へ行ってしまった。周囲を注意深く見渡すと不自然な事に気付いた。出来立てと思しき数種類の果物を使用したパイと蓋のないティーポットからはほんのりと湯気が出ている。この厨房の使用を許されているのはシェリーのみ。


 ふと、アイリーンが握り締めているリボンに気付いた。シェリーが髪を結ぶ時に使う青いリボンだ。何故アイリーンが?ネフィの疑問はユーリの怒声によって益々深まる。



「お前一人でもあいつら追い掛けてよ!!」

「む、無理です。アシェリー様に命令されれば、私達に従う以外の選択肢はありません」



 あいつら?普段声を荒げないユーリが珍しく侍女に詰め寄って怒りを露にしているのがどうも引っ掛かり、召喚術で梟の使い魔を呼び出すとアリスからの指示をホワイト伯爵に伝えてくれと飛ばした。ネフィ本人は厨房に足を踏み入れ、泣いて話が出来そうにないアイリーンでも、怒りによって冷静さを失ってるユーリでもなく、場所の記憶を読み取った方が早いと判断し、場の記憶を読み取った。


 そして。



「言いわ……」

「『悪魔狩り』以前の問題だろこれ!!!」

「……ネフィ?」



 侍女マファルダにずっとアフィーリア達を追えと詰め寄っていたユーリが初めてネフィの存在に気付いた。と言っても、彼が素っ頓狂な声を上げて、でだが。もう一度名前を呼んだら、髪や瞳の色に負けない位顔を真っ青にしたネフィが振り向いた。



「や、ヤバい、ヤバいぞユーリ」

「何が?どうしたの?」

「落ち着いて聞け。多分、お前が怒ってる原因とアイリーンが大泣きしてる原因を作った元凶、つかアフィーリアか。アフィーリアは奥方を助けに行ったんだ」

「助け……?」

「これを見ろ」



 ネフィに促されて出された手に触れた瞬間、脳内に場の記憶が送られた。見せられた記憶に絶句するユーリは未だ泣き止む気配のないアイリーンを一瞥するとネフィに視線を戻した。



「……アフィーリアは、態とアイリーンを泣かせってことか?事実を言えば、絶対に引き下がらないから」

「多分な。あいつの言い方は……正しいと言えば正しいがもっとオブラートに包めよって話だ」

「ちっ、あの馬鹿」

「馬鹿と一緒に阿呆も忘れんな。魔王もレオンハルト様も結界の作業に追われてる。下手に騒ぎを起こしたら、その隙を突いて天使が襲ってくる可能性がある」

「アフィーリアもそう判断したんだろう。でなきゃ、真っ先に父上に伝えに行っている」

「だよな。はあ、アフィーリア達が戻るのを待つしかないな。幸い、セリカもいるみたいだし」



 後、子供ながらに『魔術師団』の団員にも引けを取らない魔術を扱えるアシェリーがいる。


 状況を呑み込めたユーリが部屋に戻ろうとアイリーンへ振り返ると。……既にいなかった。



「どこ行った?」

「そ、それがお二人の話を聞いて陛下に伝えなければと、先程泣き止んで行ってしまわれまして……」

「「止めろよおぉ!!」」



 二人見事にハモると三人の侍女を置いて走り出した。アシェリーがどれだけ怖いのか知らないが、命令が実行出来ない程に動けなくなるのは如何なものか。


 庭園に出て北端へ急ぐ。城よりも高く細い塔を目指して。


 塔から発せられる強い魔力が結界の作業が順調に進んでいる証と思われる。約三㎞は城から離れてる塔の前に到着すると木製の厚い出入り口付近で兵が二人倒れていた。扉も誰かが開けたのか開いたまま。


 その誰かとは、アイリーン以外ない。


 普段は大人しくて姉の後ろを雛鳥のようについて回るのだが、極稀に周囲の者をビックリさせる大胆な行動を取る時がある。


 一層速度を増して駆け抜ける二人は塔の天辺まで続く長い螺旋階段を同じ速度で上った。出入り口の扉よりも大きい扉が見えたがそこも開かれており。ヤバい!もしも、アイリーンが話したら『悪魔狩り』の為に準備した何もかもが無駄になる。頂上に着いた二人が中に入ると――



「父さまあ!た――」

「「スットーップ!!!」」



 今しがた到着したばかりだった様で。下に描かれた極めて複雑で大きな魔法陣の真ん中に占いに使用する水晶玉サイズの魔石が鎮座し、ロゼ、レオンハルト、リエルが三角形の形になるようそれぞれの位置に立ち、結界の展開を行っていた。また、周囲には数十名の『魔術師団』の団員が三人を囲うように跪いていた。


 愛娘の乱入に驚いていたロゼは、次にアイリーンを追い掛けて乱入したネフィとユーリにも目を丸くした。何かを言い掛けたアイリーンを二人の手で口を塞いだ。「おやあ」と間延びした声のレオンハルトが顔だけ振り返った。



「アイリーン嬢にユーリにネフィ。子供の遊び場ではないよここは」

「わ、分かってる!分かってます!ほら行こうアイリーン!」

「父上に会いたかったのは分かるけど今は大事な時なんだ。アフィーリアのところで遊ぼう。どうせ暇そうにしてるから!」

「そうそう!アイリーンが遊びに来たら喜ぶよ。ほら、城に戻ろうアイリーン」

「んんー!ん、んん、んぐう!!」



 ネフィとユーリは二種類の汗を流しながらも難関を無事突破した。……かと思われたのに。「えい」とレオンハルトが結界の方へ集中しながら、アイリーンを拘束する二人の手を強制的に引き剥がした。自由になったアイリーンは再度父親の元へ駆け寄った。


 腰に抱き付いた愛娘を抱き上げた。



「父さまあ、とうさまあぁ……!」

「どうした。何があった」



 さっきまでは泣き止んでいたのにまた泣き出したアイリーン。泣くのが先になって言いたい事が言えてない。しめたとネフィが指を鳴らした。



「アイリーン!アフィーリアと喧嘩したからって魔王に泣き付くな!侍女トリオがいるだろ!」



 泣いて喋れないのなら、嘘の事実をでっち上げて隠したらいい。ぶんぶん首を振っても泣いたままなので否定が出来ない。



「そうだよ。それにもうすぐデザートの時間。奥方も心配される。早く戻ろう」



 ユーリも便乗して此方に来るよう促すも泣きは酷くなる一方。シェリーの名前を出したのが拙かったのか、泣きすぎて話せないのはいいものの、このままでは埒が明かない。ロゼに泣きついたままのアイリーンをどうやって部屋へ戻そうか。ある意味、悪戯の証拠を消すよりも言い訳を考えるよりも遥かにハードルが高い。バレれば、色々とロゼの逆鱗に触れる。アフィーリアの脱走然り、シェリーの誘拐然り。誘拐犯がノワール分家の当主となると更に悪い。二人が懸命に打開策を思考していたら、成る程おとレオンハルトの場に似つかわしくない間延びした声が響いた。



「分かったぞ。お前達二人がアイリーン嬢を連れ戻したい本当の理由が」

「「!?」」

「本当の理由?」



 何それ、とリエルが不思議そうに訊ねるとネフィとユーリの顔色が明らかに変わった。入ってきた当初は走り続けたせいで火照っていたのに体温が急低下して青くなりつつある。


 レオンハルトは他人の心を読む魔術が扱える。息子のアシェリーもだが。ネフィ、ユーリ、アイリーンの心の声を読み取ったレオンハルトが三人の状況を把握したのだ。……決して良くない事態を。


 未だ泣いているアイリーンは喋れない。レオンハルトにそう言われてはもう逃げられない。ユーリとネフィは顔を見合わせ、頷いた。


 ――白状するしかない、と。



「……実は、父上」

「もう……どうにでもなっちまえ」



 シェリーがノワール分家の当主に誘拐され、セリカやアシェリー、ソラを連れてアフィーリアが助けに行ったのを正直にロゼに伝えるユーリの隣でネフィは遠い目をする。


 唖然とするリエルがレオンハルトを直視した。



「ノワール家がまたどうして」

「ふむ……アルバーズィオ……誰だっけ」

「覚えてないの!?本家当主でしょ君!分家当主の名前くらい覚えときなよ!」

「興味ないからなあ。やれやれ、まさか身内に王族に悪さを働く輩がいたとは。ロゼ、ここは……」



 先の台詞をレオンハルトが口にしなかったのは、漸く落ち着き始めたアイリーンを抱き締めながら、悪魔でもそんな瞳の持ち主はいないと断言出来る程に……ロゼのエメラルドグリーンの瞳は冷えきっていた。深海に落とされた冷たさと重力を纏った重苦しさが場の雰囲気を支配する。娘をあやす手は優しくても瞳は冷酷な魔王そのもの。




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