13話 誘拐事件勃発
そろそろタイトルにある『魔王の娘の持って生まれたチート能力』を生かしたいのです。まだ先になりそうですが…。
出来立てと思しき数種類の果物を使ったパイとティーポットから揺れる湯気。荒らされた形跡は一切無い。床に落ちている青いリボンを拾った。父様が母様に渡した贈り物。自分と同じ瞳の色をしたリボンを母様はとても大事にしていて、髪を縛る際にはこのリボンを使っていた。ぎゅっとリボンを握り締めた。
――母様の様子を見にセリカが厨房を訪れたら、中には誰もいなかった。
人の気配すらない状況に嫌な予感を抱いたセリカが場の記憶を読み取った。セリカが見たのは、焼き上がったパイをオーブンから取りだし、紅茶の用意をしている母様を誰かが背後から襲い、眠らせて、瞬間移動で消え去った。
急いで部屋へ戻ったら、アシェリーとソラに挟まれていた私を見て違う危機感を抱いたと言われたのは今。若干焦げてるアシェリーがその記憶を見せてとセリカにお願いした。
「アフィーリア……」心配そうに声を掛けたのは同じく若干焦げてるソラ。二人がこうなってるのはセリカが雷の魔術で私から引き剥がしたから。
「あれ?この人……」
「知ってるの?」
アシェリーの意外そうな声に反応すると難しい顔をされた。
「侍女さんも知ってるよねえ?」
「はい。何故この方が奥方を拐ったのか……」
「どれどれ?」
ソラと私もセリカに触れて記憶を見せてもらった。セリカを通して流れ込む映像。母様を眠らせ連れ去ったのは男。高級品と分かる黒服に浅黄色の長髪、でも毛先は深緑に染まっており。顔はよく見えなかったけど特徴的な髪をしているから誰だか判明した。
「アルバーズィオ=クラウド=ノワール。ノワール家の分家の当主だよ」
「え?ノワール?」
意外な名前に驚きを隠せない。ノワール家の人が何故母様を?
深刻な表情を浮かべるセリカとアシェリー。
「これは拙いですね。分家といえど、ノワール家の者が奥方を拐ったとなると魔王とノワール家の問題に発展する可能性があります。すぐに陛下とレオンハルト様に報告を」
「待った」
「アシェリー?」
父様達がいる所へ飛ぼうとしたセリカを制止したアシェリーに皆の視線が集中する。
「今はダメだよお。天使の襲撃に備えて、父さん達は魔界全土に結界を貼っている最中なんだ。下手に騒ぎを大きくしたら、その隙を狙って天使が襲ってくる」
「しかし、奥方が拐われたのです。しかも、相手はノワール分家の当主」
「うんうん。ぼくも状況は理解してるよお。分家といえど当主だ。本来なら、本家当主たる父さんが対処しないとならない。父さんや魔王の力を使えないならぼく達で奥方を助け出せばいいんだよお」
「そっか!」
「いけません!お嬢様やアシェリー様だけで「俺もいるんだけど」ソラ様まで…」
身動きが取れない父様達に代わって私達が母様を救出。しかも内密に。そうしたら騒ぎは起きないし、結界の展開に集中出きる。子供三人がやる気になってる反面、唯一大人のセリカは蟀谷を指で押さえてた。
「仮にお嬢様達で救出するにしても居場所すら判明していないのですよ?」
「ああ、平気だよお。侍女さん知ってるでしょ?」
「へ?」
あっけらかんと答えたアシェリーに対し、苦虫を噛み潰した表情を浮かべるセリカ。アシェリーの指摘は的を射ているんだ。知ってるの?と私がスカートの裾を触ったらやんわりと手を払われた。
「はい……。場の記憶を読み取ったと同時にアルバーズィオ様の魔力の流れも読み取ったので」
「なるほど。魔王や団長に報告しても即動けるようにか」
「場所は?セリカお願い!これ以上、父様を心配させたくないの!」
「陛下の心配の大半はお嬢様なのですが」
「言えてる」
「だよねえ」
「うるさい!母様が拐われるのと私が脱走するのとじゃ、天と地程の違いがあるわ!」
ぐずぐずしている間に取り返しのつかない事になったら死んでも死にきれない。
……それに、だ。
「母さま、いますか?」
「ん?アフィーリアにアシェリー。それにソラも。どうしたの?」
アイリーンとユーリ。もうおやつの時間は過ぎてる。今日のデザートは豪勢なのにすると気合いの入った母様の様子を見に厨房へ足を運んだんだろう。肝心の母様がおらず、私達がいる上異様な雰囲気を悟ったのか、アイリーンが「なにかあったのですか?」とユーリの背に隠れて恐る恐る口を開いた。言うか言わまいか迷っている三人を後目に私はユーリの背後にいるアイリーンを見据えた。
「姉さま、母さまは?」
「アイリーン。私が今から言うことをよく聞いて」
「?」
ずっと握りしめていたリボンを前に出した。
「それは母さまの?」
「うん。少しの間預かってほしいの」
「姉さまは何故母さまのリボンを?」
首を横に振り「今は言えない」と返す。
「いい?アイリーン。私は今から、城の外に出るけどあなたは部屋で待っていて」
「え!?けど姉さまは父様に……」
「うん。本当は、部屋の外に出るのもダメなんだけどね。何が起きても部屋にいなさない。それか、父様の部屋でもいい。あの侍女トリオといなさい。それか、ユーリも一緒に」
「マファルダ達に変なあだ名をつけないでください!」
「アフィーリア。理由を話せ。理由もなしに聞き入れられるか」
ユーリの苛立ちも尤も。妹の意見を丸で無視して我を通そうとする傲慢な姉があなたは嫌いだものね。のんびり理由を話してられない。ずいっと前に出てユーリから視線を逸らさず、焦る気持ちを押さえた。
「理由も何もない。そうしてほしいから言ってるのよ」
「いい加減その我儘を直せ」
「直さないし、直す気も更々ないわ。私が言えるのは、二人は部屋で大人しく待っていて。歳上の命令には従いなさい」
「歳上って……一個違いだろ」
「ぼくとソラとアフィーリアは同い年でネフィが更に一個上だったよねえ」
「あれを言うなら、アフィーリアもセリカの言うことに従わなきゃいけないよな」
後ろでアシェリーとソラがこそこそ何か言ってるが気にしない。早く母様を救出しに行きたい。母様が拐われたと二人が知ったら絶対一緒に行くと従わないのは目に見えてる。父様達の手を煩わせるのも、二人を同行させるのも避けたい。ユーリの後ろで涙目なアイリーンには申し訳ないけどお姉ちゃんは、今から心にグサグサ刺さる酷い言葉をあなたに投げます。
「アイリーン。早くユーリと部屋へ戻りなさい」
「い、嫌です!姉さま達がどこに行くか知りませんが私も一緒に……!」
「笑わせないで。泣き虫で碌に魔力操作も出来てないあなたがいたら足手まといよ」
「!!」
背後から三者の非難と動揺の声が刺さっても明らかに強い嫌悪と非難の紫水晶を向けられようとも、…たった一人の妹が姉の心無い言葉に折れ泣き出しても、不思議と自分の心は普通だった。傷もなければ動揺もない。平然としている。その場にへたりこんで泣いているアイリーンに合わせてユーリもしゃがんだ。
『本物のアフィーリア』なら、嫉妬に狂って更に妹を傷付けそう。
アイリーンはユーリに任せ、複雑な面持ちを浮かべるセリカ達の所へ戻った。
「さあ行くわよ!セリカ!」
「アフィーリアお嬢様……」
「行くわよ!」
「はあー……もっと他の言い訳なかったのかよ。あれじゃあ、戻っても修復出来ねえぞ」
「事実を言っただけよ」
「……」
アシェリーだけ意味深に微笑を浮かべているだけで何も言ってこない。一瞥するとふにゃりと笑った。
「……なに?」
「うん?アフィーリアは酷いお姉ちゃんだねえ」
「見た通りよ」
「アイリーンが一度泣き出したら暫く泣き止まないの知ってて泣かせるんだもん。全部は時間の稼ぎの為に。違う?」
「……だったら?」
「どうもしないよお。あ、そうだ。ユーリ」
アイリーンを泣き止まそうと慰めるユーリに呼び掛けるなり、アシェリーは空中に円を描いた。薄い水色の円はどんどん大きくなり、人一人通れるまでに広がるとそこからメイド服を着た三人の女性が落ちた。ベルローナ、マファルダ、ナーディア―――私がさっき侍女トリオと命名した三人。彼女達は突然別の場所に移動させられた事実に頭が追い付いていないのか、困惑している。私達も然り。
「アシェリー?」
「お前達」パン!と両手を叩いたアシェリーが一度も聞いた覚えがない冷徹な声を発した。
「アイリーンを私室へ戻せ。次いでにユーリも。命令が理解出来たらさっさと動け」
パン!
再び両手を叩いた。
アシェリーもそうだが侍女トリオの様子も可笑しい。血の気を失う程色を無くした表情で三人はアシェリーに一礼した。ノワール公爵家当主の息子でもまだ子供よ?そんなに恐れる必要がどこにあるの…。
呆然とアシェリーを見ていると彼は「さ、出発!」といつも通りの声で私とソラの手を引くとセリカの足下まで移動した。
セリカもハッとし、覚悟を決めたのか周囲に魔法陣を展開した。淡い光に包まれ視界が光に埋もれる。
「ねえさまぁ、まって、おいていがないでえぇ!」
……アイリーンの悲痛な叫び声が遠くなる。
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