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 翌日、私は電車に揺られて展覧会の行われてる美術館を目指す。

 美術館で個人の芸術家の催しが行われると言うのは、どうやらとても凄い事らしい。

 私は全く知らないが、その芸術家は近頃とても名が売れてるそうで、話を聞いた荒芽・麻紀が一緒に来たがって大変だった。

 仮に麻紀が一緒に来るとなると、当然の様にタテリも来たがる。

 しかし友人の陸路・五郎が、悩んだ末に私を頼る様な案件に彼女達を、特にタテリを巻き込みたくはなかった。


 多分その展覧会では見たくない物、強い負の想念を見る事になる。

 そして例え見えずとも、負の想念はその気配を感じるだけで何らかの影響を受けてしまう。

 勿論、人が生きて行く上で、負の想念に全く触れずにいる事は不可能だ。

 麻紀だってその容姿や知能に、嫉みの念を向けられた経験はある筈。

 そんな些細な負の想念ですら、人の心をささくれ立たせたり、落ち込ませる効果はある。


 ましてや感受性の強い子供になら、負の想念はより悪影響を及ぼすだろう。

 悪影響があるとわかって、強い負の想念に近付けたいと思うのは、多分過保護じゃない。

 ……まぁ私にはそれが見えてしまうから、どうしても気にしてしまうだけなのかも知れないけれど。


 ともあれ私は二人を付いて来させない為に同行を強く断り、一人で美術館に向かっていた。



 美術館の最寄り駅を下りれば、看板を持った案内人が立っていて、そちらの方にちらほらと人の流れが出来ている。

 その芸術家の名が売れてると言うのは、紛れもなく本当らしい。

 私は興味がないせいか、何度チケットを見てもさっぱり名前が頭に入って来ないが、美術館を目指す人々から漏れ聞こえて来る会話の内容は、期待感に溢れる物だ。


 展覧会は美術館内の特設会場とやらで行われていて、チケットを見せて入場すれば、後は順路に従って歩くだけでその芸術家の初期の作品から、最新作までが順番に見れる様になっていた。

 つまり初期の作品から最新作までが、人手に渡っていないと言う事でもある。

 展示会と展覧会の違いは、展示会は展示した作品を購入出来、展覧会は見るのみだ。

 要するに件の芸術家とやらは食う為に作品を作るのでなく、他人に見せる為に作っているのだろう。

 なんでも元々随分な資産家でもあるらしい。


 作品内容は塑像や彫刻。

 人物のみならず天使や悪魔、神話の怪物や、何故かお地蔵様までがずらりと並んでる。

 初期の作品は、まぁ綺麗で丁寧だが迫力に欠ける物ばかりだ。

 芸術家のファンらしい客の喋りを盗み聞けば、この頃の作品は金持ちの道楽だと非難どころか見てすらもらえなかった物ばかりなんだとか。

 ……私は結構好きだけれども。

 何だか作るのが楽しかったんだろうなと感じられる物ばかりで。


 しかし中期の作品に近付くにつれて、次第に飢えの色が見え始めた。

 見て欲しい。認められたい。

 そんな飢えが、作品に反映されて見えるのだ。

 いやまぁ、私に芸術を解する心はないので、そんな風に感じるだけなのだが。


 そして中期の作品の中に数作、非常に目を惹く物が並んでる。

 作者の飢えが極まり、作品に乗り移ったのだろうか?

 自分を見ろとの強い主張に、思わず目を惹き付けられるのだ。


 先程のファン曰く、この辺りの作品で芸術家は世間に認められたらしい。

 だがそんな目を惹く作品は数作で終わり、その次からは途端に色を失ったかの様に主張が消えた。

 世間に認められた事で満足し、飢えを失ってしまったのだろう。

 技術的には初期の物より向上しているが、その頃にあった楽しさも同じく感じられない。


 それからその芸術家は、長いスランプに陥り、世間の評価もまた落ちる。

 別に世間からの評価に限った事ではないけれど、一度得てしまったからこそ、それ失った時に感じる飢えの苦しみは大きく深い。


 けれどもその長いスランプを抜け、芸術家は再び世間に、それも以前の比でない程に認められる様になった。

 その再び認められてからの作品群は、この先の部屋に、今までの様に無造作にではなく、ガラスのケースに厳重に保護されて飾られているそうだ。

 ……だけれども、私はその後期の作品が飾られている部屋に足を踏み入れる前から、もう既に吐き気を感じてる。


 まぁ予測はしていた事だけれど、やはりかと言う想いが強い。

 ここまで芸術家の作品を見て来て、私も薄っすらとだが感じて思う所があった。

 だからこそ予測が外れなかった事は、少しばかり残念だ。

 この先に待ち受けるのは見たくもない物だけれど、それでもちゃんと見て五郎に報告せねばならない。

 別にそれで誰かが救われる訳じゃないけれど、ケジメはどうしても必要だろう。


 私は二度、三度と大きく深呼吸をしてから、次の部屋へと踏み込んだ。

 そして私がその部屋で見た物は、部屋中に満ちた暗くて重くて痛々しい、負色の想念。




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