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 ある日、我が家に宅配物が届いた。

 インターフォンが鳴った時、私はここ数日は通販を頼んだ記憶もなかったので居留守を使う気で居たのだけれど、丁度遊びに来ていたタテリが出ないのかと問い掛ける様な目でこちらを見たのだ。

 居留守が悪い事だと言う自覚は、私にだってある。

 ごろりと寝転がった姿勢から起き上がるのは面倒だが、幼子の前で悪い見本を見せる訳にも行かず、私は渋々と受話器を取って応答し、宅配業者から荷物を受け取りサインをした。


 幸い荷物を持って来た宅配業者は気持ちの良い青年で、出て来るのが遅かった私に対して何の悪意も見せずに、丁寧な対応の末にサッと車に乗って走り去る。

 何と言うか、あんな風に爽やかに働いてる様を見せられると、私が如何に駄目な人間であるかを見せ付けられるみたいで、……特に何も思わない。

 他人は他人、私は私だ。

 今の生活で別に困っていないのだから、私がそこに何らかの影響を受ける必要は全くないだろう。

 うん。

 しかしまぁ、次にインターフォンが鳴った時には、もう少し早く出ようとは思った。


 さて宅配物を受け取ってから気付いたのだが、差出人が不明である。

 宛先は確かに我が家の住所と私の氏名が書かれているのだけれど、はてさて筆跡に見覚えもなかった。

 より正確に言えば走り書き過ぎて誰の字かわからない。


 私は首を傾げるが、けれども気にしてもしょうがないだろう。

 戻った私を見たタテリが、宅配物に興味を示すので、ベリベリと梱包を剥がして開けてみる。

 そして中から出て来たのは、一本の大きな酒瓶だった。

 サイズで言えば一升瓶だ。

 つまり1、8リットル入りである。


 けれども目を惹いたのはそこでなく、その中身。

「ヒッ!?」

 驚いたタテリがサッと私の後ろに隠れたが、それも止む得ないだろう。

 酒瓶の中に満ちた液体に浮かぶのは『瞼を閉じて蜷局を巻いた蛇』だった。


 ……?

 何かに違和感を感じるけれど、私はその酒瓶をテーブルの上に置き、怯えたタテリから遠ざける。

 私の影に隠れながらもチラチラと其方を覗くのは、怖いもの見たさと言う奴だろうか。

 子供の恐怖と好奇心がせめぎ合う様は実に可愛らしいけれど、そのせいで夜中にトイレに行けなくなっても困る。

 あぁ、いや、別に私は困らないけれど、タテリが暮らす荒芽の家の人々と、何より彼女自身が困るだろう。

 子供の夜尿は仕方のない生理現象だけれど、やはり恥ずかしくて居た堪れなくなる物だから。


 私はタテリを隣の部屋に追いやって、床下収納の酒棚にその蛇が浮いた酒瓶を仕舞う。

 その際蛇と目が合うが、じっくりと良く見れば妙に愛嬌のある顔をしていた。


 それから私は数時間、タテリの遊び相手を務めた後、迎えに来た荒芽・麻紀に彼女を預けて一息吐く。

 麻紀は荒芽の家での夕食に私を誘ってくれたけれど、どうにも今日はそんな気分じゃない。

 いやまぁそんな気分になる事は、何週間に一度位しかないのだけれども。

 兎に角、今日は適当に晩酌をしたい気分だった。


 荒芽の家で酒を飲むと、自治会長である爺様の話に付き合わなければならないし、いちいち酒を注いでくれる麻紀にも申し訳がない。

 酒を飲む時は、そう、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。

 漫画の台詞のパクリだが、本当にそう思う。

 あぁ、でもあれは食事の話だっただろうか。

 まあ似た様な物だ。


 誰かと一緒に語らいながら飲む酒も美味いが、ダラダラグダグダと時間の流れを感じながら飲む酒もまた美味い。

 ただ物が口に入ればそれで良いと言う訳じゃないのが、食事や飲酒の面白い所だろう。



 タテリと麻紀が帰宅したので、とりあえず食事、もとい酒のアテから作る。

 鍋に水を張って塩を入れて沸かし、沸いたらそこに酒を少し加えて広げた豚肉を入れて茹でて行く。

 豚肉に火が通って色が変われば鍋から上げ、ザルに乗せて水気を落とす。

 少し冷めたらポン酢を掛けて出来上がりだ。

 思い切り適当だけれど、今日は飲むのがメインなのでこれで良い。

 どうせ一人なので、手の込んだ物は面倒臭いし。


 野菜?

 それはまぁ、飲まない時にでも食べるから別に良いのだ。


 それから飲む酒を選ぶ為、床下収納に入る。

 けれどもそこで酒棚を見て、私は首を傾げた。

 先程しまったばかりの酒瓶の、中身が空になっている。

 そう、蛇の入っていた酒瓶だ。

 蛇も居なければ、中身の液体も綺麗に空になっていた。

 なのに封は、空いてない。


 うぅん、まだ飲んでも居ないのに、どうやら私は酔ったらしい。

 そう言えばそもそも、蛇には瞼がない事を、今更ながらに思い出す。

 確か蛇の目の部分には透明な鱗があって、開閉する必要がなかった筈だ。


 ……まぁ良いか。

 他の酒瓶をザッと確認したが、中身が空になっていたりはしない。

 私は今日、自分が飲む為の四合瓶、720mlと、もう一本同じ種類の酒瓶を手に取る。

 そしてそのもう一本の封を開け、床に置いてから上に戻った。

 家主の許可なく酒を荒らし回るなら害獣の駆除も必要だが、私が飲むついでにもう一本酒瓶が空く位なら、別段許容範囲だろう。

 特に悪意は感じなかったから、後は別にどうでも良い。

 何より駆除業者の武井・巳善を呼ぶと、余計に酒が減りそうである。


 いやそもそも、こんな訳の分からない物を送り付けて来るのは、私の知人の中では巳善位だ。

 つまりアレを呼んだところで何の役にも立たない可能性は極めて高い。

 だったらまぁ私の邪魔をしない限りは、ここに何かが居た所で気にしなければ良いだけの話だった。

 今の私は、飲んでないけれど酔って居るので気が大きい。


 あぁいやまて、飲むならあの蛇の様な何かのアテも要るのだろうか?

 豚肉にはまだ余裕があるから、同じ物をもう一皿作る位は簡単だけれど。

 別にまだ洗い物もしてないし。


 何でもない日の夜は、ゆっくりと更けて行く。


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