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辺りが静かになって暫く経っても、やはり私は目を瞑ったままジッとしていた。
出来ればいっそ寝てしまいたいが、縛られた縄が痛くてちょっと寝れそうにない。
私が目を開かないのは、騒ぎが収まったとしても邪気の塊がどこかに行った訳ではないので、見てしまえば改めて寄って来るからだ。
正直慣れてはいるから、別に大した影響は受けないが、だからと言って見て気持ちの良い物でもないのである。
しかしやるだけやってしまったが、この後どうしようか。
仮に中華マフィアの人間がこの倉庫へやって来たら、邪気の塊を目撃して、既に沈黙した三人の後を追うだろう。
いやまあそれは正直別に良いのだが、仮にやって来たのが私を助けに来た警察とかなら、邪気の塊を目撃させては非常に申し訳がない。
でも先ずどうやって拘束を解くかに悩み、考える事が面倒になって来て思考を放棄し、やがて空腹感を覚えた頃、ガラリと遠くで倉庫の扉が開く音がする。
「ぉゎぁ……、ひっでぇなコレ。おー、仁木、遅くなってスマン。今これ祓うからもう少し待ってくれ」
そうして聞こえてきた友人の声に、私は少なからず安堵して、大きな溜息を一つ吐く。
全く以って、本当に遅すぎる登場だ。
ヒーローは遅れて来る物って言葉はあるけれど、流石に敵が倒された後に出て来るのは遅すぎるだろう。
まあそれでも助かったのは事実なので、感謝はしなくもないけれど。
「いや御前、幾ら何でも集め過ぎだろ。さっきの雑霊がここ最近で一番手強かったじゃねぇか……」
それから暫く後、淀んだ気配が消え、私の拘束を解いた巳善がそんな言葉を口にした。
だがそんなのは私の知った事ではない。
アレは雑霊なんて人の魂っぽい物ではなく、単に残された想念に過ぎない物である。
そもそもさっさと助けに来なかった巳善が悪いのだ。
……まぁ私も、巳善に助けてくれと連絡した覚えはないけれども。
でもそれでも真っ先にやって来たのが巳善であると言う事は、こちらの動きも奴はある程度は把握していたのだろう。
そして床を見れば、色んな物を撒き散らして転がったまま気を失っている、三人の男。
いや、あぁ、どうやら中の一人、感受性が強かったらしい占い師は、失ったのは意識だけではなさそうだ。
生きてはいるが、その心が再び戻って来るかは微妙である。
「コイツがさ、もうとてもそんな風に見えないだろうが、実は名の知れた卜占術の使い手でな。幾つか手を潰されて手間取ったんだけど、何でまたよりによって仁木に手を出したんだか。どう考えても危ねぇだろうに」
そんな占い師の懐を探り、巳善はスマートフォンを取り出した。
何に使うのかは知らないが、それは立派な窃盗だと思う。
相手が相手だし、何より巳善には今更過ぎて何も言おうとは思わないが、タテリには見て欲しくない悪い大人の姿である。
「よぉし、中身次第だが、多分これであと一、二週間もあれば、全部片付くわ。仁木、助かった。腹減っただろ、飯食って帰るか?」
盗ったスマートフォンを懐に入れ、そんな事を言い出す巳善。
確かに私は空腹だから、その申し出は実に有り難い。
だが有り難いのだけれども、
「いや、実は出て来る時にあの子が泣いていたからな。帰って食べようか。後感謝の気持ちがあるのなら、多少は待つから今日は巳善が作ってくれ」
私は外食があまり好きではないのだ。
そんな私の言葉に巳善はゲラゲラと笑い。
「あぁ、もう全く、本当に御前は面倒臭いな。でもな、仁木、御前にタテリを預けて良かったよ」
そう言い、倉庫を後にする。
後始末?
それは私の知らない子だった。
多分きっと、そんな面倒な事は誰かが何とかするだろう。
そして巳善の宣言通り、事態は二週間後に解決する。
否、良くは知らないけれど、巳善は解決したと言っていたし、テレビで~~組がとか中華系のとか色々と大々的にやっていたから、恐らく解決した筈だ。
あの後は実に大変だった。
倉庫の後始末は放り出して帰ったが、タテリと、彼女を預かってくれていた麻紀、荒芽の爺様、それに連絡を飛ばした例の警察の友人にと、色々と言い訳せねばならなかったから。
食事よりも先に苦手な言葉を連ねる事を強いられ、空きっ腹を抱えた私は、巳善と共に外食してから帰らなかったのを激しく後悔する羽目になる。
結局、私は何がどうしてタテリが追われていたのか等、詳しい事情を巳善に問いはしなかった。
力を使い果たして衰弱し、髪が白く染まるほどに幸を搾り取られる座敷童の話とか、色々と巳善は言って居たが、それは私の知った事じゃない。
例え仮に、もし万が一、タテリがそうだったのだとしても、私にとっては単なる子供だ。
今日、タテリは麻紀と一緒に近所の神社まで散歩に出かけた。
どうやら荒芽の爺様が巳善と相談し、タテリの事を引き取る方向で考えているらしい。
まぁ二十八歳で無職の独身男性の家に、何時までも十やそこ等の少女が居ては外聞のみならず教育にも悪いだろうから、悪い選択ではないと思う。
と言うか何か口を挟もう物なら、荒芽の爺様は、独身でなくなれば問題解決とか、孫娘が空いているとか言い出すので、下手に藪は突かない方が良いのだ。
あれ程賢くて気立てが良く、尚且つ容姿も美人な才媛が、無職の男の嫁になるなんて、そんな可哀想な話はあり得ない。
主家だの何だの、時代錯誤は私と荒芽の爺様との関係だけで充分だろう。
ともあれ、話がまとまるまではタテリは好きに我が家に居れば良いし、荒芽の家に行ってからも、気が向けば遊びに来れば良い。
私には数少ない三人の友人が居るが、もしタテリが良いのなら、そこに四人目が加わっても良いかなぁと、私はそんな風に思うのだ。
ごろりと、久しぶりに誰も居ない家の縁側に私は寝転び、暖かな日差しを浴びながら転寝を始める。
お話は、ハッピーエンドで〆た方が、語るも読むも、余計な気力を使わない。
故に今回は、めでたしめでたし。
一先ずここまで。
二月が割と忙しいので、キリの良いここまでで完結にしておきます。
忙しい時期が過ぎて、気が向いたらここまでを一章として、次は二章ですね。