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「結論から言うぞ。その配信ネーム、マネキ・ネコこと、小牧恵里香は、三週間前に福岡の大学に通う途中、交通事故で亡くなってるな」
あの配信を見せられた一週間後、巳善はそう言って、数枚の書類を楽斗の前に置く。
恐らくそれは、調査報告書のような物なんだろう。
退魔師だとか悪魔召喚師だとか、怪しい肩書を幾つも持ってる巳善だけれど、その中の、比較的だが世間一般に名乗っても大丈夫そうな物の一つに、探偵があった。
別にそれはいいんだが、どうしてそのやり取りを、此奴等は私の家の居間でするのか。
私は予測してたけれども、直接ではなくとも、配信を通して見知った人間が死んでいた事実に楽斗は動揺を隠せない様子。
ただ、楽斗とその小牧という娘さんが、どういったやり取りをして、どういう関係の知り合いだったのかを知らぬ私は、口を挟まず、巳善が手土産に持ってきた辛子明太子に合う酒を考えながら、彼らのやり取りを黙って見守る。
「生前の写真もあるが、見とくか?」
けれどもそう言って、鞄から何かを取り出そうとする巳善を、楽斗は慌てて首を横に振って押し止めた。
どうやらそれを見る事は、楽斗の中の何かに反するらしい。
……というか、巳善は私の家の中で、他人の写真を見せようとするな。
これの社会的なモラルのなさは今更で、私も決して他人をとやかく言えるような立派な人間ではないけれど、姿や名前を隠して活動していた若い娘さんのそれを、勝手に晒そうとするのはいくら何でもなしである。
名前に関しては、話の信憑性の為に必要だったとしても、写真は明らかに不要だろう。
一瞬、五郎を呼んでやろうかなと思ったが、それをするとあまりに話がややこしくなるので、今のところはやめておく。
私の友人の中でも、巳善と五郎の相性は、あまりよくない。
警察組織に所属して秩序を守ろうとする五郎と、法の光が届かぬ裏側に生きる巳善は、真逆の生き方をしている人間だ。
お互いに、認め合うところがある様子だが、それでも顔を合わせばすれ違いが生じるだけなので、余程の事がない限りは、私も二人を会わせようとは思わなかった。
「まぁ、小牧恵里香に関してはそれだけだ。それじゃあ、今もネット上に残って配信を続けてるマネキ・ネコは何なんだって話になるが、……あれは怪異の類だな」
だが私が色々と思う間にも話は続き、今回の件に関して、巳善はそんな風に結論を口にする。
あぁ、怪異か。
なるほど、実に巳善らしい言い方だ。
「……彼女が、死んだ後も霊として配信を続けてるって事か?」
その言葉に、まるで何かを期待するように楽斗は問う。
もしかすると楽斗は、配信への思いが彼女がこの世界に留まらせているとか、そんな事を想像、或いは期待しているのかもしれない。
けれども、……まぁ、当然ながら、巳善は楽斗の言葉に、少し呆れた様子で首を横に振る。
「いや、残念ながらそんな奇麗な話じゃない。まぁ、あれが存在してるって事は、死に際の心残りに配信が頭の片隅くらいにはあったんだろうが……、死んだ人間は死んだ人間だ」
そう、それは当たり前の事だった。
死んだ人間は、既に死んで失われてしまったのだ。
楽斗がその配信にどんな思い入れを持っていようと、それはもう失われてしまってる。
「立ち絵ってやつが人型なのも良くないんだろうな。人の形をした物には、人の念が集まり易い。あれは小牧恵里香のほんの少しの心残りを核に、配信が続いて欲しいだとか、こうあって欲しいって見ている側の念がへばり付いて固まった、小牧恵里香とは全く別の怪異だよ。一応、何とか真似ようとはしてるけれどな」
巳善はそれを怪異と呼んで、確かな個や意識があるように扱い、私はそれを負色の想念と呼んで、世界に焼き付いた影のようなものだと認識してた。
これをどちらが正しいのだと、議論し合うつもりはない。
奴にとってはそれが真実で、私にとっては今まで見てきた物が全てだ。
或いは、巳善が言うようなしっかりとした個を持った怪異も、世界のどこかには存在しているのかもしれないけれど、私の目の前にそうとわかる形で出てこないなら、私にとってはいないも同然である。
このように、私と巳善の考え方には異なりが、埋まらぬ隔たりはあるけれど、今回のアレに関する意見はほぼ同じものだった。
楽斗が言ってた配信が似たような話題ばかりになっているというのも、小牧恵里香の心残りにも、それを見ている視聴側の念にも新しい何かが混じるって事がないからだ。
心残りに過ぎないそれが新しい経験を積めるはずがなく、また視聴する側だって、わざわざ彼女が体験しそうなストーリーを考えて、それを押し付けるなんて物好きはいないだろう。
故に、新しい何かの出てこない、似たような話題を繰り返し、視聴側の念に反応して動くだけの配信になっている。
「そうして誕生した怪異は、自分を構成してる念が薄れないよう、配信を続けて、それを見ている側からの念を集めようとしてる。……だが、それも上手くいってないから、大分飢えてる頃だろうな」
幾ら上手く受け答えをしていても、そこにあるのは残り香、または人の想念を受けて決まった通りの返答を返すだけのやまびこ、影法師。
しかしそれで未だに破綻してないというのは、実に凄い事なんじゃないだろうか。
恐らく影法師を動かしている視聴者の念が、気持ち、配信に対するイメージが、余程に明確で強いのだ。
楽斗の様子からもわかるように、小牧恵里香が生きてた頃は、その配信には本当に魅力があったのだろう。
……しかし巳善が飢えてると表現するという事は、少し拙い状態か。
同種の念を受けられずに薄まった負色の想念、巳善が言うところの怪異は、普通ならば単に消えてなくなるだけだ。
感光紙に焼かれた写真が、やがて色褪せていくように、世界に焼き付いた影である負色の想念も、そのままならば薄れて消えゆく。
けれども巳善が飢えと表現したならば、あの負色の想念には、薄れた影を濃くしようと動く、反射行動が備わっているという意味だった。
こうした負色の想念は実に厄介な存在で、周囲に多大な悪影響を及ぼす事となる。
具体的には、今回ならばこの配信を視聴する者が、何かのきっかけで心を弱らせていたら、そこに漬け込んで自害をさせるといった具合に。
そうやって絞り出された負色の想念は、影響を与えたそれに合流し、より濃く強く、周囲に害をもたらすようになっていく。
……そこまで来ると、流石にそれが悪霊と呼ばれても、私も否定はできないだろう。
ただ、そこに大本となった人間の悪意は存在しないから、誰かの霊が悪に染まったなんて風には、私は思って欲しくはないけれども。
「んで、どうする? 助けたかった嬢ちゃんも既にいなかったし、終わりってなら終わりにしようぜ。アレを俺にどうにかしてくれってのは無しな。インターネットの奥なんてややこしい場所にいる怪異を、引っ張り出して祓うなんて真似は、流石に面倒臭すぎる」
そこまで話しておきながら、巳善は少しばかり意地の悪い事を言い出した。
いや、まぁ、インターネットの奥にある負色の想念を引っ張り出すのが面倒なのは、紛れもない事実だろう。
明確な場所に存在してるなら、そこに行って祓う事ができるけれど、インターネットなんて概念の上にあるものを、探し出すのは難しい。
まさか全国にあるサーバーを、しらみつぶしにあたる訳にもいかないし。
そうなると向こうから、こちらに出て来て貰わないとならないのだけれど……。
「それでも、頼む。あの子の心残りをそこに縛り付けてるのが俺を含む視聴者で、それで悪い事が起きるって言うなら、絶対にこのままにはしておけない。……本当は自分達で何とかすべきで、あるとはわかっているけれど、こんな話は誰も信じちゃくれないし、仮に信じてくれても俺達に解決する手立てはないんだ」
だからってここまで聞かされて、全てを聞かなかったことにして忘れるなんて真似が、楽斗にできる筈もない。
そう言って、頭を下げる楽斗に、巳善はニヤリと笑みを浮かべる。
なんというか、本当に意地が悪かった。
巳善は、それを自分にどうにかしてくれってのは無しだと言う。
つまりそれは、楽斗の手でこの話を終わらせる方法があると言ってるに等しい。
前提条件として、私もそうだが巳善も、楽斗の頼みを無下に断り、見捨てるなんて真似はしないから。
「そうだな。本当なら御前達、いや、他に誰も信じないなら、御前が終わらせるべき話だ。ならやり方は教えてやるから、御前が終わらせてやればいい。引っ張り出すのはちょいと手間だが、なぁに、仁木に手伝ってもらえば、三日と掛からずにどうにかなるさ」
そう言った巳善に、私は苦笑いを浮かべて、楽斗の方を向き、頷く。
もう既に、巳善が意地悪をした後だから、ここで私が勿体ぶる必要はない。
こういった話になるだろう事は、少し前から何となくだがわかってた。
私には、どうやってそれを祓うのかって方法は皆目見当もつかないが、巳善が手間だという、負色の想念をインターネットからこちらに引っ張り出す方法に関しては、なんとなく察しがついている。
それは、私にとっては、実に簡単な方法なのだ。
面倒臭くないかと言われたら、そりゃあ多少は面倒臭いけれども。