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丘の上に立つ樹  作者: らる鳥


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今回ぐろっぽいのあるので無理な人避けてね



 胸像があった。

 何の表情も浮かべていない、少女の胸像。

 しかしそれを見る者は、その胸像に悲痛な何かを感じるだろう。

 何故ならその胸像は、木製の彫刻の上に粘土を付けて作られたのではなく、本当に少女の頭蓋骨や頸椎の上に、粘土を付けて作られた物だから。

 末期に苦しんだ負の想念が、今もべったり死者の骨に残り、悲痛の叫びを発していた。


 これは固定された、しかも閉じ込められた物に残る負の想念だから、私が見た所でこちらに動いて来はしない。

 だがそれが、私にはより悲痛さを感じさせる。


 それが、後期の作品の一作目。

 残りも全て同じ様な、……いや、もっと酷い代物ばかりだ。

 後期の作品は全部で五作だが、奥に進む、つまり最新作に近付くにつれて発する負の想念はどんどん濃くなって行く。


 例えば三作目は、形や意味を成さない不定形の負色の想念を発する。

 作品を構成する粘土の混ぜ物に、ペーストになるまで磨り潰された誰かが入っているのだ。

 ノイズの様な想念の傍らを、私は吐き気を飲み下して通り過ぎた。


 最新作、五作目の周囲には人だかりが出来ていた。

 誰もが、目が離せないって顔をしてる。

 そりゃあそうだろう。

 だってその大きな全身像は、『私に気付いて』ってずっと叫び続けてるから。


 苦しい、出して、帰りたい、気付いて、見付けて、無視しないで、嫌だ。


 あの中に居る誰かは、生きたまま像の中に塗り込められて、ゆっくりと死んだのだろう。

 皆、その声に何かを感じ、像を見る。

 でもその言葉の色が見えたり、聞こえたりする事は決してないから、

「何だか凄いねー」

「うん、迫力がある」

 なんて風に言い合って帰って行く。


 今の私は、多分とても酷い顔をしてる。

 それは既に終わってしまった悲劇で、どうなろうと救いはない。

 私は最初、その芸術家に興味がなかったから名前を覚えなかったが、今は違う。

 私は、今、その名前を記憶に一時であっても留めたくないから、目にしない様にしていた。


 見るべき物は、もう全て見終わった。



 私は家に帰り付くと胃の中の物を全てトイレに吐き出して、スマートフォンを手に取る。

 陸路・五郎、エリート警察官に伝えるべき事を伝える為だ。

 彼は、そう、半ばこれを確信して、私をあそこに行かせたのだろう。

 幾ら立場があっても、否、立場があるからこそ、確信なしには行き成りあの芸術家の作品を叩き壊して中身を調べる事なんて出来ない。

 だから五郎は、私の言葉と言う、公的には何の意味がなくても、彼にとっての意味ある証言を求めた。


 多分、今夜にでも五郎はあの展覧会の会場に乗り込んで作品を叩き壊す。

 最初の一つが重要だ。

 一つ目の作品を壊して頭蓋骨が発見されても、直ぐには犯罪を証明出来ない。

 寧ろ五郎の無体ばかりが問題になる。

 今現在、販売されてる骨格標本は作り物の模型だが、昔の骨格標本には本物の骨が使われた物だってあるから、それを作品に使用したのだと言い張れば即座に問題には出来ない筈。


 三つ目の作品も、そもそも壊した所で混ぜ込まれた肉体は分析に欠けなければ発見出来ないから、やはり駄目だ。

 故に不意打ちで叩き壊して証拠を突き付けるなら、五つ目の作品、最新作が最も適するだろう。

 閉じ込められた誰かの出して欲しいとの願いは、あの正義感のゴリラが叶えてくれる。


 それ等を伝えて喋り疲れた私は、スマートフォンを投げ出し、ソファーに顔から倒れ込む。

 五郎は私に謝罪はしない。

 本当はとても申し訳なく思っているのだろうが、彼はそれを謝って済ませるのを卑怯だと考えるから、ただ礼を言った。



 ……五郎は趣味で、そう、仕事ではなく趣味で、夜回りのような事をしていたそうだ。

 夜の繁華街をうろつく未成年に家に帰れと声を掛けたり、時折彼等の下らない会話に付き合ったり。

 同じ事を私がやると、間違いなく腕自慢の男子高校生辺りにボコボコにされるだろうが、ほぼゴリラの五郎に対して喧嘩を売れる人間はそうは居ない。

 気さくに、または根気よく話しかけてくるゴリラの存在に、中には気を許す若者も居るらしい。


 そしてそんな若者の中には、家出少女も含まれる。

 一時流行った、神待ち何とかの類だとは思うけれど、まぁ五郎はハッキリとした事は言わなかった。

 昼間の生活に不満を抱いて夜に逃げ、なのに若者特有の無鉄砲さ、何が起きても自分は大丈夫だと根拠なく考える少女達は、良識に欠ける大人から見れば格好の獲物だ。


 普通は獲物と言っても精々性的な意味で危険な目に合う位だが、今回は少し話が違った。 

 五郎は夜の繁華街で出会った家出少女達に、友人が行方不明だと相談を受ける。

 家に帰ったのかも知れないけれど、何も言わずに消えるのは少し変だと。

 少女達は仇名で呼び合う為、互いの本名すら知らないのだから、実家の事なんて聞いてる筈もない。

 でもそれでも、少女達は友人だから心配なのだと、五郎に言った。


 五郎は杞憂だとは言わず、子供の言う事だとも流さず、伝手を使って消えた少女の行方を探す。

 家に帰っていたならば、別にそれはそれで良い。

 心配する少女達にも、無事に家に帰っていたと伝えてそれで終わりだ。

 そんな風に考えて。


 しかし五郎はその行方を追う間に、別の家出少女達のグループからも、行方不明者が出て居る事実にぶつかった。

 また更に調べると、行方不明になった少女は、どちらも割の良い高額バイトを見付けたと言った後に消えた事を知る。

 芸術家に雇われてのバイトだから、モデルの様な物だろうと言っていたと。

 

 故に五郎は更に調べ、その芸術家が誰であるかを突き止めた。

 だから私からの報告は、彼にとっても最悪の物だったのだろう。


 無茶はするなと言っても無駄だろうから、私は何も言わなかった。

 暫くは五郎も忙しくなる筈だ。

 だけどその忙しさが過ぎたら、そのうち我が家に遊びに来る。

 その時は、まぁ精々安酒を一杯に飲ませてやろう。

 安い酒と安っぽいアテをがっついて、器用に見ぬふりをして流せぬ物は、一緒に無理矢理飲み込むしかない。






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