黒宮です。
「春」甘い空気を胸いっぱいに吸い込み家を出る。外は桃色の花びらが歓迎しそれを小鳥たちの合唱と競い合って。平原は菜の花が遠くまで見渡せる。柔らかい風が木々を揺らしまた桃色の花が歓迎してくれる。
そんな中、ここ青葉学園は新入部員をより多く集めるため二三年生が必死に_特に運動部が_一年生を勧誘する。
バスケ、サッカー、テニス、卓球、野球そして陸上。
陸上競技の競技人口は毎年上位を占めているのだが入部数は学校によって大きく変わる部活動でもある。
その中でも長距離は練習から長い距離を走るので高校から興味本位で始めた人は夏までにそのきつさに耐えきれずやめる人も多い。
そしてこの青葉学園もそうだ。
部活勧誘も終盤に差し掛かってきたというのに至る所から勧誘の声が聞こえ最早何を言っているのかわからない状態になっている。
「あーあ、今年も部員少ないな。」
「まあ、リレーとか駅伝とか出れるし大丈夫でしょ。」
「出れるだけじゃあなあ。来年は中国駅伝、出れないかも。」
「インハイ行ったのになあ、それでもダメか。」
そう苦い笑いをして言っているのが今年の陸上部主将、綾野南海。
彼女は去年一昨年と百メートルでインターハイに出場し去年は三位と好成績を残している。勉学でも校内トップと言わば優等生だ。
トントンと音を鳴らして十枚もない入部届を整理する。
「よしじゃあ帰るか。」
「そうだな、おっと入部届落ちてたぞ。」
(此奴イギリスから来たのか。さらに長距離…。)
「あ、どうもどうも。」
学校が終わり新入部員含め部室に集まる。
「おーし、じゃあ長距離短距離と別れるか。」
短距離 八_の内推薦三 長距離 四_の内推薦二。
そうして短長距離別れそれぞれ練習を始めようとする。
「よし、まずは青葉学園の長距離について説明する。」
そういって長距離主将、西尾秀成がボードを持ってきて目標をかく。
目標:インターハイ出場!!!!!!
「今年は推薦で入部している奴もいる、(そしてイギリスから来た奴もいるし)今年は本気でやるぞ。」
「いや、それ先輩たちじゃ無理っすよね。」
「まあ、出来るもんならやってみろって感じ。」
と横から口を出してきたのはまさしく推薦で入部した永田和弘だ。
それに続いてとなりいた安山孝が挑発してくる。
「・・・・」
全員が黙り込む。
誰も口を開かない中一人_の新入部員が_そのまま部室を退室していくやつがいた。
「おい、どこいくんだよ。」
この声でまた変わった空気が流れだした。
先輩たちはこの殺伐とした空気に入っていけない。
そいつは問いかけを無視し外に出ようとしたがそれを永田が肩を掴みとめる。
「聞いてんのか?。」
「誰だお前、。」
「それはこっちのセリフだぞ。」
「俺は黒宮俊也だ覚えとけ。」
「ああ。覚えとくよそれよりもな、立場っての知ってるか?。」
そのセリフと共に顔面に拳をぶつける。
パシッ!!。
その拳を軽く受け止め定位置に戻す。
「ホー、そんならやるか喧嘩でも競争でも。」
「じゃあ、競争でもしてやんよ。お前喧嘩弱そうだから。」
「お、おい。」
この空気を遮るため西尾が止めようとするが。
「いや、お前ら先輩舐めすぎだろ。俺がまとめてやってやるよ。」
突然強い口調の声が聞こえてきたので全員がその元へ顔を向ける。
「おいおい、澤村。そんな向きになるなって。」
その澤村は無視をしたまま二人の元へ行き、顎をしゃくり誘導する。
場所は勿論グランド。
この学校は私立だけあって他の学校とは違いトラックがゴムでできているタータンだ。
トラックの中はたまにサッカー部が使うことがあるが基本陸上部が優先だ。
今は短距離がもう使っているが外のレーンなので関係ない。
(かなり遅かったな・・・。何かあったのか。)
綾野がそんな事を思い西尾に目線を送るが本人は余裕がなく気づかない。
「ここで走るぞ、種目は何だ?。」
「なんか変な奴まで加わってきたけどまあいいや。三千メートルで。」
「お前もそれでいいか。」
てを肩まで上げて了解の意を示す。
もう後戻りができないと踏んだ西尾はボードを持ってきて何かを書きこむ。
「この際だ、全員参加で走るぞ。名付けて一年生歓迎記録会!。」
そのままこの後の日程についてホワイトボードに書く。
17:20〜一組目(三年三人、二年二人、一年一人)
17:35〜二組目(三年二人、二年二人、一年一人)
17:50〜最終組(澤村、西尾、才田、永田、黒宮)
才田は二年生のエースで去年の新人戦で中国大会まで行っているインターハイ出場候補の一人だ。
「アップは各自でただし、このトラックで行うこと。」
そして全員解散した。
一組目二組目とアップに行き残された三組目。
まず最初に動いたのは澤村だった。そして西尾、才田と続く。
大体がそうだが中学生と高校生とではアップのかかる時間が違う。
これは体のなれという面で現れていると思われるのだが高校生になると距離走が多くなり五キロ走っただけでは刺激が入らなくなる時がある。とは言っても試合前等に十キロや二十キロを走っても体が疲れるだけだ。
だから動き作りや補強を入れることによって体に走るとは違う方法で刺激を与えるのだ。
才田がアップに行って十分が経過したがまだアップに行っていない。
(あいつらほんとに大丈夫なのか。もしかしてこんなところでも競い合っているとかじゃないだろうな。)
ふとそんなことを思ってしまう西尾だがそんな不安はすぐさま消えた。
何か気に食わなさそうだが永田がアップをしに来た。先ずは軽く走って体操から。
しかし黒宮はずっと携帯をいじっている。
この学校は携帯は持ってきていいのだが試合や走る前に携帯を使用するのは良くない_音楽を聞くならまだしも。
黒宮が動いたのは永田がアップに行って五分後だ。
ストレッチをしている。その後もラン字をしたりハードルを跨いだりと一向に走らない。
やっとこさ走り出したかと思えば五分程度でやめた。
それを見て澤村が近づいてきた。
「どうした?。」
「あいつ、恐らく能力持ちだぞ。」
「え???。」
そうして最終組三組の出番が来た。
内側から澤村、西尾、才田、永田、黒宮の順で並んでいる。
スターターはマネージャーの猫咲だ。
「よーい、はいっ。」
何とも気が抜けそうな声だったがその声と裏腹に五人の走りには勢いがあった。
最初に先頭に出たのは永田その後ろに澤村。
二百メートル通過は三十二秒少し早いくらいだ。
その勢いはそこで終わり、ペースが落ち着いてきた。
今のペースはキロ二分五十秒程。
三百メートルあたりで澤村が前に出て永田がその後ろに着こうとするがそれを才田が阻止した。
西尾と黒宮が少し離れて二人で走っているがまだ追いつく距離だ。
八百メートルを通過したが状況は今だ変わらずだ。
千メートルは二分四十八秒。
中学生_さらに入部したばっかりの_にはかなりきついペースだと思われるが永田はまだ顔つきが良い。
黒宮は二分五十一秒でまだ余裕そうだ。
(能力持ちかと思ったが考えすぎだったか。)
黒宮の走りを見てふとそんなことを思ってしまっている澤村はラストスパートをするための余力を残している。
千六百メートルから今まで離されていた西尾、黒宮が上がってきた。
西尾が後ろからプレッシャーをかけてくる黒宮に逃げるように走り黒宮は西尾の視界に入るように後ろから攻める。
二千メートル手前で先頭集団に追いつく。
先頭集団はそろそろロングスパートに差し掛かろうとしている。
才田が澤村の横につこうとするがそこで止まる。
永田はそろそろ限界が来そうだ。息が切れ、すこしずつ二人と差が開いている。
そこに西尾、黒宮の手段が追い付いて抜かそうとする。
しかし永田は意地で前を走る。
それでも西尾が永田を抜かそうとしたとき変化が起きた。
(足が動かない・・・)
そして西尾が永田、黒宮の後ろにつく。
永田は調子が戻ったらしく徐々に澤村たちを追いかける。
ラスト一周、澤村がさらにペースを上げた。これには才田も付いて行けずそのままのペースを維持している。
永田たちが才田に追いつきそこからさらに澤村に追いつこうとする。
ラスト二百メートル澤村に追いつき三人でのスパート合戦に移る。先頭から澤村、永田、黒宮の順だ。
((え・・・・。))
その内の二人が同じような思いを瞬時に感じた。
その二人がそれを感じたときもう一人の黒宮が既に前にいた。
残り五十メートル、澤村が最後の意地を見せ黒宮を抜かした。
マネジャーの読み上げるタイムとともに澤村がゴールし黒宮、永田続いた。
澤村が後ろに振り替える。
「お前ら、明日からちゃんと来いよ。」
それから踵を返し部室へ向かっていく。
(八分二十二秒、突然言われて出るタイムかよ。高校生でも難しいわ。)
そんなことを思い澤村は少し経ってからゴールした西尾のもとへ行く。
「どうだった?。」
「恐らく、能力持ちだ。状態以上系だと思う。」
「そうか、。じゃあ、あいつ等にも勝てる存在にも成り得るわけだな。」
「ああ、特にこの世代はすごいからな。」
それから一週間が経った。
黒宮、永田は約束通り部活動には参加し練習も行っていた。
「集合!。」
西尾の声で全員が集まる。
「一か月後いよいよ総体予選が始まる。それで澤村、才田、黒宮、永田は勿論先週言ったインターハイ出場という目標を達成するために明日から本格的な練習に移ろうと思う。それと同時に今から主力メンバーを発表する。」
全員が静まり返る。
いくつかの喉を鳴らす音が聞こえる。三年生にとっては最後の大きな大会だ緊張するのは当たり前だろう。
「先ずは八百メートル。才田、安山そして三年黒石。千五百メートル。澤村、永田、黒宮。三千メートル障害。三年石田、西尾そして黒宮。五千メートル澤村、才田、永田だ。」
三年生は三人しか選ばれずどちらかというと一年生がメインだ。
これは先週言っていたあいつ等を将来的に倒すためなのが一番の理由だ。
能力、それは一般人には持ちえない超人が持つ能力。オリンピック選手や芸能人様々な世界でこれを有する者が活躍するという。まあ、例外も数多くいるが。
能力話保持している者が少なからず_まだ持っているか分からない状態だが_いるからにはその者中心で動くしかないだろう。
西尾はふと黒宮を見てしまう。それは能力を持っているであろう期待から。
西尾はつい唾を飲んでしまった。それは能力を持っていなかったらという絶望の未来から。
それから澤村をと目を合わせお互いが頷く。
練習が終わり澤村と西尾は黒宮の元へ行く。
「何の用ですか。あれから反発もしていませんしちゃんと部活に来てますよ。」
「ああ、それは勿論わかっている。」
落ち着いた声だったが彼個人のオーラに押されて一歩後ろに下がってしまった西尾。それに対して澤村はびくともしていない。
(すげー。)
本の一言だったがこの思いはかなりの尊敬の意がある。
「出は何の様ですか。」
「黒宮の能力のことについて聞きたい。」
流石はキャプテンをしているだけはあって黒宮の威圧_一方的に感じているだけだが_を一瞬で乗り越えた。
「言いですよ、というかやっと聞いてくれたんですね。てっきりここの人は能力を知らないのかと思いました。」
確かに能力を知らない人は八割を占めるという。この知らない人の多さは能力の話をしてもほとんどの人が信じてくれないからだ。
信じない理由としては宇宙人がいるいないと同じようなものだ。
「向こうの奴のことは知らないが日本だと殆どの者が能力のことは知らないが俺たちは知っている。」
「そうですか。日本には能力持ちが多いと聞きましたがこれほどまでに知らない人がいるとは。」
「その通りだ。日本特に黒宮の同年代には強力な能力を持ち世界レベルにまで到達しそうなやつが五人ほどいる。そいつらの能力は知らないが先ずは黒宮自身の能力を教えてくれ。」
「そい_。」
「ん?。」
「いや、分かりました。僕の能力は監視眼です。相手の技術のコピーや相手の弱点を突くことができます。」
「それはおかしいならばこないだの走りは勝てただろう。」
澤村が急に入ってきたことによって少し間ができてしまったが返答はすぐに返ってきた。
「勘違いをしないでくださいあれは僕が能力持ちだと分からせるために行ったにすぎません。でも、確かに技術だけでは速くなりません。筋力が必要なんですよ。先ほどコピーと言いましたけど実際には相手の技術を自分なりにアレンジして走るということです。先輩たちがあの時感じたものは僕がアレンジしたものを先輩たちが見てそれを体が似た様な動きだから勝手に誤作動を起こしてあのような現象が起きたのです。」
あの時、足が動かなくなった時に前にいつの間にか黒宮がいた。
黒宮が後ろにいたときは絶好調ではなかったがそれなりに調子は良かっただが黒宮が前にいると思った瞬間調子が狂った。
(すべてが分かった。)
「なるほど、なんとなくわかった。」
「ああ。で、お前のことばっかり聞いてしまったがお前は聞きたいことはないのか?。」
「いやありません。というよりも無くなった。僕が目と走りで確かめます。」
黒宮の目は輝いていた。
(決まりだな。)
西尾はそう確信した。