表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/16


 ふと見上げた空は白んでいた。


「――明るくなってきたな」


 深夜から朝方まで、ずっと妖魔を狩っていた。

 捕食できたのは、最初の四体を含めて十五体ほど。

 探せば意外と見つかるもので、十分な妖力を補充できた。


「喰えた妖力は三日分くらいか」


 一時間ごとに減る妖力を計算してみると、ざっとそのくらいだ。

 妖狐が持っていた妖力を合わせれば一週間は持つだろう。

 そして、そこに更に上乗せができる。


「……人間の血って、随分と効率がいいんだな」


 人間の血。

 変換すれば莫大な妖力を生産することが出来るとわかった。

 小型の妖魔十五体分を、人一人分の血液のみで賄える。

 肉や臓器を含めれば、もっと多くの妖気が得られるだろう。


「まぁ、もう血を喰う機会なんてないだろうけど」


 これらのことは、すべて自分でたしかめたことだ。

 自分の血を、自分で喰った。

 妖狐との融合時に漏れ出た血液の海。

 それを錬金術で固め、捕食器官で妖力に変換した。

 それがちょうど三日分の妖力になった。


「道理で妖魔が人間を襲うわけだ」


 同族で食い合うより安全で効率がいいとなれば、そちらを狙うのは必然だ。

 理に適っている。

 こう考えてみると、よく今まで遭遇しなかったものだと思う。


「その辺のこと、どうなってるんだろうな」


 街中を歩き回って、これだけの妖魔が見つかっている。

 なら、この人生の中で一度や二度くらい、遭遇していなければ逆に不自然だ。

 だが、実際にその不自然が起こっている。

 人間には妖魔を認識できないのか?

 俺の身に起こったことは特別で、いま俺が妖魔を見つけられるのは融合したから?

 でも、それだと妖魔が一方的に人間を攻撃できることになってしまう。

 それならば妖魔の存在が周知されていなければ道理に合わない。

 つまり、何者かが意図的に妖魔の存在を隠しているということ。

 隠して、人を守っている。

 犯罪に対する警察組織のような、抑止力のような何かが存在している?


「……まぁ、考えてもしようがないか」


 明確な答えが用意されている訳でもない。

 いまは自分に出来ることをしよう。

 そうやって一度、思考をリセットしたところ。

 視界の端に新たな妖魔の姿をみた。


「あれを仕留めて、終わりにしよう」


 区切りをつけるため、アスファルトの道路を蹴る。

 同時に、夜のうちに練習を重ねていたことを実行に移す。


「まだ……ちょっと慣れないな」


 それは人間の姿から、妖魔化するというもの。

 俺の身体に生えた獣耳と狐尾。

 それらは自身の意思で消すことができる。

 これを人間化といい、逆を妖魔化というらしい。

 あの神様は錬金術の知識と言っていたけれど。

 この知識のどこに錬金術の要素があるのかはわからない。

 けれど、きっとなにか関係があるのだろう。

 いかんせん、与えられた知識が膨大すぎる。

 脳内で検索するにも、時を要するのが現状だ。


「完了……っと、こっちか」


 妖魔化が完了して一瞬、妖魔を見失う。

 けれど、すぐに仄暗い陸橋の下に入っていくのが見えた。

 両の獣耳と二本の狐尾、二つの捕食器官を携えて。

 それを追いかけていく。


「捕まえた」


 狐尾を用いて、小型の妖魔を貫く。

 短い断末魔の叫びを上げて、妖魔は息絶えた。

 ぴくりとも動かなくなったそれを、捕食器官で丸呑みにする。

 すぐに妖力に変換され、身体を巡る一部となった。


「よし。これで――」


 終わりだと、そう言おうとして、その言葉は遮られた。


「おい、ここで何してやがる」


 背後から響いた他者の声に、驚かされたからだ。


「……」


 まずい。

 人に見られた。

 この姿を見られてしまった。

 どうする? 顔までは見られていない。

 このまま逃げられるか?


「答えないってことは、そういうことでいいんだな?」


 彼の声音に怒気と苛立ちが混ざる。


「まったく、切りがねーな。狩り場荒しって奴はよ」

「狩り場?」


 口をついて、疑問がこぼれる。


「あぁ、そうだ。ここは俺の狩り場だ。お前、ここで妖魔を狩って喰ったよな? あ?」


 妖魔の存在を知っている。

 俺のこの姿に驚いた様子もない。

 ここが狩り場なのだとすれば、彼もまた妖魔を喰うもの。

 妖魔に類するもの、ということ。

 人語を解し、意思疎通ができる妖魔。

 そんな奴もいるのか。


「……悪かったよ。知らなかったんだ」


 意思疎通ができるなら、対話の余地があるか?


「悪かった? おいおい。お前、俺にあの台詞を言わせるつもりか? じゃあ、しようがねぇ。リクエストにお応えして言ってやるよ」


 彼は、強く地面を蹴る。

 対話の余地など、ありはしなかった。


「ごめんで済んだら警察はいらねーんだよ!」


 その脚力は、人間のそれをはるかに凌駕する。

 瞬く間に距離は縮み、彼の拳が突き出された。

 そうされては、俺も悠長なことは言っていられない。

 即座に反転して彼と向かい合い、その拳を狐尾の二本で受け止めた。


「――ぐっ」


 なんて重い一撃。

 自動車を正面から受け止めたような衝撃が狐尾を走る。

 受け止められたから良いようなものの。

 まともに喰らっていたら肉体の一部が吹き飛んでいた。


「ほー、やるじゃねぇか」

「そりゃ……どうも」


 初めてまともに見た彼の容姿は、人間とさほど変わらない。

 衣服も、雰囲気も、人相も、とても妖魔とは思えない。

 だが、それでもこの繰り出された一撃だけは人知を越えている。

 見た目こそ人間だが、彼は立派な妖魔だ。

 今一度、それを認識させられた。


「だが、俺のが強い!」


 彼の殴打を受け止めたかと思うと、次の瞬間には狐尾を掴まれる。


「まず――」


 身体が浮かび上がり、勢いのまま上空へと投げ飛ばされた。

 天に向かって遡り、待ち受けるのは陸橋の天井。

 叩き付けられては堪らない。

 なんとか空中で体勢を立て直し、天井に張りつくようにして衝撃を殺す。

 無事に着地ができたことに、だが安堵している暇はない。

 俺の後を追うように、彼も跳躍していたからだ。


「くそっ」


 追撃がくるまえに、天井を蹴って地面へと向かう。

 その直後、落下の最中に俺はみた。

 跳躍した彼の蹴りが、陸橋の天井を打ち砕くのを。


「マジかよッ!」


 微細な瓦礫を振らせながら、彼の足が引き抜かれる。

 それを見て、次にくる攻撃にたやすく予想がついた。

 今度は天井を足場に跳躍して蹴りを放ってくる。

 それが自分に当たらないように、急いで対策を取る。

 間近となった地面に向かい、狐尾の一本を突き立てた。


「これでっ」


 突き立てた狐尾を軸に回転を掛け、自身を振り回すように投げ飛ばす。

 地面と平行に飛んで、彼の攻撃範囲から緊急離脱する。

 これで蹴りには当たらない。

 そう確信を抱きつつ、両足と片手で地面を削りながら勢いを殺した。

 ぴたりと、身体が止まる。

 それと時を同じくして、かるく揺れるような衝撃が地面を伝う。

 恐る恐る、視線を正面にやる。

 そこには標的を失った蹴りが地面を穿ち、浅いクレーターを形成しているのが見えた。


「うまく避けたな」


 そう言った彼の額には、二本の角が生えていた。

 角と妖魔。

 連想するのは、鬼。

 なるほど、鬼ならあの馬鹿力も納得がいく。

 これは本腰をいれて抵抗しなくちゃいけないみたいだ。

 あの脚力を相手にして、逃げ切れる自身はない。

 やっぱり戦って、勝たないといけないみたいだ。


「こいつは……邪魔だな」


 二つの捕食器官を、錬金術で狐尾に戻す。

 捕食器官は攻撃には向くが、防御には適さない。

 戦うのなら、狐尾のほうが優れている。


「――じゃあ、こういうのはどうだ?」


 そう言った彼は自身の左腕を変貌させる。

 人のそれだったものが、赤黒い無骨な鬼の手となった。

 五指には鋭利な爪が生え、人であった時よりも肥大化している。

 彼はその鋭爪を束ねて振るう。

 それははじめ、虚空を貫こうとしているように見えた。

 だが、それは違っていた。


「――っ」


 腕が伸びる。

 鬼化した腕は人間の常識など簡単に覆してみせた。

 鋭爪は鉄砲玉のごとく飛来し、一直線にこの身へと迫る。

 それを目にし、けれどすぐに俺は妖狐の本能に従った。

 この状況下、人間の判断より獣の直感に従ったほうがいい。


「これならっ」


 右足を軸に回転し、四本の狐尾に遠心力を乗せる。

 狐尾もよく伸び、よくしなる。

 妖力を流し込めば硬化し、そこに勢いが加われば。

 狐尾は鋭利な刃と化す。


「――よし」


 四本の刃は弧を描き、飛来する鋭爪を打ち払う。

 刃に弾かれた鬼の腕は、激しく損傷して鮮血を散らしている。

 いま、彼は片腕が使い物になっていない。

 攻めるなら、今をおいて他にないだろう。

 そう決断し、即座に足を動かして肉薄を試みる。


「させるかよ」


 肉薄する俺に向けて、今度は右腕が伸ばされる。

 束ねられた鋭爪は、一本の槍となって突き放たれた。

 だが、その手はすでに攻略済みだ。

 再び、右足を軸に回転し、狐尾の刃で打ち払う。

 これで両腕を封じた。

 あとは、四本の狐尾で彼を貫くだけ。


「――」


 間合いに踏み入り、狐尾を四方向から向かわせる。

 両腕を損傷した今、彼にこの攻撃を防ぐ手立てはない。

 そのはずだった。


「残念だったな」

「――ガァっ!?」


 腹部に激痛が走る。

 なにが起こったのか、すぐにはわからなかった。

 混乱する頭で指令を出し、視線を腹部へと向かわせる。

 そうしてこの目に映ったのは、封じたはずの鬼の左腕だった。

 鬼の腕が、俺を貫いている。


「さい……せい……」

「その通り。鬼の再生能力を甘く見たのが運の尽きだ」


 そうか。

 再生能力。

 鬼には、それがあったのか。

 知識を持っていても、それを引き出せなければ意味がない。

 彼の正体を知った時に、脳内で検索をかけておくべきだった。

 反省、しないと。


「よう。どんな気分だ? これから死ぬってのは」


 その問いは、数時間ほどまえにも聞いたものだ。

 あの時は答えられなかったけれど、いまなら答えられる。


「意外と……悪くないもんだぜ」

「あ?」


 自らを貫く鬼の左腕へと手を伸ばす。

 がっしりと掴み、捕らえる。


「お前の……左腕を、もらうっ!」


 そして、錬金術を発動した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ