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捕食器官


「くっ……まだ頭がくらくらする」


 押し寄せる知識の波に、脳の処理が追いつかない。

 前後不覚になるほどだ。鈍い痛みすらある。

 けれど、なんとか立ち上がって頭に手をやった。


「……ん?」


 痛む頭に手が触れたところで違和感を感じた。

 人体の頭部にはないはずの物が、そこにあったからだ。

 触って確認してみると、それの正体に見当がつく。


「まさか、鏡っ」


 どこかに鏡はないかと探してみると、道の角にカーブミラーを見つけた。

 直ぐさま駆け寄って自身の姿を確認する。


「……マジかよ」


 そこには黒い獣耳を生やした、自分の姿が映っていた。


「冗談キツいぜ、こんなの……」


 原因は、はっきりとしていた。

 新しく心臓を造るために材料とした化け狐。

 そのあまりが獣耳として現れている。

 生きるためにはそうするしかなかったとはいえ、こんなものが生えるとは。


「そう言えば、心臓……」


 新しく造った心臓は、きちんと機能しているだろうか。

 すこし不安になって胸に手を当て、その鼓動を確かめた。

 けれど、なんの振動も感じられない。


「……動いてない?」


 そんな馬鹿なと思いながら、今度は手首に指を当てる。

 脈拍を測るためだ。

 けれど、やはり脈は感じられなかった。


「なんでだ? どうして動かない……」


 あのいたずらな神様に与えられた知識の中には、人体に関するものもあった。

 心臓の形や造りも理解しているし、それを元に完璧に構築したはず。

 なのに、どうして鼓動が再開しないんだ。


「もう、一度」


 自分の胸に手をやり、錬金術を発動する。

 心臓を崩壊させ、直後に再構築した。

 今度こそ、完璧に造り直した。


「これで……動き始めるはず」


 だが、それでも心臓は動かない。

 なにが原因で機能しないんだ?

 いったい、なにが足りない?


「……そもそも、いま俺はどうやって生きているんだ?」


 心臓は止まっている。

 だが、俺は不便なく身体を動かせている。

 走ることも出来たし、いま立っていて異常も見当たらない。

 思考能力だって、平常時と変わらない。


「なにかが……心臓の代わりをしている?」


 その代わりとは一体なんだ?

 心臓以外に、全身に血を巡らせる方法は。


「血?」


 血が巡らないのなら、それはどこに落ちる?

 重力に引かれて、足に貯まるはず。

 でも、両の足にそれらしい症状はない。


「……」


 視線はゆっくりと自分が襲われた位置に向かう。

 アスファルトの道路を通ってたどり着いたそこには、血の海が広がっていた。


「身体に血が残ってない。だから、心臓が動かない?」


 もし仮にそうだったとして。

 だが、問題の解答にはならない。

 俺がいま解明しなければならないことは、なにが心臓――血の代わりをしているのか。

 思考は巡りに巡る。

 しかし、それを邪魔するモノが現れる。


「グルルルルッ」


 低いうなり声。

 獣のようなそれを聞いて、反射的に背後を振り返る。

 そこにいたのは、四体の獣だった。

 野良犬や野良猫じゃない。

 一目見て、それが化け狐に類する存在だと気づかされた。

 与えられた知識によれば、あれを妖魔というらしい。


「……どう、逃げる」


 妖魔は、こちらの様子を窺っている。

 その目で俺を睨んでいた。

 しかし、その視線にさほどの脅威は感じない。

 身体もあの時とは違って自由が利く。

 走って逃げれば振り切れるか?

 いや、一度、同じことをして失敗しているんだ。

 あの四体から、逃げられるとは思えない。


「……戦うしか、ないのか」


 そう戦意を固めた直後のこと。

 こちらの意思を感じとりでもしたのか。

 四体の妖魔は地面を蹴った。

 風のように駆け抜け、瞬く間に距離が埋まる。

 鋭利な牙は剥き出しとなり、喉元に食らいつく。


「――」


 すべては一瞬の出来事だった。

 俺が意識的にできたことは、身を守るために腕を盾にしたことくらい。

 反射的に防御を取って、来たる衝撃と痛みに身構えた。


「……え?」


 待てども待てども、痛みはこない。

 腕で塞いだ視界を開けてみると、すでに絶命した妖魔がいた。

 その胴体は、黒い尾で貫かれている。


「これ、俺がやった……のか?」


 尾は、俺から生えているものだった。

 これが襲い掛かる妖魔を返り討ちにした。

 俺を仕留めるために、化け狐がそうしたように。


「……尾は、自由に動かせる」


 この尾。

 この四本の狐尾は、俺の意思に従って動く。

 無意識下で、俺は尾を操作していた。

 なら、戦えるかも知れない。


「……あと、三体」


 一番槍が返り討ちにあったことで、残りの三体は身じろいでいた。

 こちらを警戒し、更に低くうなっている。


「――よし」


 貫いた妖魔の死体を空へと投げる。

 宙を舞う仲間の死体に、三体は釘付けになった。

 俺は、その隙に乗じて動き出し、駆け抜ける。

 すれ違い様に、すべては終わる。

 俺がこの足を止めた時、尾の三本には妖魔が突き刺さっていた。


「いける。戦える」


 戦い方は、融合した化け狐の本能が教えてくれた。

 これなら妖魔に襲われても自衛ができる。

 俺はもっとも信頼できる武器を手に入れたんだ。


「……わかった気がする」


 心臓――血の代わりをしていたもの。

 それは化け狐が持っていた妖力と呼ばれるもの。

 それが全身を巡り、血の代わりとなって肉体を維持している。

 しかし、それは時を追うごとに残量を減らしていた。


「妖力は血の代わり。なら、それを補給するには……」


 血を増やしたいなら食事をすればいい。

 なら、妖力を増やしたいなら、同じことをするべきだ。


「これを、喰う」


 俺が殺した四体の妖魔。

 それを喰えば、恐らく妖力を補充できる。

 この肉体を維持するための燃料を得られる。


「でも、吐くよな。たぶん」


 調理器具も調味料も用意できない以上、生で喰うしかない。

 血の滴る生肉を喰えるだろうか?

 たぶん、答えは否だ。

 口に含んだ瞬間、嘔吐するのが目に見えている。


「なにか良い方法は……」


 無理矢理にでも飲む込むか。

 あるいは、化け狐の時のように錬金術で融合するか。

 でも、あれは結構な手間がかかる。

 妖気の補充は今後も頻繁に行うことになるだろうし、出来れば別の方法を探りたい。

 同じ妖魔だったら、こんなことに頭を悩まさずに済んだかも知れないな。


「……いや、待てよ」


 べつに俺が喰う必要もないのか。

 そう思い立って、狐尾の一つに錬金術を使う。

 崩壊させ、再構築して別のモノへ。

 新たに造り直すのは、もう一つの口だ。

 鋭い牙が並ぶ、獣の口。

 捕食器官を造り出した。


「これなら」


 造り上げた捕食器官を妖魔の死体へと向かわせる。

 それは牙を剥いて食らいつき、妖魔を丸呑みにした。


「もう一つ」


 錬金術で捕食器官をもう一つ造り、残りの死体を同時に喰らう。

 丸呑みにされた死体は、直ぐに妖力へと変換された。

 これで妖力の補充は出来るようになった。

 生きることが、出来るようになった。

 この心臓の動かない状態を、生きていると言っていいのかわからないけれど。

 それでもこの肉体を維持することは出来るみたいだ。


「まだ動く。まだ意識がある。なら――」


 ならば、この心臓をどうにかして動かそう。

 それが出来れば、俺は胸を張って生きていると言える気がする。

 この半分死んだままの半生半死から抜け出すんだ。


「必ず、生き返ってやる」


 心臓の音すら聞こえない静寂の中で抱いた決意。

 誰にも知られることのない決意表明は、夜空に吸い込まれて掻き消えた。

 けれど、この胸には絶えず反響して鳴り止むことはない。

 生き返る、その時まで。

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