風
初動はこちらが早かった。
肉薄し、一息に距離を詰めにかかる。
対して、三陰はその場を動こうとはしない。
なにか企んでいるのか?
思考の片隅で警戒をしつつ、刀の間合いに彼を捉える。
腰の刀に手をかけ、刀身を振り抜いた。
「おっと」
繰り出した抜き打ちに対して、そこでようやく三陰は動く。
取った行動は、後方への退避。
それはまるで重力を無視しているかのような軽やかなもの。
刃は届かず、あえなく刀は虚空を裂く。
その隙を狙い澄ましたように、三陰からの返しがくる。
「さて、これをキミはどう防ぐ?」
言葉と共に、三陰は腕を振るう。
そうして繰り出されるのは、得物の雨。
剣、刀、槌、槍、斧、などなど。
いくつもの武器が虚空より出でて降り注ぐ。
「――」
鋒で描く剣閃は、迫りくる得物を両断した。
斬るのは、必要最低限。
この身に元から届かないものに、構っている暇はない。
天から落ちる雨粒さえも断つ。
そんな天狗の剣技を持って、すべてを無傷で捌き切る。
斬り捨てた得物は、もとの虚空へと回帰した。
「なるほど、接近戦は得策ではなさそうだ。なら――」
先ほどの攻撃は、俺の技量を見極めるためのもの。
それ故に着地した三陰は、俺から更に距離をとった。
「僕はキミの間合いには決して入らない」
距離を取りながら、またしても虚空から得物を生成する。
まるで際限などないかのように、無数の得物が飛来した。
「切りがないな」
剣技で飛来物はすべて捌ける。
とはいえ、捌くだけでは三陰は倒せない。
惜しげもなく得物を飛ばしてくる辺り、弾切れを狙うのは悪手だろう。
しようがない。
ここは一度、身を隠すか。
「おや、隠れんぼかな?」
「なんとでも言え」
幾つもある柱の影に身をおき、射線を切った。
そうして一呼吸を置き、頭をすこし整理する。
いくつもの得物を虚空から生成する妖魔。
いったい、なんの半妖だ?
「来ないのなら、こちらから迎えに行こう」
そう声が聞こえ、その直後には射線が通る。
まるで弾幕であるかのように、得物の波が側面から押し寄せた。
それに呑まれる訳にはいかない。
攻撃範囲内から離脱するため、跳ぶように転がって回避した。
そうしてから直ぐさま地面に膝をつき、視線を正面へと持ち上げる。
その瞬間、視界には巨大な槍の穂先が映った。
「そんなものまでっ」
慈悲もなく打ち放たれるそれに、打てる手は多くない。
回避か、迎撃か。
回避をしても、また同じ事の繰り返し。
なら、立ち向かうほかにない。
立ち上がり様に足を前へと踏み込み、渾身を込めて一刀を薙ぐ。
打ち放つ一太刀は、真正面から槍を引き裂いて振り抜ける。
二つに分かたれたそれは、ほかの得物と同じように虚空へと回帰した。
だが、それがほかより巨大なせいか。
その消え方を、より長く、正確に観察することができた。
「――そうか」
脳裏を過ぎる、一つの推測。
槍が消えた直後、僅かにだが風が走った。
思えば、三陰が得物を放つとき、そのすべてが行動を伴うものだった。
腕を振るう。後方へと飛び退く。
その行動のすべてが、僅かだが風を生む。
三陰は風を得物に変えていた。
つまりは。
「――鎌鼬」
彼が鎌鼬の半妖ならば、納得がいく。
三匹が一組となった妖魔。
一匹目が対象を転ばし、二匹目が斬りつけ、三匹目が傷薬を塗って去って行く。
思うがまま人に害をなし、好き勝手に振る舞う、自分勝手な妖魔。
なるほど、三陰の人物像によく当てはまる。
「ほう、よく見抜いたね。だが、だからどうしたと言うのかね」
三陰はまたしても腕を振るい、風をいくつもの得物に変える。
たしかに正体を知っただけで、対策が練られた訳じゃあない。
しかし、それでも十二分。
余計な警戒をせずに済む分、攻め込むのに踏ん切りがつく。
「待ってろ」
飛来する得物を斬り捨てた。
「すぐにそっちに行ってやる」
地面を蹴る。
得物の弾幕に向けて、真っ正面から突貫した。
身に迫る得物のすべてを斬り捨て、三陰へと直進する。
「猪突猛進を絵に描いたようだ」
それを見て、三陰はまた距離を取ろうとした。
だが、そうはさせない。
即座に狐尾を伸ばして四閃を描く。
黒の四筋が周囲の柱をいくつも貫いて、簡易的な檻を形成する。
「――なにっ!?」
簡単な造りではあるが、行く手を阻むには十二分。
すでに距離は十分に詰めた。
現在地はすでに刀の間合い。
接近戦なら、天狗の剣技に分がある。
「――くっ」
檻に閉じ込められた三陰は、虚空から大鎌を生成する。
それが三陰の近接戦闘のスタイル。
刀と大鎌。
二つの得物が、甲高い音を鳴らして混じり合う。
「なかなかっ――やるじゃないかっ!」
打ち合いの最中、三陰は周囲に得物を展開した。
大鎌の相手をしなければならない以上、刀はそれらに使えない。
「そいつはどうもっ」
それを受けて、こちらも対抗策を打つ。
ここまで接近できれば、檻の必要はもうない。
狐尾を元の長さに戻し、展開された得物の防御に当てる。
一斉掃射される得物と、それを打ち落とす狐尾。
戦闘音は断続的に奏でられ、幾度となく連鎖した。
だが、それにも途切れる時がくる。
「――」
ほんの僅かな隙をついて、戦況が決定的なものとなる。
呼吸、リズムの間隙を縫って、この刀の鋒が伸びる。
三陰は、それを苦し紛れに弾き上げたが、代わりに致命的な隙を生む。
この好機を逃す手はない。
弾かれた刀を引き戻し、下方から一息に斬り上げた。
勝敗を決する一撃に、それはなる。
はずだった。
「――なっ!?」
振り上げた刀は、しかし何者も斬ることはなかった。
三陰も、大鎌も、虚空さえも、斬ることが叶わない。
なぜなら、折れてしまったから。
鴉天狗である黒羽から奪った日本刀が、根元からぽっきりと。
「はははっ! いかんな、創也くんっ!」
三陰が、体勢を立て直す。
隙が、消える。
「手入れは、きちんとしておくべきだっ!」
振り上げられる大鎌が曲線を描いて馳せる。
命を刈りとる死神が如く。
刀はすでに折れたあと。
すべてが、停止したかのような錯覚を覚える。
だが、その中で思考だけが止まることなく、巡り続けていた。
それゆえか、反撃が間に合う。
「まだだっ!」
防御に回していた狐尾の一本を、大鎌にぶつけた。
形振り構わない力任せの一撃は、だからこそ三陰の手元から得物を奪う。
しかし、その反動によって畳み掛ける機会を失った。
互いに体勢を崩し、ほんの僅かな間がひらく。
その瞬間に、俺たちはあらゆる思考を巡らせた。
狐尾は展開された得物の防御に当てている。
これ以上は使えない。
使ったが最後、串刺しになって負けるのは俺のほうだ。
刀はすでに折れている。
握りしめた柄と鍔だけでは、どうにもならない。
錬金術は、この瞬間では間に合わない。
ならば。
「――」
互いが導き出した結論は、奇しくも同じだった。
武器を捨てた肉弾戦。
中でも、人体が繰り出せる最高の一撃。
真っ正面からの単純な蹴りである。
二つの蹴りがぶつかり合う。
「――ぐ、ぁっ」
否。
ぶつかり合ったのではない。
斬り裂かれたのだ。
俺の足だけが、一方的に。
「残念だったね、創也くん。考えることは同じだったようだが――」
足を貫いて膝の皿にまで食い込んだ、刃。
「僕は自身の身体ですら刃にすることが出来るんだ」
三陰の突き出した足は、一本の剣になっていた。
剣は足の骨を斬り裂いて、肉に埋もれている。
一体化したように。
「あぁ……そうかい……なら……」
斬り裂かれた足に手を置いた。
「その刃は、俺がもらっていく」
そして、錬金術を発動する。




