賭け
耳を疑うような台詞に、一瞬だけ思考が停止する。
言葉の意味を噛み砕くのに、酷く苦労をした。
そうすることでようやく、その意味を理解したとき。
やはり、この男とは意見が合いそうにないと確信を持った。
「お断りします」
恐ろしく無機質で感情のこもらない返事を鈴音はした。
その後、直ぐに俺の背後へと隠れてしまう。
それは当然の反応だった。
「おやおや、恥ずかしがり屋さんだね」
なにをどうすれば、そんな受け取り方になるのやら。
明確な拒絶の意思を、好意的に解釈しすぎだ。
意思の疎通に難があるんじゃあないのか?
「……一応、言っておくけど。この日本で重婚は禁じられているからな」
「あぁ、そうだとも。忌々しいことにね」
理解してはいるのか。
忌々しいと思うということは、法律に縛られている自覚もあるらしい。
彼の言動だけを見れば、そうとは思えないが。
「誰もが皆そうだ。法律、道徳、倫理、そんな下らない物に、この国の人間は縛られている。だが、よく考えてほしい。なぜ、自らの愛をっ! 複数人に注いではならないのかとっ!」
なんか、熱く語り出したぞ。
「愛が服を着て歩いているような僕にとって、一夫一妻の制度は窮屈すぎる。だからこそ、僕はこう訴えたい! たとえ禁じられていようとも、互いの了承さえあれば何人とでも愛し合う権利があると!」
その権利を認めていないのが法律なんだが。
それにお前はその鈴音の了承すら得られてないだろ。
「話し合えば、きっとキミにもわかる。さぁ、こちらへ来たまえ」
「嫌です」
鈴音は顔も視線も合わせることなく、俺の背中からそう言葉を告げる。
彼の理論を聞いて、取り合う気すら失せたらしい。
俺が鈴音の立場でも、きっとそうしたことだろう。
「ふーむ、なかなか強情なようだ。それは――」
三陰と、視線が合う。
「キミが、ここにいるからな?」
俺がいてもいなくても、答えは変わらないと思うが。
それを言っても、三陰には通じないだろう。
話が通じない相手に、なにを言っても無駄なだけだ。
「よろしい。では、賭けをしよう」
「賭け?」
「そう、互いに大切な物を賭けて勝負しようじゃあないか」
なにを言い出すんだ?
いったい、なんの意味がある。
「僕からはキミが望むものを差しだそう」
「……この狩り場ってことか」
「その通り。その代わり、キミにはその少女を賭けてもらう」
狩り場と、鈴音を賭ける。
賭けて、勝負をする。
「キミが勝てば目的は達せられるはずだ。僕も潔く、この場を去ろう。だが、キミが負けた場合は、そこの少女をおいていってもらう。その後で、じっくり説得を試みよう」
互いに利のある賭けってことか。
「もちろん、一対一の男と男の勝負だ。ほかの者に手出しはさせない。どうだろう。受けてくれるね?」
三陰の提案は理解した。
勝てば素直に狩り場を明け渡すと言うのなら、受ける価値はあるのだろう。
けれど、そんな打算はなしにして。思考の隅へと追いやって。
俺の答えは、最初から決まっていた。
「お断りだ」
そんな賭けに、乗る必要はない。
「……なぜ? わからないな。キミにおっても悪い話では――」
「鈴音は賭け事の景品じゃねぇんだよ」
自分でも、驚くほど低い声が出た。
自らが思うよりずっと、俺は怒っていたみたいだった。
深く息を吐いて、気持ちを落ち着ける。
「お前の提案は、そもそも成立してないんだ」
「なるほど、この城だけでは釣り合わないと。では、僕のほうから更になにか上乗せしよう」
「わかってないな。たとえ月に届くまで札束を積み上げても、俺はこの話には乗らない。そういう問題じゃあないんだよ、三陰」
賭けなんてしない。
景品になんてさせない。
それは鈴音に対する侮辱だ。
そんな真似はしたくない。
「口説く口説かないは、お前の自由だ。好きにしろよ。ただし――」
「ただし?」
「そいつは俺を倒してからにしろ」
誰が誰を口説こうと、それは個人の自由だ。
俺がなにかを言うようなことじゃあない。
だが、物事には順序というものがある。
まずなによりも先に、俺たちはこの狩り場を奪い返さなければならない。
三陰が鈴音を口説きたいのなら。
まずは俺たち奪還者を返り討ちにしてからだ。
それが筋というもので、道理というものだ。
「くっ、はははっ! いいじゃないか、気に入ったよ」
三陰は笑う。
楽しそうに。
「戦うことに変わりはないが、僕としてもそちらのほうがすっきりする。気兼ねなく、そこの鈴音という少女を説得できるわけだ。面白い、受けて立とう。付いてきたまえ」
そう言って、三陰はべつの扉へと向かう。
「どこにいく気だ?」
「ここは狭い。この上の階に広い空間がある。そこで雌雄を決しようじゃないか。もちろん、一対一でね。僕のプライドに賭けて誓おう。戦うのは僕一人だけだ」
そう告げて、三陰は扉に手をかけた。
廊下へと出ると、その後に続くように女たちも部屋を出て行く。
その様を見ながら、ふと深いため息が出た。
あの三陰という男を相手にしていると、酷く疲れる。
「なんだか、面倒なことになってきたな」
「そう……だね」
返事をする鈴音に、いつものような元気がない。
「大丈夫か? 調子が悪そうだけど」
「え? あ、うんっ、ぜんぜん。私は大丈夫だよっ」
「そうか? なら良いけど」
まぁ、元気ならそれでいいか。
幽霊のことも、すっかり忘れているようだ。
思い出さないうちに、俺たちも三陰の後を追おう。
「行こう、鈴音」
「うん」
俺たちも部屋を出て通路を進み、階段を上る。
その際も警戒は怠らなかったけれど、不意打ちを仕掛けてくるようなことはなかった。
三陰にも三陰の流儀があるらしい。
階段を上り終えると、すぐに広い空間に出た。
仕切りの壁が一枚もない、見渡す限りに柱だけが立っている。
なるほど、これなら先ほどの部屋より随分と戦いやすい。
「鈴音は、ここで待っててくれ」
「……いいの?」
「あぁ、大丈夫だ」
相手が一対一で戦うと言っているんだ。
三陰がその姿勢を崩さない限りは、俺もそれに沿うべきだろう。
この判断が、裏目にでなければいいけど。
「さて、勝負をしようじゃないか。だが、まだキミの名前を聞いていなかったね」
「天喰創也だよ」
「では、創也くん。準備はいいかい?」
「あぁ」
空間の中心地にて、三陰と向かい合う。
いまのところ、女たちに動きはない。
誓いは守るようだ。
「僕はキミに勝って彼女を口説く」
「俺はお前に勝って狩り場を奪い返す」
一触即発の空気が満ちて、張り詰める。
「さぁ、はじめようかっ!」
戦いの幕は上がった。




