作戦会議
「……しくじったのか、鳴」
ため息交じりに、伽藍は呟く。
「ごめんなさーい……」
しゅんとした様子で、鳴と呼ばれた魔術師は答えた。
その直後、深いため息が伽藍から出る。
「だから、最初から私がやるって言ってたんだ! それを任せてくれって言うから、信じて送り出したのにお前はー!」
「いはい、いはい、いはいっ。ほっへをつねらふぁいでっ!」
伽藍は怒りながら鳴の両の頬を抓る。
いや、怒ると言うよりは、叱ると表現したほうがいいかも知れない。
子供を叱る親。
見たところの印象は、そんな感じだ。
「あの」
鳴の悲鳴が響く中、そう声をかける。
すると、すぐに伽藍は鳴から手を離した。
「聞かせてもらえるか? なにがどうなっているのか」
察するに、鳴の行動は伽藍も承知していたはず。
なぜ、狩り場を襲ったのか。襲わせたのか。
なにか理由があるはずだ。
「本当は秘密裏に確かめるためだったんだけど、こうなっちゃったらしようがないか」
伽藍も観念したように言葉を零す。
「たしかめる?」
「あぁ。そちらの戦力を事前に確かめておきたかったんだ。どうしても」
理屈は、わかる。
妖魔退治の専門家なのだから、戦闘に長けていて必然。
その魔術師たちと共闘を行える戦力水準に、半妖が達しているか否か。
それを確かめておきたいという心情は理解できる。
でも、やり方が乱暴すぎる。
「もっと穏便には出来なかったのか?」
「より実戦に近い形で、相手に遠慮することもない状況下で、半妖がどこまでやれるのか。それを知らないと意味がないんだよ。試合って形式だと、見えてこない物もあるんだ」
とはいえ、と伽藍は続けた。
「乱暴なやり方ですまない。許してくれ」
そして、律儀に頭を下げる。
それを見て、鳴も同じようにした。
そう素直に謝られてしまうと、許さないわけにもいかないな。
「わかったよ。あんた達にも事情があったんだ。今回のことは、綺麗さっぱり水に流すよ」
これから共闘しようと言うんだ。
わだかまりは、今のうちに排除しておこう。
「それでいいか?」
そう問うと。
「えぇ、そうね」
「ま、創也がいいって言うなら、私たちも別にいいよ」
「狩り場が取られた訳でもないしな」
どうやら三人も同じ考えらしい。
「――だ、そうだ」
「ホントですか? やったー!」
「こら、鳴!」
鳴はまた叱られていた。
「それで、俺はお眼鏡にかなったのか?」
「あぁ。鳴を軽くあしらったんだ。戦力として申し分ない」
「そいつはよかった」
まぁ、妖狐の本能と天狗の剣技によるものだけれど。
それを言ってしまうと話がこじれるので、黙っておこう。
「後ろの三人もそれに近しい実力を持っていると見ていいのか?」
「あぁ。そう思ってくれていい」
凜とは直接的に戦っているし、鈴音とは共闘している。
秋月さんはその二人より強いという話だし、その認識で合っているはずだ。
「なら、なにも問題はないな。じゃあ、そろそろ詳しい話をしたいんだが……」
「じゃあ、続きは中で話しましょうか」
秋月さんの言葉で、一同は場所を移した。
「――改めまして! 稲城鳴です、よろしくお願いします!」
グラウンドから孤児院へ。
居間に通された鳴は、そう自己紹介をした。
元気よく名を告げると、伽藍の隣に腰掛ける。
「じゃあ、簡単にだけど、今回の作戦について説明する。鳴」
「はーい」
鳴の手によって食卓に広げられるのは、一枚の地図。
見たところこの街のもので、地図上には幾つもの印が付けられていた。
「九十九は今も勢力を拡大し続けている。今日までに、こことここ、それにここも、勢力下に落ちた。まさに破竹の勢いだ」
地図上に新たな印が付け足される。
この幾つもの印は、九十九の手に落ちた狩り場の数。
数十箇所はある。
こんなに多いのかと思ったけれど。
よく見てみれば、道路上に多く印がついている。
狩り場は空き地だけでなく、道路上にもある。
寧ろ、そちらのほうが数が多いくらいだ。
そして、そこは不幸が起こりやすい場所でもある。
少しまえに、交通事故があった場所にも、印がついていた。
「だから、まずはこの勢力拡大を食い止める」
伽藍は、ペンで地図上に線を引く。
印がすべて治まるほどの大きな円が書き足された。
「食い止めるって言っても、どうするの?」
鈴音の質問に、伽藍は描いた円を指さした。
「この円の周囲にある狩り場を、私たち魔術師と半妖たちで同時に叩くんだ」
「……包囲殲滅ってことか。奇襲が綺麗に決まれば、あるいはってところだな」
包囲殲滅。
だが、それは凜が言うように、奇襲が上手くいけば可能性がある程度だ。
不測の事態は起こるだろうし、包囲が完了しない可能性だってある。
そもそも他の魔術師や半妖がうまく連携できるかも怪しい。
「まぁ、急ごしらえの連合軍なんだ。そんなにうまくはいかないだろうさ。だから、今回はあくまでも勢力の拡大を食い止めることを目標にしてるんだ」
最初から壊滅を狙うのではなく、これ以上、大きくならないようにする。
勢力拡大を食い止め、膠着状態を造れば、とりあえず九十九の行動は制限できる。
好き放題に暴れ回っている現状からすれば、それでも大きな前進か。
「それに活動できる時間も限られているからな。仮に完璧な連携がとれたとしても、一日で壊滅に追いやるのは不可能さ」
「限られて……あぁ、俺たちは人目のない夜にしか……」
半妖は戦う際に、どうしても妖魔化せざるを得ない。
その姿を一般人に見られるのは非常に不味い。
俺たちにとっても、九十九にとっても。
人の世で生きていけなくなることを、公の場でできるはずがない。
だから、この作戦は夜から明け方までの時間しか決行できない。
そんな短時間で、この広大な勢力図を塗り替えることは不可能だろう。
「そうだ。だから、行動は迅速に。もし一般人に見られたら、すぐに私たちに連絡してくれ。然るべき処置をするから」
然るべき処置とは。
口封じとか?
いや、仮にも人を守ってきた組織だ。
そんな野蛮な真似はしないか。
「あと、これをみんなに配っておく」
そう言って伽藍から数枚の紙のようなものを渡される。
紙面には何らかの文字が連なるように書かれていた。
達筆すぎて、逆に読めないくらいだ。
「これ、お札か?」
大きさ、形からして、それを連想させられる。
「まぁ、そんなもんだ。正確には呪符って言って、使い方はこうだ」
「あいたっ」
伽藍は、鳴の額に呪符を貼り付ける。
すると、融けるように掻き消えた。
「こうすることで、対象の妖力を封じることができる。半妖に使えば無力化されて、普通の人間と差違がなくなるんだ。まぁ、力の強い半妖だと、呪符が効かないこともあるんだけど」
「その場合は、どうするんだ?」
「ある程度、弱らせてやればいい。力を使い果たせば、呪符は効くようになる」
流石は妖魔退治の専門家と言ったところか。
こんな一撃必殺に近い呪符を、これだけの枚数用意できるなんて。
量産体制が整っている証拠だ。
もし魔術師と敵対なんてしようものなら、魔がつく者たちは為す術がない。
俺も、間違っても敵対しないように気をつけよう。
「ここまでで質問は?」
「……この作戦が成功したとして」
凜は、こう続ける。
「奪い返した狩り場は、どういう扱いになる?」
「基本的には魔術組合の所有という扱いだ。九十九の壊滅を確認次第、順次、返還されることになっている。その際に起こる揉めごと、諍いには魔術師は関与しない決まりだ」
「……なるほどな」
奪い返しはすれど、その後には関与しない。
返還に合わせて、狩り場を我が物としようとする半妖も中にはいるだろう。
そう言った揉めごとや諍いは半妖同士で解決しろ、ということらしい。
「私からも一つ」
秋月さんからも手が上がる。
「決行の日時はいつになるのかしら」
「いま他の半妖たちへ、魔術師が協力を促している。それにすこし時間を取られるが、すくなくとも一週間以内には決まるはずだ」
一週間後には、九十九に包囲を築くことになる。
開戦の日は、すぐそこにまで迫っていた。




