少女
九十九に対抗するために、孤児院に協力する。
そう決心してから、数日が過ぎた。
今日まで悶々とした日々を過ごしていたけれど。
ついに明日、魔術師と顔を合わせることになった。
所定の時刻に、孤児院を訪れるらしい。
「明日に備えて、今日はこの辺にしておくか」
もう二度と訪れることはないと思っていた場所。
陸橋の下にある狩り場にて。
秋月孤児院に協力することになり、俺にもここの使用許可が出た。
お陰で妖力の補充も、楽にこなせるようになっていた。
「魔術師……魔術師か」
考え事をしつつ、持参したキャンプ用のライトを拾い上げる。
「どんな人なんだろ」
魔術師。
御伽噺に存在するような魔法使いに類する者。
魔法ならぬ魔術を用い、はるか昔から妖魔を退治してきた組織の者。
人知れず、妖魔から人々を守り続けてきた守護者。
やっぱり、虚空から火の玉を生成して飛ばしてきたりするのだろうか。
明日、機会があれば見せてもらおうかな。
などと、そんなことを考えながら踵を返す。
「――」
すると、視界に不審者が映り込む。
闇夜に紛れるような黒のフードとローブを纏う、得体の知れない人物。
その誰かは、妖魔化した俺の姿を見ても微動だにしない。
その時点で目の前にいる人物が、ただの一般人ではないと確信を持った。
「誰だ? あんた」
警戒しつつ、そう問いかける。
しかし、沈黙だけが返ってきた。
「九十九の手先か?」
重ねて言葉を投げるが、結果は同じ。
どうやら問答をする気は毛ほどもないらしい。
返事の代わりに、奴は得物を抜いた。
鋭利な日本刀。
それを抜かれた以上、こちらも戦わざるを得ない。
この狩り場は、俺が守らなくては。
「容赦はしないぞ」
手に持ったランプを地面に落とす。
瞬間、前進して距離を詰め、腰に差した刀を抜く。
黒羽から奪った刀身が虚空を引き裂いて馳せる。
繰り出した一刀は、相手の刃に受け止められた。
けれど、それは想定内。
直ぐさま右方向から捕食器官が牙を剥く。
しかし、その牙が肉を食むことはなく、虚空を噛む。
「――上か」
捕食器官から逃れ、相手は宙を舞う。
俺の頭上に陣取り、剣撃まで浴びせてくる。
数度に及ぶそれを硬化した二本の狐尾で防御した。
攻撃を通すことなくしのぎ。
相手の着地に合わせてもう一つの捕食器官を向かわせる。
地を這う牙は、対象へと食らいつく。
けれど、今度も捕食器官は獲物を捕らえることが出来なかった。
攻撃が届く寸前に、後方へと逃げられてしまう。
軽い身のこなしと、引き際の良さ。
こういう相手とは初めて戦うけれど。
「なら――」
地面を蹴って、退避した相手を追いかける。
ちょこまかと逃げられては面倒だ。
だから、逃げる隙など与えないくらい、熾烈に攻めてやる。
「――くっ」
鋭く、重く、正確な剣撃の応酬。
相手もよく受けているが、受け切れてはいない。
明確な剣技の差が現れ、相手は次第に追い詰められていく。
反撃する暇も、逃げる機会も、与えない。
防御一辺倒に陥らせ、相手の意識を刀だけに向かせた。
だからこそ、意識外からの捕食器官に、相手は対応が追いつかない。
「あっ――」
牙が相手の刀を喰らい、奪い去る。
得物を手放し、相手は丸腰となった。
その好機を見逃す手はなく。
俺はそのがら空きの胴へと、蹴りを放った。
「きゃっ――」
「ん?」
相手を蹴り飛ばした瞬間、妙な声を聞いた。
まるで蝶よ花よと愛でられる少女のような声。
いや、それより気になったことがある。
相手の胴を蹴った際に、とても固い感触を得た。
まるで分厚い鉄板でも蹴ったかのような感覚がした。
けれど、相手にそんな防具を着ていた様子はない。
剣を振るうたびに見えていたローブの中身も軽装だった。
それを含めて、いまのいったい。
「あいったたた」
蹴り飛ばされた相手は、そう言いながら地面から起き上がる。
その声音も、座り方も、少女のそれだ。
そして、極めつきはフードの下にある素顔。
立ち上がり様にフードが外れ、素顔が露わになる。
その容姿は、可憐な少女のものだった。
「もー、砂だらけになっちゃった」
付着した汚れを気にし、手で払うようにする。
戦いの最中にあるまじき行為だが、それ故に俺は手出しが出来なかった。
本当に彼女が、先ほどまで戦っていた相手だったのか?
「何者なんだ? お前は」
「え? あ、フード外れちゃってるっ」
急いで少女はフードを被る。
「いや。今更、隠したところで」
「で、でも、顔は見られるなって」
「顔を?」
「あっ……」
この子、どこか抜けてるのか?
いま話してはいけないことを、うっかり話したように聞こえたけれど。
「誰にそう言われたって?」
「え、えーっと……」
視線を逸らし、明後日の方向を向きながら言い淀む。
そして。
「……さらばっ!」
そう捨て台詞を言って、彼女は足下になにかを投げる。
それが何なのかは、暗がりでわからなかった。
けれど、それが何を発生させたのかはすぐに理解できる。
弾けて周囲に拡散する煙幕。
暗く色づいた煙が、幕となって押し寄せてくる。
「くそっ。お前は忍者かっ!」
そう言ってはみるものの、返事があるはずもなく。
煙が晴れる頃には、あの少女は姿を消していた。
「……結局、なんだったんだ?」
九十九の刺客、という訳でもなさそうだ。
でも、それなら何の目的で、この狩り場に?
狩り場を奪いに来た、別の勢力か?
ありえない話じゃない。
いまこの街には九十九に狩り場を奪われた半妖で溢れている。
そう考える輩が出てくるのは、半ば必然。
「……とりあえず、連絡しておくか」
明日は魔術師の顔合わせだ。
出来るだけトラブルは避けたいけれど。
狩り場がまた襲われたんだ。
報告を入れない訳にもいかない。
「……もしもし、創也だけど――」
人間化してランプを広い、携帯電話で通話をしつつ陸橋の下から出る。
話はすぐに秋月さんに通った。
明日、そのことも含めて魔術師と話し合うらしい。
そうして一夜が明け、所定の時刻となり、孤児院に魔術師がやってくる。
「――あれがそうか」
「みたいだね」
正規の入り口からグラウンドに足を踏み入れる二人組。
魔術師というからには、怪しげな格好をしているものかと思ったけれど。
身に纏う服装は、なにかの制服のようで、きちんとしている。
街を歩いていても、奇異の目で見られることはないだろう。
まぁ、現代社会で活動するにあたって、怪しげな服装なんてしていられないか。
不利益のほうが多いだろうし。
「出迎えどうも。魔術組合から派遣された伽藍空だ」
俺と同い年くらいの女魔術師。
くせっ毛なのか。
髪の毛のボリュームが凄い。
「そして、こちらが……なにしてるんだ?」
自身の紹介を終えて、対象がもう一人に移る。
けれど、なぜかもう一人は、こちらに背を向けていた。
こちらに向き直ろうともしない。
「え、えーっとですね」
「ん?」
この声、どこかで聞いたことがあるような。
「これにはちょっと深い訳が」
「ちょっとなのか、深いのか、どっちだよ。いいから、ほら。失礼だろ、ちゃんと前を向けって」
「あっ、ちょ、ちょっと待ってっ」
もう一人は伽藍に無理矢理、前を向かされる。
そうして露わとなる彼女の容姿。
それにはとても見覚えがあった。
「あっ、お前っ!」
「あちゃー……」
間違いない。
暗がりで見えづらかったが、知っている顔だ。
つい昨日の夜、見た顔だ。
「な、なに? 創也、この子を知ってるの?」
「知ってるも何も、話しただろ? 昨日、狩り場が襲われたって」
「え? じゃあ」
鈴音の視線が、その少女へと向かう。
「あらあら」
「ほー」
続けて秋月さんと凜の視線も向かう。
それを受けて観念したのか。
少女は力なく項垂れたのだった。




