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魔術師


「まずは自己紹介からね」


 孤児院の最奥にある一室。

 大量の本棚と、ただ一つの机だけがある書斎。

 俺と鈴音、凜はそこでイスに腰掛けた彼女と向かい合っていた。


「私の名前は秋月明子あきづきあきこ。ちなみにこの金髪は地毛よ」

「そうなん、ですか」


 日本風の名前に、西洋風の髪色。

 それが両立できているのは、半妖だからか。

 いったい、なんの半妖なんだろうか?


「さて、それじゃあ話を聞かせてもらえるかしら? 私がこの数日、留守にしている間になにが起こったのか」


 俺たちは秋月さんにことの詳細を説明した。

 鈴音との出会い、そして九十九の襲撃とその撃退を。


「――そう、なるほどね」


 俺たちの説明を聞いて、一言そう言った。

 聞き返すことも、更に詳細を尋ねることもなく。


「九十九の狙いは鈴音の無力化と、狩り場の奪取。だから、凜の弱体化と私の不在が重なった日を狙い撃ちにした」

「でも、それにしては……」


 つい口をついて、言葉が漏れる。


「それにしては?」

「……数が、少ないような」


 秋月さんにことの詳細を話すことで。

 俺もこの一件をある程度、俯瞰して考えることができた。

 そこで一つ、見つけてしまったのだ。

 九十九の襲撃に関する、微かな違和感を。


「二人で十分だと判断したってことなら、気にするようなことでもないんですけど。普通なら、もっと、こう……人数を用意するんじゃないかと思って」


 それだけこの孤児院の戦力を甘く見ていたのなら、それでいい。

 でも、狩り場という重要な土地を奪う、明確な目的があったのだ。

 その九十九が差し向けてきた刺客が、たったの二人だけ。

 この事実に、俺は微かな違和感を覚えた。


「いい着眼点ね」


 秋月さんは、そう言って微笑む。


「たしかにそう。二人では、確実性に欠ける。戦力が鈴音一人だけだったとしても、もっと数を用意しておくべきだと私も思うわ。でも、九十九はそうしなかった。どうしてだと思う?」


 試すように、秋月さんは俺に問う。


「……」


 九十九は破竹の勢いで勢力図を塗り替える集団、組織だと言う。

 当然、構成員はそれなりの数がいるはず。

 戦力不足の線は薄いと見るべきか。

 いや。

 けれど、もし。

 勢力の拡大によって急速に増えた狩り場の防衛に人手を割いていたとしたら?

 九十九の評判は決してよくない。

 恨みを持つ半妖も数多くいるだろう。

 奪われた狩り場を取り戻そうとする半妖もいるはず。


「――昨日という絶好の機会に、動かせる人員が二人しかいなかった?」


 凜の弱体化は、九十九にとっても予想外なはず。

 秋月さんの不在が重なったのは、もっと想定外だ。

 降って湧いた幸運。

 それを見過ごすくらいなら、いま動かせる人員だけでも向かわせる。

 俺なら、そうしたに違いない。


「そうね、私も同意見よ。九十九の拡大した勢力に人員配置が追いついていない現状へ、突発的な私たちの戦力低下が起これば、昨日のような結果が起こった。そう考えられるわ」


 どうやら俺の推測は、秋月さんの考えに沿っていたものらしい。

 大きく外れていないことに、ほっと安堵する。


「でも、まさか私の留守中に凜の負傷が重なるなんてね」

「あぁ、本当にな」


 なんだろうな。

 凜はただ返事をしただけなのに。

 すごく責められているようで肩身が狭い。


「だから、創也くんには感謝しているわ。改めて、お礼を言わせてね」

「い、いえ、そんな」


 そう言われてしまうと、余計に肩身が狭くなる。

 良心の呵責が、俺を責め立てる。


「……ふ、ふふ……」

「凜? あんた、なに笑ってるの?」

「い、いや? べつに?」


 凜の奴。

 絶対、俺の困った様子をみて笑ってやがるな。


「んんっ――それはそうとだ」


 仕切り直すように、凜は言う。


「魔術師の件はどうなったんだ? お袋」


 いま、聞き慣れない単語が出てきたような。


「魔術師って?」

「あぁ、そっか。創也は知らないんだったね」


 察したように、鈴音は説明してくれる。


「魔術師って言うのは……まぁ、イメージ的には魔法使いみたいなものかな」

「魔法……使い。魔法を、使うってこと……なのか?」


 火を噴いたり、物を浮かせたり、ワインを増やしたり。

 ボロボロの洋服をドレスに替えたり、カボチャを馬車にしたり。

 そう言った類いの、ファンタジーな魔法。


「正確には魔術だけどね。概ね、そう考えていいよ」


 かるく鈴音は言っているけれど。

 こちらにしてみれば衝撃の事実だ。

 少しまえの俺なら信じすらしなかっただろう。

 でも、身体がこうなったいまなら信じられる。

 どんな突拍子もないことでも、いまなら受け入れられる。

 ほかのどんなことよりも、俺自身に起こったことのほうが、はるかに非現実的だ。


「妖魔退治の専門家で、ずっと昔からこの国を護ってきたのが魔術師なんだ。昔は陰陽師って名前だったけど、いまでは魔術組合って名乗ってるみたい」


 陰陽師。

 魔術師。


「それは……人間で言うところの警察組織みたいなものってことで良いのか?」

「うんうん、そんな感じっ」


 つい最近まで俺が妖魔の存在に気がつかなかったのも。

 世間が妖魔の存在を認知していないのも。

 妖魔が大挙として押し寄せてこないのも。

 ひとえにその魔術組合という組織が、秘密裏に守っていてくれたから。

 これでまた一つ、こちら側の世界の事情を理解できた。


「でも、それなら半妖だって退治の対象なんじゃないのか?」


 半妖だって、半分は妖魔だ。

 妖魔退治の専門家に、敵視されないものなのか?


「その辺は大丈夫。昔、色々とあったみたいだけど。いまは半妖も人間として扱われているから。まぁ、あくまで人に害をなさない半妖に限るんだけどね」


 人に仇なさなければ、人として見做される。

 その基準、規範を遵守していれば半妖は魔術師と敵対しない。

 けれど、それから外れた者がいれば?

 その集団組織がいれば?


「もしかして……秋月さんが話をつけに行ったのは」

「そう、魔術師に九十九の勢力拡大を食い止めてもらうためよ」


 急速に勢力が拡大し、人間にまで被害を出している。

 魔術組合が動く理由には十分だと、秋月さんは踏んだ。

 そして。


「それでそれで? どうなったの?」

「魔術組合は――」


 その読みは、当たっていた。


「九十九の壊滅を約束してくれたわ」


 魔術組合は約束した。

 魔術師たちが、九十九の壊滅に動き出す。


「やったっ! これでまた平和に暮らせるよっ!」


 その知らせを聞いて、鈴音は大喜びした。

 満面の笑みを見せ、いまにも小躍りしそうなほどだ。

 襲撃に遭うことも、子供たちを危険に晒すことも、もうなくなる。

 鈴音の反応は、すこし子供っぽいが当然のものだった。

 けれど。


「まだ喜ぶのは速いわよ、鈴音」


 とうの秋月さんは、神妙な面持ちをしたままだった。

 喜んでいる様子は、いまのところない。


「え? どういうこと?」

「九十九の壊滅を約束してくれた代わりに、条件を出されたのよ」

「条件だ? なんだよ、そりゃ」

「私たち半妖と魔術師の共闘よ」


 魔術師は、半妖に共に戦うように条件を出した。

 ただ助かるのを待つのではなく、自らも立ち向かえ。

 魔術組合は、そう言ってきたということか。


「魔術組合は日本全土を守る巨大組織よ。一部地域の問題に投入できる戦力は限られているわ。そして、その戦力を持ってしても九十九の壊滅は難しい。それが魔術組合の見解よ」

「……じゃあ、まだ当分は」

「そうね。喜んでいる暇はないと思っていて」


 意気消沈。

 鈴音は深く、沈み込んでしまった。


「でも、安心して。鈴音」


 とてもとても優しい声で、秋月さんは鈴音の名を呼ぶ。


「これで状況は確実によくなるわ。私たちがあともう少しだけ頑張れば、平和な日々が戻ってくるはずよ。だから、ね?」

「……うん、うんっ! そうだね、そうだよ。あとすこし、もうすこし頑張れば、きっと平和になるよねっ! よーし! 頑張るぞー!」


 先ほどまでの落ち込みようが嘘のように、鈴音は元気になった。

 こういうものを見ると、母は偉大だという言葉を思い出す。

 秋月さんは、そんな鈴音を見てまた微笑んでいた。


「――それでね、創也くん」


 秋月さんの視線が、こちらに向く。


「私はあなたにも、協力してもらいたいって思っているの」

「俺に……ですか?」


 不意のことで、言葉がうまく出てこなかった。


「あなたには九十九の刺客を撃退した実績があるし、この家を守ってくれた信頼があるわ。あなたが協力してくれるなら、こんなに心強いことはないと思っているの」

「……それは」


 たしかにそうだけれど。

 撃退し、守りはしたけれど。

 それは。


「――創也」


 不意に名前を呼ばれて振り返る。

 視界の中心に、名前を呼んだ凜を映す。


「お前はここを守った。だからいまも、こうしていられるんだ。俺は……それで十分だと思ってる」

「凜……」


 許してくれるのか?

 左腕を奪ったことを。

 襲撃の原因を、造ったことを。


「だから、ここから先は自由にしろ。お前が決めたことに、俺はもう何も言わねぇ」

「……」


 そうか。

 ここからは、自分の意思で決めるのか。

 良心の呵責でも、罪悪感でもなく。

 俺がしたいように、今後を決める。

 なら、答えは出たようなものだ。


「秋月さん」


 俺は再び振り返り、秋月さんと向かい合う。


「是非、協力させてください」


 自らの意思、考え、心に従う。

 だから、俺はこの孤児院に協力すると決めた。

 罪の意識からくる償いじゃない。

 俺は俺自身が力になりたいと思ったから、協力するんだ。


「ありがとう、創也くん。あなたと出会えて、本当によかったわ」


 これから忙しくなるだろう。

 抱え込んだものが、また一つ増えた。

 それでも、いまの俺に。

 後悔はない。

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