奪われた幸せ10
私は腕で涙を拭って、両の掌を差し出した。
シルビィは私の掌の上にふわりと乗ると、伏し目がちにゆっくりと頷いた。
「蒼空様の為に形をつけると仰ってました。ロキ様が戻るまで蒼空様の警護を仰せつかっておりました」
「・・・あ、うん、そっか」
ロキは戻ってきてくれるつもりだったんだね。
胸が暖かくなると同時に締め付けられた。
今になっても戻ってこないって事は、戻れなくなったって事だ。
ロキ・・・ロキ。
止まったはずの涙が溢れてくる。
「ロキ様の気配が急に無くなったのが気になって、少しこちらを離れてしまいました。申し訳ありません」
シルビィが頭を垂れる。
私と同じようにシルビィもロキの気配が消えたことを感じていたんだね?
「・・・ロキはもう・・・居ないんだね、この世界に」
口にしたとたんに込み上げてくる寂しさ。
大切なものはいつも、こんなに呆気なく無くなってしまうんだね。
私はまた一人になった。
追いかければいいじゃないかと、私の中のもう一人が口にする。
馬鹿だね?
何処へ追いかけるのよ。
天界なんて人間の私が行ける場所じゃない。
何の力もない私には追いかける術なんてないのだから。
それに・・・思いたくはないけど。
人間の私なんかより同じ神のあの人と一緒に居た方が良いに決まってる。
あぁ・・・落ち着いて考えればそうじゃない。
私は自分の思いばっかりを願いすぎてたね。
ロキを一番に・・・ロキを大切に思うのなら、天界へ帰るように伝えるべきだったんだ。
心の隙間にカチンと填まった思い。
これで良かった。
そうだ、これで良かったんだ。
思いとは裏腹に、苦しくなる胸。
ロキ・・・愛してるよ。
ロキを絶対忘れないよ。
だから、今だけは泣かせて。
明日からは強くなると誓うから。
掌に乗せたシルビィを優しく包み込んだ。
そして、胸に抱き抱える。
「・・・シルビィ、少しだけこうしていて」
溢れる涙を拭いもせず、声をあげて泣き続けた。
涙は枯れることがないのかも知れないと思った。
苦しくて、悲しくて、寂しくて。
いつも抱き締めてくれていた暖かい腕がもうないことに、絶望した。
それでも、私は生きて行くしかない。
母や足長おじさんが生かしてくれたこの命を無駄には出来ないから。
さよならも言わずに会えなくなってしまったロキ。
「・・・ロキ・・・さよならぐらい言いたかったよ」
思わず口に出た思い。
「蒼空様、ロキ様はここに戻るつもりで居たのです。蒼空様の元を離れるつもりなんてなかったのですよ。だから、さよならなんて言わなかったのです。ロキ様は、きっと連れ去られた今も蒼空様の元へ戻ることばかりを考えているはずです」
シルビィの言葉に、体が震えた。
「・・・ありがとう、シルビィ」
その事実だけあればいい。
シルビィの言うことにきっと偽りはない。
私の信じるロキはそう言う人だから。
「蒼空様は、俺がロキ様の事を調べてくるから、だからまだ諦めないで」
私を真剣に見つめる小さなシルビィの瞳。
「・・・・うん。じゃあ、ロキが怪我をしたりしてないかを調べてほしい」
ロキの事だから、捕まるときに暴れたりしてそうだし。
乱暴な扱いをされてないか心配だよ。
「はい、分かりました。必ずや調べます。そして、蒼空様の元へ戻れる方法も」
シルビィのその言葉に、私はゆっくり首を左右に振った。
「シルビィ、安否を調べてくれるだけでいいの」
「しかし、蒼空様、それでは・・・」
困惑した表情を浮かべたシルビィ。
「ロキの住む場所は天界なんだもん。力だって元に戻るだろうし。私の側なんかで不自由してクラス必要はないんだから。それに・・・私も一人の方が気楽だしね」
精一杯笑ってみせた。
せっかく天界へ帰れたのに、私が足枷になっちゃダメだ。
ロキはロキの生まれた世界で生きるべきだよ。
私の我が儘で縛り付けたり出来ないよ。
「・・・っ・・・蒼空様は優しすぎる」
シルビィの黒い瞳から涙が一粒流れ落ちた。
「ありがとう、シルビィ。私の為に泣いてくれて」
人差し指でシルビィの涙を拭う。
私を思ってくれてありがとう、シルビィ。
もうそれだけでいいよ。
私はロキとの思い出を抱いて生きていく。
ロキの幸せを願うから。
共に過ごした日々は、きっと独りぼっちの私に神様がくれたプレゼントに違いない。
幸せだったから忘れてた。
それが永遠に続くモノじゃないと言うことを。
ロキを忘れない、たとえ貴方が忘れても。
貴方がくれた全ての思いを大切に胸にしまって生きていく。
だから、ロキも幸せになってね?
ロキ・・・さようなら。
心で呟いた。




