奪われた幸せ5
部活終わりの時間帯は、学校に残ってる生徒も殆ど居なくて、廊下は静まり返ってた。
私の足音だけが響いてる。
ロキに早く会いたいっと焦る気持ちを押えながらも、屋上を目指して歩いていた。
開いてる窓から、時折聞える野球部の声。
彼らはどこの部よりも帰りが遅い。
ふっとグラウンドに視線を向ければ、汗と砂埃にまみれたナイン達の姿が見えた。
みんな必死に、今を頑張ってる。
夕焼けに染まったナインの姿に胸が熱くなった。
夏の甲子園に向けて毎日血の滲むような練習をしてるんだよね・・・。
監督にどなられ、泣きながら練習に打ち込む野球部ナインを見て、
「みんな、それぞれ頑張ってるんだよ・・・」
ふっと漏れたそんな言葉。
苦しいのは自分だけじゃないって事を痛感する。
悲劇のヒロインになったつもりなんかなかったけど、心のどこかでいつも苦しいのは自分だけじゃないのかな。なんて思ってたのかもしれないなぁ。
アテーナーさんに会ってから私はどこかおかしい。
ロキが離れて行くのが怖くて。
独りになっちゃうのが怖くて。
苦しい、苦しいって思ってた。
この一週間、どこか心が休まらなくて。
きっとロキにだって気づかれてる。
明るく振る舞ってるつもりでも、きっとどこかで出ちゃってる。
不安なのは、ロキだって同じだったはずなのに、自分だけが不安で辛いんだと思ってた。
こうやって冷静に考えれば、すぐに分かるのにね。
「アハハ・・・情けない」
強気な私はどこに行ったのよ。
しっかりしなきゃ・・・。
惑わされてる場合じゃない。
強い意志をしっかりもって立ち向かえばいいだけ。
そう、ロキの心は私にある。
2人で立ち向かえばいい。
少しだけ、心が軽くなった。
だけど・・・現実はそんな生易しいもんじゃなかったのに。
がんばるとか、強い心とか、まったく役に立たないと思い知らされる事になった。
キーっ甲高い音を立てて鉄のドアを押し開ける。
その途端に向かい風が襲いかかった。
思わず目を瞑ってそれをやり過ごす。
舞い上がった髪を押さえながら屋上に足を踏み入れた。
夕日で朱色に染まる屋上。
ロキの姿を求める様に探した。
「ロキ・・・」
あまりの静けさに遠慮がちに出た声。
帰って来ない返事に胸がはねる。
もしかして、居ないのだろうか。
不安に煽られながらも足を進める。
屋上の少し奥ばった場所に誰かの足先を見つける。
きっとロキなんだと思いながら近付くと、貯水タンクを囲うように張り巡らされたフェンスに背を預けて長い足を片方投げ出した様に据わる姿を発見する。
片膝を立てて、寂しげに空を見上げるその姿に胸が締め付けられた。
ロキは天界が恋しいんだろうか。
普段はそんな素振りを見せたりしないから忘れてたけど、ロキは天界が故郷だし天界に帰れば父親に奪われた力だって戻る。
そうだ・・・そうだよ。
あの人がロキを天界に連れて帰ってくれるなら、それはロキにとって願ってもない事じゃない。
私・・・離れたくないって、自分の事ばっかり考えてたね。
そうだよ、ロキの事考えなきゃ。
神様であるロキが、いつまでもこの世界に居るなんてダメなんだよ。
アテーナーさんが現れて、醜い嫉妬心が芽生えて見えてなかった。
ロキにとって何が大切かを。
ロキにこんな切なげな顔をさせてるのは、私に違いないんだよ。
だって、故郷が恋しくない人なんて居ないよね?
ロキにとって今までの生活の基盤は天界にあって、友も家族もそこに居るんだもん。
私は・・・私はどうすればいいんだろう。
苦しくなる胸を押さえる。
涙が溢れそうになった時、ロキの視線が私を捉えた。
「おせぇ。何やってんだよ。声ぐらいかけろよ」
優しい瞳で笑ってくれた。
「ごめんごめん」
泣きたいのを必死に我慢して笑い返す。
今ここで泣けば怪しまれる。
ロキの事を考えなきゃと思う癖に、離れてほくしないって思ってしまう自分勝手な心を知られなくない。
醜い自分勝手な私を知って欲しくない。
「どうした?」
何も答えなかった私を変に思ったロキが立ち上がって私の側までやって来た。
頬に触れてくれる手は暖かくて、人間と何も変わりはないのに・・・。
ロキと私は同じ時を刻む事は出来ないんだね。
「ロキ・・・少し疲れた」
押さえきれなくなった涙を隠すようにロキの肩に顔を埋めた。
「フッ・・・頑張り過ぎだ」
優し言葉と後頭部に添えられた大きな手。
この暖かさを、いつまで感じる事が出来るんだろうか。
この大きな手は、いつまで私を抱き締めてくれるのだろうか。
別れの予感に心が震えた。
ロキが天界へ帰りたいと言えば、私には引き留める資格ない。
この世界に私の我が儘で押し止めるなんて出来ない。
ロキの幸せを思うなら、天界に帰れる事を喜んであげるべきなんだよ。
「・・・待たせてごめんね」
そう言ってロキの背中に両手を回してギュッと抱き締める。
「なんだよ。自棄に汐らしいじゃねぇかよ。ま、たまにはこんなのもいいけどな」
ロキは少し戸惑いながらも優しく抱き締めてくれた。
好きだよ、ロキ。
離れたくない。
でも、笑って見送れる様に頑張るから。
もう少しだけ・・・もう少しだけ側にいて。
大好きだよ、ロキ。
だから、きっとさようならだね。




