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流麗の獣人  作者: ゲラ
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傭兵の出会い

「な、なあ、俺たちはお前に何もしてないだろ? だったら、なんで俺たちを襲うんだ!」

 目の前の人物は、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして叫んだ。その人物は、薄汚れた毛皮の衣服を身に纏っている。

「そんなの、決まってるだろ。俺はお前らを討伐するために雇われたのだから」

 俺はその人物の首に、剣の切っ先を向けながら答える。鋭利な反射が彼の本能的な恐怖を呼び起こす。

「じゃ、じゃあ、俺がお前を雇う。金は、幾らでも出してやるからさ!」

「そうか…… その考え方が、実に山賊の頭領らしいな」

俺は迷わず切っ先を首筋に突き立てる。醜い断末魔をあげ、醜い人間が鮮血とともに散っていった。

 ……いや、一人ではない。俺の背後には、いくつにも折り重なった死体たちが転がっているのだから。

 俺は傭兵。金次第でどんな汚れた仕事も引き受ける。今回の仕事は、よくある山賊退治だった。

 剣を振り、血を払ってから鞘にしまう。そして、金目のものを探すため、山賊の拠点を練り歩く。

 目の前に、見上げるほどの時計台がある。山賊はそこを拠点の中心にしていたようだが、壁面は蔦に覆われ、時計も止まったままだった。

 その中へ無造作に入る。腐りかけた木の扉がギシギシと軋んだ。

 当然ながら、中には誰もいなかった。元は教会だったのだろう。奥にぼろぼろになったピアノがあった。しかしその面影は、山賊によって殆どなくなっている。床には火を焚いた跡があり、教会の神聖さなど微塵も残っていない。

「……ん?」

 そんな教会跡で、俺は奇妙なものを見つけた。それは地下へと続く階段だった。その階段だけ妙に整備されていて、使われていた痕跡がある。

 訝しげにのぞき込んでみる。階段はそこまで長くはないが、その先に続く暗雲とした通路は、際限なく続いているようにも見えた。

「とりあえず行ってみるか……」

 俺は興味のままに切り出された石の階段を徐に降りていった。

 階段を降りた先でまず目に入ったのは、黒ずんだ鉄格子、すなわち牢屋だった。むき出しの無機質な岩肌から冷たい雫が滴り落ちる音が、反響する。この地下施設は地下牢という奴らしい。ただその牢は空で、中には誰もいない。

 しかし、耳を澄ませてみると、何か音が聞こえてくる。ガチャガチャと、金属が擦れるような、そんな音。

「……捕虜でもいるのか?」

 そう呟くが、依頼主から捕虜などがとられたなどという話は聞いていない。

 俺はとりあえず進んでみる。両脇にはいくつも牢が並んでいるが、どれもがらんどうだった。しかし、その微かな音は、着実に近づいているように感じた。

 ――その邂逅は突然だった。一番奥の牢。暗がりの暗がり。そこに、一人の少女がいた。いや、正確には人ではなかった。

 栗毛色の髪の間にちょこんと生えた、獣の耳。そして同じ色の、獣の尾。それらがその少女が人ではないことを物語っていた。

 ――獣人。人ならざるもの。昔、話だけ聞いたことがあった。しかし、実際に目にするのは初めてだ。

 その獣人の少女は気づいたのか、体をこちらに向ける。気怠げな目が俺と合った。

「ん……。見慣れない顔だね」

 開口一番、獣人の少女はそんなことを言ってきた。俺はうろたえながらも答える。

「い、いや、俺は山賊じゃないぞ」

「じゃあ何? 山賊じゃないなら、あたしを助けに来たヒーロか何か?」

 いひひ、と笑いながら這ってこちらに近寄ってくる。

 その光景に、俺は思わず吹き出してしまった。

「……ちょっ、なんで笑うのさ!」

 獣人はリスのようにぷくっと頬を膨らませた。

「い、いや、この状況でそんなことを言われたことはなかったから、つい」

「……まあ、いいけどね。とりあえず、ちょっとこの牢の鍵を開けてほしいなぁ、なんて。山賊じゃないなら、開けてくれるでしょ?」

 ……まあ、たしかに断る理由はない。俺は剣の鞘で錠をたたき壊す。ガチャン、と大きな音を立てて、牢の扉が開け放たれた。

「おお、大胆だね……」

獣人は少し目を丸くして、ぴょこぴょこと忙しなく動いている尾を立てた。そして、一息に立ち上がって、扉から一歩、踏み出す。

 それとともに、橙色の灯りに照らされてその獣人の全身が露わになった。

 くりくりとした大きな瞳。小動物を思わせる小さな鼻。ほっそりとしていて、しかし芯のある肢体。年齢は、十代半ばほどだろうか。毛に覆われた耳と尾が、絶えずぴくぴくと動いている。

「まあ一応、あたしを助けてくれたわけだし、感謝しておくよ。……ありがと」

 彼女は少し目線を下に向けながら、ぶつぶつと呟くように言った。揺らめく蝋燭の明かりが、少しだけ桃色に染まった少女の頬を照らす。

「ど、どうも。まあ、なんだ、とりあえずは外に出るぞ」

 何故かしどろもどろになってしまう。それはその獣人の少女に見とれてしまったからなのか。はたまたこの地下牢の冷たく湿った空気がそうさせたのか。

「そりゃもちろん! やっと牢から出られたんだから!」

 彼女はうれしそうに、俺の周りを子犬のように跳ね回りながら言った。

「……よし、行くぞ」

 俺はじめじめとした通路をずかずかと歩いて行く。その少女は、ぴょこぴょこと後ろからついてくる。何故か彼女が、この陰鬱な通路を耿然と照らしているような気がした。

「ねえ、君は山賊じゃないんだよね?」

 彼女は傍らに小柄な身を寄せてくる。

「ヒーローでもないぞ」

 ぶっきらぼうに答える。

「あはは、ごめんって。んで、山賊でもヒーローでもないなら、君は何なのさ?」

 彼女は朗らかに微笑んだ。足取りは軽く、今にもスキップでも始めそうだ。

「……まあ、簡単に言えば傭兵だな。近くの集落の人から山賊退治を依頼されて仕事をしただけだ。だから先の感謝は必要なかったぞ」

「でも、その依頼にあたしを助けることは含まれてないでしょ?」

 ……確かにそうだ。

「なら、あたしは君に感謝しておくよ。それで? 君はあたしのことは聞かないの?」

ふわふわとした耳をこちらに向け、俺を見つめてくる。何かを期待するような、何かを求めているような、そんな瞳で。

 そんなに露骨に聞いてくるならば、少しからかってみたくなる。

「俺がお前のことを聞く? 何で? 俺はお前にそんなに興味はないぞ?」

 とたんにしゅんとして、垂直に立っていた尾をだらんと下ろしてしまう。

 ……なかなか面白い反応をする。その尾は感情と連動しているのか。

「ああ、悪かったよ、分かってるさ。何か言いたいことがあるんだろ?」

 彼女はムスッとした表情でいじけてしまう。少し悪いことをしてしまったか。

 しばしの絶え間。大きな一歩と小さな一歩。二人の足音が自然に揃う。

 彼女は苦笑しながら言った。

「君は意外と意地悪なところもあるんだね…… まあ、いいや。あたしは見ての通り獣人なんだけど、君は獣人が嫌いか?」

 少し拍子抜けしてしまう。それが彼女の言いたいことなのか。

「ん? なんだ、突然」

「いや、それならいいよ。兎も角、言いたいことはあたしは獣人で、外に出ても行く当てが何処にもないってことさ」

 うん。うん? 今、妙なことを言わなかったか?

「外に出ても行く当てがない? 家族は、友達は?誰かしらいるだろ、普通」

 楽しげだった彼女の表情が、少しだけ曇った。

「あたしは獣人。人間から見れば普通じゃないさ。あたしの家族は殺されたし、友達なんて元々いない」

 ……その言葉に、俺はどう反応すればいいのか分からなかった。

 「悪かった」「人間にもそういう人はいるさ」。いろいろな言葉が脳裏に浮かんでは消えてゆく。

 気まずい沈黙が流れる。かちゃり、と、背中に吊った剣が鳴る音だけが反響する。

「まあ、気にしなくていいよ。もう自分の中で区切りはついてるからさ」

 そう言って、彼女は笑う。しかしその笑顔は、危うくて、脆くて。どこか寂しそうだった。


 ……それから、長い通路を歩きながら少しだけ話をした。ぽつりぽつりと、取り留めもなく。他愛ない雑談を。そして俺の家族が殺された時のことを。

 その甲斐もあってか、地上への階段が見えたときには、彼女の笑顔に寂しさの類いは微塵も残っていなかった。

「よし、やっと外だ。もうこの湿った空気にもうんざりしてたんだよ。お前もだろ?」

 返事はない。彼女を見ると、神妙な面持ちで可愛らしい耳をぴくぴくと動かしていた。

「どうした。何かあったか?」

 彼女は、しーっと人差し指を口にあてる。そして手招きをし、俺にそっと耳打ちをしてきた。

「出口の先に人が四人。恐らく山賊の残党だと思う。左のピアノの裏に二人、反対の柱の裏にも二人だ。間違いない」

「分かるのか?」

 俺は少し驚いて言う。

「まあね。なんたってあたしにはこの耳があるから!」

 得意げに笑って、誇らしげに両耳を立てる。

「んで、どうするの?」

 彼女は尋ねる。

「残党がいるなら殺すさ。」

 彼女は楽しそうに笑った。

「まあ、そう言うと思ったよ。ところで、もう一本武器持ってる? できれば短剣か何か」

「持ってるが……、お前、戦えるのか?」

 俺は腰のダガーを渡しながら尋ねた。

「もちろん。女だからって武器を使ったことがないとは思って欲しくないな」

 彼女はシニカルに嗤った。先までの明朗な笑顔とは似ても似つかない、猛獣のような笑顔だった。

「そりゃあ、いいね」

 俺も猟奇的に嗤った。

「……行くぞ!」

 二人で同時に深呼吸をし、石畳を蹴った。

 視界が開けるとともに、俺は背中の片手剣を抜いた。剣の刀身がぎらりと鈍く輝く。

敵の姿を視認する。ピアノの裏に二人、柱の裏にも二人。彼女の言ったとおりの位置に、刃物を携えた影があった。

 彼らは一瞬だけ豆鉄砲を食らった鳩のような表情になる。が、敵も戦いを生業にしている者。存在が気づかれていることに気づくと、すぐに刃を構え、飛びかかってきた。

 獣人の少女をちらりと横目で確認する。反りの入ったダガーを逆手で持ち、敵に向かっている。彼女は左側の敵に狙いを定めたようだ。

 俺は視線を前に戻す。俺の敵は二体。敵の手にあるのは緩やかに反った長剣。もう一人は黒々としたダガー。

 ダガーを持った敵に狙いを定める。リーチはこちらの方が有利。しかも敵の首筋はがら空きだった。

「まず一人、もらった――」

 俺は右手の剣を一閃する。腕がしなり、寸分狂わず敵の首筋を裂き――

 ――ガチン。

 敵の首に刀身が到達する前に、堅い感触が手に伝わってくる。それは金属と金属がぶつかり合い、刃が擦れる感触だ。しかも、俺の剣を止めたのはダガーではなく長剣――

「――強い」

 俺はそう確信した。その強さは個人の技量の話ではない。それは、二人の練度の高い連携によるものだ。

 ダガーは一瞬も怯まずに俺の首筋に疾風の如く襲いかかってくる。

 ……しかし、そのダガーが俺の首筋に届くことはなかった。その瞬間、ダガーを操る敵が血飛沫を吹き上げて倒れ込んだからだ。その裏には小柄な影が見える。

 俺はすぐさま標的を移した。お互いにせめぎ合ったままだった片手剣を跳ね上げ、その勢いのまま敵の首を一閃する。

 生温い血の雨が降る。どさり音がして分離した頭と胴が地面に落ちた。

 傍らに気配を感じる。その小さな気配は暖かく、鋭く、そして何よりも頼もしかった。

 俺は彼女に目配せをする。武器を構えた敵は残り二人。

「助太刀どうも」

 彼女は自分の敵を無視してまで俺の助けに入ってくれたようだった。

 彼女は、こくん、と小さく頷く。鋭い目線は目の前の敵に注がれたままだ。

 二人は同時に敵に向かって走り出す。もうかけ声の類いは必要なかった。

 敵の武器は刺突剣。リーチは五分五分と言ったところか。いや、敵の主な攻撃方法が刺突だと言うことを考えると敵の方が素早く、リーチも長いだろう。

 敵は虎視眈々と攻撃の瞬間を狙っている。俺は敵のリーチに入る瞬間、少しだけ重心を左にずらした。そしてすぐさま片足に偏った体重を後ろに転換し、垂直に地面を蹴る。

 ――敵は俺のフェイントにかかり、腰ぎりぎりを先の尖った刺突剣が風を切り裂いて掠めた。

 蹴り上げた足の勢いに全身を任せる。宙に浮いた左足で刺突剣が握られた敵の右手を蹴り上げる。上下が反転した視界で、敵が驚愕の表情を見せた。

 敵は思わずその手を離す。振り上げた足の勢いのままくるりと一回転して、静かに両足を地面に回帰させた。

 ……つまり、俺は宙返りをしたのだ。敵の拳を蹴り上げながら。

 敵は慌てふためいて、地面に落ちた武器を拾おうとする。しかしそれは愚策だと言わざるを得ない。俺の右手にはしっかりと武器がある。そんな状況でかがんだりなどすれば、どうなるのかは明白であろう。

無防備になった敵の背中に剣を突き刺す。全身全霊の力を込めて。

 肉を裂く固い感触を両手に感じて、深く深く突き刺さった剣を抜いた。

 抜いた瞬間に血液が噴き出し、瞬く間に辺りに朱殷の血だまりを作り出した。

 俺は息を整えて、獣人の少女の方を見る。そして、目に映った光景に息をのんだ。

 ――それは一つの芸術のようだった。彼女は、軽やかなステップでひらり、またひらりと敵の攻撃を避け続ける。敵の武器は両手剣。大ぶりとはいえ、少しでも掠っただけで骨が砕けるほどの威力を持つ。

 敵はムキになって彼女に向けて両手剣を振り回す。しかし、それでも彼女には当たらない。

 俺は目を見張った。一つ一つの動きに一切の無駄がなかった。敵の剣すれすれで、最小限の重心移動だけで攻撃を避け続けているのだ。

 彼女は大ぶりの剣を振り下ろした隙を突いて、敵の懐に入り込む。そして一突。それだけで、敵は動かなくなった。

 がさり、と彼女は短剣を抜く。無様に倒れ込んだ敵には目もくれず、誇らしげにこちらに歩いてきた。

「お前、強かったんだな」

「そりゃどうも。そちらさんも強かったじゃない。白兵戦の最中に宙返りをする人なんて初めて見たよ」

 彼女はそう言って嬉しそうに笑った。


 戦いのせいで血みどろになってしまった教会跡を出て、俺は山道へ向けて歩き出す。後ろからはぴょこぴょこと忙しなく動く尻尾がついてくる。

 ふと、あることを疑問に思って、立ち止まった。

「ん? どうかしたの? 急に立ち止まって」

「お前、これからどうするんだ? 行く当てがないとか言ってたよな?」

 一瞬、彼女の表情が陰る。しかしすぐに笑顔に戻った。あのときの、少しだけ寂しそうな笑顔に。

「うん、そうなんだけどね。でも何とかなるよ。きっと何とかしてみせる。だからね……」

 今までじっと見つめていた視線を少し逸らす。その仕草に俺の鼓動が少しだけ早まる。もう、彼女とは一生会えないんじゃないか。そんな疑問が脳裏に浮かび上がった。それは……。とても悲しい。なぜだか分からないけれど。

「だから、最後に、頭を撫でて欲しいな…… なんて。」

 もじもじと照れながら言った。彼女の顔が、夕日に照らされて真っ赤に染まる。

俺は思わず彼女を抱き寄せた。彼女が、今にも泣き出してしまいそうな表情をしていたから。

 彼女も無言で抱き返した。そして顔を俺に埋めたまま絞り出すような声で呟く。

「あたし、家族を殺されたって言ったでしょ。それでね、殺されたのは、あたしが捕まったときなの。あたしをかばって、それで……」

 彼女の心の吐露は続く。今まで明るく振る舞ってきた分の裏返しのように。全ての負の感情を吐き出すかのように。

 俺は、彼女の涙が涸れるまで頭をなで続けた。不器用な俺では、彼女の吐露をありのまま受け止めることしかできない。しかしこれが、少しでも彼女にとっての慰めになればいいな、と、心の深いところでそう思っていた。


 *****


 太陽が去り、星たちが空を支配する頃。俺はたき火の前に座って薪をくべていた。目の前には獣人の少女の姿があった。

 焚き火の揺らめく炎に照らされ、彼女が映し出される。彼女と初めて出会った時もこんな雰囲気だったっけ。

「ねえ、あたし、これからどうするのか考えてみたの」

 尾をピンと張って、少し硬い表情のまま続ける。

「それでね、その…… 君がもし嫌じゃなかったら、一緒に傭兵の仕事をしたいな、って」

 俺はあのときの光景を思い出す。戦いとは思えないほどに美しかった、あの戦闘の光景を。あれだけの技量を持ったパートナーがいれば、仕事もかなり楽になるだろう。

「ああ、いいぞ」

「えっ」

 彼女は拍子抜けした表情で尾の毛を膨らませる。

「ただ、覚悟は必要だ。仕事とはいえ、雇われて人を殺すんだ。生半可な覚悟でやっていける世界じゃない」

 彼女は立ち上がって言った。その双眸に決意を宿して。

「もちろん、覚悟はできてるよ。足手まといにはならない」

「そうか…… なら、今日からお前は俺の相棒だ。よろしく」

 そういって、彼女に右手を差し出す。

「こちらこそ、よろしく!」

 彼女の小さな手が俺の手を握り返す。そして、二人で視線を交わして一頻り笑い合った。

「ところで、あたしは君の仲間になったわけだし、この短刀、もらっていい?」

 快活な笑顔を浮かべて聞いてくる。その笑顔には、一片の陰りもみられなかった。

「え、そんな武器でいいのか? 今回の報酬でもっといい武器を買ってやるよ」

 彼女はその短刀を掲げる。月明かりに照らされたその姿は、空を見上げる端麗な狐のような美しさだった。

「いや、いいよ。あたしにとって、この短刀は、特別、だから……」

 彼女は毛に覆われた耳と尻尾を震わせる。そして愛おしいものを愛でる時のように微笑んだ。



 翌朝。透き通るような光に充ち満ち、涼やかな森の空気が優しく駆け抜ける。俺は依頼主のいる村に向かって山道を歩いていた。。

 ――いや、一人ではない。俺の隣には、獣の耳と獣の尾を生やした少女が足並みをそろえている。

 彼女は笑う。朗らかで、純粋で、優しい笑顔。

 ――こうやっていつまでも並んで歩けたらいいな……。

 俺も少しだけ微笑んでそう思うのだった。

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