入隊
天魔蒼は右手に持っている刀を強く握り締めた。
刀からは先程切った男の血が流れている。
蒼の全身から無数にあった傷が瞬く間に消えていった。
全部に幻術だったんだ……。
天を仰いだ。星ひとつ見えない夜空に月だけがおぼろげに浮かんでいる。
この組織に入隊を決めた時から人を殺すことは覚悟を決めていた。だから、決して悲しい訳ではない。……悲しい訳ではない。
殺らなければ殺られる。そう言う世界に自分から飛び込んだんだ。
「……藤、これで入隊試験は合格でしょ」
蒼は背後に居る人影に向かって言った。
その冷たく、無機質な声は普段の天真爛漫な蒼からは想像が出来ない。
藤、と呼ばれた青年は自分と同い年の男の首の動脈を確認した。間違いなく死んでいる。
「……ん。死んでる。良かったね。入隊おめでとう」
蒼はチラッと藤を見て、また月を見つめた。
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ーーー
ーー
あ、お
あお
蒼
「蒼!」
蒼は目を覚ました。机に伏せたまま寝ていたみたいで、妙に首がいたかった。
「…蒼、大丈夫?」
頭上から降ってくる心配した声色に蒼は顔を上げる。
「……ユリ……うん。眠かっただけ」
机の前に立っていたのは大柄な女子生徒、高畑ユリ。同じクラスであり、入学式の日席が、隣だった為もあって直ぐに仲良くなった友人。
知り合ってから一ヶ月しか立っていないがユリの男勝りでバッサリとした性格に蒼はすっかり気を許していた。
「にしても珍しいね、蒼が授業中に居眠りなんて。なんかあったの?」
ユリは蒼の頭にポンポンと手を離して置いた。ユリの手の温もりに張り詰めていた気が少しだけ緩む。
「……いゃぁ、夜遅くまで漫画読んでて眠れなかったんだー」
テヘヘ、とあどけて笑って見せるとユリは呆れたように笑った。
「たく、心配させやがって!私の心配返せよ」
「ごめんって!ユリー」
蒼は立ち上がってユリに抱きつく。何時もより少し作った笑い声を上げながらじゃれる蒼を斜め後ろの席でボッーと座っている藤が静かに見ていた。
昨日天魔蒼は人生で初めて人を殺を殺した。それも小学校の時から今の今まで想いを寄せていた同年代の青年をだ。
まさか自分がこんなことになるなんて生きてて一度も想いもしなかった。
三日前までは、何処にでも居るごく普通の女子高生だったのだ。
事の始まりは3日前の6月14日の夕方。蒼は部活終わり部員総勢9人と柳駅までの道を歩いていた。
「天魔さん、明後日提出する国語の課題もう終わった?」
ぎゃぁ、ぎゃあと一際騒ぐ団体の中で蒼は1年A組の松田優夏と並んで歩いていた。
「あー、あれ?その課題明後日だっけ?忘れてたー。全然やってないや」
蒼の言葉に後ろで聞いていた1年D組椎名陽平は会話に割って入った。
「何言ってるんだよ天魔。うちのクラスは明日提出だよ。まだやってないの?」
「え、マジ?……むしろ教室にあるんだけど…」
椎名の言葉にピタリと立ち止まった蒼に合わせて、前を歩く男子も含め8人全員が立ち止まった。
「おい、天魔?どうしたんだよ」
最前列で自転車を推しながらモンスターハンターをやっていた1年C組、部長の山中卯木が蒼に合わせて向かって叫んだ。
「はーい。」