第二話
先輩との昼食が終わったころにはもう昼休みは終わろうとしていた。
オレは移動教室だったので食堂で先輩と別れ、自分の教室のある棟とは違う棟に向かった。
南雲高校の敷地はとても広い。
その中に生徒が普段過ごす校舎棟、移動教室などに使用される特別教室棟、生徒会室や職員室のある学生棟、文化部などの部室のあるクラブ棟が存在する。
運動部にもそれぞれ専用の設備が整備されているが、やはり文化部の、それも研究関係の文化部に比べるとそちらの方が予算がかかっているように思える。
オレが今から行くのはその中の特別教室棟で、行われる授業は電子学。
電子学で学ぶのは東京フロートで使われているシステムのことなどだ。
正直言ってあまり面白くはないのだが、この科目はかなり重要視されているのでまじめに受けなければならない。
少々テンション下がり気味で向かっていると、前方に見知った人が見えた。
オレは少し早く歩いてそいつの横に並んだ。
「よ、元気にしてるか」
「神薙先輩!はい、元気です」
といきなり声をかけられて驚いていたが、すぐに元気な声で挨拶してきた。
こいつの名前は鈴原ルリ。
母親がイギリス人で、髪の色は金色で目は黒色である。身長は155cm。髪を短めに切りそろえている。
剣道部に所属している、スポーツ少女だ。
「先輩は移動教室なんですか?」
「ああ、そういうお前はどうしたんだ?」
「えーと、高1は午後の授業がないんで今から部活のほうに行こうかなって」
「ああ、今日はつぶれたのか」
高1の間は何かと午後の授業がつぶれることが多い。
理由はカリキュラム調整のためだったか、先生方の都合の問題だ。
「ところで先輩。」
「ん、どうした?」
とルリが顔を伏せながらそう言った。
それでオレはルリが何を言いたいか分かった。
「剣の練習か?」
「はい、もしよろしかったら今日の放課後付き合っていただけないかなと」
「今日か・・・」
予定が入っているのは7時からなのでそれまでは空いている。
「6時半まででいいならいいぞ」
「本当ですか!!」
「ああ、いつもの剣道場で良いのか?」
「はい。
あ、先輩。もうすぐ授業が始まっちゃいますよ」
「まじか!早く行かないとな。」
自分の時計を確認すると授業開始まで3分を切っていた。
「んじゃ、また放課後な」
「はい、待ってますね!」
そう言ってオレは走って教室に向かうのだった。
電子学講師の藤山先生はその道では名の知れた人らしい。
オレはその辺のことは知らないのだが、クラスの誰かが話しているのを聞いたことがある。
現在東京フロートに普及している電子システムの開発に携わったとか。
そんな人物が目の前で授業しているわけだが
(退屈だ・・・)
もともと電子学はつまらないのに、その上にあの眠たい声はもうアウトだ。
ノート(電子化されているので厚さはない)を取ってはいるが、結局そこまでだ。
(早く終わらないかね・・・)
そうやってオレは40分もの間、眠気と戦いながら授業を受けた。
不思議なことにつまらない授業ほど、終わった後の達成感は大きい。
先生が授業を終え、教室から出た後にオレは大きく背伸びした。
とそこにマコトが近寄ってきた。
「とりあえずお疲れさん」
とねぎらいの言葉をかけてくれた。
「そちらこそお疲れさん」
「ほんと、今日に限ってこんな授業があるんだからな」
マコトも電子学は苦手な方、というか全体的に成績が悪いマコトが苦手とする科目だ。
定期テストでは電子学のテストはいつも一け・・・
「おい、今とても失礼なことを考えなかったか?」
「・・・そんなことはないぞ?」
「じゃあ今のあやしい間はなんだよ?!」
訂正。
いつもではなく、ほぼ毎回一桁台の点数をたたき出している。
言うまでもなく、クラス最下位だ。
そんなやつでも進級できるのだからこの学校は不思議だ。
「つか早く戻らないと次の授業始まるぜ?」
「ああ、そうだな」
と言ってオレは今日とったノートを自分のフォルダにアップし、電子板(タブレットのようなもの)の電源を切った。
自分のフォルダというのは南雲学園に在籍しているものはみんな持っている、ネットワーク上にある倉庫みたいなものだ。
そこにアップしたものは違う電子板でも内容を確認することができる。
教科書も基本はこの中に入っているが、例外も存在する。
しかしそんなものはごく少数なので、本当に鞄に入れるものは少なくなったのだろう。
電子板の電源が切れたのを確認したオレは立ち上がってマコトと教室を出た。
特別教室棟と校舎棟は200mほど離れている。
走らないと休み時間がつぶれてしまうのだが、オレはあまり気にしなかった。
休み時間にやることがないからなのかもしれない。
だが、マコトはそうでもないらしく
「早く帰ってアルディマインドの最新情報をチェックしないと!」
と走って帰っている。
それにオレもなぜかつき合わされている。
まあオレたちなら200mなど10秒ほどで走破できるのだが、それをしてしまうと変に注目されるので普通のスピードに抑えている。
それでもすぐに教室に到着し、マコトはそのまま席でネットを見た。
オレはというと校舎棟について中に入ったときにはもう徒歩になって、ゆっくりと教室に向かっていた。
残る授業はあと2つ。
一般カリキュラムである数学と国語だ。
特別カリキュラムに比べ、全くと言って良いほど難しくないので気も楽だ。
と、教室に向かっていると
「おい、神薙」
と後ろから声をかけられた。
振り返るとそこにいたのは
「藤山先生?」
そこにいたのは先ほどまで授業をしていた藤山先生だった。
「何か用でしょうか?」
授業態度のことで何か言われるのかと思ったオレは少し身構えたが、
「ああ、これを椎名に渡しといてくれないか」
と言って藤山先生はオレのことには何も触れず、小さな記憶媒体をオレに渡した。
「これは?」
「椎名がオレの論文を読んでみたいと前々から言っていてな。
あんなどうでもいいやつでも持ち出しには許可が要てな、先ほどおりたので渡そうと思っていたのだ
が、次も授業が入っているので君に渡してほしいのだが」
「そういうことですか、わかりました。
椎名さんに渡しておきます」
「すまないな」
と先生は来た道を去っていった。
「さて、それなら早く戻らないとな」
オレも早足で教室に向かった。
幸い目的の人物はすぐに見つかった。
椎名は次の授業の予習をしていた。
「椎名」
「あら、神薙くんどうしたの?」
椎名ユウカ。
このクラスの委員長にして、学年トップの成績の持ち主。
黒髪長髪でいかにも大和撫子という容貌。
椎名財閥のお嬢様だがそのことを鼻にかけず、男女問わず人気がある。
・・・ここだけの話だがファンクラブが結成されているという話もある。
「これ、藤山先生から預かったもの。
論文のデータが入っているって」
「本当!?」
椎名は渡した記憶媒体を見て目を輝かせた。
「ありがとう!
でもなんで神薙くんが?」
「本当は先生が渡したかったらしいんだが、忙しいからオレに渡しといてもらえるかって頼まれたんだ」
「そういうことか。
とにかくありがとう」
「ああ」
そう言ってオレはその場を離れた。
椎名は受け取った記憶媒体を鞄にしまって予習の続きを始めた。
どうやら家に帰ってからじっくりと読む気らしい。
そんな姿を横目で見ながらオレは自分の席についた。
と、自分の端末(昔でいうスマートフォンに機能を増やしたもの)にメールが来ているのに気づいた。
内容は
件名:晩ごはん
差出人:クロハ
本文:今日は晩ごはん家で食べるの?
食べるなら何時くらいになりそうかな?
という、オレの妹からのメールだった。
オレは家で食べる、9時くらいに帰ると打って返信した。
ちょうどそこでチャイムが鳴り、先生が入ってきた。
(さて、残り2時限がんばりますか)
2時限の授業はすぐに終わったように感じた。
一般カリキュラムはオレの得意な教科で、何度か当てられたがどれも簡単な問題で難なく答えることができた。
まあ、一つ難しいのはあったが何とかなった。
そんな7時限目の授業が終わった後に簡単なHRが行われた。
内容は特にたいしたことはなかった。
寄り道するなとか、そんな普通のことだ。
そしてHRが終わり、椎名が挨拶し(委員長なので)、放課後となった。
オレは荷物をまとめ、ルリと約束している剣道場へと足を向けた。
剣道場は校舎棟とは少し離れている。
鞄を持ちながらオレは走りながらそこに向かっていた。
約10分ほど走ると剣道場が見えてきた。
と、その入り口に昼休みに会った後輩の姿が見えた。
「ルリ、待ったか?」
「あ、先輩来てくれたんですね!」
と満面の笑みでオレを迎える後輩。
その姿はすでに道着で、制服姿とは違った感じである。
「んじゃ時間も少ないし、始めるとするか。
オレの竹刀はいつもの場所に置いてるのか?」
「はい、置いてあります。」
「それじゃルリは用意しといてくれ。
その間にとってくるわ」
「分かりました!」
と元気よく返事しルリは道場内に入っていった。
オレはその姿を見守りつつ、裏手にある道具置き場に向かった。
そこは部員の竹刀や道着などが置かれていた。
その一角に部員でもないオレのスペースがある。
置いてあるのは竹刀のみ。
オレは竹刀を取って軽く振った。
いつも持ってるものとはまた重みが違うが、これはこれで好きな重みだった。
「さてと、あんまり待たせるのも悪いか」
オレは鞄を竹刀が置いていた場所に置いて道場に向かった。
道場に向かうとそこにはすでにルリが防具を着けて待っていた。
剣道部という名称ではあるが、どちらかと言うと剣術部というほうが正しい。
防具も小手と胴あてしかない。
それも昔のように重くはなく、しかも丈夫でもある。
「お待たせしたかな?」
「いえ、私も今準備が終わったところです」
と笑顔で返事をしてきた。
嘘をついているのは丸分かりだ。
あんな防具、一分ほどで着けられる。
逆にオレは道具置き場への往復を歩いてしたため5分ほどかかっている。
短いが、彼女を待たせたことには変わりはないだろう。
だがオレはそれを指摘せず、彼女の数メートル前に立った。
「いつもどおり、まずは試合形式でやるぞ」
「はい、お願いします」
とルリは正眼に構えた。
対してオレはこれと言って構えず、自然な姿勢だ。
そして
「はあ!!」
ルリが大きく一歩で数メートルの間合いを詰めて斬り込んで来た。
相手の呼吸に合わせて踏み込む。
オレが教えた技術の一つだ。
普通の人なら何もできず一撃を喰らうだろうが
「はっ!」
最低限の動きでそれを交わし、すれ違いざまにルリの胴を薙いだ。
ルリはそれを読んだのか竹刀を胴を守るようにした。
だが、踏み込んでいたので踏ん張りきれず、反対側に倒れた。
オレはそれを追撃せず、間合いを取った。
「今のを防げるようになったとはな、正直驚いたぞ」
1ヶ月前は今の攻撃を防ぐことはできていなかっただろう。
「いえ、まだまだだめです。
やっと見えるようになっただけです」
「それだけでもすごいんだけどな」
「・・・もう一回お願いします」
彼女は立ち上がり、真剣な顔で竹刀を構え直した。
よほど今の攻撃を防げなかったのが悔しいのだろう、ちょっとだけ拗ねた感じもした。
「それじゃもう一回行くぞ」
「はい!」
結局6時20分まで試合形式の練習となった。
そんなハードな練習にルリは
「はあ・・・はあ・・・」
息を切らしながら道場の床に倒れこんでいた。
そんなルリを労うようにオレは声をかけた。
「お疲れさま、前よりだいぶ強くなったな?」
「はあ・・・、でもまだ先輩には歯が立ちません」
「前から言ってるがオレを基準にするなよ?」
「でも私の目標は先輩なのは変わりありません」
オレは困った感じに頭をかいた。
ルリに剣術を教えることになったのはオレが高1になって2ヶ月ほど経った頃。
たまたま剣道部の元に行った時(これも竜胆先輩の手伝いだったのだが)、一人練習していたのがルリだった。
オレはその姿を見て、何を思ったのか彼女に戦いを申し込んだ。
今ならそのときのオレがなぜそんな行動を取ったのか分かる気がする。
ルリの剣はどこか不安定だった。
それがオレには見過ごせなかったのだろう。
戦いを申し込まれたルリは一瞬戸惑った顔をしていたが、その申し込みを受け、自分の予備の竹刀を貸してくれた。
そして戦い、ルリを完膚なきまでに負かした。
もちろん、力を加減して痕が残らないように配慮した。
少し大人気なかったかと思ったが、ルリは
「私を弟子にしてください!!」
と目を輝かせて言って来た。
オレは自分の剣の足りないところを気づいてもらうために戦いを申し込んだため、断るに断れなくて不定期で教えることになった。
「オレを目標にするのはいいが、無理するなよ?」
「・・・善処します」
かなり心配だが、後輩を信じることにしよう。
その後、今日気づいた点をルリに言った。
ルリはどこに用意していたのか、メモにオレの言ったことをもらさず書いていた。
そして全部言い終わったところで時計は6時半を指していた。
「悪いけど、今日はここまでな」
「はい、今日はありがとうございました」
「何かあったらまた連絡をくれ。
時間があったら教えれるようにするから」
「ありがとうございます」
それじゃあな、とオレは手を振って道場をあとにした。
外は少し暗くなってきていた。
オレは竹刀を道具置き場に置き、鞄を持って出た。
最後にちらっと道場内を覗くとルリが練習していた。
無理するなよ、と心の中で言いながらオレは校門へと向かった。
時間は6時35分。
今から向かうところはそんなに遠くはないが、遅れるとまずいので少し早足で向かうことにした。
現時点でアルディマインドサービス開始まで残り2時間25分。
サービス開始までの時間をとある少女は憂鬱気に見ていた。
「まあいくら願ったところで歯車は回るのだけどね」
そう言って彼女は現時点でアカウント登録をしているプレイヤーのリストを眺めていた。
・・・正確にはその中の一人のアカウントデータを眺めていた。
「PNクロウ。やっと会えるね、シン」