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【短編】生きていて、生きていた。   【シリーズ】

とある少年の遺言 3 years before

作者: FRIDAY

 やや街のはずれに位置する一角に、建設途中で企業が倒産して放棄された廃ビルがある。そしてその最上階の、窓がはめられることなくコンクリートの枠だけが残った場所から、僕は外を眺めている。夕日を。

 何のことはない。僕は毎日ここに来ているのだけれど、今日はちょっとした決意というか、そういうものを持ってここに来た。

 『死』とは何だろうか。他の何かの『死』ではない。自分の『死』だ。

 いずれ必ず訪れるとわかっていながら、人はそれを何とか遠ざけようと、あわよくばなくしてしまおうと尽力している。が、僕はそんなことをして何になるのかと不思議だ。

 簡単に言えば、『死』とはただ『明日が来ない』だけなんだ。ただ、それだけのこと。

 と言ってもまあ、僕も死に急ぎたいっていうわけではなかった。ただ、何て言うか………何だろうな。つまり、僕は弱いんだろう。

 あまり長くは生きていない。でもわずかこれだけの人生で、随分と多くの人に迷惑を掛けてきたように思う。もういい。もう散々だ。もう誰にも迷惑を掛けたくない。もうあんな思いをしたくない。

 毎日ここに通っていた。誰にも内緒で。本来ここは立入禁止だし。友達は、いないわけじゃない。振り返れば、数は少なくてもいることはいた。今でも、ある程度の親交はあった。有り難い人たちだ………別れも何も言ってこなかった。ま、それもそうか。少しくらいは騒がれるかもしれないが、すぐに皆忘れる。すぐに忘れられる。

 思えばこんな人生だ。願いは叶わない。祈りは届かない。望んでも得られない。努力しても報われない。希望を持つのは酷く辛い。絶望するのは難しい。期待は裏切られる。信じるだけ無駄。仲間もいない。味方もない。運もない。才もない。財もない。能もない。夢も何もないのに明日がある。未来はある。過去は懐かしい。過去は優しい。過去は暖かい。そして過去には………後悔がある。

 きっとそれは、誰もに普通のことで。

 皆、そんなことはそれぞれに乗り越えて頑張って生きているわけで。

 だからそれに堪えられなくて逃げ出す僕は。

 やっぱり、ただ弱いだけなんだろう。


 不思議だ。これから終わりにしようというのに、何の恐れもない。

 悲愴な決意もない。

 空虚な諦念もない。

 我ながら驚くほど穏やかな気分だ。もっと恐れると思っていたのに。泣き叫んでこの世に怨嗟の声をあげているだろうと思っていたのに。全くない。

 笑ってしまうほど何もない。

 ああ、自分には酔っているかもしれないな。でも、何だかいい気分だ。見納めになると思って見れば、夕日はいつも見ているよりずっと綺麗に見えた。紅く、朱くて。

 まるで世界の終わりみたいだった。

 まあ、僕の世界の終わりではあるわけだけど。

 ふと思って、周りを探して固くて鋭そうなものを拾い上げた。思えば、何も残してこなかった。このビルも、壊されることはあっても着工されることはないだろう。ましてこれから僕がすることを思えば。せっかくだから、何か遺してしまおう。僕はもういなくなるから、いなくなったあとのことは何もわからないから。

 がりがりと刻み込んでみた。大して深くも考えなかったけれど、本心を一発で書き当てた気分だ。立ち上がって、窓枠の下に刻んだそれを見下ろしてみて、苦笑した。自意識過剰だな、と思った。でもこれでいいな、と思った。

 窓から身を乗り出してみる。まだ下は見ない。夕日だけをまっすぐに見て両目を灼いた。


 『もう誰にも迷惑を掛けないために』


 刻んだ言葉。

 『もう誰にも迷惑を掛けないために』、これが最期の大迷惑。

 微かに………脳裏をよぎったのは、僕の終わりを聞いたとしたら、彼女は………あの人はどう思うだろうか、ということだった。

 泣いたりとか、してくれるのかな。

 僕は苦笑して首を振り、窓枠に足を掛けた。



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